「いらっしゃい」 酒場に入ると、賑わった酒場の奥から店員が現れ二人を席に案内する。 四人掛けのテーブルに通されると、フェインとウィニエルは向かい合うようにして椅子に腰掛けた。 「フェイン」 「何だ?」 「アイリーンまだみたいです。呼んできましょうか?」 酒場内を見渡したが、アイリーンの姿はどこにもなかった。 約束の時間はまだ少々先だが気をまわしてウィニエルは立ち上がり、アイリーンを呼びに行こうとする。 「いや、疲れてぐっすり眠っているのだろう。寝かせてやればいい」 フェインは立ち上がるウィニエルにそう告げて、テーブルに置いてあるメニューに目を通す。 「……ウィニエルは何を飲むんだ?」 「え、あ、フェインと同じもので」 「わかった」 フェインが肘をついたまま手を軽く上げ、合図をすると、注文を訊きに店員がやってくる。 「これを二つと、それから……」 店員が来ると、慣れた口調で飲み物と料理をいくつか注文する。 「かしこまりました」 店員が下がると、フェインはウィニエルに向き合った。 「ウィニエルはいける口か?」 「え?」 「俺は酒を頼んだんだが……」 「多分大丈夫ですよ」 ウィニエルは何も考えずに軽く返事をする。 酒を飲むのは久しぶりだ。 確か、おいしいという認識は持っていたはず。 「天使も酒を飲むんだな」 「ふふふ」 フェインが関心して笑うと、ウィニエルも微笑み返した。 「お待たせしました」 店員は注文した物を置くと、カウンターへと戻っていった。 木製のカップに発泡した黒い液体が注がれている。 「ここの地方は黒い色をしているのか」 運ばれた二つのカップを見ながら、一つをウィニエルに渡した。 「? そうですか」 フェインからカップを受け取ると、同じように見つめる。白い泡の下に黒い液体が見える。 「おつかれさま」 フェインがカップから視線をウィニエルに戻すと、やんわりと微笑んでウィニエルが持っているカップに自分のカップを合わせた。 「フェインもおつかれさまです」 ウィニエルも微笑み返し、二人は酒を飲む。 「……はー。おいしい!」 ウィニエルは二、三口ゴクゴクと飲んで、カップをテーブルに置いた。 「いい飲みっぷりだな」 「お酒、あんまり飲んだことありませんが、ほろ苦くって、おいしいですね。ふふふ」 ウィニエルは上機嫌でフェインに笑顔を振りまく。 「そうか。今日は俺が奢るから、好きなだけ飲むといい」 「ふふふ。ありがとうございます」 フェインの言葉にウィニエルはカップを手に取り、またゴクゴクと飲んだ。 「……ペースが速いと酔いが早いぞ」 「え? 大丈夫ですよー!」 「…………」 ずっと笑顔で飲み続けるウィニエルにフェインは、酒を勧めたのは不味かったかと思ったが、明日も特に用があるわけでもないし、酔いつぶれたならアイリーンの部屋に泊まればいいだろうと、半ば諦め愛想笑いを浮かべた。 「フェイン!」 二人が飲み始めて三十分程経ったところで、アイリーンが酒場にやってきた。 「ああ、アイリーン。元気そうだな」 「フェインこそ。元気そうで良かったよ」 フェインがアイリーンに微笑みかけると、アイリーンも微笑み返した。 うまく笑えただろうか、二人は互いに探り探り、相手に気取られないように努める。 「…………もー、いっぱーい……」 フェインの向かいに座っているウィニエルはテーブルに伏せったままカップを手にし、そのカップを高々と上げおかわりを要求している。 その腕をフェインはなんとか下げようと、制止していた。 「……これ、ウィニエル?」 アイリーンはウィニエルの隣に腰掛けて、フェインと向かい合わせになる。 「……ああ、酔っ払っているらしい」 フェインがウィニエルからカップを取り上げようと、立ち上がった。 「何杯飲んだの」 アイリーンは呆れ顔でウィニエルを見る。 「いや、まだ二杯しか飲んでないんだが」 ウィニエルはフェインの腕を躱して、尚もカップを高らかに挙げて、店員を呼ぶ。 「あと一杯くださーい!」 その声に店員がやってくると、 「ウィニエル、もうやめとこう。水をもらうから。……水を一つ頼む」 「かしこまりました」 店員はフェインからの注文を受けると、カウンターへと向かう。 そして、フェインはウィニエルからカップを取り上げると、再び着席した。 「もー……フェインたら、大丈夫ですって……あれぇ? アイリーン?」 頬を膨らましたかと思ったが、隣に座るアイリーンに気が付くと、にこにこと嬉しそうに微笑む。 「おいおい……もー……何酔っ払ってるのよ」 アイリーンは呆れたままの表情でウィニエルの髪が少し乱れているのを見つけると、手で撫でてやった。 軽く撫でると、乱れた髪が治まる。 「ふふふ、アイリーンだーいすきー」 自分の髪を直してくれたアイリーンにウィニエルは抱きつく。 「やめいっ!」 アイリーンは剥がそうとするが、ウィニエルの力は強く、簡単には放してくれなかった。 「すまない。俺が酒を勧めた所為で」 「ダメな天使だなぁー」 フェインがアイリーンに謝罪すると、アイリーンはウィニエルの頭を撫でながら、笑って見せる。 お互い、ウィニエルの醜態に感謝していた。 何だか今日は、気まずくならずに済みそうだ。 「……ダメじゃないですよー…………」 「ん?」 ウィニエルの声がアイリーンの耳元に届くと、次の瞬間。 ずっしりと。 彼女の全体重がアイリーンにのしかかる。 「……すー……」 「おも……うそ、寝てる」 アイリーンはウィニエルによって身動きが出来なくなった。 「……宿へ連れて行こう。アイリーンの部屋に泊めてやってくれないか?」 フェインが立ち上がって、アイリーンからウィニエルを引き剥がす。 「え? あ、う、うん」 私、まだ来たばかりなんだけどな……。 そう思いながらも目の前の酔い潰れた天使を放っておく訳にも行かず、酒場を出ることになってしまった。 気は進まないものの、フェインはウィニエルを背負って、会計を済ましてしまったのだからしょうがない。 アイリーンはその後ろに付いて歩く。 「……アイリーン、ウィニエルを寝かせたら、どこかで食事するか?」 「……うん!!」 フェインが後ろを歩くアイリーンに振り向いてそう告げると、アイリーンは元気に返事をしたのだった。 酒場を出てしばらく歩くと、 「フェイン……」 フェインに背負われたウィニエルはアイリーンに聞こえないよう、耳元に囁く。 「ん? 何だ?」 フェインはウィニエルが起きたのかと思い返事をするが、その返事に対する反応はなく、ただの寝言だと判断し、立ち止まることはなかった。 ワンテンポ遅れて、 「アイリーンと仲良くしてくださいね……でないと私……」 「何言って……」 ウィニエルの呟きに、やはり起きているのかと、歩みを止めるが、刹那、 「ふふふ、もう一杯飲みたーい!!」 酔っ払いの大きな声がフェインの耳に届いた。 「酔っ払い!! 寝ながら大きな声出すなぁ!」 アイリーンが若干不機嫌そうにウィニエルに向かって怒鳴った。 そして、まあまあとフェインがアイリーンを宥める。 「……」 その後、ウィニエルは静かに眠ったままだった。 宿に着くと、フェインはアイリーンの部屋へウィニエルを運ぶ。 アイリーンの部屋に入って、灯りを灯す。 「あ、そっちの奥のベッドに寝かせてやって。私ちょっとウェスタの様子見てくるね」 フェインにウィニエルを託すと、アイリーンはウェスタの様子を見るため、バルコニーに出た。 アイリーンがバルコニーに出るとウェスタがどこからともなく飛んでくる。 昼間は暑いから部屋の中に居たが、夜は夜風が涼しいからと、外に出していたのだった。 「ああ、わかった」 フェインはアイリーンに言われた通り、奥のベッドへウィニエルを寝かせる。 「……よし……」 「……すぅすぅ」 ウィニエルは起きることなく、眠っていた。 「……ウィニエル……」 酒が入ってほんのりと赤らんだ頬と、長い睫毛、薄桃色の唇。 ウィニエルの様子をじっと見つめると、つい、あの時のことを思い出してしまう。 旅の途中、木陰で本を読みながら一休みしていた際、ウィニエルが訪問してきたあの時のことを。 「……だめだだめだ」 アイリーンは目と鼻の先に居る。 彼女に聞こえないように、あの時のことを思い出さないように、頭を数回振るった。 ウィニエルのことなど、何とも思っていない。 そして、彼女も、俺に対して勇者の1人であるとしか思っていない。 フェインはそう思うようにしていた。 「アイリーン、行こうか」 「うん!」 その後、二人は宿の1階にあるカフェレストランで食事をすることにした。 食事をしている間の話題は、ウィニエルのことや、お互いの旅で寄った街の話が殆どで、尽きることはなかった。 話が詰まりそうになると、ウィニエルの先ほどの酔っ払い話を出したり、天使の面白いところを挙げては和み、有意義な時間を過ごしたのだった。 フェインはアイリーンを部屋の前まで送り届ける。 アイリーンの部屋の前に来ると、 「はー、食べた食べた。ごちそうさまでした。あ、フェイン、明日なんだけど、ヒマ……だよね?」 微笑みながらフェインに伺うように首を傾げた。 「ああ、明日はウィニエルも言っていたと思うが何もない」 「よかった! でね、明日、三人で泳ごうよ!」 フェインがアイリーンの思っていた通りの返事をすると、上機嫌で泳ぐ仕草をしてみせる。 「ん?」 泳ぐ? 遊びに来ているわけではないんだが……と、フェインはふと思ったが、 「せっかくの海だからさ。日中暑いし。お休みだし!」 確かに明日は時間が空いているし、上機嫌に誘うアイリーンを悲しませるのも悪いし、フェインには断る理由が見当たらないため、誘いに乗ることにした。 「別に構わないが……水着なんて持ってないぞ?」 裸で泳ぐわけにもいくまい、……明日朝買えばいいか。 フェインは腕組みして、この街に水着を置いている店があったか思い返そうとしたが、 「あ、買ってあるから大丈夫。明日渡すね! おやすみなさい」 アイリーンが準備は万全とばかりの得意気な顔で言うので、 「……わかった。おやすみ」 フェインはアイリーンに微笑みかけて、自分の部屋へと戻った。 「海で泳ぐ……か。いつぶりだろうか……」 フェインは自分の部屋で暗がりの中、ぼんやりとした灯りの下、本を読みながら就眠するまで時間を潰した。 一方、ウィニエルは相変わらず、眠ったまま。 アイリーンもフェインと別れてから疲れたのか、すぐにベッドに横になり、 「明日楽しみー!!」 そう言った瞬刻、深い眠りに落ちていったのだった。
to be continued…