前書き
インフォス任務時三年目辺りのお話。依頼地へ向かう途中に立ち寄った宿屋での出来事。グリフィンは天使ウィニエルに説教を始める……。
贖いの翼で出てくるウィニーとは違いますが同じ人物です。パラレルってことで。キスまでしちゃってますが、えっちくはないです。途中書いてて自分でわからなくなり(汗)ちょっと???なお話かも。
「ん……? 何だ、テメエは!?」 俺は金持ちの家から仕事を終えて帰る途中、あいつに会ったんだ。 いつものように睨みを利かせたけど、あいつ、 「あ……ええと、初めましてグリフィン。私は天使のウィニエルといいます」 カナリアが歌う声であいつは頭を深々と下げて一礼し、それから顔を上げてふわりと笑った。 顔ははっきり言って悪くない。 身体だって、出るとこ出て引っ込んでるとこは引っ込んでるし、悪くない。 どちらも好みな方だ。 だが、 とりあえずここは二階で、俺は一階の屋根に飛び移る寸前。 けど、あいつの足元には何もなくて、俺と同じ高さに目線を合わせ、確実に宙に浮いていた。 それだけじゃない。 あいつの背に真っ白な翼が着いていて、それが時折振れる。 その翼はまさか本物……? 瞬時に思った。 明らかにこの女はおかしいって。 「……はぁ?」 俺はまたあいつを睨みつける。けど、あいつは全く怯むことはなくて、 「あの~……グリフィン。あなたに……」 ウィニエルは俺の方へと近づいてきた。 「おい! 静かにしねぇか。ここの家の奴等に聞かれたらどうすんだ!」 俺は家の中へ声が聞えないように、あいつに向けて言い放った。 「え? あ、はい…………」 俺の言葉にウィニエルは両手で自分の口を塞いだ。 「それと、ちょっと向こうの方、引っ込んでろ! 目立ってしょうがねえ」 俺はこちらに尚も近づいてくるあいつを払うように手を何度か振った。 「……」 ウィニエルは俺に指定された通りに建物の影に姿を隠した。 「と、金目のもんは全部入れたな……」 俺は無事に家から脱出し、あいつが隠れている場所まで来て、しゃがみ込んで荷物を確認する。 「あの……一体何を……?」 ウィニエルが荷物を確認する俺の背後から身を乗り出して声を掛けてくる。そういやすっかり忘れていた。 「るせぇな、見て分かんだろ。黙ってろ」 俺は荷物の確認を済ませて、歩き出す。歩くのは下手に走って怪しまれないためだった。 「ここまで来りゃ大丈夫か……で、なんなんだ、お前は? 人の仕事をド派手な風体で邪魔しに来やがって」 歩いてる間仕事に入った家の方には一度も振り返らなかったが、後ろにあいつがついて来ているのはわかったから、俺は歩いたまま告げた。 「はい、グリフィン。実はあなたにお願いしたいことがあって来たのです」 あいつの声が背後から聞える。 「お願い?」 俺は足を止め、歩いて来た道を振り返った。 「きゃっ…………痛っ……」 あいつの声と共に俺の胸に鈍い衝撃が伝わる。 そして、その後あいつが手をついて尻餅をついた。 「……お前……」 どうやらウィニエルが俺の胸に額を打ち付け、その反動で倒れたようだ。 俺はそれを冷ややかに見下ろした。 「ご、ごめんなさい……近づき過ぎたみたいです」 さっきまで飛んでいたはずのウィニエルは額を擦りながら俺を見上げて謝る。 家々から漏れる光に照らされた白い羽根が地面の土で汚れていた。 服も手を付いた時に汚れたのか袖部分が所々茶色い。 なのに、あいつは立ち上がろうともしない。 変な奴。 第一印象はまさにそれ、だった。 「ほら……」 俺はつい、手を出してあいつの腕を取る。 「あ……すみません……っ……」 ウィニエルは痛がるように顔を顰めた。 「ん? どした?」 「い、いえ……こんな風に転んだことなくて……ちょっと吃驚しただけです。結構痛いんですね……」 俺が訊ねるとウィニエルは腕や尻を擦りながら真面目な顔で応えた。 「……」 俺は言葉を失う。 やっぱり、変な奴だ。 俺と、あいつの出会いはそんな感じだった。 ◇ あれからどれだけの時間が経ったんだろう……? 「なぁ、ウィニエル」 俺は依頼された土地に向かう途中、立ち寄った宿で仰向けで寝転がりながら同行していたあいつに声を掛ける。 「はい」 ウィニエルはすぐに突っ立ったまま俺を見下ろして出会った頃と変わらない笑顔で俺に応えた。 「今、どれくらいの年月が経ったんだっけ?」 「え? あ、ええと……そうですね……今は…………三年程でしょうか」 俺の問いにあいつは顎に手を当てて宙見上げて告げる。 「もうそんなに経ってるのか……っつかさ……」 俺は身体を起こし、眉間に皺を寄せあいつを睨みつける。 「はい?」 ウィニエルには俺の睨みも効かないのはわかってるが、どうしても言わなければならないことがあった。 「さっきのあれはどういうこった!?」 俺は声を荒げて、あいつに言い放つ。 「え……? あれ……とは……?」 ウィニエルは何のことかと首を傾げる。全くわかってないあいつに妙に苛ついた俺は。 「ここに正座しろ!!」 「は、はい!」 俺の怒号であいつは床に正座をする。 「……あ、あのぅ……」 先程まで俺を見下ろしている天使が今度は俺を見上げている。 おずおずと俺が怒ってることにやっと気付いたようだった。 「お前…………戦闘を舐めてんのか!? 戦ってる最中に俺の前に出てくんじゃねえよ! 邪魔で戦い辛いだろうが!!」 俺の声があいつの耳に響いたのか、ウィニエルは目を固く瞑って微かに震えた。 「だ、だって……あれは……」 ウィニエルのエメラルドの瞳が僅かに潤む。 睨みは効かないが、大きな声は効き目があるらしい。 「だってもくそもねえよ! お前は後ろからの援護しかしねえんだろ!? 姿現して俺の盾になろうなんてする馬鹿どこに居るっつんだよ!?」 俺は、ただ、あいつが傷つくのが嫌で。 「だって……あの時あなたは麻痺してて動けなくて……」 ウィニエルの眉尻が下がる。 そう、この宿に着く少し前、俺は敵に襲われていた。 麻痺効果のある攻撃をくらって、不覚にも麻痺しちまって動けなくなって追い討ちを掛けるように敵が向かってきた。 その時、あいつがでしゃばって、あろうことか俺の前に盾になろうとした。 俺は咄嗟にあいつに回復するよう命令して、直ぐ回復させてあいつを後ろに引き下がらせた。 「だからさっさと回復しろって言ったんだよ」 「だから、回復したじゃないですか」 俺が軽くあいつの頭を小突くと、ウィニエルは頬を僅かに膨らました。 ウィニエルの援護はお世辞にもうまいとは言えない。 死にかけたことは無いにしても、回復・防御・攻撃の補助のタイミングが悪すぎる。 だから俺は常々命令して援護をさせている。 言わないでもやってくれる日が来るといいんだが、三年経っても駄目らしい。 「……お前……天使失格……」 俺は目を細めてあいつを見た。 「ごめんなさい……あの時は無我夢中で気が付いたらあなたの前にいて……」 ウィニエルは膨らましていた頬を窄め、今度は俯いてしまう。 「…………ま、もう過ぎたことだからいいけどよ……」 俺は緩みそうになる口を片手で覆いながら空いた手であいつの頭を乱暴に撫でる。 悪い気はしなかった。 あいつが俺の為に身を投げ打ってくれたんだから。 悪い気がするわけがない。 俺はもう随分前からウィニエルに惹かれてるんだから。 恋だとかどうだとかはわかんねえけど、多分、俺は。 だから、尚更あいつが俺の為に傷つくなんて嫌で。 「……ごめんなさい……私……まだ半人前で……」 ウィニエルは俯いたまま頭を上げようとしなかった。 「まぁ、そうだな。お前はまだ半人前だよな」 「……はい……」 俺の言葉にあいつは肩を大きく落した。 半人前。 この言葉はあいつにとって禁句だった。 と言っても怒るわけじゃなくて、その逆で。 あいつは馬鹿が付く程真面目な奴で、何でも一生懸命過ぎて時々周りが見えなくなる。 何度俺を助けようと戦闘中に姿を現したことかわからない。 俺の仕事に関しても長い時間説教たれるから、途中で俺が、 『頭固ぇんだよお前、こんなこともわかんねえのか? まだ半人前だな』ってぶっきらぼうに言った途端あいつ固まっちまって、 『……うう……ど、どうせ私はまだ半人前ですよっ!! でも、そんな風に乱暴に言わなくたっていいじゃないですか~っ……!! うわぁああん!!』 って泣き出したんだ。 いや、あれには正直言って参った。 驚いたなんてもんじゃない。 いっつもへらへら……いや、柔和か。 柔和なあいつがあそこまで取り乱すとは予想してなかった。 宥めるのに何時間掛かったことか。 半人前といつも言われてたわけじゃないらしい。 ただ、その言葉自体が嫌いみたいだ。 いつも周りから期待されてて、自分も頑張ってはいるが、それでもその期待に添えない自分がいて、自分で半人前だと思ってるのに実際に口に出されると辛い、と。 俺は「思い込みが激しいだけじゃね?」と言ったけど、あいつは「私が半人前だから駄目なんです」って抜かしやがった。 後ろ向きな奴か? と思ったけど「一人前になれるように頑張りますからどうか宜しくお願いしますね」なーんて、笑顔で言ってくれちゃって。 俺はそれ以上何も言えなくなった。 同時にこいつが一人前になれるよう手助けしてやろうとも思ったんだ。 あいつの思い込みの激しさも直せたらいいな、とも思った。 あいつ、何か痛くて。 そこまで思い詰めなくても誰もお前を責めたりしないのに。 って言えば良かったけど、俺は馬鹿だから、気の効いた言葉が言えなかった。 でも、多分、それを言ってたとしてもあいつは同じことを言ったんだろうな。 自分が半人前だから駄目なのだ、と。 だから、俺は気長に付き合うことにした。 あいつの傍に居て、気長に治してやろうって、一人前にしてやろうって。 俺も完全ではないから、こうして時々あいつの耳障りなことを口にしちまうけど。 「そこまで落ち込まなくてもいいんじゃねえか? 俺がちゃんと一人前にしてやるし」 俺はあいつを励ます。 「……はい、お願いします。グリフィンだけですから……」 ウィニエルが顔を上げて、まじまじと俺を見上げる。 「え?」 突然ウィニエルに見つめられた俺は、頬が次第に熱くなってくのを感じた。 俺だけってどういう意味だ? と、思ったのもつかの間。 「そんな風に言ってくれるのはグリフィンだけです。他の勇者達は皆何も言ってくれませんので……」 ウィニエルは言い終えると可愛く笑った。 「何だよそれ……それじゃまるで俺が天使遣いが荒いって言ってるみたいじゃねえか」 俺はへそ曲がりだから、口を尖らしてそんなことを言葉にしてしまう。 「えっ!? いいえっ!! 違いますっ!! 私、嬉しいんですっ!!」 あいつは首を横に数回振ってから俺を再び見上げ、真っ直ぐに視線を絡ませた。 「……ふうん……」 俺は余裕を持って応えたように振舞ったが、頬を冷汗が伝ったのはわかった。 俺の睨みはあいつに効かないが、あいつの視線は俺には絶大に効果があるらしい。 「? ……グリフィン?」 ウィニエルは笑顔で首を傾げる。 あいつの笑顔は子供のようで、大人のようで、どうにも不思議に惹き付けられる魅力がある。 ウィニエルの歳は? って以前聞いたら、あいつ。 天使の歳の取り方と人間の歳の取り方は違うって言って、一から事細かに説明してたっけ。 んな説明なんてどうでもいいっつうのに、何か一生懸命話し出すから最後まで聞く羽目になって。 まぁ、あいつのことまたちょっと理解出来たから良かったんだけど。 で、結果を言っちまえば、ウィニエルは人間で言う所の二十四歳で、俺より年上だとははっきり言って思わなかった。 っつうか、あんな頼りない年上の姉ちゃんはいない。 色気があるわけでも無いわけでもなくて、少女のようで、女性のようで。 なんつうか、守りたくなるような。
to be continued…