微笑んで、オヤスミ②

「……もう、あんな無茶すんなよな」


 俺はウィニエルの視線から逃れようと告げた。
 このまま見つめ合ったら変な気を起こしそうだった。

 でも、この後のあいつの言葉で俺は再び怒ることになる。

「大丈夫ですよ。天使は傷付けられたりしな……痛っ!?」
「…………」

 俺は無言のままあいつの両腕をきつく掴んで引っ張り上げる。

「グリフィン!?」

 ウィニエルは目を丸くして俺を見上げた。

「痛いっ……もうっなんなんですか!? 放して下さい!」

 薄いピンクの唇が抗議をするが、俺は放してやらない。

「…………お前……殺すぞ?」
「こ、殺すって……物騒ですよっ……!」

 ウィニエルは苦笑いを浮かべながら俺と視線を合わせる。

「…………あっそ……」

「……え……ちょ、ちょっと……グリフィン……っ!?」

 俺の顔の影がウィニエルの顔に掛かる。

「…………」

 影が去ると、俺とウィニエルは互いに見つめ合う。

 ただ、軽く触れただけ。
 ただ、軽く触れ合った唇。

 ウィニエルは黙ったまま俺を見上げていた。

 ただ、目を丸くして。

 俺もそうだった。
 俺も目を丸くしてた。

 ……こんなことするはずじゃなかったんだ。

「……あ……ええと……」

 しばらくすると、ウィニエルが沈黙を破った。

「…………」

 俺はまだ黙ったままだった。

「……今の……何ですか……?」

 ウィニエルは素っ頓狂なことを言う。

「……はぁ?」
「……今のは……?」

 眉を顰めた俺を尻目にあいつは呆けた顔で首を傾げる。

 全く、何て奴だよ。
 ウィニエル、お前って。

 ……俺の変な闘争心に火が付いたのは言うまでも無い。

「……今のはー……キスって言うんだよ!」
「へっ? キス? んんっ!?」

 俺はウィニエルの肩を引き寄せて、今度はがっちり互いの唇を重ねた。

「んんっ……ぐりっ……!!」

 ウィニエルの柔らかい唇の感触が俺の唇から伝わってくる。

「…………」

 少しの間、俺達はそのまま動かなかった。
 しばらく経ってもあいつの唇は何の抵抗もしないから、俺は自分の舌を少しだけ滑らせてやった。

「んむっ……やっ……!!」

 ウィニエルは驚いて俺の肩を剥がす様に手をついた。

「……った……!」

 あいつの不意の行動に俺の歯とあいつの歯が打つかって、歯茎に小さな痛みが走った。
 後に鉄の味はしないから切れたりはしてないようだった。
 俺は直ぐにあいつを解放してやる。

「……っ……はぁっ……はあっ……グリフィン!!」

 俺が解放してやるとウィニエルは酸素を欲しがって、床に手をついて肩で息をし、その後で俺を睨みつけた。

「……わかったか?」

 俺は首を傾げながら余裕なんてこれっぽっちもないってのに、不敵に笑って見せた。

「……っ……」

 ウィニエルは瞳に涙を溜めて、俺を睨む。

 それでも、あいつは唇を拭い去ったりはしなくて。

「…………わかんないか。もう一回するか?」

 俺は悪乗りして告げた。

「やっ、わ、わかりましたっ! じゅ~ぶんわかりましたっ!!」

 あいつは今度は頬を膨らまして俺から視線をずらして、そっぽを向く。

「…………」

 俺は黙ったまま横顔のあいつを見つめていた。

 ウィニエルの柔らかい昼間なら日の光に浴びて金に輝く飴色の髪、エメラルドの瞳、いつもは薄いピンクの唇。
 今は少し赤みを帯びている。

 俺はあいつの頬が徐々に赤くなっていくのを見ていた。

「……な、何ですか……?」

 ウィニエルが俺の方に振り向いて訊ねる。

「……別に?」

 俺はこう応えるしかなかった。
 だって、お前を見つめるのは故意にじゃない。
 無意識の内なんだから。
 勝手に俺の視界に入るお前が悪いといえば悪い。

「……そうですか……」

 ウィニエルはそれだけ告げてそのまま黙り込んでしまった。

 俺達の間に沈黙が再び訪れる。


◇


 数分後――。

「…………」

 まだ俺達は黙り込んだままだった。

「……怒ってんのか?」

 俺は沈黙に耐えられなくなって言葉を発する。

「…………いえ……、あ……まぁ……」

 ウィニエルがわけのわかんないことを口にした。

「……どっちなんだよ……」

 俺はあいつに嫌われたかもしれないなんて考える余裕もないまま、気が付いたら口を尖らせて訊ねていた。

「……ええと……初めてのことだったので驚いてしまって……あっ、キスって言葉は知ってますよ? でも……その言葉しか知らなくって……何ていうか……その…………」

 ウィニエルは赤い頬を人差し指で軽く掻きながら口を濁す。

「? 何だよ、はっきり言えよ」

 俺は首を傾げる。

 刹那、俺は自分がしたことを改めて振り返っていた。


 ウィニエルに、キスしたんだ、よな?


 するつもりはなかったんだけど……したんだ、よな?

 ……同意も無しに。

「えっと……」

 ウィニエルが先を話そうとする。

「い、いや、待て、ウィニエル。言わなくても……」

 俺はウィニエルを制止しようとあいつの口を塞ごうと手を伸ばした。
 けど、間に合わなくて。

「……嫌じゃなかったけど、突然でちょっと……驚いたというか……言ってくれれば良かったなぁと……」

 ウィニエルはモジモジしながら告げる。

「アホか。んなもん、断ってからする奴がどこにいんだよ? 雰囲気だろうが」

 俺はあいつの頭を軽く小突く。

「った。え? そうなんですか? でも……初めてのときくらいは聞いてくれても~……」

 ウィニエルは俺に小突かれた所を照れくさそうに撫でて、微笑んだ。

 いつもの、あいつの笑顔だった。


俺の好きな、あいつの笑顔。


「……バーカ。本当お前って変な奴だよな」

 俺は何故かあいつに触れたくなって、ウィニエルの頭を撫でた。

「……ふふっ……そうでしょうか~?」

 ウィニエルは俺に頭を撫でられると嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
 これはいつものことだった。
 戦闘が終わって、援護が上手く出来た時に頭を撫でて褒めてやるとあいつは喜ぶんだ。
 こんな所は子供みたいだ。

 なんつーか、……か、可愛いと思う。

「…………あ、もうこんな時間ですね。グリフィン、そろそろ休んでください。私帰ります。明日また来ますね」

 ウィニエルは窓の外が真っ暗になっているのに気付き、立ち上がった。

「…………」

 俺は咄嗟に目の前の天使に手を伸ばした。

 もう少し、一緒に居たい。
 あと少し、一緒に。

「……グリフィン……?」

 ウィニエルはベッドに座る俺を見下ろしている。

「…………」

 俺の睨みはあいつに効かないのはわかってたけれど、俺は黙ったままあいつを見つめた。

「……また明日。おやすみなさい」

 ウィニエルの影が俺の顔を覆う。

「え……」

 まるで、寝る前に親が子供にするそれ、だ。

 額に柔らかい感触がして。


 ……俺は目を閉じた。


 そっか、子供は俺の方か……。
 なんて妙に納得してな。

 あいつは本当に不思議な奴だと思う。
 さっきまで子供かと思ってたら、急に大人になっちまって俺を上手くあしらう。


 次に目を開けたとき、あいつの姿は無かった。

「な、何だよ……今の……っ……・」

 俺の頬……いや、顔全体が熱かった。

 そのまま、俺はベッドに横たわり、腕で自らの目を覆って、今起こったことを冷静に振り返ることにした。
 ウィニエルの言った言葉を一つ一つ思い起こして。

「えっと……なんだっけ……キスは初めてってことはわかった。ラッキー……って俺はアホか……。その後……だな……」

 深夜の静まり返った部屋に男の妙な独り言だけが静寂を乱していた。

 あいつが言ってたことを思い返す。
 思い返して振り返る。

 ……振り返る。

 ……振り返る。

『……嫌じゃなかったけど、突然でちょっと……驚いたというか……言ってくれれば良かったなぁと……』
 ウィニエルはモジモジしながら告げる。
『アホか。んなもん、断ってからする奴がどこにいんだよ?雰囲気だろうが』
 俺はあいつの頭を軽く小突く。
『え? そうなんですか? でも……初めてのときくらいは聞いてくれても~……』
 ウィニエルは俺に小突かれた所を照れくさそうに撫でて、微笑んだ。

「……って……何で俺、あいつの頭小突いてんだよっ!? 嫌じゃなかったって……初めてのときくらいって……どういう意味だっ!? ウィニエル!! …………だぁあああああっ!! 聞いとけば良かったっ!!」

 俺は両手で頭を激しく掻き毟った。

 あいつの言葉の意味がわからない。

 何で照れくさそうにしてた?

 あいつは……俺をどう思ってる?
 俺はあいつをどう思ってる……?

 あいつの一つ一つの行動が思わせぶりであっても、変に期待はしないでおくことにしてる。
 妖精に聞いた話じゃ、あいつは誰にでも優しいんだと。
 分け隔てなく、皆に公平に優しいから期待はするな。

 ……と言ってたようにそん時は聞えた。
 けど、ま、ウィニエルのことはともかく、俺自身のことくらいはわかってる。 でも俺はそれをあいつに向けて告げたり、自分でだって声に出したりはしない。
 口にしたら、途端何もかも崩れそうで。
 もう少しあいつとこのままで居たいんだ。


 ふいに、キスしちまったけど。

 不安は少し残るけど。


 今口に出来る言葉は一つしかない。


「……おやすみ」


 俺は部屋の明かりを落して目を閉じる。


『いい夢をみて下さい……おやすみなさい、グリフィン』


 ウィニエルが眠りに就く俺を優しく見つめて微笑み、そう告げてから帰った気がした。

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後書き

ええと……何だか収拾つかないって感じです。たはー。何を伝えたかったのかわからなってしまいました(汗)
多分出会いから恋する過程……(つうか、途中割愛してるし(汗))を書きたかった……のかなぁ?
何でキスしちゃったのかも書いてる方もわからないといふ(笑)

「贖い」の方でちょっと触れてるグリフィン×ウィニエルの初期(?)はこんな感じです。
後期になるとラブ度が上がって、「贖い」の方で触れたような二人に。
でも、ここでのグリフィン×ウィニエルは「贖い」とは違いパラレルなので、同じウィニエルだけど微妙に違います。
ついてこれますかー!?(無理)

はは……(渇)

んで、諸々の設定(?)としては、ウィニエルはまだ半人前で、グリフィンのお陰で一人前になるっちゅーね。

グリフィン……好きだなぁ……♪♪

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