会いたい①

前書き

「わかってないのは?」の続きのような感じですが、読んでいなくてもこれだけでも大丈夫。時期的には襲われた領主の居城辺り。ウィニエルが依頼をしたのはイダヴェルの城のことだった。イダヴェルに優しくして欲しいとウィニエルに言われたグリフィンの胸中は穏やかじゃなく……。いい雰囲気なのか、違うのか。天然がこれ程怖いとは思いもよらず(笑)。キスとかしちゃってますがーごめんなさい。でも多分大丈夫です!(何がよ)

 ――それは、ある日の出来事だった。


「……グリフィン、お願いです。クヴァールの領主の居城が襲われています。どうか、事件を解決していただけないでしょうか」

 いつものようにあいつが訪問して来て。
 いつものように二人で過ごしていた。

 丁度俺が食事中だったから、「一緒に食事でもするか」なんて話をして二人して随分ご機嫌な時間を満喫していた。
 あいつは翼を隠し、皆の前に姿を現して俺の向かいに座って穏やかに微笑んでいたんだ。

 そんなあいつが突然切り出したから、はっとする。

 すっかり、忘れていた。

「嫌だね!」

 気が付いたらあいつの頼みを突っぱねていた。

「でも!」

 けど、あいつは食い下がる。

「その件は終わったはずだろ? お前……俺の過去を知ってるのによくそんなことが言えるな」

 あいつは俺の過去を知ってる。
 狂った領主のヤローに家族を殺されたこと。
 涙まで流して最後まで聞いていた。

 それに、俺の気持ちもわかってるはずだ。

 ウィニエル。

 お前は、俺がお前を想ってることをわかってるんだろ?

 俺にまた忌まわしい過去を思い出させようっていうのかよ……。

「…………で、ですが……お城が……きっと……イダヴェルさんも待って……」

 ウィニエルは俯いて酷く哀しげな顔をする。
 最後の方は小さくてよく聞えなかった。

 ただ、俺は。

 “お前は、俺より世界を取るのか”

 わかっていたはずなのに、ついそう思ってしまう。
 この世界を救うために遣わされた天使だというのに、つい、忘れてしまう。

 俺の為に降りてきたんだって、勘違いしちまう。

「城がどうなろうと知ったこっちゃないね」

 俺が冷たく言い放つと、あいつはそのまま黙り込んでしまった。

「…………」

「……っ……」

 俺も、それ以上何も言えずに黙り込む。


 こういう沈黙は重くて、俺は嫌いだった。


 しばらくして、あいつが顔を上げて俺を真っ直ぐに見据え、言葉を紡ぐ。


「…………グリフィンはそれでいいのですか?」

「え……」

 あいつの言葉が俺の胸を鋭く抉る。

 それからは自問自答だ。


 俺はそれでいいのか?


 このまま放っておいていいのか?


 放っておくということは、過去と対峙せず、逃げているだけじゃないのか?


 あのヤローを倒すのは誰かに頼まれなくたっていつかやってやる。

 ただ、今回のはそうじゃない。

 俺は、過去にあのヤローから受けた心の傷をただの血縁者ってだけで憎んで、見捨てようとしている。

 過去の恨みを血縁者という理由だけで晴らし、見殺しにするなら、


 俺は、


 あのヤローまで行かなくとも、それに近い外道になっちまうんじゃないか?

 過去と対峙するってのは、あのヤロー個人だけを憎めば済むことだ。


 行かなきゃ俺は、逃げることになっちまう。


 あいつはきっと一緒に居てくれる。
 最後まで見守ってくれるはずだ。


「…………」

「…………わかりました。他の勇者に頼んでみます」

 俺の沈黙が長かったのか、あいつは俺の返事を待たずに唇を噛んで仕方なそうにそう告げた。

「あ、おい……怒ったのか?」

 咄嗟にそんなことを口走る。

「……いいえ」

 ウィニエルは憂かった顔ではにかみながら首を横に振るう。

 その表情じゃ、ウィニエルの真意は見えなくて、俺はもう一度問う。

「じゃあ、愛想つかしたとか?」

「……いいえ」

 あいつはやっぱりはにかんで首を横に振っている。

「……何だよ……俺が逃げるのが嫌なのか?」

「……いいえ。本来なら立ち向かって欲しいと言うべきなのでしょうけど……あなたの心の傷がどれだけ深いかわかっているから、私はこれ以上無理には言いません……」

 さっきまで食って掛かってきたあいつは俺の瞳の奥を覗くように見据え、落ち着いた声で静かに告げた。

「…………」

 あいつがそんな風に言うから俺は何も言えなかった。
 あいつの目からも一時たりとも、逃げられなかった。

「……ただ……私は逃げませんよ」

 ウィニエルはふと、そんなことを言う。

「え?」
「……私は、あなたがどんな選択をしても、あなたから逃げたりはしません。インフォスに平穏な時が流れるまで、あなたに同行し、祝福をし続けます」

 あいつは、俺から決して目を逸らさなかった。
 その瞳の奥に、強い意志が感じられた。

「ウィニエル……」


 ああ、こいつは本当に天使なんだ。

 俺をちゃんと愛してくれている。
 それは俺の望む愛ではないけれど、俺は天使に愛されている。
 慈しみという名の愛で。

 勿論、多少は俺のことを想ってはくれているみたいだが、
 まだ、天使としての愛が大半を占めてるようだ。

「だから、怒ったりなんてしていませんし、愛想なんてつかしていませんよ」

 ウィニエルの微笑みは俺を包み込む。
 全ての闇から俺を覆い隠すように。

 俺を甘やかすように。


 ただ少し、悪魔の誘惑にも似てるような気もするが。


 それとも……?


「…………」

「……どうかしましたか?」

 俺が黙り込むと、あいつは首を傾げた。

「ウィニエル、お前は天使なんだよな?」

 俺はお前に、聞きたいことがある。

「……はい、そうですけど……それが何か……」

 今更何を訊くのだろうか。とでも言いたげな顔であいつは小首を傾げる。

「……お前ってやっぱ、天使失格だ」

「ええっ!? と、突然何…… え、ええっ!? ど、どうしてですか!? というか、何で今!?(私変なこと言った!?)」

 俺の突然の一言にウィニエルは目を丸くして驚く。
 しかも、“天使失格”の一言はあいつの弱さを曝け出す。

 さっきまでの落ち着きがこの慌てようだ。

「……いいか、天使っつーのは、だ」
「へ?…… は、はい!」

 俺が説教モードに入ったと思ったのか、あいつは突然椅子の上に正座をする。

「……甘やかすだけじゃ駄目なんだぜ? 甘やかすっていうのは堕落させんのと一緒だ」

 俺は肘をテーブルについてあいつを覗き込むように言ってやった。
 これで、天使の役割ってもんがどんなものか、また少しわかるかもしれない。

 俺の役割はこいつを立派な天使にすること……か?

 まぁ、ぶっちゃけ、天使がどんなもんだなんて知りもしないから適当だけど。


 とまぁ、


 得意気に言ってやったのは良かったが、

「私は別に甘やかしては…… それに、時にそういうことも必要なんじゃないですか? 天使だからこそ、何でも許してあげねばいけないということもありますし……天使としてそう思いますけど……」

 あいつはさらりと正論を述べた。


 ぐ。


 確かに時と場合によるよな……と俺もわかってはいたんだが……。

 最近のウィニエルはどうにも成長して、つまらなくなった。
 俺が指導することも随分減って来た気がする。

 いや、あいつは元々から筋は良かったんだ。

 戦闘にしたって俺を庇おうとする行為以外は俺が教えてやれば、次から大体上手く出来てた。
 世間知らずだから色々教えてやれば、解釈が多少ずれることもあるが、それなりに理解はしてたし。

 けど、駄目出しをするのが俺の仕事だから。

 始めはあいつを図に乗らせない為だったけど、今じゃあいつに構いたくてしょうがなくて言っちまう。

 あいつが一人前になったってことはもうとっくに気付いているのに、

 反面、
 あいつを、天使だなんて認めたくなくなってる。


 以前ならあいつが俺を追ってきたのに、今じゃ俺があいつを追ってばかりいる。


 わかってるんだ。

 俺があいつを追っているのは、あいつが心配だからとかそういう理由じゃない。


 ただ、好きだからだ。


 重症だよな。


 掴めそうで掴めない天使。

 蜂蜜の髪と、宝石を思わせるエメラルドグリーンの瞳、桃色の柔らかい唇。
 俺を酔わせる、艶っぽい甘く魅惑的な可愛い声。

 そして、背中の翼が無い今のお前はさ、


 これは、

 やっぱり、


 全然天使なんかじゃねぇ……よな。
 ……うん。

「……グリフィン!」
「な、何だよ!?」

 俺が物思いにふけってる中、気が付くとウィニエルがこちらを睨みつけていた。

「私は天使ですよ、グリフィン。甘やかしてるんじゃないんです! 天使として、あなたを信頼しているから! 天使だからこそ! です。大体、私何か変なこと言いましたか? グリフィンの機嫌損ねることなんて言ってないじゃないですか! 天使だからこそなのに……ない……むぅ……一体……」

 あいつは怒っているのか、頬を膨らましながらそんなことをブツブツと言い続ける。

「……何だよ、やに“天使”って言葉を強調すんな……そんなにショックだったのか?」

 俺はあいつの小言を遮って告げる。

「……むぅ。人がせっかく……ショックに決まってます! 私は天使なのに、天使失格だなんて! グリフィン酷い!」

 ウィニエルが俺から目を逸らし、首を乱暴に横に向けてしまう。

「あ、おい……どうしたんだよ? 怒ったのか?」

 俺の目の前には僅かに頬を膨らます女の横顔がそこにあった。
 ウィニエルは俺が声を掛けてもこちらを向いてはくれない。
 こんなあいつは珍しくて、俺は不謹慎にもあいつの新しい一面を知ることが出来て嬉しいとか思ってしまった。

「……怒ってなんていませんよ。ただ……無闇に“天使失格”とか、言わないで下さい」

 あいつは少しだけ、沈んだ声で俺の方を振り向かずに告げた。

「え?」

「……まだ足らないのはわかっています。でも……私、精一杯頑張ってるつもりなんです。……一番信頼してる人に、失格って言われたら、いくら天使の私でも辛いです。それに、今は私のことなんかより、あなたのこと」

「え?」

to be continued…

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