俺はあいつの言葉達にただただ、アホみたいに「え?」と訊き返していた。 あいつは尚もこちらを向いてはくれない。 ただ、自分の言った言葉が恥ずかしかったのか、頬がほのかに赤らみ視線が宙を泳いでいた。 あいつが恥ずかしがった言葉は、 “一番信頼している人”という俺への言葉? それとも、 “天使の私でも辛い”という弱音? 自分のことより、俺のことっていうのはいつものことだから違う。 俺への言葉がその態度に繋がっていればいいが、残念ながら多分、後者だ。 あいつの弱音をこんな風に聞くとは思わなかった。 俺の言葉で、あいつがどれだけ傷ついてたかなんて、俺は全く気が付かなかった。 半人前、天使失格。 お前にとって、この二つの言葉は何よりも傷つく言葉なんだな。 俺は、ただ、お前が天使じゃなければいい、そう思ってるだけなのにな。 それでお前を傷つけてたなんて……。 あいつはまだ俺の方に振り向いてはくれない。 相当傷ついているのかもしれない。 「……悪ぃ……お前はよくやってるよ。つい、面白半分で、言っちまって悪かった」 面白半分でなんて言ってない。 お前があんまりにも天使っぽくなって来てるから嫌なだけだ。 否定したいだけだ。 けど、そう謝るしかないだろ? 「…………」 それでも、ウィニエルはこちらに振り向いてくれなかった。 「……もう失格とか、半人前とかそういうことは言わねぇ。お前は一人前の天使だ」 「…………」 あいつは視線だけを俺の方へと向け、訝しそうに見る。 「……なぁ、こっち向けよ。 ……まだ怒ってんのか? ウィニエル」 俺はテーブルに肘を付いてあいつの名を呼ぶ。 「……だ、だから怒ってなんていませんって……それに、無理に一人前なんて言わなくていいですよ。まだまだ半人前なのは自分でわかってますから」 あいつの声はすっかりいつも通りの声色に戻り、落ち着いていた。 なのに、やっぱりこちらに振り向いてはくれず、視線だけ俺の方に向ける。 怒ってるんだか、怒ってないんだか、さっぱりわからない。 「……じゃーこっち向けばいいじゃねーか……」 結局は俺の方が頬を膨らますことになる。 わけがわかんねぇよ、ウィニエル。 俺は頭を抱えて下を向いてから、あいつの方を見た。 「…………」 何故かあいつの頬が赤く染まっている。 そして、視線だけが時折俺と合ったり、宙を泳いだり。 「……ん?」 さっぱり、わからん。 ◇ あいつは一向に振り向こうとはしなかった。 随分と長い時間の経過を感じた。 あいつのわけのわからない頑固な持久戦はそろそろ終わりを迎えてもいい頃だ。 「……あのぉ~……」 あいつが振り向かないまま言葉を発した。 「……何だよ、こっち向く気になったのか?」 俺も先程と同じ肘をついたままの格好であいつが振り向くのを待っていた。 「…………それが……笑わないでくれますか……?」 「ん? ……おう」 あいつが切羽詰ったような顔で何か言いたそうだったから、俺は聞いてやることにした。 「……首……筋違っちゃったみたいで……」 「はぁ!?」 「……う…… だ、だから、さっき思いっきり首を捻ったら、中まで捩れたみたいで……」 ウィニエルはばつが悪そうに頬から耳まで赤く染めながら告げた。 「…………ブッ! ぶはははははっ!!」 俺はあいつの言葉に大笑いをした。 だって、こんな間抜けなことなんてそうあることじゃない。 あいつが怒ってないとわかって安堵した気持ちが更に俺を心から笑わせた。 「う…… ひ、酷い、グリフィン!! こっちは真剣なのに!」 ウィニエルは横顔のまま頬を膨らます。 こりゃ、完全に怒ってる。 「だ、だってよ!! あは、あははっ!! お前、天使とか言う前に、その天然どうにかしろよ!! はははっ!!」 ついには俺は立ち上がって、ウィニエルの傍まで顔を見にいってやった。 あいつの可愛い顔が俺を見上げる。 「……うう…… 笑わないでって言ったのに……」 瞳に涙を溜めながら、動かない首の、動ける視線だけが俺を見つめ続けた。 「はははっ!! だってよ! お前そりゃ笑……わない。ああ、もう、笑わねぇよ」 大笑いをし続ける俺をウィニエルの瞳が捕らえ、絡めていた。 それが、可愛くて、可愛くて。 俺はいつしか大笑いをやめて、あいつの頭を撫でていた。 「……助けて下さい」 「……ああ、わかったよ」 俺はあいつの首を少しずつ元に戻してやる。 ウィニエルは痛いのか、声を噛み殺すようにして俺の顔を見つめている。 俺はあいつの首を元に戻すと、湿布を貼って、包帯を巻いてやった。 処置を終えて、俺が席に戻るとあいつは照れくさそうに笑う。 「……ありがとうございました。……何だか、恥ずかしいですね」 ウィニエルは頬を赤くして俯く。 「……ああ、ほら、周りの奴ら笑ってるぜ?」 先程からその様子を見ていた周りの奴らが所々であいつを笑っていたのだった。 俺は周りの席を睨みながら告げてやった。 けど、あいつの“恥ずかしい”というポイントはそこにはなかったらしい。 「え? 私が笑われてるんですか? 別にそんなのは気になりませんけど……」 あいつは小首を傾げてよくわからないという顔をする。 「ん? じゃあ、何が恥ずかしいんだ?」 「あ、はい…… せっかく真剣な話をしていたのに、私ったら話題放棄してしまって……」 ウィニエルには周りのことは目に入ってなかったようだった。 それが救いだった。 笑っていた奴等ももう、それぞれの話へと話題を変え、互いの連れと話をしている。 「……本当、私って天使失格なのかもしれませんね……」 と思ったら、今度はあいつが沈んでいた。 はぁ、とため息を吐いて、テーブルの上に両肘をつき、頭を抱えるようにして俯いている。 「……別に失格じゃねぇよ」 「……だって、グリフィンのこと、ちゃんと説得も出来ないんですよ?」 あいつの手が拳を作り、その拳が小さく震えていた。 顔はまだ、俯いたままだった。 「説得って……」 俺があいつの手を取ると、あいつはようやく顔を上げて、俺を見つめる。 「……私は、グリフィンのことを信じています。さっきのこと、甘やかしているわけじゃない。あなたはきっと」 ウィニエルは無表情で目を逸らすことなく告げた。 その瞳に、ただ、一つ。強い意志を携えて。 これは、天使の瞳だ。 勇者を信じているという天使の瞳。 そして、同時に俺個人へと向けられた、あいつ個人の信頼という想い。 俺もその視線から逃れられずにただ、見つめ合っていた。 「……ああ、行ってやるよ。俺は勇者なんだし……」 こう言うしかなかった。 「グリフィン!」 俺の一言にあいつが花開いたように明るく微笑んだ。 「そう言ってくれると、信じていました」 ――それから、あいつのご機嫌はすこぶる良かった。 こういう所を見ると、意外と単純だなって思う時がある。 「……城に行って、そこに居る奴等を倒せばいいんだろ?」 「はい! それじゃ、早速向かいましょう! 私もお供しますから」 俺はそれから、あいつと共に城に向かった。 ◇ 俺とあいつの前にどんな奴が現れようが、俺達の敵じゃなかった。 ウィニエルの奴サポートが上手くなって、やっぱり少し淋しいな。 なんて思ってたんだ。 城なんかどうだって良かった。 ただ、あいつがそう望むから。 イダヴェルを助けたのだって、たまたまだ。 ウィニエルの態度がおかしくなったのは、この頃からかもしれない。 「グリフィン、さっきの態度は何ですか。あれではイダヴェルさんが可哀想です」 城の帰り道、あいつは斜め後ろ上から俺にそんなことを言う。 「お前な……」 俺はあいつを恨めしそうに振り返る。 「? 何ですかその目。もうちょっとイダヴェルさんに優しくしてあげて下さい」 あいつは何にもわかってない顔で平然と俺を叱責した。 その態度が気に食わなくて、俺もつい反抗してしまう。 「お前も知ってるだろ? あいつはなぁ!」 「……イダヴェルさんはイダヴェルさんであって、イダヴェルさんのお祖父さんではないのですよ?」 そんなことはわかってるってんだ。 わかってないのは、お前だ。 ウィニエル。 お前、俺のこと何とも想ってないのか? 何度いい雰囲気になっても、掴めそうで掴めないよな、お前ってさ。 「お前はそれでいいのか?」 俺はあいつの腕を引き寄せ、宙に浮くあいつを見上げる。 「何がですか? イダヴェルさんにもう少し優しくして下さい」 ウィニエルは穏やかに微笑んで痛いことを告げた。 俺の気持ちはどうにも伝わっていないようだ。 「……お前がそう言うなら…………ただ勘違いはするなよな」 また、だ。 ああ、腹が立ってきた。 「勘違い……?」 首を傾げ、何のことかさっぱりわからないといった顔。 こいつは、一体何を考えているんだろうか。 「……お前、俺がイダヴェルとくっついてもいいって思ってんじゃねぇよな?」 「え……んむっ!?」 俺はあいつの腕を強く引いて、首に縋る様にして、唇をあいつに押し付けた。 普通なら、女が男に背伸びしてする格好だが、相手が天使だからこれも致し方ない。 あいつの首を放さないように、乱暴に舌も捩じ込め、あいつの唾液を俺の舌に絡ませる。 「……んん……んはっ……やっ……やめて下さい! グリフィン!!」 俺の胸に痛みが走った。 「っ……」 あいつがめいっぱい腕に力を込めたのか、気が付いたら俺は尻餅をついていた。 「……っ……はぁっ……はぁっ……こんなのっ……酷い……グリフィンのばかっ!!」 あいつはそれだけ言って、消えてしまう。 「……ウィニエル!!」 俺は咄嗟にあいつの名を呼んだんだけど、あいつは戻ってきてはくれなかった。 残ったのは、無様な格好の俺と、地面に黒い染み。 消える直前まであいつの瞳から涙が溢れ、地面を濡らしていた。 「……ごめん……でも、俺は……」 あいつ、傷ついた顔をしていた。 けど、俺は、あいつに触れられて良かったって思ってる。 ずっと触れたくて触れたくてしょうがなかったんだから。 後悔なんか全然してない。 傷つけるつもりも全くない。 だってよ、 あいつは、 俺とイダヴェルをくっつけようとしている。 俺が好きなのはウィニエル、お前なのに。 何でだよ、何で俺にイダヴェルのことを言うんだよ……。
to be continued…