会いたい③

 ――あれから、一ヶ月。

 あいつから何の連絡もない。
 俺が呼んでも忙しいとかいう理由で来てくれない。

 俺にキスされたことがそんなにショックだったのかと思うと、凄く辛くなる。

 俺は今でもあいつに触れたいって思ってるってのに。

 っつか、しばらく会ってないから禁断症状が出そうだ。

「……ウィニエルを呼んでくれよ、ローザ」

 俺はベッドにうつ伏せでへばり付きながら妖精に告げた。

「駄目です。ウィニエル様は今お忙しくて……そういえば、イダヴェルさんが先程来られてましたが?」

 ローザは俺の上を旋回しながらいつもの口調で答えた。
 どうにもローザがウィニエルに会わせないでいるような気もする。

 フロリンダに言っても「ウィニエル様はぁ、フロリンと遊んでいるのでぇ」とか、わけわからんし。

 何もかもが疑わしい。

「……いだべるになんか会わねぇよ……俺が会いたいのはうぃにえるだけなんだって……」

 身体が重くて動く気にもなれない。

 まぁ、依頼もないから動くことも必要ないんだけど、なんつーか、遊びに行く気も起こらない。

「はぁ……何だか重症ですね」

 ローザが呆れるように告げた。

「……だから、あいつを呼んでくれりゃあ治るって……」

 俺は枕に顔を鎮める。

「だから、無理ですってば」

 ローザはそれだけ言って、気配を消した。
 多分、帰ったんだろう。
 ローザにしては珍しく随分砕けた言い方をしたのに、俺は気付きもしなかった。


 ……会いたい。


 あいつに会いたい。

 会って、キスしたい。
 気持ちも告げてしまいたい。

 ずっと一緒に居たい。

 そこまで思わせるようにしたのは、ウィニエル、お前なのに。
 お前は平気で俺を放っておくのか。


 それでも……


 う~ん……


 やっぱ、好きだな。
 うん。


 理屈じゃねぇんだよ、こういうのは。

 あいつは全然思い通りにならないし、時にすげー腹の立つことも言うけど、好きなんだ。

 あいつが俺を嫌ったとしても、それは変わらない。


 ただ、やっぱり、


「……会いてぇんだって……ウィニエル……」

 もう、この際、キスも何もなくてもいい。
 顔が見たい。
 話がしたい。

 怒っててもいいからあいつの声が聞きたい。


「……来ないなら俺、勇者やめちまうぜ……?」

 誰も居ない部屋で一人呟く。


 瞬刻、

「……もう、だから忙しいって言ってるじゃありませんか!!」

 俺の頭上から声が降って来る。
 少し怒ったような、それでも柔らかく温かい口調。

 俺が待ち望んでいた、声。
 翼のような影がこの状態でもわずかに見える。

「え?」

 俺は声の主を確認しようと身体を起こすために両手をついた。

「あ、駄目、そのままで。あと、こっち振り向かないで下さいね」

 だが、声の主がそれを止めさせる。

「な、何だよそれ……せっかく久しぶりに会えたってーのに……」

「グリフィン」

 俺はその呼び声で動きを止めてしまう。


 ウィニエルの声だ。


 あいつの声が耳へと届く度、俺の胸に、心に響く。

「……動かないで下さいね」

 そして、俺の背に重みが重なる。

「……な、何だよ?」

 俺の背にあいつが乗ってるのがわかった。
 俺と同じ格好のまま、あいつは俺の背に乗っている。
 あいつの柔らかくて、温かいぬくもりがほのかに伝わってくる。

 少し重いのは、あいつが翼を隠したからだ。
 さっきまであった翼の影が今は無い。


「…………」


 あいつは何も言わなかった。
 そのままでって言われた俺も何も言わなかった。

 しばらくの沈黙の後、ため息交じりの声が聞こえる。


「…………会いたかったぁ……」


 あいつの熱い息が俺のうなじに触れて、俺の心臓が強く波打った。

「ウィニエルっ!!」

 どう反転したのかは知らない。
 実際記憶はあんまりないんだ。
 気が付いたら、俺とあいつの位置が入れ替わってて。


「…………グリフィン……」

 ウィニエルは俺に腕を押さえられながら、俺を見上げている。
 少しだけ、頬を赤く染めはにかんで。

「……お前……」

 あいつの微笑みに俺の手が緩んで、ウィニエルはそのまま俺の頬を両手で優しく包み込んだ。

 久しぶりに見たあいつはやっぱり、可愛くて。
 ここまでどうやってこぎつけたかわからないけど、あいつが誘ってるような気がして。

 でも、まてよ?

 今まであいつにそんな自覚あったっけ?

 甘い雰囲気なんて、無い……よなぁ……。
 こないだみたいに無理矢理して、また消えられたら嫌だし……。

 なんて、俺はどうでもいいことを考えていた。

 なんだけど、

 俺はこの後、そんなことを考えたことを後悔する。

「……キス、してもいいですか?」

「は? え?」

 俺の首にあいつの手が絡まって、あいつは俺の唇に自分の唇を重ね合わせる。


 途端、俺の脳は活動を停止した。


「…………」

 俺が何も考えられずウィニエルの行為にただ、固まっていたら、

「…………はむ……」

「!?」

 あいつは自分から俺の中に舌を入れてきた。
 そして、身体を起こし、気がつけば二人とも正座をしながらベッドの上に座っていた。

 互いに視線を絡ませたまま、

「……ん……んむぅ……ふぁ……」

 あいつの唇から唾液が零れ、俺の唇からも同じように垂れている。

 なのに、俺はどうして動けないんだろう……。
 っつうか、今、チャンスだろ!?

 俺ははっとしてあいつがその気ならと、お返ししようと思ったんだが……

「…………んっ……ふぅ……これでいいですね」

「……は?」

 あいつは俺から離れ、唇を拭って、屈託無く笑った。

「こないだのお返しです。グリフィンてば、いきなりキスするんだもの。ずるい」

「え?」

 状況がよく掴めていない俺は、ぽかんと間抜けに口を半開きにしたままあいつを見ていた。

「あ、汚れちゃいましたね」

 そう言って、ウィニエルはくすりと悪戯っぽく笑って、俺の唇から零れた唾液を指で拭った。

「……っ……ウィニエルっ」

 その顔が魅惑的で、俺はあいつの手を取る。

「は、はい?」

 けど、あいつは何のことやらわからないといった顔で急に取られた手元と俺を交互に見た。
 そんな顔されたら、俺はもう、それ以上何も出来なくて。


「…………」


 お前、あれだけしといて“お返し”ってどういうことだよ。
 こっちはその気になったっていうのに。

 その気って……何だよ……、…………。


 あいつはどこか物事の捉え方が間違っているような気がする。


 ……ま、そんなとこがいいんだけど。
 ……惚れた弱みか。

 辛いところだよな……。

 何て考えてたら、

「どうしたんですか? グリフィン?」

 ウィニエルはいつものように首を傾げる。

「……キスする時はよ、目を瞑るもんなんだぜ?」

 しぶしぶ俺はあいつのペースに合わせてやることにした。
 俺はいつだって、あいつのペースに巻き込まれてばかりだしな。

「え? あ、そうなんですか?」

 ほら、天然なあいつはそう答えるだろう?
 だから、俺もまた、さらりと言ってやるんだ。

「……今度する時は瞑れよな」

「はい」

 ほら、あいつは流れのままに返事をする。
 どうせ、ちゃんとわかっちゃいないくせに。

「…………本当かよ、それ……」

 流れで返事したってことでもいい。
 まだ、ウィニエルが気付いてないなら、それでもいい。

「本当って何ですか? 疑ってるんですか?」

 あいつが俺を何の疑いも無く覗き込む。


「キスする時は……」


 俺は目を閉じて静かにあいつの唇に顔を近付けていく。


「…………目を……瞑る……」


 俺があいつの唇に軽く触れて、ふと、目を開けると、あいつはちゃんと目を閉じていた。
 長い睫毛が均一に生えて、上を向いている。


 うーん……。


 やっぱり、可愛いよな、こういう所。


「…………」


 ほんの少し、触れ合うだけの軽いキスだったけど、今までで一番まともにキスしたな、って感じがした。
 俺が離れてしばらくすると、あいつは閉じた目をゆっくりと開き、特に何も言わなかった。

 ただ、穏やかに微笑んでいる。

「……なぁ、ウィニエル……」

「はい?」

「……キス、これからもしような」

 互いにおでこを合わせて俺達は見つめ合っていた。


 これ、何かいい感じじゃねぇか?


「…………はい」

 あいつは長い沈黙の後、小さく頷いた。


 やっぱ、いい感じだよなぁ?


 けど、待てよ。


 俺は、

 結局俺は、自分の想いを伝えていない。


 だってよ、


 あいつは俺の手を取って、春の日差しみたく笑ったんだ。


「今日は、一緒に居ましょうね」


 あいつの笑顔を見てたら、俺は何も言えなくなった。


 さっき、言ってた、あいつの言葉。


『…………会いたかったぁ……』


 会いたい、
 会いたい、


 そう思ってたのは俺だけじゃないって、何となくわかったから――。

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後書き

ナハー(何)
またも纏まりが……はう。

もはやゲーム内容自体すらもオリジナルと化しておりますごめんなさい。
時期は襲われた領主の居城辺りです。
“わかってないのは?”の続きみたいな感じでしょうか。

一応、グリフィン×ウィニエルはほのぼの路線で行きたいのですが、今回はキスしちゃいました。アハハ……。
しかもグリフィンさん相当やる気モードでしたし?(汗)その先まで書く所でした。ヤバイヤバイ。

お前等やっぱ両思いじゃん!!
とか、やはり突っ込み所が満載な感じでしたがいかがだったでしょう?

私の中で、グリフィンはウィニエルには絶対逆らえないよな~って思ってます。
まぁ、ウィニエルの方が年上だしねぇ……。
っつうか、何だかんだ言っても男は惚れた女に弱い方がいい!!
う~ん、でも私のは多分恋じゃなくて、愛なんでしょうね。
自分本位の恋ではなく、相手を思いやる愛だから、やっぱり弱くなってしまうのかなぁ?
時に強気でゴーってこともありますが。

ちなみに、贖いシリーズのフェイン×ウィニエルはフェインのは恋で、ウィニエルのは愛です。
フェインの恋がいつか愛に変わるといいなー、なんて思いますが。
はて? なぜ、ここにそんなこと書いているのか。

あ、グリフィン×ウィニエルは二人とも愛です♪
だから、中々進まないんですね~。
あーもどかすぃ。

そのまだるっこしさがまた、萌えなんです。自分的にモヘ~(モヘ?)
でも、ウィニエルの方がやや恋に近いかな?
というか、恋してんのかお前? って言いたい(笑)
未だにインフォスウィニエルが掴みきれてないんで、どうにも天然過ぎだろ! って突っ込みつつ。

イダヴェルさんね~……彼女可愛いのになぁ……。
台詞すらなかったな……ごめん。

グリフィン×ウィニエルはグリフィンSideしかないので、ウィニーちゃんの気持ちが書かれてませんけど、きっと何か考えてることがあるんでしょうね。
とはいえ、私も本当に掴めないよ、ウィニエルさん。

とりあえず、わかるのはズレですね。
天然さん……。ここまで天然にする筈では……。

長々とこんな所まで読んで下さりありがとうございました。

まだまだ、グリフィンさんの受難は続きそうです(笑)

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