もう一つの未来⑥

「なぁ、ウィニエル?」
「……じゃ、じゃあ、怒らないで下さいね……?」

「ああ、怒らねぇ」

「えっと……」

 ウィニエルは俺の気持ちを察したのか、俺を見上げて話し始めた。

「……例えば、の話です」
「……ああ」

「……もう一つ未来があったら、そうだったかもしれないって」

「もう一つの未来?」

 あいつは妙なことを言う。
 もう一つの未来ってなんだ?

「はい……今の私はあなたの元に居ますよ? でももし、別の私がいて、別のあなたがいて、もう一つの未来があったとしたら」

「……何だよそれ……」

 俺はつい、口をへの字にしてしまう。

 それじゃあ、天界に還っても良かったかもって言ってるのと一緒じゃないか。

 だが、

「………それでもね」

 ウィニエルは歩みを止め、腕から手を離して、俺の前へと立ちはだかる。

「?」

 俺は首を傾げてあいつを見つめた。

 もうすぐ森を抜けるのか、薄暗い道が少し明るくなり、木漏れ日が木々の間を縫って俺達を照らす。
 光があいつの顔に当たると、表情がはっきりと見える。

 あいつの瞳がまた潤んでいた。

「……うっ……それでもっ、あなたのことを忘れたりは出来ないっ! もう一人の私は天界に還ってもきっと泣き暮らすっ! 後悔してっ後悔してっ……ひっ……そうしてっ、大天使様達に迷惑を掛け……」

「ウィニエル」

 ウィニエルの瞳に涙が溢れて、俺はあいつの言葉を途中で遮るように手を引き、抱きしめる。
 あいつは声を押し殺すように俺の胸で泣いた。

 小さく嗚咽が聞こえる。

 例え話に涙を流させるとは。
 俺は何だってこいつを泣かしてばかりいるんだ?

 情けねぇ……。

「ううっ……ぐりふぃ……ご、ごめんなさ……」

 なのに、あいつは謝るし。

 謝るのは、
 俺の方……だろ?

 “もし” なんて、
 起こらなかった過去の話を持ち出して、大切な奴を混乱させるなんて愚の骨頂だ。


「謝んな。お前は何も悪くない」

「ううっ……っく……いいえっ……私が、もっとちゃんとあなたと……」

「わかったから」

 俺はあいつの耳元で呟く。

「……何……?」
「お前の気持ちは、もう充分わかったから……、ごめん」

 俺は腕に力を込め、より強くあいつを抱きしめた。

「……ううん……」

 あいつは泣きながら首を横に振る。


「俺、お前のこと泣かせてばっかだな。 ……格好悪ぃ」

 俺ははぁ、とため息混じりに告げた。

 だが、あいつは……

「……どして……? いいのに……」

 あいつは俺の背に腕を回してくる。

「え?」

「……私が泣くのは、あなたが好きだからだもの……。あなたはいくらでも私を泣かしていいんです」
「お前……」

 あいつは俺を見上げながら微笑んでいた。
 そして、続ける。

「私が勝手に泣いてるだけですから、格好悪いなんて思わないで下さい。グリフィンは格好いいもの」

 言い終えると、俺の胸に頬を擦り付けた。

「あんま俺を甘やかすなって……」

 俺はあいつの言葉がくすぐったくて、甘い香りのあいつの頭にキスをする。

 ウィニエルは俺に甘い。

 俺はいつもそれに胡床をかいてしまっている。

「え? 甘やかしてませんよ? 本当にそうなんですから」

 あいつがまた俺を見上げて微笑む。

 何の疑いも迷いもない笑顔だった。

 それが、可愛くて可愛くて。

「……うるさい」

 つい、ぽろっと出てしまう。

 どれだけ甘やかせば済むんだよ、ウィニエル。
 お前が甘やかすから、俺はお前を泣かすんだぜ?

「え? ……あむっ?」

 俺はあいつの口を塞ぐように唇を重ねていた。
 あいつからされた軽いキスなんかじゃなく、朝のように濃密に。
 始めは「うう…」と息苦しさに時折呻いたが、嫌がる様子はなく、途中から甘い声を上げていた。

「ふぅ……んん……」

 木漏れ日があいつの頬に当たる度、赤く染まっているのが良くわかった。

 しばらく口付けを交わしてから唇を離し、俺は口を開く。

「……愛してる……」

 俺の柄じゃねぇから、あんまり口にしたことはなかったが、今この場に相応しい言葉はそれしか思いつかなかった。


「……私も……、私もです……」


 ウィニエルはまた涙を溢して、俺に抱きついた。


◇


 例えばの話だ。


 もう一つの未来のウィニエルも、俺を愛してくれていた。

 もう一つの未来の俺は、天界に還った天使をどんな気持ちで送ったんだろう。


 身体が引き裂かれるような痛みにもがき苦しんだんだろうか。
 どうしようもなかった運命を呪っただろうか。

 それでも。


 それでももう一人の俺は、ウィニエルを恨むことはなかったと思う。
 嫌いにもなれず、ずっと未練たらしく想い続けて、いずれ歳を取って死んでいくんだろう。


 夢の中であいつが俺を呼び止めた声が、まだ。

 鮮明に残ってるから。


 そう思う。


『グリフィン!』

 ほら、まだ、はっきり。

 耳に残って……

「グリフィン!」
「え?」

 夢と同じ声に俺ははっとした。

 俺達はあれから森を抜けて、家の近くまで戻ってきていた。
 ウィニエルはすっかり元気を取り戻し、俺の前を走っていたが、立ち止まってこちらに振り向く。

「作戦を練りましょう! 私も何かお手伝いしますから!」
「山賊退治か?」
「はい。私、もう天使じゃないから色々作戦を練らないと!」

 ウィニエルは妙にはりきっていた。

「……そりゃ、いいけど…一緒に来るなよな」

 もう天使じゃないんだから。

「わかってますよ! 足手纏いですもん。だから作戦を!! ね?」
「へいへい」

「じゃ、早く帰って作戦会議をしましょう!」

 俺が返事をするとあいつは俺の手を取って走り出した。

「……天使だったら一緒に戦えるのに~……」

 走りながら悔しそうにあいつが呟く。

 本当は少し後悔してんじゃねぇか?

「なぁ、ウィニエル。本当はちょっとだけ後悔してんだろ?」

「……グリフィン、しつこいですよ……」

 目を細めて俺を訝しげに見る。

 う。

 あいつの信頼度が少し下がったような気がする。


「もう……空を見上げてたのは天界が恋しいからじゃなくて、雲がおいしそうだったからなのに……」

 ウィニエルは口を尖らせて話し始めた。

「は?」

「おいしそうなパンの形したのがあったんですよ。ずーっと流れていったから、ずーっと見てたんです。今日の夕食パンと何にしようかな……なんて思って」

 あいつはそう言い終えると頬を膨らました。
 同時、

「はぁ!?」

 と、驚いた俺の声が漏れる。

「天界に還ろうなんて本当に思ったことありませんから! こんなに幸せなのにそんなこと思うわけないじゃないですか」

 ウィニエルは満面の笑みを浮かべ、俺の腕を取って身を摺り寄せた。

「……そ、そうだよな」

 あいつの笑顔に釣られて俺も笑う。

 何だか今日のあいつはいつもよりスキンシップが多い……気がする。

 いつもこうだったらいいのに。

「グリフィン? ……今日のグリフィン変ですよ? 朝何度も呼んでたのに起きてくれないし、私かなり大きな声を掛けたつもりつもりだったんですけど」

「え……?」


「夢の中の私が何を言ったかは知りませんけど、あなたを呼んだのは私なんですから」

 ウィニエルはまた頬を膨らました。

「夢の中の私なんて、私じゃないもの。グリフィンに哀しい想いをさせるなんて私じゃないもの」

 今度は顔を顰めている。


「夢の中の私なんか忘れて下さい。私は今、あなたの隣に居ます。この先も、ずっと」


 夢の中の自分に怒りを覚えたのか、嫉妬しているのか、俺の目を真っ直ぐに見据えて告げた。


「……呼んだのはお前だったのか……」

 俺は妙に納得していた。


『グリフィン!!』


 通りで耳に残ってるはずだ。
 呼んだのは今ここにいるウィニエルなのだから。



 もう一つの未来のことなんか、どうでもいい。


 ただ夢を見たことで、俺はウィニエルが地上に残ってくれて心底良かったと思っていた。
 嫌な夢だったが、自分の幸せを再確認出来た気がする。


 本当、良かった。


 これからの未来をあいつと歩めるのは今の俺だけ――。

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後書き

もう一つの未来があったなら……とかいうお話でした。ウィニエルの言った未来、あながち有り得なくもない(笑)
その後贖いシリーズへと続くとか続かないとか?

グリフィン×ウィニエルは幸せいっぱいな感じがいいので、ラブラブ一直線です♪

お互いに色んなことに上手く折り合いを付けながら二人で歩んで行くことでしょう。
今回はその途中という感じ。設定的にはまだ二人は結婚してません。
恋人同士の方が何だかいいような気がして。

ラブラブで家に戻った二人をティアは複雑に迎えるんでしょうね~(汗)
山賊はその後グリフィンさんが無事退治することでしょう。

しかし、今回甘すぎて書いてて恥ずかしかったヨ……。
一応全年齢用SSだからそうアダルトなことも書けないし。キス止まりなのがモドカシイ!!(汗)

さて、ウィニエルは本当に天界から降りたことを “少し”、も後悔していないのでしょうかー?
私はグリフィンの問い掛けは何気に鋭いとこを突いてると思います。
後悔まで行かなくとも、かなりの不便さは感じているようだし。

でも、女はね~、好きな男のためなら何でも投げ出せたり、出来ちゃうものなのよ。
……的なことも書きたかったんですが長くなりすぎなのでカットカット!

長々と読んで下さってありがとうございました!

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