前書き
レイゼフートから王都ファンランへ戻ったルディエールはセネカに会いに。そこへウィニエルが訪ねてきて……。ありがちネタです。
レグランス国王である兄に頼まれ、特使としてレイゼフートへ行って、 やっと、 ファンランへ戻って来た。 天使のウィニエルもずっと一緒についててくれたみたいで、道中何事も無く無事に帰ることができた。 宰相はいけすかない奴で、あの魔女も何だか嫌な感じがする。 皇帝は可哀想な方だ。 とりあえず、謁見は済ませたわけで、気になることはあるけど俺が出来るのはとりあえずはここまでだ。 兄さんに報告も終えたし、ウィニエルも今は居ない。 久しぶりに王都に帰って来たんだ。 ウィニエルから依頼が来ない内に、 セネカに会いに行こう。 セネカは俺の幼馴染み。俺の言葉が理解出来る賢い象だ。 小さい頃からよく遊んでた。 「セネカ!」 俺は噴水の前でセネカの名を呼んだ。 「パオオオオオッ!!」 セネカは元気良くに俺に返事をする。 「よし、セネカ、水浴びでもするか!」 俺は上着を脱いで、噴水の水を両手で乱暴に掬って、セネカに水を掛けてやった。 「パオオオオオーン!!」 セネカは目を細めて喜んで、自分の鼻を噴水の水へと浸け吸い込む。 「ん……? な、なん……」 「パオオオッ!!」 俺が言い終える前に、セネカは大量の水を俺の頭上から降らした。 水が勢い良く落ちていく滝の音が耳に響く。 髪がそれに習って前倒しになり、視界が塞がれ自然と俺は俯く。 「うわっ冷たっ!!やったなぁ!!」 俺はセネカの攻撃でびしょ濡れになった前髪を両手で拭って顔を上げた。 「……ん? あ、ウィニエル!」 顔を上げると、俺の目の前に天使がいる。 「こんにちは、ルディ。楽しそうですね」 天使ウィニエルは穏やかに微笑みながら地に足を着けて俺とセネカを見ていた。 「いつから居たんだ?」 俺は彼女に訊ねる。 「今来た所です。その象さんは……?」 ウィニエルはセネカを見上げて首を少し傾げた。 俺はセネカを彼女に紹介してやった。 「幼馴染みなんだ」 俺はセネカの傍らに立って、セネカの小さい瞳と目を合わせる。 「セネカさんというのですか……可愛いですね」 ウィニエルはそう告げると純白の翼を少し羽ばたかせて、セネカの鼻筋を撫でた。 「あ……危な……」 ウィニエルの行動に俺は自分の手を宙へと泳がせる。 セネカは俺以外には懐いていないから下手に触ろうとすれば危険なのに。 「はい? どうかしましたか?」 ウィニエルは俺に振り返り、セネカの鼻筋を撫で続けている。 「…………あ、いや……」 俺は言葉を飲み込んだ。 セネカが目を細めて、気持ち良さそうにしている。 俺以外の誰かに鼻筋を触られるのを嫌がるあのセネカが。 「……君は不思議人だな……」 俺はぽつりと呟いていた。 「……可愛い……」 彼女には聞えていないようで、夢中でセネカに微笑みかけている。 セネカもウィニエルを知りたがっているのか鼻先で彼女の足の先から頭の天辺まで触れるか触れないかくらいの距離感で、匂いを嗅いでいた。 「……さ、セネカほめてもらったお礼にウィニエルも涼しくしてやれよ!」 俺はセネカの目を見て告げた。 「えっ!?」 ウィニエルは一瞬身体を竦め、セネカから離れ、地上に降りた。 「パォパォパオオオオッ!!」 セネカは俺の声を聞いてすぐに噴水から水を吸い込み、ウィニエルににじり寄る。 「いや……あの……ま、待って下さい」 ウィニエルは迫り来るセネカに翼を使うことも忘れ、一歩後ずさった。 「ほら、セネカ!!」 パオオオオオオン!! セネカはすごく楽しそうに吸い込んだ水をウィニエル目掛けて放出した。 「きゃぁああああっ!!」 ウィニエルの悲鳴が聞える。 頭上から注がれる勢いのある滝に、両手で自らの腕を掴みその場に身を屈め、蹲っていた。 「どう? 少しは涼しくなっただろ?」 俺は彼女に近づいて、俯くウィニエルの頭上から声を掛ける。 「…………」 ウィニエルからの返事は無かった。 「ウィニエル?」 俺はしゃがんで、彼女の顔を覗きこむ。 「…………」 彼女は放心状態で目を丸くして俺とは目を合わさずに何度も瞬きをしている。 「ウィニエル……? ……あっ……」 彼女の名を呼んで俺はあることに気が付いた。 「……っ……ご、ごめん……」 俺はそのままの体勢で彼女に謝罪する。 彼女の肌と服が水に濡れて、密着している。 ウィニエルの薄い水色の服が透けて下の白い肌がほんのりと赤らんでいくのがわかった。 「……っ……」 俺はそれを目を逸らすことが出来ずにただ黙って見ていた。 「…………ルディー……!!」 俺の視線にウィニエルはようやく正気を取り戻して、俺を睨みつけた。 「…………」 けれど、今度は俺が放心状態で彼女の両肩を掴む。 「なっ……何ですか!?」 彼女の顔が赤く染まってゆく。 「……っ……」 肩を掴んだはいいけど、俺は彼女から目を放せなくて。 「…………」 彼女も俺に釣られて無言になってしまった。 互いに目だけ逸らせないで、見つめ合っている。 こんな風に見つめ合うのは何だか変な感じだ。 疚しい気持ちがないわけじゃないけど、 ただ、 俺は、彼女が綺麗だなと思ったんだ。 水に濡れたしなやかな飴色の髪と純白の翼は、雫に反射して艶やかだ。 その髪から落ちる雫が彼女の頬を、首を、鎖骨を伝って、充分に濡れた上着に沁みていく。 唇は潤いを帯びて少し開き、何か言いたそうなのに言葉は発せられない。 そして、彼女のエメラルドの瞳の中に俺だけを映している。 その光景があまりにも眩しくて、俺は何も言えなかった。 ずっと見ていたくて、微動だにせずに彼女の肩を掴んだままだった。 ……しばしの沈黙。 俺と彼女は動けない。 けど、そう思ってたのは俺だけだったみたいで。 「……は……放して下さい……」 彼女の艶やかな唇がゆっくりと動いた。清流のせせらぎのような彼女の声はいつ聞いても耳に心地良い。 「……あ……ご、ごめん……」 俺はとりあえず座ったままだと悪いと思い、彼女を立たせようと腕に力を込め、彼女を立たせようとする。 「や、やめて下さいっ!」 「え?」 彼女は目を固く瞑って両腕を解き、俯きながら俺の胸にその腕を突っ張った。 俺はそこで、彼女の見てはいけないものをまともに見てしまう。 「うわっ!! ご、ごめんっ!!」 俺は咄嗟に手を放してしまった。 「…………」 俺から離れると彼女は無言で再び両腕で自分を包むようにして俯きながら地面にへたり込んだ。 「ウィニエル……ごめん! 俺、こんなつもりじゃなかったんだっ!!」 刹那俺は彼女の前に跪いて、頭を下げる。 「……顔……上げて下さい。私は大丈夫です。こんなことで謝らないで下さい……」 俺と目を合わさないウィニエルの声が微かに聞える。 雫はまだ乾かず、彼女の長い髪と翼を伝って一滴一滴地面に黒く染み渡っていた。 彼女はいつでも怒らない。 いつでも優しくて、しなやかで、落ち着いた女性で、生真面目だ。 多少ドジなところもあるけど、俺はそんな彼女をいつでも見ていたくて。 そう、今も、ずっと見ていたい。なんて。 俺は静かに顔を上げた。 「…………」 彼女も顔を上げて、俺の方を見ている。 その表情は初めて見るものだった。 少し訝しげに今にも泣き出しそうな、けれど頬が僅かに膨らんでいるような。 今までこんな顔、見たこと無かった。 彼女はいつでも柔和に微笑んで、いつでも同じ顔。 切なそうにしていても、その表情は僅かにしか変わらない。 何を考えているのかさっぱり読めない。 いつも優しく微笑んでいる綺麗な人形。 そう、 人形みたいな、 けれど、その瞳の意思は強くて、俺はその瞳を見ると彼女に従いたくなってしまう。 それが天使の資質なのか、女性としての魅力なのかはわからないけれど、俺は彼女のそれ以上を知りたいと思い始めていて。 だから、この顔が見れて嬉しい。 多分、怒っているんだと思う。 彼女が女性であるということを忘れて、安易に水を掛けた俺を怒ってる。 「本当にごめんなさいっ!!」 俺はもう一度頭を地面に付けてお辞儀をして、顔を上げた。 本当は嬉しいんだけど、したことには謝罪しなければならなくて。 「……も、もういいですよ……べ、別に怒ってはいませんから……」 俺の心を読んだかのようにウィニエルは頬を膨らましながら告げる。 「お、怒ってるじゃんか……」 俺の声が上擦る。 ウィニエル、君の怒ったその顔が可愛いなんて言ったら、 次に君はどんな表情をするんだろう? ただの好奇心だけど、見て見たい気がする。 ああ、でも、君を困らせるのは少し可哀想な気もするな。 「怒ってなんていませんよ……?」 俺の言葉にウィニエルは首を横に振って俯いてしまう。 「本当に怒ってないのか……?」 俺は俯いてしまった彼女を覗き込む。 「怒ってませんよ」 覗き込んだ彼女の表情は変わらず、頬だけが少し赤らんだ。 「じゃ、どうして顔上げてくれないんだよ?」 彼女の思考が読めず、俺は無神経にも俯いた彼女と目を合わせる。 「……それは……」 ウィニエルは困惑した顔をしていた。
to be continued…