「……それは……?」 俺が彼女に訊ねようとした一瞬。 「パオオオオオンッ!!」 セネカの声が聞えた気がした。 「きゃあっ!!」 ウィニエルの声も聞える。 「うわっ!?」 そして、俺も声を上げてしまう。 セネカが俺とウィニエルに無視されていると思ったのか、俺達の頭上に再び大量の水を浴びせてきたのだった。 俺達は頭ごと水に押されて互いにお辞儀をし合っていた。 ウィニエルの髪が、翼が再び大量の水で潤う。 「…………」 ウィニエルは無言で頭を重そうに上げて後れ毛を耳に掛けた。 未だお辞儀をしたままの俺には今の彼女の表情は読めない。 「…………」 俺も無言のまま頭を勢い良く振り上げ、顔を上げた。 すると、乱れた髪の彼女が俺の視界に入ってくる。 「あ……」 俺は水に濡れた彼女に再び目を奪われてしまう。 「……ふふっ……また掛けられてしまいましたね……」 さっきまで頬を膨らましていた彼女が今度は俺を見て微笑んでいた。 その顔といったら。 身体についた透明な雫が日の光に反射した、その彼女といったら。 雫を纏ったその唇の輝きといったら。 「……ウィニエル……」 俺は盲目に彼女の唇を見つめていた。 「はい?」 ウィニエルの潤いを帯びた唇が静かに動く。 それはあまりに妖艶で美しくて。 「……っ……」 俺は言葉を失って彼女の肩を知らず知らずのうちに掴み、彼女の薄く開いた唇に吸い寄せられるように顔を近づけていた。 誘われている気がしたんだ。 俺の唇と彼女の唇が触れ合うまで、あと少し。 「……あ……あの……ルディ……?」 刹那、彼女の声が俺の耳に飛び込んで来る。 「!?」 俺は慌てて彼女から身を引いて、立ち上がった。 「ご、ごめんっ!!」 俺は彼女に背を向けてしまう。 今、何しようとしてた? 俺、今彼女に何しようとしてた? 「……っつ……」 俺は俯き右手に拳を握って、その手の甲に自らの唇を強く押し当てた。 さっきから俺は何をやってるんだ!? これじゃ彼女に嫌われてしまうかもしれないじゃないか。 彼女に嫌われたくない。 天使の勇者だっていうのにその天使に嫌われたらこの先どうすんだよ!? ……いや、違う、 天使とか勇者とか関係なく、彼女に嫌われたくない気がする。 どうしてかはわからない。 「ルディ……?」 ウィニエルは立ち上がって、その表情は読み取れないけれど、俺のすぐ後ろに立っていた。 俺は自分があまりに情けなくて逃げ出したくなった。 でも、足が動かなくて。 「……ルディ……これではしばらく飛べません……乾くまでここに居ていいでしょうか?」 彼女の声が聞えて、俺の背に濡れた髪と手の感触伝わってくる。 彼女の額と両手が俺の背にぴたりとくっ付いているようだった。 「え……?」 俺はその触れられ慣れていない感触に振り返ろうと首だけ後ろに回そうとする。 「……こっち……向かないで下さい……」 彼女の声で俺の濡れた背中に仄かに温かい風が当たる。 少し、くすぐったい。 「な……何で……?」 俺はウィニエルの言葉に途中まで回した首を元に戻し、何となく空を見上げた。 「…………恥ずかしいから……。さっきも……恥ずかしかったんです……ルディったら……ずっと私の方を見ていたでしょう? …………」 ウィニエルの声は小さかった。 でも、一言一句零すことなく、俺には届いている。 「えっ!? あ……俺そんなつもりじゃ……」 俺の頬が少し熱くなった気がした。 彼女の声はいつでも耳に心地よくて。 けど、彼女がそんなことを思ってたなんて気が付かなかった。 疚しい気持ちが全く無かったとは言えない。 ただ、ウィニエル、何故か君に目を奪われてしまったんだ。 水に濡れた君はとても綺麗だ。 怒った君も可愛くて。 もっと色んな君を見たいなと思ったんだ。ただの、好奇心。 日に日に膨らんでく好奇心。 「……ごめん……」 俺は俯いて彼女に謝罪した。 「……ふふっ……ルディったら……謝ってばかりですね……」 彼女の身体が俺に密着する。 彼女の柔らかいあの膨らみが濡れたシャツ越しに背に触れている。 触れているなんてものじゃない。 風が通る隙もない程だ。 「え……ウ、ウィニエル?」 俺の心臓は早鐘を打っていた。 だって、急すぎて。 そりゃ、彼女は俺より全然大人で余裕なのかもしれないけど、俺はこういうのに慣れてなくて。 けど、ウィニエルもそういうことには疎かったはず? なんて、 なんて、 俺の頭はどうかしてるんだ。 今日はおかしい。 長旅の疲れで頭まで疲労してるんだ。 彼女に触れたいと思ってしまうなんて。どうかしてる。 ああ、いや……どうしたいとかじゃなくて。 どうかしてる。 俺は今日おかしいんだ。 「ウィニエル……?」 俺は恐る恐る首を後ろに回した。 「……あっ……ちょ、ちょっとセネカさん押さないでっ!!」 「え……?」 俺の目にセネカの鼻に押されて苦しそうにしている彼女が映る。 セネカは押し競饅頭でもするように彼女を俺の背に押し付けていた。 「セネカ!!」 俺はセネカを一喝した。 その後、セネカは彼女の背から鼻を退けて、拗ねたように噴水で一人水浴びを始める。 パォオオオ……。 セネカが不服そうに文句を言っている。 「……ルディ……私、帰りますね」 ウィニエルは一人淋しそうに水浴びをしているセネカを見て告げた。 「え……? 翼は大丈夫なのか?」 彼女の翼はまだ濡れていて、熱い日中でもまだ生乾きの状態だった。 「歩いて乾かしますから大丈夫です。ルディはセネカさんと一緒に遊んであげて下さい」 ウィニエルは軽く頭を下げて、歩いて行く。 翼を広げて、少しでも日に当てようとしているのがわかる。 いつもは翼を広げて飛んで行くのに、何だか不思議な光景だった。 「気をつけて帰るんだぞ!」 俺がそう告げると、彼女は振り向かずに翼を二度羽ばたかせた。 羽ばたいた羽根から水の雫が零れ、光に反射して輝く。 綺麗な、ウィニエルの翼。 俺はこの翼をずっと見ていたいと思っていた。 「……なぁ、セネカ……俺さ……」 俺はセネカの鼻を撫でながら告げる。 俺今日やっぱどうかしてるよな。 「パオオオオンッ!!」 セネカはウィニエルが去ったことに今気付いたようで、彼女に別れを告げるように一際大きく鳴いた。 『また遊ぼうね』そんな風に聞えた。 セネカはウィニエルのことを気に入ったらしい。 ただ、さっきは俺と彼女に無視されてちょっと淋しかっただけなんだろう。 そして、その後すぐに鼻息を大きく俺に吹きかける。 息に交じって水が少しまた俺に掛かった。 「冷てっ!?」 「パオオオオン!!」 セネカはもう一声鳴いた。 『礼は?』だって。 セネカが目を細めて横目に俺を見る。 「な、何の……あ……。……そ、そうだな、お前に感謝しなくちゃな……ったく……参ったな……」 俺はウィニエルの水に濡れた姿と彼女の感触を不謹慎にも思い出し、少し恥ずかしくなって手で目を覆った。 その時口の両端が少し無意識の内に上がっていたのは俺が変態だからとかそういうんじゃない。 彼女があまりに魅力的だったってだけのことで。 「……まだ、ドキドキしてるよ俺」 俺は噴水の縁に腰掛けて心臓に手を当てた。 どくん、どくん、と早く強く脈を打っている。 それはどんどん大きくなってゆく。 脈打つ度に熱く痺れる。 何だろう、これ? もう今日、彼女は帰ってしまったけど。 明日も明後日も、その次の日も、 彼女に会いたい。 そしたら、この心臓の高鳴りが何かわかるような気がするんだ。 ウィニエル、君も俺と同じならいいな。
後書き
アリガチネタ(笑)でも書いてみたくて書いてしまいました。
うちのウィニエルとルディは姉と弟って感じです。しかも純粋な関係ではなく不純なw
ルディはまだウィニエルのことを好きと自覚してません。現時点では信頼し合ってる良好な状態。
これから崩れていくかと(嘘)
ゲームだとルディは「俺」を「おれ」と言ってるんですが、「俺」の方が格好いいのでこっち使ってます。
ついでに、セネカの鳴き声がパオオオオンではなかったと思うんですが、パオオオオンの方が可愛いので♪
読んで下さってありがとうございました!