前書き
リュドラルの最も苦手で嫌いな天使ラミエルとのお話。旅の途中、突然ラミエルがウィニエルの悪口を言い出して……。
「ローザ、頼みがあるんだけど」 「はい、天使様をお呼びすればいいんですね?」 「ああ、頼むよ」 俺は妖精に天使を呼んでくれるように頼んでいた。 インフォスに遣わされた天使は三人。 女の天使が二人と男の天使が一人。 三人は肉親ではないが、共に育った兄弟みたいなものだって言っていた。 三人は同い年だけど、生まれ順がある。 一番年上はウィニエル。 飴色の緩いウェーブの掛かった長い髪の碧の瞳の美人。 落ち着きがあって、いつも静かに色々と相談にのってくれて話しやすい。 何を言っても、ただ静かに優しく微笑んで聞いてくれる。時折びっくりさせてやると、普段とは違う可愛い一面が見れる。 俺が贈り物をすると、すごくうれしそうに受け取ってくれて、その微笑みにいつも癒され、度々贈り物をする。 それは俺が彼女を好ましく思っているからで、妖精達に聞いても、彼女は俺と同じ印象らしく、“キレイなお姉さん”なのかも。 そんなだから、一番上だって納得。 俺と並んだら、恋人同士に、見られるのかな? 二番目はロディエル。 長身で……と言っても、俺と同等か、やや低いくらいか……線は細くて、肩までのさらっとした漆黒の髪に切れ長の紫の瞳、男の俺から見てもいい顔立ちをしていると思う。 優男って感じだ。 ただ、俺が嫌いなのか男が嫌いなのか、呼び出すといつも不機嫌で、つんとして話し辛いし絡み辛い。 けど戦闘の時のサポートは上手いと思う。 ウィニエルやラミエルに聞いた話じゃ女好きで、女勇者にちょっかいを出しては怒られているらしい。 俺には天界のことはよくわからないけど、こんな天使が居ていいのかちょっと疑問だ。 でも、何か嫌いになれないヤツ。 末っ子がラミエル。 桃色の滑らかな長い髪は腰から十センチ上まで伸び、頭の両側耳近くにパールの飾りゴムで少しだけ結んである。 大きくクリクリとした瞳は宝石のルビーに似てる。 じっと見てると、吸い込まれそうになる。 背丈は俺の肩よりも低くて、翼で浮いてなきゃ、俺と話し辛そうだ。 実は、俺、ちょっと苦手だったりする。 何で苦手かって言うと……、 「リュドー!!」 ウィニエルに頼まれた事件を解決するため、俺は目的地へと向かっていた。今は荒野を歩いている。 ウィニエルからの頼みだから、早く片付けてやりたい。 今日は本来なら、ロディエルが同行するはずだったんだけど、あいつは、別の勇者の所へ行ったらしい。 ……おそらく、女勇者だろう。 もう少し仲良くなったら、どんな女勇者なのか、聞いてみたい気もする。 ウィニエルは別の事件で急行しているらしい。 彼女は真面目だから、いつでも勇者一人に事件を任せっきりにしたりはしない。 俺が目的地に着く頃にも必ず来てくれる。 けど、目的地までまだまだ。 俺の足で二週間は掛かるか。 急行した事件が解決したら、ウィニエル、会いに来てくれるかな? 終わったら呼んでみればいいか……。 でも、昨日呼んだばっかりだしな……それに、ウィニエルは他の勇者からも信頼されてるからか、別の勇者のところにいることが多いんだよなぁ……あんまり呼び出して、俺がウィニエルに好意を持ってるってこと、悟られたくないしなぁ。 そんなわけで、俺は一人で旅してるってわけ。 当然、ラミエルは呼んでない。 「……この声は……」 「ちょっとー、どうして呼んでくれないのよぅ!」 俺の目の前に頬を赤く膨らました天使が舞い降りてくる。 相当怒っているらしい。 眉間に皺を寄せ、こちらを睨み付けている。 「なんだよ、俺は一人で大丈夫だって」 「そういうわけには行かないんだってば!」 語尾の“ば!”と共に、ピンク髪の天使から肘鉄が繰り出され、俺の腹に鋭く刺さった。 「っ!? いっ…た…っ」 腹を抱え、天使の攻撃に後ずさる。 「わっ!? ごめん!! 避けるかと!! ……ってか、そんな痛くないはずだよ!? 寸止めした、寸止め!」 「うっ……」 俺はその場に膝を打ち、倒れこんだ。 「ちょ、ちょっと大丈夫~??? 本当に痛いの???」 「う、疑うのかよっ……げほっ、げほっ…」 「そういうわけじゃあないけど、リュドって、そんなひ弱じゃないっしょ?」 ラミエルは倒れた俺に駆け寄り、俺を起こそうとする。 「っ……これだけいい腕持ってるなら、俺なんて要らないんじゃないのか? 堕天使と戦えるだろ」 俺は俺の身体を起こそうとするラミエルを見下すように、白けた視線を流した。 「何言ってんのよ~! 勇者が戦ってくんなきゃ、私等なんなのよ~!! モンスターばったばった倒してよぉ!!」 ルビーの瞳が俺を真っ直ぐ見つめて、懇願する。 「……モンスターの一部に俺の友達が要るって前言ったよな?」 俺が彼女を苦手な理由。 「それがなんなのよぅ? 悪いモンスターは倒す、勇者として当然でしょう?」 「俺、そういう所、納得できないし、お前のことも信用できないんだけど」 怪訝の顔で、俺の身体を支えるラミエルの手を振り払った。 「むぅ。お前って言われたくない。私はラミエルって名前なんですけど」 払われた手に気にすることなく、ラミエルは俺の身体を尚も起こそうとする。 「問題すりかえんなよ。あんたの名前なんかどうだっていいって」 「あんたじゃなくて、ラ・ミ・エ・ル!! 別に問題すり替えてなんか無いじゃん。大体、リュドは私の何が気に入らないわけ? 私、ちゃんと同行して、ちゃんと仕事してるよ?」 「……仕事って……」 ラミエルは天使として、自分がどういう立場なのか、よくわかってる。 「……天使の仕事はこのインフォスの時の淀みを清浄にすること。原因究明、打倒堕天使!! ウィニエルだって、同じだよ? 全部終わったら天界に帰るんだから。ウィニエルだって、そうなんだから。ロジーだって。さっさと終わらせたいのよね。次の世界にも行かなくちゃだし」 はきはきとした明るい声で、自信に満ち溢れながら、俺を見上げて告げた。 まごまごしている勇者……俺達は役立たずとばかりに、事件の解決を急かすように。 ロディエルでもそこまでは言わない。 彼はむしろ、インフォスでの任務を楽しんでいるようだ。 ウィニエルは当然のことながら、俺にいつも謝罪と礼を繰り返していて、辛そうだけど、どんなことも受け入れるつもりでいるみたいで、俺の痛みをわかってくれる。 他の勇者の痛みも多分受け入れているんだろう。 でも、ラミエルは違う。 はっきりと、告げるんだ。 “時の淀みの早期解決。誰かが亡くなってもそれは仕方のないこと” と。 鋭く、意志の強い眼差しで。 俺は、彼女のような冷徹な人間が苦手だ。 ……最も、彼女は人間じゃないが。 そのくせ、 「あ。そういや、リュド、今日はどっか宿取ったの? もうそろそろ日が暮れるよ。この先にね、小さな村があったから、宿取っておいたよ」 変なところは気が利くんだ。 「宿屋なんて、自分で取るからいいよ」 「宿取らないと、野宿するでしょ? 私の勇者が寝ている間に殺されたら困るじゃない。明日はその先の山越えなきゃなんだからちゃんと休んでおいてよ?」 ラミエルは勇者を自分の所有物のように思っている、と俺はみてる。 「……お前の勇者になった覚えはないんだけど……」 「なんで? スカウトしたの、私だよ? あ、お前じゃなくて、ラミエルね」 大きな瞳と目が合って、その瞳が二度、瞬きをした。 「ラミエル」 「はいはい?」 ラミエルは俺に呼ばれると、うっすらと笑う。 見た目だけなら、天使の微笑みと、誰もが言うんだろうけど。 「なんで、お前って、そう自分勝手なわけ?」 俺の腹にモヤモヤした何かと、不愉快な感覚が流れる。 多分、いや、明らかに俺は苛立っている。 それも、さっきからずっと。 苛立ちを抑えながら俺は、ラミエルに冷たい視線を送った。 「自分勝手? 私のどこが?」 ラミエルは何もわかっていないのか、無防備に小首を傾げる。 顔は可愛い。それは認める。 だが、 これが、ウィニエルだったら、どんなに良かったか、と俺は思ってしまう。 同じ天使なのに性格がこうも違うと、苦手……というか、俺は多分、こいつが嫌いなんだと思う。 ラミエルといると、俺のペースがことごとく崩される。 ウィニエルのように俺に合わせてなんてくれない。 この女は。 「天使ってのは、いつも柔和に笑って、人間を見守るもんだろ?」 俺の天使のイメージは、そんな感じだった。 けど、ラミエルは動じることなく、こう答えるんだ。 「へ? ……柔和に笑ってって…何で? ロジーなんかいっつもムスッとしてるじゃん」 「……ぐ……」 ご名答。 確かに、ロディエルはいつもムスっとしている。 でも、俺が言ってるのは…。 「……う、ウィニエルはいつも、笑ってるから……」 こいつにも悟られたくない、俺の気持ち。 絶対、ウィニエルに告げ口をするに決まってる。 こないだだって、俺がウィニエルに黙っておいて欲しいことを、ウィニエルの口から聞いてしまった。 あれは驚いた。 ラミエルにしか話していなかったことだから、誰が言ったかなんて、すぐわかった。
to be continued…