その声で呼んで①

前書き

リュドラルの最も苦手で嫌いな天使ラミエルとのお話。旅の途中、突然ラミエルがウィニエルの悪口を言い出して……。

「ローザ、頼みがあるんだけど」
「はい、天使様をお呼びすればいいんですね?」

「ああ、頼むよ」

 俺は妖精に天使を呼んでくれるように頼んでいた。

 インフォスに遣わされた天使は三人。
 女の天使が二人と男の天使が一人。

 三人は肉親ではないが、共に育った兄弟みたいなものだって言っていた。
 三人は同い年だけど、生まれ順がある。

 一番年上はウィニエル。
 飴色の緩いウェーブの掛かった長い髪の碧の瞳の美人。
 落ち着きがあって、いつも静かに色々と相談にのってくれて話しやすい。
 何を言っても、ただ静かに優しく微笑んで聞いてくれる。時折びっくりさせてやると、普段とは違う可愛い一面が見れる。
 俺が贈り物をすると、すごくうれしそうに受け取ってくれて、その微笑みにいつも癒され、度々贈り物をする。
 それは俺が彼女を好ましく思っているからで、妖精達に聞いても、彼女は俺と同じ印象らしく、“キレイなお姉さん”なのかも。
 そんなだから、一番上だって納得。

 俺と並んだら、恋人同士に、見られるのかな?

 二番目はロディエル。
 長身で……と言っても、俺と同等か、やや低いくらいか……線は細くて、肩までのさらっとした漆黒の髪に切れ長の紫の瞳、男の俺から見てもいい顔立ちをしていると思う。
 優男って感じだ。
 ただ、俺が嫌いなのか男が嫌いなのか、呼び出すといつも不機嫌で、つんとして話し辛いし絡み辛い。
 けど戦闘の時のサポートは上手いと思う。
 ウィニエルやラミエルに聞いた話じゃ女好きで、女勇者にちょっかいを出しては怒られているらしい。
 俺には天界のことはよくわからないけど、こんな天使が居ていいのかちょっと疑問だ。

 でも、何か嫌いになれないヤツ。

 末っ子がラミエル。
 桃色の滑らかな長い髪は腰から十センチ上まで伸び、頭の両側耳近くにパールの飾りゴムで少しだけ結んである。
 大きくクリクリとした瞳は宝石のルビーに似てる。
 じっと見てると、吸い込まれそうになる。
 背丈は俺の肩よりも低くて、翼で浮いてなきゃ、俺と話し辛そうだ。
 実は、俺、ちょっと苦手だったりする。

 何で苦手かって言うと……、


「リュドー!!」


 ウィニエルに頼まれた事件を解決するため、俺は目的地へと向かっていた。今は荒野を歩いている。
 ウィニエルからの頼みだから、早く片付けてやりたい。
 今日は本来なら、ロディエルが同行するはずだったんだけど、あいつは、別の勇者の所へ行ったらしい。


 ……おそらく、女勇者だろう。
 もう少し仲良くなったら、どんな女勇者なのか、聞いてみたい気もする。


 ウィニエルは別の事件で急行しているらしい。
 彼女は真面目だから、いつでも勇者一人に事件を任せっきりにしたりはしない。
 俺が目的地に着く頃にも必ず来てくれる。

 けど、目的地までまだまだ。
 俺の足で二週間は掛かるか。
 急行した事件が解決したら、ウィニエル、会いに来てくれるかな?

 終わったら呼んでみればいいか……。
 でも、昨日呼んだばっかりだしな……それに、ウィニエルは他の勇者からも信頼されてるからか、別の勇者のところにいることが多いんだよなぁ……あんまり呼び出して、俺がウィニエルに好意を持ってるってこと、悟られたくないしなぁ。


 そんなわけで、俺は一人で旅してるってわけ。
 当然、ラミエルは呼んでない。


「……この声は……」

「ちょっとー、どうして呼んでくれないのよぅ!」

 俺の目の前に頬を赤く膨らました天使が舞い降りてくる。
 相当怒っているらしい。
 眉間に皺を寄せ、こちらを睨み付けている。

「なんだよ、俺は一人で大丈夫だって」
「そういうわけには行かないんだってば!」

 語尾の“ば!”と共に、ピンク髪の天使から肘鉄が繰り出され、俺の腹に鋭く刺さった。

「っ!? いっ…た…っ」

 腹を抱え、天使の攻撃に後ずさる。

「わっ!? ごめん!! 避けるかと!! ……ってか、そんな痛くないはずだよ!? 寸止めした、寸止め!」
 
「うっ……」

 俺はその場に膝を打ち、倒れこんだ。

「ちょ、ちょっと大丈夫~??? 本当に痛いの???」
「う、疑うのかよっ……げほっ、げほっ…」
「そういうわけじゃあないけど、リュドって、そんなひ弱じゃないっしょ?」

 ラミエルは倒れた俺に駆け寄り、俺を起こそうとする。

「っ……これだけいい腕持ってるなら、俺なんて要らないんじゃないのか? 堕天使と戦えるだろ」

 俺は俺の身体を起こそうとするラミエルを見下すように、白けた視線を流した。

「何言ってんのよ~! 勇者が戦ってくんなきゃ、私等なんなのよ~!! モンスターばったばった倒してよぉ!!」

 ルビーの瞳が俺を真っ直ぐ見つめて、懇願する。

「……モンスターの一部に俺の友達が要るって前言ったよな?」

 俺が彼女を苦手な理由。

「それがなんなのよぅ? 悪いモンスターは倒す、勇者として当然でしょう?」
「俺、そういう所、納得できないし、お前のことも信用できないんだけど」

 怪訝の顔で、俺の身体を支えるラミエルの手を振り払った。

「むぅ。お前って言われたくない。私はラミエルって名前なんですけど」

 払われた手に気にすることなく、ラミエルは俺の身体を尚も起こそうとする。

「問題すりかえんなよ。あんたの名前なんかどうだっていいって」
「あんたじゃなくて、ラ・ミ・エ・ル!! 別に問題すり替えてなんか無いじゃん。大体、リュドは私の何が気に入らないわけ? 私、ちゃんと同行して、ちゃんと仕事してるよ?」


「……仕事って……」


 ラミエルは天使として、自分がどういう立場なのか、よくわかってる。


「……天使の仕事はこのインフォスの時の淀みを清浄にすること。原因究明、打倒堕天使!! ウィニエルだって、同じだよ? 全部終わったら天界に帰るんだから。ウィニエルだって、そうなんだから。ロジーだって。さっさと終わらせたいのよね。次の世界にも行かなくちゃだし」


 はきはきとした明るい声で、自信に満ち溢れながら、俺を見上げて告げた。
 まごまごしている勇者……俺達は役立たずとばかりに、事件の解決を急かすように。

 ロディエルでもそこまでは言わない。
 彼はむしろ、インフォスでの任務を楽しんでいるようだ。
 ウィニエルは当然のことながら、俺にいつも謝罪と礼を繰り返していて、辛そうだけど、どんなことも受け入れるつもりでいるみたいで、俺の痛みをわかってくれる。
 他の勇者の痛みも多分受け入れているんだろう。


 でも、ラミエルは違う。
 はっきりと、告げるんだ。


 “時の淀みの早期解決。誰かが亡くなってもそれは仕方のないこと”

 と。
 鋭く、意志の強い眼差しで。


 俺は、彼女のような冷徹な人間が苦手だ。
 ……最も、彼女は人間じゃないが。

 そのくせ、

「あ。そういや、リュド、今日はどっか宿取ったの? もうそろそろ日が暮れるよ。この先にね、小さな村があったから、宿取っておいたよ」

 変なところは気が利くんだ。

「宿屋なんて、自分で取るからいいよ」
「宿取らないと、野宿するでしょ? 私の勇者が寝ている間に殺されたら困るじゃない。明日はその先の山越えなきゃなんだからちゃんと休んでおいてよ?」

 ラミエルは勇者を自分の所有物のように思っている、と俺はみてる。

「……お前の勇者になった覚えはないんだけど……」
「なんで? スカウトしたの、私だよ? あ、お前じゃなくて、ラミエルね」

 大きな瞳と目が合って、その瞳が二度、瞬きをした。

「ラミエル」
「はいはい?」

 ラミエルは俺に呼ばれると、うっすらと笑う。
 見た目だけなら、天使の微笑みと、誰もが言うんだろうけど。

「なんで、お前って、そう自分勝手なわけ?」

 俺の腹にモヤモヤした何かと、不愉快な感覚が流れる。
 多分、いや、明らかに俺は苛立っている。
 それも、さっきからずっと。
 苛立ちを抑えながら俺は、ラミエルに冷たい視線を送った。

「自分勝手? 私のどこが?」

 ラミエルは何もわかっていないのか、無防備に小首を傾げる。

 顔は可愛い。それは認める。

 だが、

 これが、ウィニエルだったら、どんなに良かったか、と俺は思ってしまう。
 同じ天使なのに性格がこうも違うと、苦手……というか、俺は多分、こいつが嫌いなんだと思う。


 ラミエルといると、俺のペースがことごとく崩される。
 ウィニエルのように俺に合わせてなんてくれない。

 この女は。


「天使ってのは、いつも柔和に笑って、人間を見守るもんだろ?」

 俺の天使のイメージは、そんな感じだった。
 けど、ラミエルは動じることなく、こう答えるんだ。


「へ? ……柔和に笑ってって…何で? ロジーなんかいっつもムスッとしてるじゃん」



「……ぐ……」

 ご名答。
 確かに、ロディエルはいつもムスっとしている。
 でも、俺が言ってるのは…。


「……う、ウィニエルはいつも、笑ってるから……」

 こいつにも悟られたくない、俺の気持ち。
 絶対、ウィニエルに告げ口をするに決まってる。
 こないだだって、俺がウィニエルに黙っておいて欲しいことを、ウィニエルの口から聞いてしまった。
 あれは驚いた。

 ラミエルにしか話していなかったことだから、誰が言ったかなんて、すぐわかった。

to be continued…

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