「……あー……」 俺はその場に仰向けに寝転がった。 空は晴れていて、雲が穏やかに風と共に同じ方向へと進む。 「……怪我って……俺の所為……だよな。すぐ治るんじゃないのかよ…?」 「ええとぉ、直ぐ治ることは治るんですがぁ、ラミエル様はぁ、さっきロディエル様が言ってたようにぃ、身体が弱い方なのでぇ、他の人よりも治りが遅いんですう」 「うわっ!? フロリンダ!! い、居たんだ!?」 「はい~。ずっといましたよぉ~」 急に空を見上げる俺の視界にフロリンダが入り、驚いて俺は起き上がった。 すっかり忘れていた。 「勇者さまぁ、勇者さまはぁ、最近ラミエルさまのことばかり言ってますねぇ。お好きなんですかぁ?」 「えっ!? な、なんで!? まさか、そんなことあるわけないじゃん!!」 「そうですかぁ? ある勇者さまとぉ、同じご様子でしたのでぇ~」 「え……」 ある勇者……、気にはなったが、訊ねることが出来なかった。 その勇者は、まさか、天使を想ってる? でも、別の誰かかもしれない。 勇者が女ということもある。 そしたら、想うのは、ロディエル? ……うーん……それは考えにくい。 あいつ、どう考えても女に好かれないタイプだろうし。 仮に、 もし仮に、その勇者が男だとして、女天使を想っていたら? ウィニエルを? ラミエルを? ……ラミエルのわけないじゃないか。 ウィニエルならまだしも、あんな子供、相手にするわけがない。 勝手に想像して、なんとなくほっとして、俺は安堵していた。 そんな俺の様子に、フロリンダが不思議そうに首を傾げる。 「どうしたんですかぁ? 勇者さま、今日はおかしいですぅ。フロリンもう帰ってもいいですかぁ?」 「あ、ああ……ごめんごめん、いいよ。ありがとう」 「でわ~」 フロリンダが羽ばたいて、その場を去っていく。 ペンギンの着ぐるみでも、飛べるのはすごいよな……と、関心しながら想っていたのは、 「……ラミエルの奴、怪我大丈夫かな……。あいつ、身体弱かったのか……知らなかった……」 『リュドー!』 『ちょっとー! どうして呼んでくんないのよぉ!!』 満面の笑みを浮かべたラミエルと、頬を赤く膨らましたラミエルの顔が脳裏に浮かぶ。 ……今、少しさみしいと、俺は感じていた。 いつも突然現れて、言いたい放題、腹の立つことも平気で言ってのける。表情もコロコロ変わって、ガキみたいな奴。 『私はちゃんとあなたの味方だから。それだけは忘れないで。私、ちゃんとあなたのこと、守るから。』 「味方とか…、守るとか…。簡単に言うなよな…」 自分の身体すら守れないくせに。 今、どこに居るんだよ? 『ラミエルは、今、ある勇者と同行しています』 ウィニエルが言ったことは嘘なのか……? でも、彼女が嘘をついたことなんて一度もないし……。 怪我をしているのに、勇者と同行。 なんで? その勇者とどんな関係なんだよ。 「え……」 俺は、はっとして、辺りを見回した。 景色は変わっていない。 空だって穏やかなまま、雲が漂ってる。 「なんで……、俺、あいつのことばっかり…」 俺が好きなのはウィニエルなのに。 今、頭に浮かぶのはラミエルのことばっかりだ。 「……ふ、ふん、どーせ、あいつのことだから、その内現れんだろ」 誰も居ない荒野で一人いいわけをして、目的地を目指した。 ◇ ――その三日後、俺は目的地へと到着する。 それまで結局ラミエルは来なくて、俺もラミエルのことを考えないようにした。 ウィニエルはちゃんと約束通りに来てくれて、無事に事件も片付けることが出来た。 その後で、少し一緒に過ごす。 彼女と居ると本当に安らいだ穏やかな時間を過ごせていることに気づく。 好きって、こういうことなんだって、思うんだけど…。 「ウィニエルはさ、この戦いが終わった後のこととか…考えてる?」 「え……あ、いえ……」 俺の質問にウィニエルは困ったように眉尻を下げ、口篭ってしまう。 「……帰りたくないのかい?」 「……えっと……」 迷っているような表情のウィニエルに、俺はラミエルの言っていたことをウィニエルに伝えることにした。 「……ラミエルは帰るって。早く終わらせて、天界に戻りたいって」 “ラミエル”の名前を口にしたのは三日ぶりだった。 「そうですか……」 「……ラミエルは、元気にしてるかい?」 俺の所為で怪我させちまって、本当に悪いって思ってる。 「ええ。もうそろそろ、動けるはずです」 「え? まだ動けなかったんだ? でも、別の勇者に同行してたって…」 「はい……、その勇者がお医者様でしたので……しばらく預かっていただいたのです」 勇者が医者……そこにラミエルはいたわけか……。 これで、話が繋がった。 ウィニエルが言ってたことも、ロディエルの言ってたことも、嘘じゃない。 天使は嘘を吐かないって、本当なんだな。 って思った。 「そんなに悪かったのか…ごめん…俺の所為で…」 「いいえ。ラミエルが悪いんですから、気にしないで下さい」 「? どういうこと?」 「……あの傷、本当なら受けるはずのないものです。でも、あの子、受けたから……」 ウィニエルは、天使は本来なら人間から傷を負わされることは無いと言う。 天使が精神的に追い詰められて、弱っているか、受け入れることを望まない限り、人間や堕天使にも傷つけられることはないという。 だから、逆も無理で、直接堕天使を倒すことが出来ないからこそ、俺達勇者にお願いをする形になっている。 本当は出来るんだろうけど、天界の掟でそう決められているんだそうだ。 「……何でラミエルは、受けたんだろう?」 「……私も、受けたと思います」 「え……?」 「……私達三人は、他の天使とは違うから……。勇者達の想いをちゃんと受け止めたいと思うから」 でも、ラミエルは本当に傷に弱くて、何日も熱が下がらなかったと、ウィニエルは続けた。 「……俺、そんなこと知らなくて…」 「あ、いえ、リュドラルを責めるつもりで言ったのではありません。命に関わることは殆どありませんから。ただ、完治するのに時間が掛かるので、ラミエルにはちゃんとシールドを張るよう言っていたのですが……」 「……本当、そんな便利なシールドがあるなら張ればいいのにな。これじゃ、いつ怪我してもおかしくないじゃん。俺、戦う時心配で戦い辛くなるかもしれない」 「……すみません。余計な心配をおかけしてしまって。戦いの時はちゃんとシールドを張ってると思います。足手まといになるわけにはいきませんから」 「あ、ごめん、そういうつもりじゃなかったんだけど……。やっぱ、心配になるじゃん」 「そうですよね…私も、よく勇者を庇って、怒られています。前に出るなと」 ウィニエルは恥ずかしそうに頬を掻く。 「……そ、そうだね……それは、すごく怖いな」 ウィニエルを怒る勇者がいるんだ……と、俺は驚いていた。 こんな風に穏やかな彼女が戦闘中、勇者を庇う。 ……俺、庇われたことないけど。 そいつは……特別なのかな……。 ちなみに、ラミエルにも庇ってもらったことはない。 あいつどんくさいから、庇うというより庇われる方だ。 まだ、庇ったことはないけど……。 身体弱いんだったら、もうちょっと、大事に扱ってやった方がいいのかな……? 「……ラミエルに会いたいですか?」 考えを巡らせている俺に、ウィニエルは様子を伺ってくる。 「……え?」 「……あ、いえ……私じゃ、ご不満な様子だったので…」 ウィニエルが微笑みながら続けた。心なしか、笑顔が優しく感じるんだけど……。 「な、何言ってんだよ!? 俺、ウィニエルに会えてすげー嬉しいんだぜ!?」 「……私も、リュドラルにお会いできてうれしいです」 ウィニエルは笑顔のままだ。 「ほ、本当に?」 「はい……。でも、ラミエルの、あの元気な声もそろそろ聴きたい頃かなぁって……」 「え、あ、べ、べっつに!?」 「そうですか? 私は聞きたいですけど……。彼女の声を聴くだけで元気になるので。リュドラルもそうではないんですか?」 「い、いや俺は別に……」 「ラミエルの声は、私の元気の源なんですよ」 しばらく、そんな会話をして、ウィニエルは別の勇者の元へと飛び立った。
to be continued…