前書き
リュドラルの呼び掛けを無視するラミエル。リュドラル、ラミエルそれぞれの胸の内は複雑で……。
『その声で呼んで』の続きもの。でもかなり意味不明なのでとりあえず、先にごめんなさいと謝ります。お話として纏まってない感じ。
――ここは天界。 ラミエルの部屋。 「ラミエルさまぁ、勇者さまがぁ、今日もお呼びになってらっしゃいますがぁ、どうしますぅ?」 「……うーん」 フロリンダが頭を抱え俯いて唸るラミエルの頭上を行ったり来たりしながら様子を伺う。 「地上ではぁ、もう一ヶ月経っちゃってますよぅ? ちなみにぃ、ラミエルさまがぁ勇者さまの呼びかけに悩み始めて結構時間経っちゃってますぅ」 その時間、三十分。 ラミエルはずっと机に突っ伏したままだった。 「うーん、うーん……」 突然のリュドラルからのキスを受けて以来、ラミエルは地上へ降りなくなってしまったのだった。 「以前ご依頼されていた件もぉ、ウィニエルさまがぁ行ってくださったからぁ、良かったですけどぉ、このままではぁ……」 話し方はともかく、フロリンダが珍しく終始まともなことを言っている。 「…………シカト」 ようやく顔を上げたと思ってひねり出した答えはこれだった。 「……シカトかい! リュドラルの奴、可哀想にな」 すーっと、ラミエルの背中にゾワゾワとした感覚が伝わり、身震いする。 「うわぁっ!? ロジー!? 乙女の部屋に勝手に入ってくるなぁ!!」 ラミエルは反射的に立ち上がり身体を反転させ、身構える。そこにはいつの間にか部屋に訪れていたロディエルがニヤニヤと不適な笑みを浮かべていた。 「せ、背中をなぞるなぁっ!!」 ラミエルは手を胸の前でクロスさせ、自分を守るように両肩を掴む。 「お前、背中弱いよな」 ロディエルは相も変わらずニヤニヤとラミエルをからかう。 「あやしい。ロジーの眼があやしい! ウィニエルに言い付けちゃうからねっ!」 「ほれ」 ぞわっ。 ラミエルの背中がぴんと硬直する。 その後でぶるぶると震える。 艶のいい翼と翼の間、背中のど真ん中をロディエルは瞬時にラミエルの視界から姿を消し、人差し指でなぞる。 「うぎゃぁーっ!! やめてよー!!」 ラミエルは背中が弱いらしく、翼をバタバタと激しく動かす。 「ははは、面白いなぁ。ラミエルは」 「ううー。いつか絶対仕返ししてやるぅ! ……わっ!?」 自分を睨みつけるラミエルをロディエルは引き寄せ、自分の翼で包み込むと、彼女の頭を撫でた。 「へいへい、いつでも来れば? そう言ってもう何十年経った?」 「……うー。憶えてなさいよー」 ロディエルの翼に包まれると、ラミエルは今にも噛み付きそうな顔を緩め、大人しくなる。ラミエルが猛獣なら、ロディエルは猛獣使いといったところだろうか。 「ロジーのあほ。こういうこと誰にでもするから、フラれるんだよ」 「……それはどっちのこと言ってる」 「せくはら。なぐさめ。両方かなぁ」 ロディエルの翼はラミエルやウィニエルとは違う力があるのか、包んだ相手をリラックスさせる沈静効果があるようだった。 「……セクハラってひでぇな。俺はただ、面白い反応が見たくてしてるだけだぜ? 慰めるってのは、女が哀しんでたら当然のことだろ?」 「何で、ロジーがここにいるの? 忙しいんでしょ?」 ロディエルの話も聞かず翼から離れ、ラミエルはようやくまともに話し始める。 「……お前ね……。人の話は最後まで……まぁいいか。……ちょっと小休止」 「ふーん。で、何で私の部屋に来るの?」 「俺のことはいいんだよ。それよりよぉ……」 「ラミエルさまぁ…………」 フロリンダが困った顔で二人の間を行ったり来たりしている。 「……だからシカトだってば」 「シカトってなんですかぁ? フロリンわかんないですぅ」 フロリンダは“ローザ作”とネームプレートのついた衣装を身につけ、小道具なのか小さな扉を重そうに持ちながら宙に浮いている。 「……鹿の衣装に扉持ってもシカトじゃないから……」 「えぇ? 違うんですかぁ?」 「……違うでしょー!!」 「残念ですぅ。せっかく作ってもらったのにぃ」 「……このために?」 ◇ 「……なぁ、いつまでそうしてるつもりだ?」 ロディエルが二人のやり取りを見兼ねて本題へと話を戻す。 「……ずっと……ってわけに行かないのはわかってるんだよ?」 「ああ、お前サボりすぎ。お前の所為でウィニエルが苦労してんだよ」 「え……」 「……何があったか知らねぇが、このままじゃ、ウィニエルが倒れちまう。あいつ、ここんとこずっと天界に戻ってねぇんだよ。お前の体調が悪いなら良くなるまで自分が頑張ればいいって思ってるみたいだぜ?」 「……ウィニエル……」 申し訳なさそうに、眉尻を下げラミエルが俯くと、ロディエルは見透かしたように告げる。 「体調なんざ、どこも悪かねぇだろ?」 「……もん……」 ラミエルの声がくぐもる。 「ん?」 「そんなことないもん。体調悪いもん。みんな、リュドの所為なんだから」 ラミエルはぷぅっと、頬を膨らませ、ロディエルを再び睨みつける。お兄ちゃんにはわかりっこない、とでも言いたげな瞳で。 「……リュドラルと何かあった…………みたいだな」 ラミエルの様子にロディエルは興味半分、心配半分の複雑な笑みを浮かべ、話に耳を傾けていた。 「……知ってて来たんでしょ。リュドとだけは何故か仲いいみたいだしね」 「いや、全然仲良くないけど? 男に興味ねーし」 「……リュドって、何なんだろ……、変な人。私を嫌ってるはずなのに……」 「お前って人の話聞かないよな……」 「嫌ってるのに、何であんなことしたんだろ……? ね、ロジーは嫌いなヒトにちゅーとかしちゃう?」 「………………ほー。そーゆーことか」 「はっ!? あ、今のは……例え話で……」 ニヤリと、ロディエルが微笑むと、ラミエルは慌てて両手を激しく振るう。 「あんの、むっつりめ! やっぱり俺のラミエルに手ぇ出してたんじゃねぇか!」 言葉とは裏腹にロディエルは嬉しそうだ。 「誰の! で、何でうれしそうなのよ!? 例え話だって、言ったでしょー!!」 「ふっふっふ。そうか、そうかそうか。ついに、ラミエルも大人になっ……!?」 ゴンッ!! ほくそ笑むロディエルの後頭部を巨大な黒光りのフライパンが襲う。 「いてぇ!!」 予期せぬ突然の攻撃にロディエルは打撃を受けた後頭部を抱え込んだ。 「あ、すみません。このフライパン、ウィニエルさまから差し入れです。軽くて丈夫で、攻撃力は中々いいとのことです。では」 ラミエルの部屋にローザがウィニエルからの差し入れのフライパンをタイミングよく持ってきたのだった。ローザは用件だけ告げて、フライパンをラミエルに渡すと、そそくさと部屋を出て行く。 「ローザありがとう!! ウィニエルにナイスタイミングって伝えてね! わぉ、軽~い!」 部屋を出るローザに礼を言うと、フライパンを振り回した。 「……ってて……ウィニエルの奴、どっかで見てたのか!? あいつ、地上にいるはず……」 ロディエルは辺りを見回すが、ウィニエルは見当たらなかった。 「……あいつにゃ敵わねーな……、で、何だっけ。好きでもないのにキスだっけ? (……ってかそのフライパンやめろよな……)」 ラミエルはフライパンを構えたまま、ロディエルと話を再開する。 「ちがう。嫌いなのにちゅーだよ」 「嫌いならキスはしない。キスすんのは成り行きか、好きだからだ」 「……うー。好きだからってのはわかるけど、成り行きって何よぅ」 ラミエルは複雑そうに呻る。 「成り行きは色々あるぜ? 話してもいいけど、お前、俺とキスするか?」 「はぁ? 何でロジーと?」 ロディエルがラミエルの肩に手を掛ける。 「俺は、お前が好きだからお前にキスできるし、成り行きでもキスできる」 「……そのセリフ、こないだ他のヒトに言ってたね。で、フラれちゃったんでしょ」 ラミエルは真ん丸の瞳で真っ直ぐにロディエルを見つめた。 「…………うるせぃ」 「……ウィニエルにも言ったってウワサ本当?」 「……さぁな」 ラミエルの言葉に珍しくロディエルから視線を逸らす。 「……じゃあさ、リュドは私のこと、嫌いじゃないんだね?」 ラミエルはロディエルの話題からリュドラルの話題へと戻す。ロディエルとウィニエルの間に何かあったということは、何となくだが、感付いているのだ。三人で顔を合わせている時、ロディエルはずっとウィニエルのことを見ていて、ウィニエルはロディエルとはあまり視線を合わせようとしない。 ラミエルはそれが不思議でたまらなかった。踏み込んではいけないのだと、二人の間のことは興味があるものの、あまり深くは聞かないよう努めている。 ただ、時々興味本位で踏み込んでしまうこともあり、直ぐにそれを引っ込めるのだった。 「知るか。んなの本人に聞けよ」 「……私、ちゅーなんて平気だって思ってたんだよ……、んっ!」 ちゅ。と、突然にラミエルの頬をロディエルの手が包み、唇を塞がれる。 「…………平気か?」 時間にしたら一秒も経っていない、軽く触れただけで、その後で、ロディエルは優しく笑う。 ばちんっ!! ロディエルの耳元で乾いた音が響いた。 「……いてっ」 「やめいっ!! セクハラ大魔王!!」 「魔王じゃねぇ! 俺は天使だっての! ほら、全然何ともないじゃんか」 ラミエルが手元のフライパンをバットのよう構えていた。 「何が……」 「……俺とキスしたって、全然平気だろうが!」 「そりゃそうだよ、ロジーなんて好きでも何でもないもん…………て、あれ?」 「そーですかそーですか。どうせ俺は負け組みですよー……」 ロディエルはいじけて、しゃがみ込み、口を尖らせながら床を人差し指で弄る。
to be continued…