「……あ、そういうこと?」 何かに気づいたように、ラミエルはロディエルを見る。 「……そういうこと。気にしてるのは、お前の方。あいつはお前のこと嫌ってない。しかも、お前を寄せ付けないためにしたわけじゃない。現に何度も呼び出しくらってるだろうが」 「それじゃ、私がリュドのこと好きみたいじゃんか」 「好きだって言ってたじゃん」 「あ、そうだったっけ。嫌われてるから、何とか好かれようと思って頑張ってたけど……うん、好きかも」 「……大体お前嫌いな奴いないだろ」 ロディエルが呆れたようにラミエルを見つめる。 「……リュド……私のこと嫌いじゃなかったんだ」 『……俺は、お前のこと……好きじゃない』 ふと、リュドラルの言葉を思い出す。 「……じゃぁ、好きじゃないってどういうことなのよぅ」 ラミエルは思い出したと同時にぷぅと頬を膨らました。 「……だから、本人に聞けって。早く行ってやれよ。っつーか早く復帰しろ。でないと、俺もしんどい」 「……あ、ごめん。そうだよね、ロジーもウィニエルも私の分頑張ってくれてたんだもんね」 「ウィニエルが倒れたらリュドラルの所為な」 「何で」 「あのな……さっき、お前も言ってただろうが。……お前に手ぇ出したから。ったく、やっちゃったならともかく、キスの一つや二つ、どうでもいいじゃねーか」 カンッ!! コンッ!! 金属音が二度、ラミエルの部屋に木霊する。 「いてーっ!! 往復すんなっ!! もう俺行くからなっ!! お前もさっさとあいつに会って来いよ!!」 そう告げて、ロディエルがラミエルの部屋からヨロヨロと去っていった。ラミエルもロディエルに一言物申すためか、扉までついて行く。 「ロジーのあほーっ!! …………あれ? 何か本当にフラフラしてる……ホントにしんどかったんだ……ごめん」 扉の外には部屋から出たロディエルがフラつきながら飛んで居る。少し罪悪感を覚えながら、ラミエルは待たせていたフロリンダに声を掛けようと部屋に向き直る。 「うじうじしててもしょうがないよね。私らしくないし。ごめん、フロリン、会いに行くよ……って、あ、衣装替えてたの……」 「あ、あはは……。こっちの衣装の方がぁ、やっぱり良くてぇ」 フロリンダがペンギンの衣装に着替えながら微笑む。 「行こ」 「はいっ☆」 着替え終わったフロリンダと共に、ラミエルはリュドラルの元へと向かった。 ◇ 「……ラミエル、今日も来ないのか……もう一ヶ月も会ってないよな……。べ、別に、元々そんなしょっちゅう呼んでたわけじゃないけどさ」 誰も居ない森の奥で、リュドラルは一人修行をしていた。ふと手を止めて、無意識の内に言葉が出てしまう。 『私も一緒に行くね~』 「……あいつ、嘘吐いたな。ウィニエルが来てくれたから良かったものの……」 一振り、剣を振るう。 剣を振るいながら、思い出すのはラミエルのことばかりだった。 「……本当にムカつく奴だよ。……はぁ……」 一息ついて、リュドラルはその場に腰を下ろし、胸元を押さえ顔を顰める。 「あー、もうっ、腹立つなぁっ!!」 (……どうも最近イライラしてるよな……俺……) 手元に触れた地面の小石を目の前の茂みに向かって放り投げる。 「おお、危ないな、リュドラル」 茂みの奥の樹木から声が聞こえてくる。 「あ、ボルンガ……居たのか」 声のする方へと向かうと、そこには樹木のモンスター、ボルンガがリュドラルを見ていた。 「人の森に入っておいて居たのかとは……また随分だな……」 ボルンガは落ち着いて応え、リュドラルとの再会を喜ぶように微笑む。 「ご、ごめん。ちょっと考え事してた。傷ついてないか?」 「ああ、大丈夫だ。珍しいな。こちらに気づかない程考え込んでいたようだ。余程のことか。相談に乗るぞ?」 「あ、いや、その……何でもないんだ」 思ってもない申し出にリュドラルは頭を軽く掻いて、ボルンガに寄りかかる。 「何をイラついていたんだ?」 「……なぁ、気になる人が二人居るんだ」 「ほう」 「一人は、落ち着いててお淑やかで、こう、守ってやりたいなって心から思える人なんだけど、もう一人は、やんちゃで、勝手で、俺の気持ちを逆撫でばかりする奴なんだ。俺はずっとお淑やかな人が好きだったのに……」 「……ほう」 ボルンガはリュドラルの様子を静かに見守りながら話を聞いている。 「なのに、最近あいつから言われたことがムカついてムカついて頭から離れないんだ」 「……思い出してはムカついているのか。一体どんな人間なのだ?」 「……人間じゃないよ、天使なんだ。嘘つき天使。酷いんだぜ、あいつ。モンスターが出たら倒せ倒せって平気で言っちまう奴なんだから」 リュドラルは前髪を掻き上げて、ため息混じりにそんなことを言う。 「……ほう、それはそれは。我らも気を付けなければな」 「だよな。でも、あいつ、ボルンガ達には手出さないと思うけど」 「……ん? 何故わかる?」 ボルンガの言葉に迷いなく、リュドラルは応える。 「……何となくなんだけどさ、あいつ多分悪い奴じゃないと思うんだ。一応天使だし、あんな明るい笑顔の奴が無差別にモンスターを殺すわけない」 「リュドラル……お前は……その天使が好きなんだな」 「はぁっ!? 好きっていうか、べ、別にそんなんじゃなくって、だって、俺が好きなのはウィニ……、ただ、思い通りにならないからムカつくっていうか……」 リュドラルの頬が赤く染まり、ボルンガを見上げる。 「はっはっはっ、誤魔化さずともいい、顔が赤くなっているぞ」 「ち、違うよっ!! 何だよ、ボルンガまで妖精と同じようなこと言って……」 見透かしたようなボルンガの言葉に、慌てて否定するが……、 「お前はわかりやすいからなぁ。はっはっは」 「っ、もういいよっ! ボルンガに話した俺がバカでした!!」 ボルンガの様子に観念したように、リュドラルは立ち上がって、その場を去ろうとする。 「もう行くのか、またな」 「……またなっ!」 はっはっはっと、ボルンガの愉快そうな笑い声を背後に聞きながらリュドラルは口を尖らせて歩いていく。 「……何なんだよ、どいつもこいつも……」 (ラミエルのことが好きなわけないじゃないか。 ……弾みでキスはしちゃったけどさ) 修行のことはいつの間にか忘れ、リュドラルは無言で森の中を移動する。 (イライラするなぁ、本当) どこへ行こうとしているかなんて、自分でもわからないまま、ただ目の前の道を進む。 三十分程歩いた頃、相も変わらず無言だったが、森を抜け、 「……うわっ、眩しっ」 突然の陽の光に慌てて手で日を避ける。 「……いつの間にか森抜けてたんだな……。いい天気だな……」 陽の光を手のひら越しに見る。 明るい光は、ラミエルを思い起こさせた。 「……ラミエル……」 森を抜けると、風通しの良い丘へと緑の草原が続いていた。リュドラルは丘の上へと歩みを進める。 「……はぁ。いい風だ……」 見晴らしのいい丘の上に立って、周囲を見渡す。見渡す限り青空が広がっていた。 こんないい天気なら、ラミエルは笑顔で現れる気がする。 予感がして、先程までイライラしていた気持ちが不思議に消える。 「……俺、結局ラミエルに会いたいのか……はぁ……会ったってどうせ、また喧嘩になるだけなのに……」 ただ、こないだのことはちゃんと謝りたい。 あんなに嫌がらなくてもいいとは思うんだけど、でもやっぱり俺が悪いし。 そんなことを考えながらリュドラルは青空に漂う雲をぼんやり見つめながら思い返していた。 「…………ふぅ」 リュドラルは地面に腰を下ろし、そのまま仰向けで空を見上げる。 陽の光が少し眩しくて、手でそれを遮る。 「……ふぁ…………」 しばらく経つと眠くなって、リュドラルは目を閉じたが、やはり陽の光が眩しい。だが、風が心地良いのか、そのまま寝入ってしまった。 その数分後、眠り始めたリュドラルに心地よい日除けが現れると、本格的に眠りへと誘われ、深い眠りへと入っていった。 「……寝てますぅ」 その日除けが人影であるとも知らず、待っていた人物のものとはわからず、束の間の休息はリュドラルの疲れを癒していく。 「だね……うーん、せっかく来てあげたのにね」 「起こしますかぁ?」 「ううん、いいよ。なんか気持ちよさそうに寝てるし、寝かせてあげよ」 「はぁい」 それから、十五分経った頃、リュドラルは眠りから覚める。 「……んん……あれ?」 さっきはあんなに眩しかったのに何故……? そう思いながら、まだ重い目蓋をゆっくりと開いていく。 「……くー……」 意識がまだぼんやりするが、頭上から音が聞こえる。 そこにはリュドラルに日陰を作るようにラミエルが座って、眠りこけている姿があった。 「え……、ら、ラミエル!?」 「ん? ……あ、リュド、起きた? あ、いけない、涎たれちゃった」 ラミエルは直ぐに目を覚まして、口角を手で拭う。 「何で……」 「いや、呼んだのリュドだし」 「そうだけど」 ラミエルが寝ているリュドラルを覗き込む格好で、テンポよく会話が進む。何だか変な体勢だな……と思いながらも、リュドラルは起き上がろうとはしなかった。 「こないだと逆の格好だね」 「……そうだな」 ラミエルは珍しく無表情だった。 「何であんなことしたの」 「う、直球だな……」 見下ろされているからか、リュドラルはラミエルに気圧され気味だった。 「リュド私のこと、嫌いって言ってたでしょ?」 「そんなこと言ってない」 「そか。じゃ、どして」 ラミエルは一瞬だけはにかんで、直ぐにリュドラルに質問を投げかける。 「わからない」 リュドラルも応戦するように、直ぐに応えた。 「わからないって……何よ」 ラミエルが頬を膨らまして、納得行かないという顔をすると、 「俺だって驚いてるよ」 ラミエルから視線を逸らさず、リュドラルがため息混じりに告げた。 「……私、すっごくびっくりしたんだから。あれはナシね」 「……ああ。わかってるよ」 ラミエルに否定されたようで、ちくりとリュドラルの胸に痛みが走る。 この話題を早く終わらせたくて、リュドラルは身体を起こし、こちらをじっと見つめ座るラミエルから距離を取った。 しかし、ラミエルは話題を変えることはなく……。
to be continued…