「あ、ねぇねぇ」 ラミエルがリュドラルの両腕を掴み、問いかけてくる。 「何だよ?」 「あれって、どういうイミだったの? リュド、私のこと好きなの? それとも、成り行き?」 「え……」 ラミエルは首を傾げてちょっと不安そうな顔でリュドラルを見上げていた。 桃色の髪が風に揺れて、リュドラルの鼻にふわりと花の香りが届く。 その表情がリュドラルの胸をぎゅっと締め付けた。 「……な、……成り行き……っていうか……」 (ていうか、何だよ今の痛み……) リュドラルはラミエルから逃れるように彼女の手を跳ね除け、自分の胸元を掴んだ。 心臓が早鐘を打っている。 なぜ? 「……そっかぁ。やっぱり」 ラミエルは残念そうに、はぁ、と息を吐いた。 「な、なんだよ、それ。ナシなんだろ?」 「……うん。そうだよ。あんなのはナシに決まってるじゃん」 ラミエルが口元に手を置いて、リュドラルを睨む。 「……う……あんなのって……」 (そんな風に言われる俺ってなんなんだろ……) 「……キスくらい、何ともないって思ってたけど、何ともあるって、わかっちゃった」 「え?」 (キスくらいって……なら何で……) 「……私、リュドのこと、好きになっちゃうかも」 リュドラルを真っ直ぐに見つめ、ラミエルは訴えかけるように告げる。 「え? ってか、お前って、俺のこと好きじゃなかったっ……け……」 会話が少々噛み合ってないが、リュドラルはラミエルの視線から目を逸らせなくなる。 もはや、話題変更もできない。 「えっとね、私、嫌いな人って居なくって」 「……どういうことだよ」 「私は天使だから。みんな大好きなんだよ。だから、誰とキスしたって平気だって思ってたの。ロジーとだってしたけど何ともなかった」 「……なにっ!?」 (ロディエルとキスしただと!?) 目を見開いて、ラミエルの肩を掴む。 「あ、多分ウィニエルもしてるし、大丈夫」 「そんなことはどうでもいいっ!! なんで、キスなんかしたんだよ!?」 責める様に訴えかけるが、ラミエルはしれっと、 「なにおこってるの」 (そんなことって、リュドってウィニエルのこと好きだったんじゃなかったっけ……?) 首を傾げて不思議そうな顔をする。 「怒ってなんかっ!!」 リュドラルの手に力がこもる。 「いやぁ~……? すごい、こわい顔してるよ? あ、キスって言っても、突然されただけだから。リュドと一緒だよ」 (肩痛いな~、相当怒ってるなぁ……何でだろ……) にっこりと、ラミエルが笑うと、リュドラルは憤慨して、 「一緒にするなぁ!!」 がくんと、頭を垂れた。 「……でもね、リュドとはダメだったなぁ」 リュドラルの様子にラミエルはお構いなしに、続けた。 「え……」 「……リュドとはそんなこと出来ないよ」 「なんで」 「……さぁ……どうしてだろうね」 悪戯っぽい笑顔をリュドラルに向けると、 「……お、俺のこと、好きだから……?」 リュドラルの声は小さかった。 「自惚れ屋さ~ん」 ふいに、ラミエルはリュドラルの両頬を抓って、勢いよく引っ張った。 「いてっ!!」 突然抓られた頬が痛くて、熱くて、両手で頬を覆う。 「私、成り行きはイヤだから。だから、こないだのはナシ」 ラミエルが立ち上がって、リュドラルに背を向ける。 「……っ……え……」 「リュドも謝ってくれなくていいから、忘れてね」 「忘れるって……」 「この話題はこれでおしまい! また、用があるなら呼んでね。じゃ~ね~」 「待てよ、ラミエル」 ラミエルの腕を掴んで、リュドラルは自分の方へ身体を向かせる。 「なんで」 「お前はなんで自分の言いたいことばっかり言って去っていくんだよ」 リュドラルは怒鳴らないように努めて、淡々と告げる。 そうしないと、ラミエルも応戦してしまうからだった。喧嘩を始めたいわけじゃない。 「……むぅ。だってそうじゃん。リュドだって成り行きなんでしょ。忘れた方がいいじゃん」 そう云ってラミエルは剥れるが、リュドラルはその顔を好ましく思い始めていたのか、怒りの感情は沸いてこない様子で、話を続けた。 「……成り行きだったけど、忘れた方がいいなんて俺は思ってない」 「だったら何よぅ」 不服なのか、口を尖らせる。 「……今はまだわかんないけど、俺、お前のこと……」 リュドラルが真摯に告げると、こういった場面が苦手なのか、ラミエルが一歩後ずさった。 「な、なによ……」 リュドラルも迷いがあるのか、間を取って出た言葉が、 「……やっぱ言えない」 「なら、やっぱ忘れて」 ラミエルはホッとしたような顔で告げた。 ……のも束の間、リュドラルが続ける。 「あ。けど、一つ言える」 「なに」 「……俺、ウィニエルのことは諦めたから」 少し言い留まってから、リュドラルは告げ、ラミエルを真っ直ぐに見つめる。 「え……」 「ウィニエルには多分想う人がいるんだと思う。だから、俺は諦めるよ」 「……そんなこと、言われたって……」 ラミエルは困惑の表情を浮かべてリュドラルから視線を逸らした。 続け様、ラミエルの肩に手を置いて、 「ラミエル、俺のこと好きになってくれるか?」 リュドラルの言葉に驚いて、視線を戻すと、ラミエルは口をぽかんと開ける。 「え?」 「……俺も、お前のこと、好きになる」 (と思う……) 口角を上げ、ほのかに微笑んだ。 一方のラミエルは、口をぱくぱくと動かし、声が出ない様子で、やっと出た小さな声が、 「なによ……それ……」 だった。 リュドラルからそんなことを言われるとは思わず、ラミエルはただただ驚くばかりで、更に、 「よろしくな、ラミエル」 ぽん。 と、リュドラルは笑って、ラミエルの肩を叩くと、背を向け歩き始める。 「……な、なによぅ、それ!!」 自分から離れていくリュドラルの背に向かって、先程より出るようになった声を発する。 「あ、もう行っていいよ、ラミエル」 リュドラルは一度だけ振り返って、厄介払いするように手を払うと、さっさと歩いて行ってしまう。 だが、その表情は笑顔だった。 「な、なによ、それぇ!!」 その場に残されたラミエルは地面にへたり込み、リュドラルの言葉を反復する。 「……おれも、お前のこと……すきに……って……ええっ!? どういうこと!?」 ラミエルの頭上にクエスチョンマークがいくつも飛び交う。 「うーん、おそらくはぁ、勇者さまはぁ、ラミエルさまのことを好きなのではぁ?」 フロリンダがにこにこしながら、ラミエルの頭上を周回する。 「……わっ!? あ、そっか、フロリン居たんだ!!」 「はい~。ずっと居ましたよぉ。勇者さまも行っちゃいましたし、天界に戻りましょうか~」 驚きの表情を浮かべるラミエルを余所に、フロリンダは天界へと戻ろうと飛んで行ってしまう。 リュドラルに置いていかれ、フロリンダに置いていかれたラミエルはしばらく、その場に留まり、 「……参ったなぁ……」 頬をほんのり赤らめて人差し指でそれを掻いたあと、 「……ごめんね、リュド。私は、リュドのこと、好きにはならないよ」 俯いて胸元を強く掴むと、立ち上がった。 強情なラミエルの瞳が、涙をためて、リュドラルが立ち去った方へ目をやる。 「……リュドのばか」 そう告げて、ラミエルはその場から消えた。 一方で立ち去ったリュドラルは……、 「くしゅんっ!! な、なんだぁ? 急に鼻がムズムズして……」 鼻を擦って、後ろを振り返る。 「……ラミエルの奴、また何か言ってんだろ……」 (しょうがねぇじゃん、俺、おかしいんだからよ) 「……ラミエルのあほ」 そうして、リュドラルはまた一歩、目的地に向けて歩みを進めるのだった。 ◇ 私は、リュドのこと、好きにならない。 リュドも、私のことは好きならない。 でないと、困る。 「ひっじょーに、困るんだってば」 あの一件以来、ラミエルは天使の使命に復帰したのだったが、またもや、頭を抱えこんで唸りをあげていた。 「あ? なにが」 ラミエルの背中に、聞き慣れた声がして、 「うぉうっ!? ロジー!?」 条件反射ですぐさまロディエルに背は向けまいと身体を反転させ、向かい合う。 「よぉ。復帰おめでとさん☆」 ロディエルから軽くおでこをこつんと、小突かれると、 「ども、迷惑掛けたね。ウィニエルも」 屈託のない笑顔で、ロディエルの背後にいるウィニエル共々、礼を告げた。 「ううん、いいの」 ウィニエルもラミエルの笑顔に釣られて微笑む。 「二人一緒なんて珍しいね。あっ……」 ラミエルは自分で云ったことにしまったと、口を押さえたが、 「え? ……ええ、まぁ……たまにはね」 「……まーな」 ウィニエルもロディエルも、互いの顔を見合わせてぎこちなく笑った。 「……あのね、ラミエル。私とロディエルは別に……、仲が悪いわけじゃないのよ?」 「そうそう。俺がウィニエルを一方的に愛してるだけで」 ロディエルの言葉にウィニエルが困った顔を浮かべて、抗議する。 「ロディエル、そういう誤解を招くような言い方、やめて下さい」 「はは、冗談だよ。俺のおいたが過ぎて、ウィニエルはずっと許してくれてないだけなんだからよ」 「そんなことはありません。ただ、ロディエルはいつまでそうしているのかと思って心配しているだけで」 「……俺の心配なんかしてないくせに」 「ロディエル……」 ウィニエルとロディエルの間に重い空気が流れ始めたのを察知したラミエルは慌てて、 「……あー、ごめんごめん!! 私の所為。忘れて! 二人が何だかんだで仲良いの知ってるからさ!! これからも仲良くしてこーよ!」 ラミエルは二人の手を取って、握手をさせる。 「ラミエル……」 「………………」 ラミエルの行動に、納得したように二人は静かに微笑んだ。
to be continued…