てのひらとタイヨウ④

「……それにしても、ラミエルが頭抱え込んでるなんて珍しいわね」

 ウィニエルは心配して、ラミエルの頭を撫でる。

「……うーん、そうなんだよね……」

「なにがあったの?」

 話してみて? とウィニエルが瞳で語りかけて来ると、

「……うー……」

 ラミエルは目を細めてロディエルを見た。

「ん? 何だよ、俺が聞いちゃマズイのかよ」

 ロディエルはラミエルの部屋にも関わらず、勝手にベッドに横になっていた。

「……別にまずくわないけどー。聞かれたくなーい」

 口を尖らせ、ウィニエルの腕にしがみつく。

「……そっか。んじゃ聞いてやる」
「んがーっ!! ロジーのいじわる!!」

 あかんべぇをして、ウィニエルを見上げると、

「……ロディエルもラミエルのこと心配なのよ」

 意外にも、ウィニエルはロディエルの味方をしたのだった。

「え……ウィニエルがそういうなら、いっか。でも! ……云わないでよね」
「余計なことは云わねーよ」

 ロディエルの格好はだらしなかったが、返答はまともだった。

「……ウィニエルはさ、インフォスに好きな人居る?」
「えっ!?」

 ラミエルの直球に、ウィニエルは……、

「……えと……あの……その……」

 答えに戸惑い、口ごもってしまう。

「……あのね、私は派遣された世界で好きな人は作らないって決めてるの」
「………………」

 ロディエルは何故か納得したように二度頷く。

「……だってね、好きになっちゃったら、離れるの辛くなるでしょ?」
「……ええ……そうですね……」

 ウィニエルは俯いて、ラミエルから視線を逸らした。

「私達天使は天界に還らないといけないんだよ」
「……はい」

「……そうなった時、哀しいじゃん。辛いし、淋しいし」
「……そうよね……」

「……だからね、好きにはならないって決めてるの」
「……好きにはならない……って決めてるの?」

 ウィニエルは再びラミエルに視線を戻して訊ねる。

「うん、そう。そりゃあ、分け隔てなくみんな好きだよ? でも、特別な“好き”の感情は抱かない。でないと困る」
「困る? なにが困るんだ?」

 ロディエルも、ラミエルに訊ねる。

「……決めたものは決めてるし、とにかく困るの! もし、地上に残ったとしたって、ウィニエルとロジーと離れるのはイヤだし。困るでしょ?」
「……まぁ、そりゃ困るっていうか……辛いよな」

 ロディエルは二人を大事に想っているからか、素直に意見を述べた。

「ええ……でも、好きって気付いたら、どうしたらいいの?」

 ウィニエルが予想外の質問で再び訊ねる。

「え……」

 ラミエルは口を開けて、ウィニエルの言葉を待った。

「……あ、ううん、何でもないの。ただ……気付いたら好きだったってこと、あるかなって……」

 誰を想っているのかわからないが、ウィニエルは頬をほんのりと赤く染めた。

「……よ、予告されてたら、大丈夫だよねぇ?」

 ラミエルはウィニエルに縋るように腕を強く掴んだ。

「え?」

 その様子にウィニエルが首を傾げる。

「だ、だって、前もって云われてるなら、こっちも心構えって出来るじゃん?」

 うろたえて、ウィニエルに訴える。

「……はぁ? なに言ってんの、お前」

 ラミエルの様子に、ロディエルは起き上がって首を傾げた。

「じ、自分だってなに言ってんのかわかんないよー!! だって、好きになんてならないんだから!!」

 今度はロディエルの腕にしがみつく。

「……お前、なに怖がってんだよ?」
「……怖がってなんていないよ! ただ、困るからっ!!」

 ラミエルは必死の形相で、告げると、ロディエルは何かに気付いたように、

「……ほぉ……なるほどな……」

 ラミエルの手を解いて、立ち上がった。

「……え……?」
「……俺は地上へ戻るぜ。勇者が待ってるからな」

 部屋から出ようとラミエル・ウィニエルの横を通り過ぎる。

「ろ、ロジー……?」

「……いいんじゃねーの? 好きな奴くらいいたって。居ないより居た方が護り甲斐もあるだろ」

 ……まぁ、俺には居ないけどな……。

「……ロディエル……」

 最後の一言は、距離的にウィニエルにしか聞こえず、ウィニエルはロディエルの背中を見守っていた。

「……護りがいなんて要らないよ……元より大事にしたいって思ってるんだから……」

「ラミエル……」

「……うーん。やっぱり、困るよ……」

 はぁ、とため息をつく様子に、ウィニエルは静かに、ラミエルの肩に手を置いた。

「……あのね、ラミエル」
「ん?」

「……大丈夫よ。私は、自然でいいと思うな……」

 ラミエルを安心させようと、ウィニエルは微笑む。

「え……」
「……ラミエルが責任感が強いっていうのはわかっているけど、抱えているものが何かは私にはわからない。でもね、誰かを好きになるって、そんなに困ることじゃないと思うの」

 ウィニエルのその声は穏やかで、誰もが落ち着く声色。全てを包み込んで許してくれるような優しさが溢れていた。

「ウィニエル……」

 ラミエルがウィニエルに釣られてうすく口角を上げる。

「……不安はあるけど、困ったりはしないわ」

 迷いの無い瞳でラミエルを見つめる。

「……そっか、ウィニエルには居るんだもんね」

 ラミエルは悪気なく、笑顔で告げた。

「えっ、あ、えっと……」

 ウィニエルはこの話題に触れると途端口ごもってしまう。

「……てか、バレバレだし……。たださ……、最後のこととか考えてる?」

 じとっとウィニエルを横目に見てから、無表情で告げたのだった。

「……最後……?」
「別れなきゃいけないんだよ。私達は天使だから。ウィニエルはそれでもいいの?」

 ウィニエルのことを知っている上で聞いていたが、責めるような言い方ではなかった。

「……私は……」
「……私はね、それが辛い。地上に残ってくれって言われたとしても、私は残るつもりはないから」

 何の躊躇いも無く、ラミエルは残ることは絶対にないと、断言する。

「……ラミエル……でも、まだ堕天使を倒していないのだし……」

 ウィニエルは今の現状を見ながら応えたが、

「勝つよ」
「え……」

「私達は絶対勝つ。負けるわけない。だから、未来のことを語れるの」

「ラミエル……」

 ラミエルがきっぱりと言い切るものだから、ウィニエルは逆に不安になって、彼女の顔色を伺った。

「私は、インフォスを護るし、ウィニエルもロジーも護るよ。でも、インフォスには残らない」

 迷いのない瞳がウィニエルを真っ直ぐに見つめる。

「……それでも、惹かれるなら、好きになる」

 ウィニエルは自分のことに置き換えているような云い方で、小さく告げるが、ウィニエルの言葉を打ち消すように、

「好きにはならないよ」

 頭を横に振るう。
 その様子にウィニエルは少し間を空けて、口を開く。

「……ラミエル、さっきのことだけど……」
「ん?」

「……私は、最後に離れ離れになるとしても、後悔はしないわ。好きって気持ちは、事実なのだから」

 頷くような仕草で、自分の胸に両手をやり、心臓を覆うようにした。
 気持ちを包み込むような、その表情は穏やかで、満たされているような顔だった。

「……私にはわからないよ……」

 ウィニエルの表情にラミエルは視線を床に落とす。

「……あのね、上手く……言えないけれど、別に構えなくてもいいと思うの。きっと、大丈夫だから、ラミエルはそのとき感じた気持ちを大事にすればいい」
「……そのときのきもち?」

「……うん。好きにならない、なる、とかじゃなくて、そのとき、どう思うか」

 ウィニエルはラミエルに諭すようにそう告げる。

「……私……」

 ラミエルの中には葛藤があった。

 好きになってはいけない、

 そう思えば思うほど、惹かれる。
 けれど、好きになったら苦しくなる。

「……私には、わかるわ。ラミエルはもう……」

 ウィニエルが見透かしたかのように指摘する。

「……言わないでよ、ウィニエル。気付いたら終わりなんだから」
「そこまで頑なに拒むものなの?」

 ラミエルの頑なな態度にウィニエルは不思議そうに訊ねてくる。

「……ウィニエルにはわかんないよ。抱えているものが違うんだから」
「え……?」

「……もう帰って、この話題は終わり」

「ら、ラミエル?」

 ラミエルはウィニエルを部屋から追い出すように手を取り、ドアへと促す。

「……大丈夫だよ。そのときの気持ちを大事にすればいいんでしょ? そうするから、大丈夫……ありがと、ウィニエル」

 強制終了させるように、ラミエルは自分を心配するウィニエルを部屋から出してしまう。

「ラミエル……何か辛いことがあったら、いつでも相談してね」

 ウィニエルが部屋から出ると、ドア越しにそう聞こえた。

「……うん」

 ラミエルはドアに額をつけて、静かに応えた。

「……私はインフォスに残れないんだよ。私が願っても。ウィニエルやロジーが許してくれても。それなら、好きにならなければいいでしょう? リュド」

 一筋の涙を零した後のラミエルの表情は晴れやかだった。

「さぁ、あとは笑って頑張るだけ!」

 ラミエルは自分の部屋から出て、地上へと目指す。

to be continued…

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