――感情はいつか、身を滅ぼす。 でも、それは、必要なこと。 あれから、一月ほど経った頃。 ラミエルは今まで通り、インフォスの任務を忠実にこなしていた。 まるで、何事もなかったかのように。 「なぁ、ラミエル」 「なに」 ある日、野原を移動中のリュドラルの元へラミエルは訪問していた。リュドラルの背後にラミエルが付き添うように浮いている。 立ち止まって、リュドラルはラミエルに訊ねる。 「……お前ってさ、最近笑わないな」 「そう?」 リュドラルの質問にラミエルは無表情で首を傾げる。 「……俺、何かしたかよ」 「別に」 「最近さ……俺のとこに来る回数増えたのはうれしいんだけどさ……」 リュドラルはラミエルを嫌いという認識から好きへとシフトしたからなのか、以前よりも素直に話せるようになっていた。 「へぇ、うれしいんだ」 だが、ラミエルは以前より比べ物にならないくらいに皮肉たっぷりに返す。 「な、なんだよ」 「どうしてだろうね~?」 上目遣いに、リュドラルを覗き込み、うろたえる彼に、ラミエルは意地悪くにやつく。 最近ずっとそうだ。 ラミエルはリュドラルに対して、横柄な態度を取ってばかりいる。それにリュドラルが気付かないわけがなかった。 「俺のこと避けてるだろ、なんでだ?」 ラミエルの腕を引き寄せ、真っ直ぐに瞳を見据える。 「さ、避けてなんかないじゃん。こんなにしょっちゅう来てて避けてるって言える?」 今度はラミエルがうろたえて、リュドラルの視線から逃れるように、地面を見る。 「……そうじゃないんだけど、お前、最近笑わないし、何か前より距離を感じるっていうかさ……」 「わ、笑ってない? そんなことないと思うけど?」 無理やりに口角を上げるが、不自然過ぎたのか、リュドラルははぁ、と小さくため息をつく。 「俺のことが嫌いなら、もう来なくていいよ」 「え……」 「あ、けど安心してくれ、ちゃんと勇者は続けるから。天使ならウィニエルやロディエルも居るしな」 リュドラルはラミエルを試すように、告げる。 本当に来ないでいいなんて思ってはいなかった。が、 「あ、うん」 ラミエルの答えはあっさりしていて、リュドラルの頭に血が上る。 「あ、うん……って……お前、わかってんのか?」 不愉快そうな顔で、ラミエルを睨みつける。 「………………うん」 少し気まずそうに一定の間を置いてから、ラミエルは頷いた。 その様子に刹那リュドラルは眉間に皺を寄せ、傷ついた表情を浮かべる。 「……お前の心が見えないから、俺はどうしたらいいかわからない」 「私の心……?」 「俺は、お前のこと好きになり始めてる。でも、お前は俺のこと、嫌いになったんだろ?」 「嫌いになんかなってない」 ラミエルは頭を二、三度水平に振ってから、リュドラルを見上げる。 「でも、最近俺と一緒に居るお前は、辛そうだ。どうせ辛い旅だ、せめて、明るく笑っていたい。お前だってそう思うだろ?」 「リュド……」 「お前、以前は太陽みたく明るく笑ってたじゃんか。……俺がそれを壊したのかもしれないけど、お前には笑ってて欲しいから」 リュドラルは無理にラミエルに笑いかける。 「……ってば……」 「え……」 「……お前じゃないってば……私には名前が……」 頬を膨らまして、リュドラルのシャツの胸元を掴んだ。 「ラミエル。わかってるよ、ラミエル」 すがるようなラミエルの態度にリュドラルは優しく微笑む。 「……リュド……」 ラミエルは複雑そうに、少し涙ぐんだ。 「笑えよ。俺から離れて、笑顔が戻るなら、もう俺の所に来なくていい」 リュドラルの口から言いたくも無いセリフが勝手に出て行く。 「イヤだ」 ラミエルはラミエルですぐさま断る。 リュドラルの元に来るのが嫌というわけではないのがわかる。 「何だよ、笑わないのに俺のところに来たってしょうがないだろ?」 ラミエルの不可解な物言いに、リュドラルは再び問いかける。 「笑えばいいんでしょ」 可愛げなく、言葉を吐き返す。 「なんだよ、その言い方」 リュドラルも怯むことはなかった。 「リュドの前だと、こうなっちゃうんだから、しょうがないでしょ」 「……あのなぁ、お前ってそんな性格だったのか?」 「わかんないよ! ただ、リュドの前だと調子狂っちゃって」 以前と変わらずテンポよく会話が進んでいたと思ったが、 「え……」 ラミエルの一言でリュドラルが押し黙ってしまった。 「ぁ…………」 ラミエルも同じように黙り込んでしまう。 しばらくの沈黙のあと……、 「ラミエル、俺……」 先に口を開いたのはリュドラルだった。 「……私はリュドのこと、好きにはならないって決めてるから」 「何だよ、なら、来なきゃいいだろ?」 「そうだね、私だって来たくない」 「……お前なぁ」 「……でも、気がついたら来てるんだよね。何でなんだろ」 ラミエルは視線を地面に泳がせ、小さくため息をつく。 「ラミエル……お前、性格悪いぞ」 リュドラルはラミエルを自分に引き寄せ、 「な……に……」 優しくラミエルを包み込み、抱きしめた。 「……お前、俺のこと好きなんだろ」 「……そんなわけないじゃん、好きにならないって言ってるでしょ」 ラミエルは抵抗することなく、大人しく軽口をたたく。 「……はいはい、わかったよ。けど、俺はもう引き返せないから」 そう云いながら、リュドラルはラミエルの頭を撫でた。 「……リュドの……ばか」 「何だよ」 「私は天使としてリュドの傍に居たい。それでもいい?」 ラミエルの瞳から一筋の涙が伝う。 「……ああ、いいよ」 「……リュド。ごめんね」 「何が」 「……ごめんね」 ラミエルはそう告げて、リュドラルの腰に手を回して、抱き返した。 「……お前って、わけわかんない女」 二人を暖かな日差しが包む。 リュドラルはラミエルが自分の腕の中にいることに安心したのか、穏やかに微笑んだ。 「失礼な」 「……好きになったらいつでも言ってくれていいからな。我慢しなくていいからな」 「なに言ってるの」 ラミエルはリュドラルの発言に彼から離れて、見上げる。 「顔、赤いぜ?」 屈託なく、リュドラルが笑う。 「なに言ってるのってば!」 ラミエルはリュドラルの両頬をぎゅっと抓った。 「いてっ」 「リュドが変なこと言うからだよ、あははっ。変な顔っ」 「ラミエルお前!」 リュドラルはラミエルの頬に触れようとする。 だが、ラミエルは何かを察知したのか、身を翻して、走り始めた。 「あははっ! 悔しかったら捕まえてみなさーい!」 翼を隠して、ラミエルはリュドラルの前を走る。 「あ、待てよ!」 「やだよー!」 二人はしばらく野原を駆ける。 子供の様にはしゃぎながら捕まりそうになったら全力疾走し、引き離したら走る速度を落とす。その繰り返しだ。 「っ……捕まえたっ!」 リュドラルがようやくラミエルの手首を掴む。 「わっ!」 「うわっ!」 ラミエルは反動で後ろに倒れそうになるが、リュドラルはそれを受け止め、自分が下敷きになるようにして尻餅をついた。 「ててて」 「……はぁ、びっくりしたぁ! あ、ごめんね、リュド」 リュドラルの膝の上にラミエルが乗っかる形で、彼女は振り返る。 「重いな、お前」 笑いながら、冗談めかして告げたが、ラミエルにはそう取れなったようで、 「はいはい、今退きますよーだ」 ラミエルは身体を起こそうとした。 「あ、うそうそ」 「え……」 リュドラルは無言のまま、ラミエルを後ろから抱きしめた。 翼がないラミエルはいつもより小さく感じた。 「……リュドー……なんで、抱きしめるのー?」 「さぁね」 「……リュドのばかー……」 ラミエルは俯いてしまう。耳が赤いのを、リュドラルは見つけて、 「バカバカうるさいなぁ……」 つい、憎まれ口を叩くが、その顔は穏やかだった。 「………っ………」 ラミエルも黙り込んで穏やかに微笑む。 ◇ 「……ねぇ、この格好、恥ずかしいよ」 しばらく経つと、ラミエルは口火を切った。 「……うん、そうだな」 「……放す気ないんだ?」 「ん……もう少し。このまま」 ラミエルの肩に顎を乗せ、彼女の髪の感触を楽しむ。 「……もう、リュドってば、こないだと態度違い過ぎるよ」 ラミエルは抵抗することはなかったが、リュドラルの手に自分の手を添えた。 「しょうがないだろ、気が付いちゃったんだから」 「……ウィニエルのこと、好きだったくせに」 「否定はしない。でも、今はラミエルのことばっかなんだ」 ラミエルの耳元で、リュドラルが囁くと、ラミエルは上空を見上げてふぅっと一息つく。 「……そんなこと言われても困るよ……」 その様子に、リュドラルはあまり困らせるのも可哀相に思えて、ある提案をした。 「……なぁ、ラミエル、一緒に昼寝でもしないか?」 「……いいね、それ!」 ラミエルがリュドラルの方を振り向く。 「……あ」 間近に互いの顔を見合うと、二人は改めて頬を赤らめた。 「い、いい風吹くよな、ここ」 「そ、そうだね」 ぱっ、と、直ぐに二人は離れ、並んでその場に仰向けになる。 「……あー、いー天気……」 「うん……」 青い空に白い雲が穏やかに流れていく。 二人は同じ景色を見ていた。 「あ、ラミエル」 「なに?」 「手、貸して」 「はい」 ラミエルが手を出すと、リュドラルはそれを取って、青空の下、二人は手を繋いで目を瞑る。 ものの数分も経たないうちに、リュドラルからかすかな寝息が聞こえてきて、 「リュド寝るの早いな~……ははは」 ラミエルは身体を起こして、幸せそうに眠るリュドラルを見つめる。 「今の気持ちを大事に……か。今は、まだ、それでいいのかな……許してもらえるのかな……」 不安はあるけれど、自分の気持ちがどう動いているか、何となくはわかっている。 この先の未来、辛くなるとしても、嘘は吐けない。 先のことを考えると、リスクの方が高い。 瞬時にラミエルの頭をそんな考えが過ぎる。 それでも、惹かれずにいられない。 「今は、何も考えなくてもいいかな」 ラミエルは眠るリュドラルの横に擦り寄り、微笑を湛えながら目を閉じた。 ラミエルの中に眠る悩みが何かわかれば、解決法が見つかるのだろうが、その話はまだ先の話になる。
後書き
ううわ。
書いてて途中で気付きましたが、これ、三人称なのです。
キャラものって、確か一人称だったはずなのに、しまったよー。
短編にするときは一人称の方が書きやすいはずなのに。
まぁ、いいや。
前回の続きものになります。短編ではなく、長編になるのか……?
しかし、未だかつてないほど、わかりづらい。
テーマは不器用な恋愛でしょうか。
ラミーさんにも秘密があるもよお。徐々に判明させます。
不定期で頑張りますね~。
しかし、ラミエル、未だに掴み辛い。
当初とは段々違ってくるな……。
ここまで拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。