前書き
本編最終話後の話。ウィニエルとフィンはフェインとアイリーンの住む塔をが訪れていた。本編第八話中に出てきたガブリエル様のご褒美、インフォスに一時降りた時の出来事を語る。
「え? 今、何て言ったの?」 私は慌てて訊き返した。 「だーかーらー、こないだの続き、聞・か・せ・て?」 ダイニングテーブルを挟んで肘をつき、マグカップを両手で持ちながら、こちらを興味津々と見つめている少女。 アイリーンが私の過去のことを聞きたがっている。 以前、アイリーンには私の過去のことを少し話していた。 前の世界、インフォスのこと。 前の勇者達のこと。 グリフィンのこと。 あまりに辛くて良い思い出話とは言えなかったけど、彼は私が初めて好きになった人。大切な友人のアイリーンには話してもいいって思ったから話した。 彼と離れて天界で辛い暮らしをしていたこと。 大天使様達に迷惑を掛けたこと。 そして、色々あってアルカヤに降りることになったこと。 アルカヤを去った後、天界での暮らしを話して、丁度、再びアルカヤに降りる時の話をしている所でフィンが泣き出してそのままなんだかんだで、話す機会がなくなった。 「ね~……今フェインが居ないんだから話してくれてもいいでしょ~?」 アイリーンが身を乗り出し、私を上目遣いに見つめる。 「う……で、でもそんなに面白いもんじゃない……ですよ?」 私はしどろもどろにアイリーンに返答した。 私は彼女のこの目に弱い。 ◇ ――そう、あれから、もう半年経った。 フェインと再会して、半年。 フィンのことを切り出すまで三ケ月も掛かってしまった。 フェインは始めは複雑そうな顔をしていたけれど、フィンとは実は私と再会する前に会っていて、 “誰かに似てると思っていたが、君だったんだな” って、優しくはにかんでくれた。 そして、私に頭を下げ謝罪して、その後でお礼を言ってくれた。 勝手に子供を生んだ私を責めたりはしなかった。 そして、今私達は一緒に暮らしては………… ――いない。 互いにどちらかの家へ行ったり来たり。 今日は私とフィンが塔にお邪魔している。 もちろん、いずれはそういう風にするつもりではいるけれど。 やっと、両思いになったばかりで、フィンもフェインのことで戸惑っていて。 この頃少しずつ慣れてきたみたい。 今すぐ一緒に暮らすなんてことは………… 無理だと思う。 でも、以前と違うのは、フェインは私にちゃんと気持ちをくれているから。 私は幸福感に満たされて、何の不安も無い。 セレニスさんへの想いがあったとしても私はそれを含めて彼を愛しているから平気。 正直、淋しくなかったといったら嘘になるけれど、離れ離れの期間は互いにいい時間になったのだと、今なら思える。 あの期間があったから、彼との距離感を私は掴める様になったのだ。 強くなったと、彼は言っていたけれど、本質的にはあまり変わっていない。 ただ、自分に課せられた運命を不幸だと嘆かなくなっただけ。 そうなるべくしてそうなったんだと、ありのままに受け入れられるようになった。小さな幸福が私を満たしてくれているっていうことに気がついた。 そして、その幸福の為に私は身を捧げていたい。 今、フェインはフィンと二人で出掛けている。 フェインにグリフィンの話題は禁句。 それは昔も今も変わらなかった。 フェインはグリフィンのことを話すと、途端無表情になり、黙り込んでしまう。 そして、しばらく口を聞いてくれない。 それが、ベッドの上なら尚更酷い。表情だけ凍らせて、耳を覆いたくなるような卑猥なことを平気で言ってのけ、私を乱暴に扱って、辱しめる。 その後で、謝ってくれはするけれど、私は何度気絶しそうになったことか。 傷が残ることもあった。 ……ここだけの話、フェインに無茶苦茶にされたい時は彼の話を出すのがいいのかも……なんて考えてる私って淫乱なのかも……。 フェインもそれを見透かしてるのがちょっと恥ずかしい……。 い、いつもじゃないのよ? って……誰に言ってるの、私。 とにかく、フェインが今居ないから、アイリーンは続きを訊きたいらしい。 「……ウィニエル何一人で百面相してんの」 「え? あ、ご、ごめんなさい……」 アイリーンが怪訝な顔で私の顔を覗きこんでいた。 「……ここにもっかい降りる時インフォスに降ろして貰ったんでしょ? で、グリフィンには会えたの?」 「……そうですね……そこからでしたね……」 アイリーンが手元のカップを口元にあて、中身を一口飲み込む。 私も同じようにマグカップに注がれたコーヒーを一口口に含むと、昔の記憶を辿り始めた。 アルカヤへ再び降りる前の日の晩、私はガブリエル様の御計らいでインフォスに降りたの。 あの時―――。 ◇ 「……懐かしい……良かった……平和なままで……」 私は自らの翼で平和になったインフォスへと降り立つ。 穏やかな風が私の髪を撫ぜた。 「……ウィニエル様、ここがどこかお分かりですか?」 私の隣でローザが宙に浮遊しながら訊ねる。 「……ここは……クルメナ……? まさか……このお墓……」 「まぁ……よく憶えておいでですね。さすがです」 ローザが笑顔で関心したように告げた。 ――忘れるわけがない。 私が降り立った場所はクルメナの森の中。 木漏れ日が柔らかく降り注いで、ほのかに温かい。 そして、私の目の前には立派な石のお墓が建っていた。 確か、この場所はグリフィンの両親のお墓があった場所。 グリフィンが堕天使を倒してからどれくらい経っているのかはわからないけれど、あの後、お墓を建て直したんだろう。 けれどお墓には何も添えられておらず、少し淋しそうな気がした。 「…………」 私は淋しげにしているお墓にせめて花だけでもと思い、辺りを見回す。けれど、この辺りには何も咲いてはいなかった。 でも、ここは森の中、どこかに花が咲いているかもしれない。 「…………お花、探しに行きましょうか」 「はい。では、時間があまりありませんから二手に分かれましょう」 「ええ」 私とローザは二手に分かれて花を探すことにした。 白い翼を上手く操って、木々の間を通り抜けて行く。 この近くに花なんてあったかしら……と記憶を辿るが、この辺りは草と木だけで、花はなかった気がする。 もう少し、奥の方へ行けばあるかもしれない。 「……うっ……」 突然吐き気が込み上げて、私は地面に降りる。 この所殆ど吐き気も無くなって来ていたというのに、久々の吐き気、多分悪阻だ。 しかも、少し眩暈がする。 今飛んだから? でもほんの少ししか飛んでいないわ。 それ程までにこの子は私の力を奪っているの? 「ローザに報せないと……」 私はついには地面にへたり込んでしまった。 気持ちが悪くて、立てそうも無い。意識も薄らいできたような気がする。 こんな所で気を失うわけにはいかないのに………… 「…………何だ、お前……」 「え……?」 背後に人の声がして、私は朦朧とした意識の中で振り向く。 「……その羽……」 振り向くと、目を丸くし口を開けた青年が私の方を見ていた。 「女……? …………モンスター……じゃないよ、な? いや……でもこの辺はモンスターが出るって親父が言ってたしな……こう見えてモンスターかも……う~ん……まぁ、モンスターだったとしても弱ってるみたいだしな……」 青年はぶつぶつ言いながら私の方へと寄って来る。 「……にしても綺麗な顔してんな、お前。殺すにはちょっと勿体無いかな……」 青年は私の傍まで来て、顎を掴みそんなことを言う。 ただ、彼が何を言ったかなんて、今の私の耳には届かなかった。 ――意識が遠のいていく中、発した私の言葉。 「……グ……リ……フィン…………」 「あっ! おいっ!?」 私は彼と目を合わせると気を失った。 彼の顔はグリフィンにそっくりだった。 グリフィンなわけがないのに、どうして。
to be continued…