贖いの翼 第九話:それぞれの未来④ アイリーンside

「ごめん……ごめんねっ……!!」

 私はウィニエルの腕に縋り付いて謝った。

「……アイリーン……」

 ルディエールが私の肩に手を置く。

「……フェインはね……ウィニエルのことが忘れられないでいるの……」

 私はウィニエルの手を持ったまま俯いて告げた。

「…………」

 ルディエールは黙り込んでしまう。

「……ウィニエルもそうなんだ……でも……一緒に未来を歩くことは出来ないんだね……そういう生き方もあるんだね…………」

 私はまだ全て納得出来なかったけど、ほんの少しだけ彼女の気持ちがわかったような気がした。

 フェインにウィニエルのことを教えたら彼はすぐ迎えに来ると思う。
 でもそれじゃ今のウィニエルは幸せになれないんだ。
 今のフェインの想いじゃウィニエルを支えてあげることは出来ない。


 我侭じゃない。


 ウィニエルはフェインの愛が欲しいんだ。
 自分だけを想ってて欲しいんだ。

 それは我侭なんかじゃない。当然のことだ。

 今の彼女は引き篭もってた頃の私に似ている。
 フェインもウィニエルも面白いくらいにそっくりだ。

 互いに逃げてる。

 けど二人は私とは違うんだ。
 二人は似てるけど、私の時とは状況が何もかも違う。

 時に逃げることは必要なんだ。

 そんな二人に互いに今向き合えなんて、私には言えないよ。

 私はただ見守るしか出来ないんだ。


 何も出来ないんだ……。


「……私はフェインも……ウィニエルも大好きなんだ……あの戦いが終わった後、二人が一緒になってくれればって思ってたの……でも……お互いの事情で一緒にはなれなくて……」

 私はウィニエルの手を布団の中に戻す。

「……置いていかれる方も辛いけど、置いていく方はもっと辛かったんだ……あんなに魘されてたなんて……」

 私は俯いて自分の拳を強く握り締めた。

「…………ああ……全部……子供のためだと思う……」

 ルディエールも俯いて言葉を発する。
 彼はフェインのことをウィニエルから聞いているのかもしれない。

 フェインの心にはセレニス姉さんという愛する人がいるということを。

 今は私が居るからそれ以上言わないけど、ウィニエルのことを想っているなら、フェインに怒りを抱いているかもしれない。腹の中は煮えくり返っているのかも。
 ウィニエルはグリフィンのことをとうに吹っ切っている。でもフェインは姉さんを吹っ切れてはいない。
 そんな煮え切らない男の元に行かせたくないんだ。
 別の誰かを想ってる男の元で、ウィニエルとお腹の子が幸せになるはずがないって気付いてるんだ。

「……そう……か……そうだったんだ……」

 私はようやくウィニエルの天界に帰った理由が全てわかった気がした。

 私はフェインのことばかり考えてた。
 ウィニエルのことも好きなのに、彼のことばかり考えていた。
 彼が幸せになったらウィニエルも幸せなんだって、勝手に思ってた。


 でも、違うんだ……。


 ウィニエルは一人の女性である前に母親なんだ……。
 自分一人ならそれで我慢できたかもしれない。

 けど、子供がいたら。
 子供は母親でない女性を求める父親を見続けて育つ。
 母親の淋しそうな姿を毎日見続ける。

 親子間の愛はあるけれど親同士の愛は……何かが違う。
 大きくなって違和感を感じ始める。

 そうしたら、この子はどうなるんだろう……?
 この子はそれで幸せになるのだろうか……?

 ウィニエルはそれを考えたんだ……。子供のことを一番に考えて……。

 自分が弱いからフェインの元には行けないと、それで天界を選んだ。

 フェインと離れるのは辛い。
 でも子供の未来を思えばそれすら飲み込めてしまう、彼女は母親なんだ。

 私がそう理解した頃、

「ん……んん……」

 ウィニエルの声が聞える。

「ウィニエル……? 気が付いたか?」

 ルディエールが俯いてた顔を上げ、ウィニエルを見た。

「ウィニエル!」

 私も彼女に声を掛ける。

「んん……あ……ルディ……それに……アイリーン……ごめんね……突然倒れて」

 ウィニエルは私とルディエールが見守る中、目蓋を開け布団から手を出して微笑んだ。

「子供は無事だから」

 ルディエールが彼女の手を取り握って、安心させるように言い聞かせる。

「はい……わかっています……丈夫な子だから……」

 ウィニエルは優しく微笑んで、ルディエールの手を握り返した。

「……本当に……」

 ルディエールは苦笑して、ウィニエルから手を放す。

「……俺、医者を呼んで来る。アイリーン、ウィニエルを頼む」

 彼はそう告げると病室から出て行った。

「うん……」

 私は返事をして、ルディエールが居た場所に移動した。

「……ウィニエル……あなたが人間になったなんて……知らなかった……報せてくれれば良かったのに」

 ウィニエルのすぐ傍らに椅子があり、そこに腰掛け、彼女の片手を両手で握る。

「……ごめんなさい……地上に降りたのは二週間前で……」

 彼女は杞憂な顔で告げた。
 私とはもう会いたくないって思ってることは知ってるよ、ウィニエル。

 そんなに辛そうな顔しなくていいのに。

「……禁忌を犯したから落されたの……?」

 私は彼女の表情を気にしないようにして訊ねた。

 無神経だと思われてもいい。
 あなたの辛さを少しでも知りたい。

 あなたが話してくれるかはわからないけれど、以前天使だったからという理由だけじゃなく、あなた自身が元々そういう人であると思うから。
 あの頃のように今も変わらず素直に応えてくれると思うから。

「……ええ、いずれは落されるとわかっていました。予想より早くばれてしまったので予定外ではあったのですが……」

 ウィニエルは意外にも、苦笑しながら淡々と応えた。

「予定外って……ウィニエル……あなたわかってたの……?」

 私は戸惑いながら再び訊ねる。
 だって、ウィニエルの物言いは、まるで先を見越してたみたいで。

「……はい、天界は厳しい世界です。私だけが特別……ということは有り得ません」
「……じゃ、じゃあ……どうして……」

 私の口が勝手に喋っていた。

「…………」

 ウィニエルは黙り込んで眉間に少し皺を寄せ、苦々しく微笑む。

「……あ……いや……何でもない……ただ……ね、アルカヤに降りて来てくれたことが嬉しくて……」

 私は無理に微笑んで見せる。

「…………」

 私の言葉にウィニエルは黙ったままだった。

「あっ……えと……」

 その後私とウィニエルは黙り込んでしまった。


 ウィニエルはこの世界に降りては来たくなかったんだっけ……。
 私はまた彼女を追い詰めるようなことを言ってしまったのだろうか。


 …………。


 沈黙の空気がしばらく流れて、このままルディエールが戻ってきたらそれきりになってしまいそうな気がしたけれど、私は何も言えなかった。
 何か言わないと、彼女ともう二度と会えなくなる気がする。


 何か……。


 早く何か言わなくちゃ……。


 (あ……あのねっ……!!)


 私は心の中で声を張り上げていた。

 ああ、駄目だ……フェインのこと以外何も話題が浮かばない。


 沈黙が重い……。


 でも、


「…………今は何とも言えませんが……少しずつ……贖えたら……」

 ウィニエルがその沈黙を破る。

「え?」
「……全て贖い終えたらアルカヤに降りて来て良かったと思えるようになるかもしれません」

 彼女の手を握る私の両手にもう片方のウィニエルの手が覆い被さり、彼女は私の目を見つめて優しく微笑んだ。

「贖いって……ウィニエルは何もしてないよ……」

 私は彼女と目を合わせ、告げる。

「……この子は禁忌の子……天界で禁忌であったように、地上でも禁忌なのです」

 ウィニエルは微笑んだまま首を横に振った。

「禁忌って……」
「……セレニスさんに申し訳が立ちません……彼女が手にするはずだった喜びを私が奪ってしまいました……私はそれを贖わなければ……」

 ウィニエルは自分のお腹辺りを見つめる。

「な、何でそうなるのよ……姉さんは今関係ないじゃない」
「……いいえ、関係なくはありません。あの時はフェインを助けたいと思ってした行為だったけれど、セレニスさんは彼を想って亡くなったのです。今考えればあれは不適切でした。心から反省しています。妹のあなたにも謝らなければ……ごめんなさい」

 ウィニエルは頭を深く下げた。

「ちょ、ちょっと待ってよ……何でそんなこと言うのよ……」

 私はウィニエルの手から離れ、彼女の頬を両手で覆う。

 あの時確かにウィニエルはフェインを愛してた。
 今でもフェインのことを愛してるんでしょう?

 どうして不適切だなんて……そんなこと今更言うの?

「……今の私が幸せだからでしょうか……」

 私と向き合った彼女は穏やかに微笑む。

「え……」
「……フェインとのことも、この子が出来たことも後悔はしていません。この子が居るお陰で私は今ここに存在しているのですから……」

「ウィニエル……」

 私はウィニエルの言葉にほっとして微笑み返した。

「ただ……セレニスさんに申し訳なくて……」

 私が微笑み返したのも束の間、彼女は俯いてしまう。

「……そんなの姉さんとは関係ないじゃない。ウィニエルが気にすることないよ」
「……でも……」

 ウィニエルは顔を上げようとしなかった。

「……ウィニエルは馬鹿ね……あなた何にも変わってない……自分一人で抱え込まないでよ。私達は友達でしょ?」
「アイリーン……」

 私の言葉にウィニエルはようやく顔を上げる。

「……何でも言ってくれればいいのに……あの場所に居たのはその所為なの? ウィニエル体調悪かったんでしょ? 医者が危ない所だって言ってたんだから……無理しちゃ駄目だよ……」

 私は彼女に訊ねた。

「……明日、セレニスさんの月命日だから……」

 彼女は少しだけはにかんで告げる。

「え……それで花を……?」
「ええ……明日だと……あなたやフェインが来るかもしれないと思って……一日前に……。あ、そういえば再来月は祥月命日ですね。セレニスさんの好きなもの、教えてもらえませんか? 持って行って差し上げたくて……」

「っ…………」

 ウィニエルの応えに私は絶句してしまった。
 そして、その後自分が恥ずかしくなる。

 セレニス姉さんの月命日……私は気にしたことがなかった。
 そりゃ、祥月命日には行こうと思ってたけど、月命日までは……。
 だって、私とフェインは戦いが終わってからあの場所に行ってないんだから。

 でもウィニエルは憶えていたんだ。

 私達が来るかもしれないと怯えてわざわざ一日ずらしてまで姉さんに花を手向けに行ってくれていた。

 自分の体調もお構いなしに。

 それに引きかえわたしとフェインは自分達のことばかり考えて……。

to be continued…

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