贖いの翼・番外編2:昔話⑤ ウィニエルside

「……もう、戻らなくては」


 私は笑顔を取り繕う。
 でも、上手く笑顔を作ることは出来なかった。
 本当は心から微笑んでお別れがしたかったのだけど。

「……ああ、残念だけど……元気で」

 フィンクスも無理して笑って見せていた。

「……兄は、きっと天使様と一緒に居ます。どうか、お元気で」

 ティアも困ったように微笑んで唇を噛み締め、手を下ろしたまま握り拳を作る。その手が小さく震えていた。

 ティアはきっと、許してくれていない。
 用事があったというのも、多分嘘だ。

 そして、フィンクスを私に引き合わせた。


「ティア」


 私は彼女の名を呼ぶ。
 でも彼女は俯いて、返事はしてくれなかった。

「ティア、ごめん。ごめんなさい」

 私はそう言いながら、ティアの傍に寄り、彼女を抱きしめた。

「天使様っ!」

 ティアは泣きながら私の背中に手を回し、抱き返してくる。

「……ごめんなさい。それと……ありがとう…………」
「私もっ……ありがとう……ありがとうございましたっ」

 私とティアは固く抱き合い、互いに涙を零した。

 短い抱擁の後、

「……天使様、どうか、お身体大切になさって下さいね」

 ティアは私から離れるとあの頃と変わらぬ、素敵な笑顔でそう告げた。

 私はそれで、気が付いた。


 ティアは私の妊娠のことを知っていた。
 だからグリフィンの代わりに、怒ってくれたのだ。

 そして、許すこともしなかった。
 でも、憎むこともしなかった。


「……ありがとう。あなたも、どうか元気で……」


 私はそう言い残して、手を振る二人を見下ろしながら天界へと戻る。
 その途中で、

「これなら間に合いそうですね」

 ローザが安堵の表情で小さな羽を羽ばたかせていた。

「そうね。……ローザ、ありがとう」

 私は少し重い羽を精一杯動かしながら隣に飛ぶ妖精に告げる。

「え? 何ですか?」
「ティア達に包み隠さず、話してくれたでしょう?」

「……はい。話していいものか迷いましたが」

 ローザが少し間を置いて返事をしたから、私は、いつも迷うことなく的確な判断をしている彼女が悩んだことに申し訳なさを感じて、彼女に伝える。

「……うん、話してくれて正解。ありがとう」

「いえ……私は別に……」

 ローザは私からお礼を言われると照れ笑いを浮かべて、小さな羽を先程よりも元気に羽ばたかせていた。


◇


 ――インフォスにもう一度降りれて良かった。

 グリフィンの未来を知ることが出来て良かった。

 それは決して、
 幸福なものでも、私が望んでいたものでもなかったけれど、私は知りたかったから。

 グリフィンの足跡を見届けたいと思っていたから。


 決して許されることはない。
 彼が許しても、私は自分で自分を許しはしないだろう。


 それでも、

 胸元のコインが私を許すように光るから、私は心苦しさと同時に安堵感も覚えていた。


 グリフィン、あなたへの償い、
 少しは出来たと思っていいですか?


 この痛みと共に、私は一生生きていきます。


 お腹の子と一緒に。


 あなたが、もし生まれ変わっているなら、この子はあなたなのかもしれませんね。


 それなら、
 もう、離れたりしないでしょう?


 私はあなたを一生を懸けて守り、愛し抜きます。


 ――大好き、グリフィン。


◇


「……と、こんな感じなのですが…………」

 回想から現在に戻って、すっかり冷めてしまったコーヒーを口に含み、私はアイリーンの様子を窺う。

「……そっか……そんなことがあったんだ…………ということはさぁ~」

 アイリーンが私の方をじっと見つめ返し、悩んだような難しい顔をする。

「はい?」
「フィンは、彼の生まれ変わりってことぉ?」

 アイリーンはそう言うと、不機嫌に頬を膨らました。

 怒ってる…………?

「いえ…………彼の生まれ変わりなのかまでは…………ただ、そうだったらいいなぁって私の願望で…………」
「いや、それは複雑じゃん!」

 私の言葉にアイリーンはやはり怒り始めていた。

「え?」

「そうでなくても、フィンはグリフィンの名前から取ったんでしょう? フィンは可愛くて大好きよ? けど、このことをフェインが知ったら大変じゃない? 嫉妬深いしさ」
「べ、別にグリフィンから取ったわけじゃ…………」

 アイリーンの言葉にフェインの怒った顔が目に浮かんで、私は小声で弁解するが、

「じゃー、何でフィンって付けたのよ?」
「う……それは…………」

「グリフィンのフィンなんじゃないのー?」

 こういう時、アイリーンはフェインの味方をすることを忘れていた。
 私がグリフィンを想っていることを、彼女は快く思っていない。

 認めてはくれないけれど、忘れろとも言わない。
 フェインがセレニスさんを想うのと同じだから強くは言えないんだろう。


「……秘密です」


 そして、今、
 私も、昔のように何でも素直に答えたりはしない。

「あ、ずるーい!! ここまで喋っちゃったんだからさ、教えてよ~!」

「……教えません」

 私が断ると、アイリーンなぶぅと口を膨らませ、唸ったけれど、それでも私は首を縦に振らなかったから、諦めたのか、目を細めて私を軽く睨んで、もう一杯、温かいコーヒーを入れてくれた。
 そして、再び私の向かいに座って、コーヒーを目の前に両肘を付いて立ち上る湯気を見上げる。

「ウィニエルは今でも、グリフィンのことが好きなんだねぇ……」

 アイリーンの声はため息交じりだった。

「え、ええ……それは、まぁ…………」

 私は頬を軽く掻きながら応える。

「まぁ、二人がそれでいいならいいんだけど。他人がどうこう言う問題でもないし……フェインのこと、好きだよね?」
「……はい。好きです…………」

 アイリーンから確認するように訊ねられて、私は頬が温かくなるのを感じた。


 私は、フェインを愛している。


 グリフィンは私の最初の恋の相手。

 でも、フェインは。
 彼は、私の最後の恋の相手。


 互いに解り合える唯一の相手。
 痛みを分かち合える唯一の人。


 彼以外、この先一緒に歩みたいと思える人は居ない。


「あ、ウィニエル顔赤くなってるー! 可愛いー♪」
「な、何言ってるんですかっ」

 アイリーンは今度は楽しそうに私を茶化す。
 今回だけじゃなく、これまで何度かアイリーンにフェインへの気持ちを確認されたことがあって、彼女は私がフェインを想っているのを確認すると途端、機嫌が良くなって笑顔を見せる。

 アイリーンなりに、気を遣っていることはよくわかっている。
 アイリーンがフェインのことを好きだったってことも、知っている。

 セレニスさんを倒したのは彼女。

 その責任を彼女は感じているんだと思う。


 でも、セレニスさんと対峙させたのは私なのに。
 アイリーンは何も悪くないのに。
 責任を感じる必要はない。

 罪を償うのは私とフェインだけでいい。

 それでも、アイリーンは何も言わずに笑ってくれるから。

 私とフェインは彼女の好意をありがたく感じている。

「でも、そっかー……ウィニエルはすごい恋愛してたんだね~」

 アイリーンは何か感慨深げに頷きながらコーヒーを口に運ぶと、あちち、と舌を出した。

「……すごいかどうかはわかりませんけど……あの時は本当に辛かったです。でも、あのことがあったからこそ……今があるから…………」
「……でも、グリフィンへの愛は永遠かぁ……そのネックレス、ずっと身に着けてるんでしょう?」

 私の言葉に手を組んで、アイリーンは伸びをしながら私の方へと視線を投げる。


「…………」


 私は彼女の言うことに何も言えず、僅かに微笑んで小さく頷いた。


 グリフィンへの愛とフェインへの愛は違うもの。


 でも、それは私にしかわからない、
 他の人にはわかり辛い、例えようの無い形をしている。
 それを踏まえると、今の顔はフェインには見せられない顔だったかもしれない。


 フェインに知られたら、どうなるんだろう。


 きっと、彼のことだから怒るよね。
 彼がここに居なくて良かった。


 でも、


「あ、フェイン!」
「え?」

 そう思った矢先、私が不安に思っていることが的中してしまう。

「………………」

 私が振り返るとフェインが眠ったフィンを背に負ぶったまま、無言で私を見ていた。

 その視線が何だか冷たい気がする。

「ぁ…………」

 私は恐くなって彼の視線から目を逸らそうとするけれど、出来ずに固まってしまう。
 まるで蛇に睨まれた蛙のよう。

「うわっ……ご機嫌斜めっぽい……あ、フィン寝ちゃった? 上で寝ようか~、フィ~ン」
「えっ!? あ、アイリーン!?」

 アイリーンは瞬時にフェインの気を悟り、彼の背から寝惚けたフィンを降ろして連れ、部屋から出て行ってしまう。

 去り際に、『ごゆっくり~』というご丁寧な言葉まで残して。


 酷い。
 酷いよ、アイリーン。


 残されたのは私とフェインと、飲み掛けのコーヒーが二つ。

「な、何か飲みますか?」

 私が手をテーブルに付いて立ち上がろうとすると、フェインの手が私の手に重なる。

「…………要らない」

 フェインは私を見つめたまま私の向かい、アイリーンがさっきまで座っていた場所に座り、私に座れと目で語った。

「そ、そうですか……」

 フェインの無言の言葉に、しぶしぶ私も席に着く。私の手はフェインに押さえられたままだった。

 こうして、見つめ合っていると、フェインの手の温もりが伝わってくる。


 私は今、この手に感じている温もりを愛しいと感じていた。


「…………今も……なのか?」

「え?」

「……いや……何でもない、忘れてくれ」

 フェインはちらりと、私の胸元のネックレスに目をやって、視線を逸らした。


「……フェイン、私はあなたを愛しています。それだけじゃ駄目でしょうか?」

 私は正直に言ったつもりだった。

 だって、グリフィンへの想いを消すことなんて出来ない。
 でも、区切りは付いている。

 心も、身体も、今はフェインのものなのに、嫉妬されても私にはどうすることも出来ない。

「……いや……それだけで充分だ……」

 フェインはそう言っていたけれど、表情は複雑に歪んでいた。

 認めがたいけれど、
 受け入れがたいけれど、


 ――仕方ない。


 そんな顔だった。


 私だって、セレニスさんのことを想うあなたを時々腹立たしく思うこともあるのよ?
 それでも、あなたが好きだから我慢できる。


 だからこそ、私達は上手くいくと思うの。

 ね、フェイン。
 そうは思わない?


「…………ところで」
「はい」

 フェインは深く瞬きを一度すると、いつものように穏やかな顔で、目の前にあるアイリーンの飲み残しじゃなく、私の飲み掛けのコーヒーを取って飲み干し、テーブルに置いた。

 まだ淹れたてで、湯気が出るほど熱かったのに、フェインは一気に飲んでしまった。

 しかも、それを飲んでも平然としている。
 表情が穏やかなだけに、私は少し恐くなった。軽い身震いさえした。



『今日は泊まって行くのか?』



 フェインの言葉や視線は優しかったけれど、テーブルに押さえつけられたままの手はいつの間にか手首を握られており、逃れられなくなっていた。
 それは離そうとしても、びくともしなくて、フェインを見ても表情は穏やかなまま。

「……ははは……」

 私はフェインに手を取られたまま、乾いた笑いを浮かべていた。



 ……私、今日は泊まらない方がいいと思う。



 フェインの言葉に私の中の何かがそう答えた気がした。

end

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後書き

 ネックレスの色とかを指定していないのはわざとですー。バラのコインって、何色なんだろう……。
 金でもいいし、銀でもいいなぁと思って、やはり指定しませんでした。
 本編でも指定せず。

 え? そんなこだわり気にしちゃいないって?

 オリジナルキャラがまたも出た。
 はぁ……あんま出したくなかったんだけど、しょうがない。

 ちなみに、フィンクスという名前はスフィンクスのスを取って付けました。
 グリフィンの仲間っぽいし? 
 本当はグリフィンとイダヴェルだから、グリヴェルとか?(あんちょーっく!!(笑)) 
 もしくはイダフィン?(大笑)

 フィンにしちゃうと子供のフィンちゃんが可哀想だし、後でフェインと揉めそうなので却下しました。
 でもフィンクスでも揉めそう(笑)

 グリフィン…………殺してごめんなさい。
 ファンの方には土下座です。orz
 ゴメンナサイ、ヒィー。だって、生きていられると都合が悪……(おい)

 そして、フェインさん。
 ……何か情けない人になってしまってますがー……これまたごめんなさい。もっと格好いいとこ見せないとなぁ……。
 フェインは居るだけで格好いいんだよ!!(熱弁)

 この後、ウィニエルが泊まったかは……秘密です(いや、泊まっただろうな、うん)。←後日談が銀の誓言に綴ってあったりします。

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