言葉を失くすと、代わりに涙が頬を伝っていく。 この涙は多分、哀しみの涙じゃない。 自分の愚かさに腹を立てて、流した涙。 私は、一体ここで何をしているの。 何を得ようとしていたの。 許しを乞いたいわけじゃなかったでしょう? もし、彼と再会出来ても、やり直したかったわけでもないでしょう? だって、 私が今愛しているのはグリフィンじゃない。 彼への愛は変わらないけど、今愛しているのは別の人。 たとえ、結ばれない不毛の恋でも。 後悔はしていないもの。 謝罪するため、区切りを付ける為に来たんじゃないの? だけど、 どうしていいか、わからない。 どうしていいのか、わからないの。 勝手に涙が溢れて止まらない。 「……泣くなよ……。俺、あんたの泣き顔なんか見たくない」 「え……」 ふいに、青年の腕が私を解放したと思ったら、彼は私の頬を両手で包んで私の瞳を覗き込んだ。 「……俺の中の親父がそうさせんのか知んねぇけど、俺は、あんたには笑ってて欲しいって思う。親父もきっと、許してやるって言うさ」 青年は自分の額を私の額に付けて、苦笑いを浮かべながら告げた。 「……で、でも……」 私は戸惑いながらも、青年の瞳から目を逸らせなかった。 グリフィンは許してくれるのだろうか。 ううん。 きっと、グリフィンは許してくれるだろう。 わざと乱暴に、突き放すような言葉を私に浴びせて。 でも、私は許されなければいいと願ってる。 許されたら、 私は彼をいつか記憶の彼方に葬ってしまう。 そうしたら、 想いを封じる封印なんか関係なしに、甘い痛みも思い出せやしない。 グリフィン、 私はあなたを記憶だけの存在にしたりはしない。 あなたへの想いは私の宝物なの。 もう二度と失いたくない。 喜びや、苦しみ、痛みすらも忘れたくない。 だから、 私は許されなくて良い。 私の罪は消えなくて、良いの。 「……あんたが、人間になるって聞いた。でも、ここには降りられないんだろ?」 青年が私の涙を親指で拭いながら訊ねた。 「……ええ」 私は静かに首を縦に振り、頷く。 恐らくは、ローザからティアが訊いて、それを知ったんだろう。 「親父は、生まれ変わったら一緒になろうって言うと思うぜ? だからさ、今度こそ約束してやってくれよ」 青年は手を下ろし、私の両肩を掴む。瞳は私を見つめたままだった。 「……約束?」 涙はいつの間にか止まっていて、私は青年を見つめたまま軽く首を傾げる。 「そ、生まれ変わったら一緒になるって。そしたら、周りも巻き込まれずに済むだろ? あ、けど、どうせだったら親父なんかやめて俺にしねぇ?」 「……え?」 青年の思わぬ言葉に私は耳を疑った。 グリフィンをやめてあなたにするというのはどういうこと? 「俺、初めて見たときから何か気になってたんだよな、天使っつーのは、綺麗なんだな。しかも、何か派手な格好してるしよ。ど派手ねーちゃん、嫌いじゃないぜ」 青年が屈託無く笑う。 「………………」 その笑顔に私は何も言えなくなってしまう。 青年の台詞に私は彼を思い出していた。 グリフィンと初めて会った時、同じようなことを言われた気がする。 青年の中にグリフィンは生きている。 グリフィンが、私に笑顔を見せてくれた。 「うう……っ…………」 私は再び涙が込み上げてくるのがわかって、顔を両手で覆った。 「お、おい、だから泣くなって!」 青年は私が突然泣き出すから、慌てていたけれど、俯く私の頭を、 「ったくよぉ…………」 と文句を言いながら、一生懸命に宥める様に撫でてくれた。 グリフィンもよく、こうして撫でてくれたっけ。 その手が私は安心できてとても好きだった。 彼と同じ姿で、 彼と同じ声で、 彼と同じ仕草。 彼じゃないけれど、青年の中には確かに彼が居る。 私は、それが嬉しかったの。 「……ありがとう……ありがとうっ!」 「え? わっ!?」 私は顔を上げて、青年に抱きついた。 青年は一瞬驚き、目を丸くしていたけれど、私を受け止めて静かに抱き返してくれた。 「……俺の方こそ……来てくれて、サンキュな…………」 青年の、 照れたような小さな声が私の耳に届いた。 私と青年が抱き合って、しばらく時が流れた。 すると、木々が風を捕まえ、ざわめき始める。 「……グリフィン?」 呼ばれた気がして、私は青年から離れ、お墓を見下ろす。 「親父……俺の天使と抱き合ってんじゃねぇって?」 青年も私の右隣に立ち、同じように見下ろした。 私は服のポケットからコインを取り出し、右手の平に載せて告げる。 「……グリフィン。これ、グリフィンのくれたコイン……私、ずっと持ってるから。絶対忘れないから」 私の言葉にグリフィンに貰ったコインが木漏れ日を捉えて光る。 すると、風が木々を揺らし、音を立て私の髪を撫でた。 「……グリフィン……ありがとう…………」 その風は温かくて、優しくて、 でも、どこか怒っているのか、 “俺を忘れたら許さない”と告げるように、右手、指の間を風が通り抜けた。 そこには銀の指輪がコインと同じように木漏れ日を反射させ、光っている。 銀の指輪はフェインから貰ったものだ。 その指の間を風が通り抜けた。 それはまるで、グリフィンがフェインに嫉妬しているようで。 私は複雑な思いにかられて、口角を上げ、眉尻を下げていた。 「……忘れたりなんかしません」 グリフィンへの想いと、フェインへの想いは違う。 きっと、 忘れることはない。 どちらかを忘れることもできない。 どちらかが過ちだとも思っていない。 だって、フェインを愛さなければ、グリフィンを思い出すことは出来なかったのだから。 グリフィンと出会っていなければ、フェインを愛することはなかったのかもしれないのだから。 二人を愛したから、私は自分の生きる道を見つけられた。 「……な、それちょっと貸してくんねぇ?」 「え?」 隣に立ってお墓の方を向いていた青年が私に向き直り、コインを貸すようにと開いた私の右手にあるコインを見つめた。 そして、 「……これなら丁度いいか。はい、これ持ってちょっと待ってろ」 「え? あっ! そ、それっ、大事なっ!!」 青年は自分のしていたネックレスの強度を確かめるとそれを外し、私の開いた右手に載せ、コインを私から奪うと走り出した。私も後を追おうとするが、 「すぐ戻るから、ここで待ってろ」 「……は、はい」 青年の言葉に私は足を止め、素直に返事をしていた。 私の手に残ったのは、コインの代わりに目の細かいチェーンネックレス。そういえば、トップは事前に外していた。 彼は、これを一体どうするというのだろう。 何故、私に預けたの? グリフィンのコインを一体どうするつもりなの? そんなことを考えながら私はお墓を見下ろしたまま青年を待ち続けた。 「ねぇ、グリフィン……大丈夫かしら…………」 お墓に話し掛けても返事は返って来ない。 早く、戻って来ないかな。 しばらくすると、 「ウィニエル様、そろそろ時間ですよ。もう、戻らないと」 ローザが木陰から出てきて、私の左肩へ腰掛ける。 「え? もう? あ、でも……彼が……それに、ティアにも…………」 「時間厳守です。破ったら怒られます。あなたはまだ天使なのですから、ティア様や、フィンクスさんは諦めましょう」 「……フィンクスって言うのね、彼。ね、ローザ、もう少し待たせて。ぎりぎりまで」 私は手を合わせて肩の彼女に頭を下げた。 「……しょうがないですね、でも、あと少しだけですよ」 「ええ」 ローザは口を濁しながら渋々、了承してくれた。 丁度その時、 「天使様っ!」 「ウィニエル!」 ティアとフィンクスの声が背後から聞こえて、その後に二人がお墓の前へと走って姿を現した。 「はぁっ、はぁっ……間に合った…………」 「……はぁっ……良かった……まだ居て下さって」 お墓の前に辿り着くと、二人は安堵したように両膝を手で押さえ、肩で息をする。 「……はぁ……この子はフィンクス、兄の子です。天使様」 ティアはフィンクスの背に手を回して、私に紹介する。 「……悪ぃ。名前言うの忘れてた……よな?」 走って来た二人の息は上がっていたが、フィンクスの方はもう息が整ってきていた。 「フィンクス……さっきのコイン……は?」 私は右手のチェーンネックレスを持ったまま、フィンクスに訊ねる。 「ウィニエル、それ貸して」 「え? あ、はい」 フィンクスがネックレスを渡すよう告げるから、私は彼に預かったネックレスを返した。 「……あ、コイン」 フィンクスの手にグリフィンのコインが握られていて、そのコインには何やら金具が取り付けられいた。 そして、私からネックレスを受け取った彼は、そのチェーンに加工が施されたコインを通した。 「……よし。ほら、後ろ向いて」 「え?」 フィンクスは私の肩を押して反転させ、私の首にコインのトップのネックレスを嵌める。 「……これ……」 私はネックレスのトップを手に取り、見つめた。 バラの彫り物がされた、綺麗なコイン。グリフィンから貰ったものに間違いない。 そのコインが、私の胸元で美しく光っている。 手の平に載せていた時よりも、力強さを感じる。 「ポケットとかに入れとくと失くすだろ? それなら失くさなくて済むじゃん」 グリフィンと同じようにフィンクスが笑う。 「……ありがとう……」 私がお礼を言うと、フィンクスは照れたように「いいんだって!」と頬を赤らめた。 「……本当に……」 私が、話し始めると、 「ウィニエル様、時間です。さぁ、もう戻りましょう」 ローザが私を天界へ帰るように促した。 もう少し、話しをしたい。 でも、ローザはきっとぎりぎりまで待ってくれたのだ。 ローザの言動は落ち着いていたけれど、行動が少しおかしい。しきりに辺りを見回して落ち着かない様子だった。 慌てているんだと、わかった。 私は怒られてもいいけど、ローザが怒られたら可哀想だ。 それに、 ローザは最後だから私に天使としてきちんとさせたいのだということもわかっていた。 名残惜しさもあるけれど、ローザにこれ以上迷惑を掛けるわけにもいかない。 ずっと一緒に戦ってくれた、頼りがいのある妖精。 私は彼女に甘えてばかりだ。 よく愛想を尽かされなかったなと思う。 彼女が居なかったら私は任務を全う出来なかった。 これ以上我侭は言えない。
to be continued…