本当のキモチ③

 は?


 俺はその音を理解出来ないまま、動きを止める。


「……すぴー……」


 今度は鼻から聞こえてきたような気がする。
 そして、俺も理解する。


「…………寝て……やがる……」


 あいつの首が重力に添うように俺の胸に寄り掛かると、俺は肩を落とした。


 寝てんじゃねぇよ。


 と、軽くあいつの頭を小突いてやりたかったが、無防備なあいつの寝顔を見たら何故か出来なくて、

「…………」

 俺は無言のままあいつをベッドへと寝かせてやった。


「……んん……」

 ベッドに寝かせたウィニエルはうっすらと微笑みを浮かべている。
 俺はその傍らに腰掛け、あいつを見つめていた。


 いい夢でも見てるのか?


 ほんの数分前まで起きてたのによ。

「……気持ち良さそうに寝てんじゃねぇよ……」

 さっきまでの高揚した気分を昇華出来ないでいた俺は、幸福そうに眠るあいつにそう告げた。

「……本当はさ、俺の気持ち、わかってんだろ? こら」

 人の気も知らないまま眠るあいつに複雑な思いを抱いていた俺は、我慢しきれずあいつの鼻を軽く摘んだ。

「…………ううん…………」

 あいつはいやいやをするように眠ったまま俺の手を跳ね除けるが、目を覚まさない。

 今、俺が何を言ってもあいつは起きないだろう。


 今なら、素直に言ってしまえそうだ。


「……俺は、お前の本当の気持ちが知りたい」

 俺は床に膝を立てながらあいつを覗き込む。

「…………」

 やっぱりあいつは目を覚まさない。

「俺は、お前のことが好きなんだぜ? お前と居ると、なんつーか……安らぐ……」

 お前が俺と一緒の気持ちでいてくれてたらって、思うんだ。

 なぁ、世界が平和になったらお前は天界に帰っちまうのか?


 何もかもが終わったらさ、俺と一緒に居ないか?


 なぁ、ウィニエル。


 全部終わったら、俺の、
 俺だけの天使になってくれねぇ?


「……ウィニエル……」

 俺は眠るウィニエルに静かに自分の唇を落とした。

 そんなガラじゃないが、
 まるで、眠り姫を起こすどこぞの王子のようだと、思った。


「…………」


 俺も疲れからか次第に眠たくなって、あいつにキスした後、ウィニエルの隣にうつ伏せるようにして、意識が薄れていく。

 これじゃあ、王子でも何でもないか…………。

 まぁ、いいや、今夜はずっと一緒だ。


 ……などと薄れゆく意識の中で考えていた。


“……わかってますよ……私の本当の気持ち……いつか……時が来たら聞いて下さいね……”


 俺の意識が眠りに落ちた後、あいつが目を覚まして隣に眠る俺の頭を撫でて抱きしめ、そんなことを言った気がした。


 眠たくて、
 眠たくて、


 悔しいが、


 あいつが重要なことを言っていたのに次の朝起きた時、何を言ったかまで覚えていられそうにない。
 けれど、俺もあいつと同様に笑顔で眠れそうな気がする。


 天使の夢でも見ようか。


 たった一人、俺の大切な天使の夢を。


 ウィニエル、お前も俺の夢を見ろよ。
 盗賊で、天使の勇者の俺の夢を。



 同じ夢を見よう。



 俺も本当の気持ちをいつか、お前にちゃんと伝えるから。


◇


 ――次の日の朝。


 朝日が昇り、鳥達の歌声が耳に届くと、俺は目を覚ました。

「…………ん? あ、朝か……」

 最近は肌寒くて、掛け布団を身体に包めないと第一声にくしゃみをしたもんだったが、今日は違っていた。

「…………」
「……ウィニエル……?」

 頭上を見上げると、俺を包み込むように天使が眠っている。
 どうやら俺はあいつに抱きしめられながら眠りについていたらしい。

 通りであったけぇなと思ったんだ。

 刹那、


 惜しいことしたっ!! とも思った。


 だってよ、
 まぁ、


 なぁ?


「……んん……」

 俺が動いた所為か、ウィニエルが気付いて、ゆっくりと目を覚ます。


「……あ、グリフィン?」
「……よ、よぉ……」

 寝惚け眼のあいつが俺を見下ろすと、俺は気まずい顔で手を軽く振った。

「おはようございま……!? ご、ごめんなさいっ! 私、あのまま眠ってっ!?」

 あいつは慌てたように起き上がり、俺から離れた。


「…………」


 あいつはそのまま黙り込んでしまった。
 頬が少し赤い。

 そりゃあ、そうだろう。
 俺は無意識とはいえ、あいつの胸で眠っていたことになるんだから。

 はぁ、惜しいことしたよな、本当。


 憶えてないんだから。


 ただ一つ憶えてるとすれば、


 あいつのぬくもりだけ。


 天使は寒さやあったかさを感じないって言ってたけど、あいつはちゃんとあったかい。


「ウィニエル」


 俺はあいつに手を差し伸べる。

 なぁ、もっと傍に来いよ。
 まだ、時間はあるんだろう?


 もう少し、一緒にいよう。


「……グリフィン……」

 俺の気持ちが伝わったのか、あいつは少し躊躇ったのか間を置いてから頬を赤く染めて俺の手を取った。


「……ウィニエル、お前あったかいよな」


 あいつが俺の腕の中にすっぽりと納まると、耳元に囁いてやった。

「そ、そうですか?」

「湯たんぽみてぇ」

「湯たんぽ……」

 あいつはそれ以降黙り込んでしまった。
 まさか、湯たんぽに例えたのが不味かったとか?
 いや、でもこの場合、別に悪い意味には取らないだろ。

「どした? 湯たんぽって別に悪い意味で言ったんじゃないぜ?」

 とりあえず、フォローしておくか。

 と、思ったんだが、あいつ……。


「え? 悪い意味って……? それに……湯たんぽって……何ですか?」


 きょとんと、あいつは目を丸くして俺を見上げる。


「…………はい?」


「湯たんぽ……初めて聞く言葉です。グリフィン、それ、何ですか?」


 しまったと思ったが、もう遅かった。


 あいつの好奇心に火を付けちまったらしい。
 ウィニエルの瞳が生き生きと輝いて俺に答えを求めている。


「ゆ、湯たんぽっつーのはな……」



 説明下手な俺が湯たんぽを説明するのに、どれだけ苦労したか。


 せっかく、良い雰囲気だったのによ。


 言葉じゃ足らなくて結局品物を買い、今度は上手く説明出来たと思ったら、

「なるほど~、これが湯たんぽなんですね、温かいです。あ、それじゃ私そろそろ行きますね」

 あいつはそう告げて、良い雰囲気をぶち壊したあげく笑顔で飛んでった……。
 しかも、湯たんぽにペンで何か書いて置いて行きやがった。


 俺はあいつが落書きした湯たんぽを手に取って見た。

「あちち」

 湯たんぽの中にはお湯が入っていて、素手で触るには少し熱かった。

 そこにはお世辞でも上手いとは言えない下手くそな天使の絵と名前が書いてあった。
 そして、メッセージ。


 “風邪引かないように、私だと思って使って下さいね”


 矢印が下手くそな天使の絵、多分……あいつの自画像? へと伸びている。
 自画像らしき絵の目? はへの字だから、なんとか笑っているように見えた。


 いや、むしろそれを買ったのは俺なんだけど……というつっこみは置いといて、


 お前が居ない時も、気持ちは俺の傍にいるってこと、言いたいのか?

 なんて思ったりしたが…………。


 これはわかりづらい。


 ウィニエル……お前って、やっぱ変な奴だな。


 でも、お前と居るといつまでも、退屈しなくて済みそうだぜ。


「プッ」


 俺は下手くそな絵が書かれた湯たんぽを前に、つい噴き出し、笑みを浮かべた。

前へ

Favorite Dear Menu

後書き

設定は冬って感じですね~。
ウィニエルさん、天然炸裂……。やはりグリフィンさん受難続き。

あーでも、フェインよりグリフィンの方がやはり幸せ度が高い気がする。
やっぱ初めての人だから?(え)

わーいわーい。(突然何)
何かインフォスのウィニエルがやっと掴めてきました。
天然ボケみたいですね!

う~ん、おかしいなぁ……こんな子になるはずじゃあ……。

まぁ、いいか。

Favorite Dear Menu