前書き
第一話です。セレニスが倒された辺りから物語が始まります。もちろん魔石の塔にフェインは派遣されていません。長い物語の始まりでございます。
『帝国の魔女セレニスは勇者アイリーンによって倒されました……』 俺が捜していた愛する妻、セレニスがアイリーンによって倒されたと彼女……、アルカヤの混乱の原因を突き止めるために地上へと遣わされた天使ウィニエルは俺の視線を逸らし、やや下向き加減で、けれども声ははっきりと発してそう答えた。 ウィニエルらしいといえばウィニエルらしい。 天使は皆そうなのかわからないが、あまり喜怒哀楽を表に出さない彼女はいつも淡々と真実を述べる。 わからないことはわからないと、辛い真実もそのままに。 無神経だな、と思う時もたまにあるが、そういう正直な彼女は嫌いじゃない。 むしろ好ましいと思っていた。 だが、この時ばかりは彼女のその無神経さに無性に腹が立っていた。 ウィニエルが悪いわけじゃない。 そんなことは俺にもわかっている。 彼女は真実を俺に教えてくれただけだというのに俺はセレニスへの償いが出来なかったことがただただ、痛かった。 胸が、 心臓が、 心が痛くて、 今にも自らの手でそれらを握り潰してしまいそうな程だった。 なのに、 「こんにちは、フェイン」 次の日、ウィニエルは何事もなかったかのように俺の元へと訪れた。 その時の俺の足はセレニスが居たという魔石の塔へと向かっていた。 「今は一人にしておいてくれ……」 彼女の訪問は初めて出会った頃から突然で、何を考えているのかわからなかったが、その掴み所のない神秘的な雰囲気と、優しく微笑む彼女を見ていたら次第にそれを楽しむ自分が居ることに気が付いた。 彼女と居ると何故だか心が安らぐ。 セレニスが居た頃のような安らぎと似たものを、彼女は俺に与えた。 今では彼女が毎日でも会いに来てくれたらと願うまでになっていたんだ。 だが、先日の一件で俺はもう彼女の顔を見れなくなっていた。 理由はわかっている。 彼女の無神経さが嫌になったんだ。 昨日まではウィニエルと俺の間には穏やかな風が吹いていたのに、彼女はそれを乱した。 「フェイン……あの……」 彼女の声が聞える。 ついて来ていたのか……。 無神経にも彼女は俺を慰めようと言葉を探しているようだった。 「帰ってくれ。もう何も聞きたくない……」 崩れた魔石の塔を見下ろして俺は妻セレニスのことを想っていた。セレニスを一人で逝かせてしまったこと、 俺は一体どうすればいいのだろうか? どうする……? どうする……とは……? 俺は迷っていた。 セレニスはもう居なくなってしまった。 一緒に死ぬべきだったんじゃないか……? 今からでも間に合うんじゃないか? 「フェイン……」 ウィニエルの声が息を詰まらせたように聞えたが俺は彼女に振り返らなかった。 俺は彼女をそのままにして街へと戻った。 俺はどうすればいい? これは迷いだ。 セレニス教えてくれ、俺はどうお前に償えばいい? しばらく考えてはみたものの、 ……結局ここでは答えは見つからなかった。 街に戻って宿を取る。 いや、実際は身体が勝手に宿を取っていた。 感情はセレニスのことでいっぱいだったからだ。 旅をずっとしていれば、宿を取るのは習慣となる。 街に入れば自然と宿へと足が向いた。 宿帳に記帳して、部屋を取る。 その間の記憶はまるでなかった。 「……フェイン……」 気が付けば闇が辺りを包んでいた。 暗がりの宿の部屋の窓際に座り、虚ろに何処へとでもなく視線を泳がせていた俺に、ウィニエルは声を掛けてくる。 暗いが月明かりで互いの顔や表情は見てとれた。 俺は一瞬だけ彼女と目を合わせ、再び何処へとでもなく視線を泳がせる。 また……ついて来たんだな……。 心配してくれているのはなんとなくわかっていた。 彼女は天使だ。 管理する勇者が落ち込んでいるのを放ってはおけないのだろう。 それでもやはり俺はそれが勘に障る。 「君がいなければ……俺は彼女と死ねた……」 そうだ、ウィニエル、君が居なければ俺はセレニスと一緒に死んでやれたんだ。 なのに、君が居た所為でその機会を逃してしまったんだ。 今からでも間に合うかもしれない。 間に合わないかもしれない。 そして、俺の身体は動かない。 そこで思考が止まってしまうんだ。 セレニスへの愛は永遠のものだ。 彼女の為に今まで旅をしてきた。 彼女に会うためだけに長い間。 だが捜していた彼女はもうこの世に居ない。 もうどこを捜しても彼女には会えない。 もう、二度と。 彼女のために生き長らえた生命ももう意味をなさない。 彼女と共に死ぬことを夢見た俺の残された道はもう、決まっている。 ……だというのに、 何故、身体は動かないのだろう。 何故、天使の言動がこんなにも自分を苛立たせるのだろうか。 「……死を選ぶことだけが救いだという考えが本心ではないことを信じています」 いつものあの、淡々とした声だ。 柔和な顔して、なんて無神経なんだ。 そんな薄っぺらな言葉、俺は聞きたくなんかない。 信じている? 何を? 俺は死を望んでいる。 セレニスと共に死ぬことが俺の償いだったのに。 その機会をお前は奪ったんだ。 セレニスが見つかったら教えてくれと言っておいたのに、約束を破って。 いや違う、彼女が悪いわけじゃない。 彼女はもしかしたら俺がセレニスと共に死のうとしていることをわかっていたのかもしれない。 だから俺には言わず、アイリーンに先に伝えた? 天使の勇者が一人減ると困るから? それとも……? どちらにしても腹が立ってくる。 彼女が悪いわけじゃないと頭ではわかっているが、感情がそれを許せないんだ。 俺が望んだものは世界の混乱を治めることなんかじゃなくて、ただ一つのほんの小さな希望だったのに。 その望みをウィニエルは叶えてはくれないんだな……。 それは絶望だ、ウィニエル。 俺は君がどんな場所で、どんな時間に訊ねて来ようとも真摯な態度で応対したと思う。 君の顔が急に見たくなって妖精に頼んで呼び出したことだってある。 それもこれもセレニスを想うからであって、すべてセレニスに会うために必要だった。 だが、君はそれには応えてはくれなかった。 その絶望感……。 君にわかるだろうか? わかるわけがない。 「もう……帰れ。二度と顔を見せるな!」 俺が彼女と目を合わせそう言った時、ウィニエルは静かに息を飲み込んだ。 それだけ言うと俺はすぐに目を逸らす。 だが、その時、彼女の目はずっと俺を真っ直ぐ見ていた。 「……わかりました……」 彼女は少し間を置いて部屋から出て行こうとしていた。 このまま帰って、もう二度と来なくなればいい。 俺はそう思っていた。 彼女が俺にそう言われてどう思うかなんて考える余裕すらなかった。 嫌いになればいい、もう俺を頼らずともいい。 君の勇者は他にもいるだろう? ただ、 一瞬、 ほんの刹那、 ふと彼女が翼を動かそうとする気配を感じて、俺が顔を上げると目が合った。 今にも泣き出しそうな顔で、けれども決して涙は溢すまいと口を強く噤んで。 ただ、真っ直ぐに俺の方を彼女は見ていた。 いつも柔和な表情の彼女が必死に平静を装うとしているのがわかった。 口を開けば涙が溢れてしまうのだろう、彼女は眉間に小さく皺を寄せ、 「……っ……」 と、息を詰まらせた。 俺はすぐにまた目を逸らす。 このまま目を合わせたまま見つめ合えば何か取り返しのつかないことになりそうだったからだ。 けれどもその一目で俺の胸に痛みが走る。 目が合った時間はほんの数秒なのに、彼女がどんな思いで今目の前にいるのか、 それが気に掛かる。 俺の言葉に何て思ったのだろうか。 このまま帰してしまっていいのだろうか? もう二度と会えなくなってもいいのだろうか? 俺の中で答えはまだ出なかった。 このまま勇者としてやっていけるのか、それがわからなかったからだ。 それに……それだけじゃなく……、 「…………」 だが、答えの出ない俺を置いて、彼女は翼を広げる。 もう少し時間があったなら、 セレニスのことにも向き合えるようになれたなら、 この苛立ちがなんなのか、 ウィニエル、君のことを考えることが出来るようになれたなら。 「待ってくれ……!」 自分の声にはっとした。 頭でも、心でもなく身体が勝手に彼女の手を掴んでいた。 「あっ……!?」 飛び去ろうとする彼女のか細い腕を俺は無意識の内に引き、自らの懐へと引き寄せていた。 「……ウィニエル……すまない……っ……」 彼女の翼ごと、強く抱きしめていた。 彼女の白い羽根が数枚、ゆっくりと宙を舞うようにして床に落ちていく。 「っ……」 彼女は口を噤んだまま何も言わず、俺の胸を両手で押し、俺から離れようとする。俯いて、小さく肩を震わしながら。 「……て……下さい……」 彼女は俺の胸に両手を突っ張り下を向いたまま小さく声を発した。 彼女の足元の床に円形の黒い染みが次々と作られていく。 「……すまなかった……ウィニエル……俺は……」 俺の片手は彼女の腕を決して放さず、もう片方の手で彼女の顎を捉え顔を上げさせていた。 「……放して……放して下さい……っ……」 彼女は俺の腕を振り解こうとしながら、俺と目を合わせる。 真っ直ぐに俺の目を見て、ただ、瞳からは透明な雫が月明かりに照らされ止め処なく彼女の頬を伝っていた。 俺はそれを美しいと思っていた。 美しく、けれども同時にそれは見てはいけないものだとも思った。 「ウィニエルっ……!!」 「痛っ……!」 俺は彼女を再び強く抱きしめる。 彼女は翼が痛むのか、腕が痛むのか、身体が痛むのか、俺から逃れようと抵抗するが、そんなことはお構いなしに俺は彼女をより強く抱きしめた。 「痛いっ……フェインっ!!」 彼女は俺の胸に手を当て、再び押しのけるよう突っ張ろうとするが、俺はそれをさせないように力を込める。 見ていたくなかった。 彼女の涙を直視できず、かと言って、このまま帰すことも出来ない。 彼女と二度と会えなくなるなんて、考えられない。 「放して……フェイン……お願い……」 彼女の抵抗も始めだけだった。 俺が力を込めると彼女は静かに手を下ろし、観念したように俺に身体を預ける。 「……痛いよ……フェイン……」 彼女は目蓋を静かに閉じて、俺の腰に腕をそっと回した。 「……痛い……」 俺の胸にウィニエルの声が響く。 熱い息が服の上からでも身体に沁みた。 熱は心臓から、血管を通って身体中へと回る。 脈が強く波打ち身震いしたくなるような、妙な感覚だ。 痛いのはウィニエルの心なのか、 俺の心なのか、 ……今の俺にはわからなかった。 「……あなたがどんな人間であったとしても……私には……あなたが必要なんです……」 ウィニエルが顔を上げ、瞳を濡らしながら震える声を紡ぐ。 声は震えても、それは彼女らしいはっきりとした声だった。 こんな時でもやはりはっきり伝えてくれるのだな、君は。 真っ直ぐな気持ちが今の俺にはあまりに痛い。 「……ウィニエル……俺は……」 俺は迷っていた。 セレニスを愛している。 セレニスを愛している。 セレニスを愛している。 この愛は永遠なもので、決して不変のものだ。 だが、目の前の天使を俺は手放したくないと思っていることも事実。 苛立ちがその所為だということもなんとなくではあるがわかったような気もする。 そして、その天使は俺を必要だと言う。 ずるいのだろうか。 「……俺はセレニスを……」 セレニスを愛していることを彼女には知ってて欲しい。 いや、もう充分知っているはずなんだが、何故か言わなくてはならないような気がした。 「……言わないで……?」 泣きはらした目で彼女は俺の口元に人差し指を添えて、無理に笑ってみせた。 「……わかっています……あなたのことはわかって……」 なんて淋しそうに笑うのだろうか。 なんて、美しく儚げに笑うのだろうか。 彼女がもし人間であっても、天使だと俺は思うだろう。 そして出会ったならまたその笑顔を見たいと思うのだろうな。 そして、彼女はそっと俺に寄り掛かる。 「……ウィニエル……」 俺はそれを包み込むように優しく抱きしめる。 「……大丈夫よ……大丈夫だから……」 耳に心地いい、優しく安らぐような声が、彼女を抱きしめているのは俺なのに、俺が彼女に抱きしめられているような気がした。 このまま、彼女に包まれていたい。 そう思うのは我侭なのだろうな……。
to be continued…
後書き
はてさて、始まりましたー。一話は短かったですね~。応援して下さると頑張れる子なので宜しくお願い申し上げます。
台詞ウロ覚えです……。フェインさんは最初にゲットしたキャラでした!
ファーストインプレッションではルディで、二番目がクライヴさんで、彼は三番手だったんですが、文句言わずどこにでも行ってくれて、何時だろうが怒らないで話をしてくれて、強い彼と同行してる内に情が移って、既婚者だったこと、煮え切らない感に見事すっ転びました(笑)
うちのウィニエルちゃんも煮え切らないから良い勝負だと思います(は?)
私的にフェインはずるい人だと思います。でもそこがまた楽しい!!
ルディはルディで大好きなんですが、EDで幸せになってるから♪
フェインさんのお話は暗くて(オイ)なんか楽しくて作り甲斐があります♪
さて、第二話ではエッチしちゃってますが、ゴメンナサイ。
乙女系ではないかもしれません(汗・汗)