前書き
二人の初めての夜。
このまま、彼女に包まれていたい。 そう思うのは我侭なのだろうな……。 まだ夜の帳は開けることは無く、俺はウィニエルを自分の部屋のベッドへ座らせる。 「……フェイン……」 窓際のベッドに腰掛けた彼女を月明かりが青白く照らした。 そして、彼女は黙ったまま真っ直ぐに自らの前に立っている男を見上げている。 その表情は喜びでもなく、悲しみでもない、かと言って無表情のそれとも違う。 何を思っているのだろうか。 俺が彼女の思いを理解するにはまだ気持ちの上で何かが足らないのだろう。 俺はただ、その顔が綺麗だなと思っていた。 この世のものではない何かに惹き付けられているのは俺がその彼女の目を逸らせないことから自覚はできた。 俺は音を立てないよう静かに床に跪き、彼女を間に挟むようにしてベッドのシーツに腕を張った。 白く細い滑らかな長い脚から程よく括れた腰のライン、その上にある膨らみ。 そしてその上へと視線を辿っていくと、潤いを帯びた厚みのある唇……。 彼女は黙ったまま唾を一息飲み込む。 あの唇が微小に動く。 月明かりの所為なのか、何も語らないのに妙に艶かしく、俺を誘っているような気にさえなる。 そして、瞳……。 「……フェイン……?」 彼女を舐めるように見ていたわけじゃないが、彼女の瞳は少し困惑した表情をしていた。 そしてその顔で、優しく微笑んでみせる。 「……ウィニエル……」 彼女の瞳は宝石のエメラルドのそれだった。 磨かれた本物の宝石。 暗い中でも美しさは変わらないんだな、などと口には出さなかったが、俺は彼女の頬に触れるか触れないかぐらいに右手の人差し指の外側を沿わせた。 「…………」 するとウィニエルはゆっくりと瞳を閉じ俺の右手を取り、 「……温かい……」 彼女は薄っすら穏やかな笑みを浮かべ、取った掌に頬擦りをした。 天使は寒さや暑さを感じないと聞いていたから少々意外だったが、雰囲気がそう言わせたのかもしれない。 そういえばここは雪が降る地域で、寒いのだった。 今は降っていないが、それなりに寒い。 朝方は降るかもしれない。 今頃気付くのはおかしいが、俺の部屋の暖房はどうやら故障しているらしい。 「……っクションッ!!」 不意に俺はくしゃみをしてしまった。 考え事ばかりしていて寒さに気付かなかったとはなんて間抜けな勇者だろうか。 「……大丈夫ですか? …………」 「え……あ……」 ウィニエルが俺を心配して声を掛けてくれたが、俺が「大丈夫」だと応える前に、彼女は俺を包む。 彼女の細い腕が、彼女の長い金の髪が、彼女の純白の翼が、春の陽気のように徐々にほのかな温かさで俺を包み込んでゆく。 「……あまり、温かくはならないかもしれませんけど……」 俺の頭上で彼女の声が響く。 密着した彼女の身体から心臓の音が聞える。 天使も心臓を持っているんだな……などと関心している場合ではなかった。 「……いや、充分温かい」 「……そうですか? ふふっ、それは良かったです。あなたが風邪でもひいたら大変ですから」 彼女の声のトーンが上がる。 それはいつもの口調だった。 天使として当然の義務なのだろうか? 他の勇者にもこんなことをしているのか? 女の勇者ならともかく、男の勇者にはしていないだろうな? 「……誰にでもこんなことをするのか?」 「え?」 そんなことを言う資格もないのに俺は何て奴なんだろうか。 だが、口が勝手に喋ってしまったことだ。 彼女はアイリーンと仲が良い。 セシアという女勇者もウィニエルのことを心底信頼していた。 癒しの手の持ち主もそうだ。 他に管理している勇者がいるなら……真面目で勇者想いの優しいウィニエルのことだ、勇者が寒いと言えばこんな風にするんじゃないのか? いいや、ウィニエル、出来ればこのまま聞き流して欲しい。 君が他の勇者に優しくしていることなど知りたくも無い。 「……しませんよ。フェインだけです」 まだ信用しては貰えませんか? とでも言いたげな瞳で、彼女は俺の身体から離れる。 「……そ、そうか」 「……はい」 彼女は穏やかに微笑んで、応えた。 「……ははは……そ、そうか……はは……」 渇いた俺の笑い声が深夜の部屋に溶けていった。 彼女も俺を優しく見つめ微笑む。 何だか間抜けな話だ。 こんなにも彼女を信頼しているのに逆に彼女に俺の信頼を失わせるようなことを何故口にしてしまったのだろうか。 再び俺とウィニエルは向き合う。 彼女は黙ったままじっと俺の様子を見ている。 俺も黙ったまま、彼女の肩を両手で柔らかく包んで、今度はベッドへと横たえる。 広げられた純白の翼が数本、拉げた。 「……っ……」 拉げた時の痛みなのか、彼女の顔が小さく歪む。 天使なんだな、とつくづく思う。 この翼が俺と彼女を男と女と分ける以前の決定的な違いだ。 「ウィニエル……」 俺は身体を前に倒し彼女の上に腕立てをする形で、上から覗き込むようにして両腕をベッドへと突っ張る。 いつも俺が見上げる彼女が今、俺を見上げている。 こうして彼女の顔を間近に見ると、天使というものは本当に美しいものなんだなと実感する。 「……フェイン……」 彼女は俺を求めるように俺の首に縋ってきた。 「……何も言わないでね……お願い……今は……何も……」 彼女は身体を俺に摺り寄せる。 不安なのか小さく肩を震わした。 『何も言わないでね』 その言葉の意味はなんとなくわかった。 何か言えば俺達はそれ以上進めないからだ。 もう今更二度と会わないという選択は出来ない。 セレニスを愛したまま、ウィニエルを抱く。 セレニスを愛しているから、ウィニエルを抱く。 俺は今日、天使をこの腕の中に抱く。 そして、彼女は俺の気持ちをわかっている。 別の女を求めている男と寝る。 自分に必要だから、別の女を求めている男と寝る。 それは間違っていると思う。 互いに気付いていることだ。 破滅するのは目に見えている。 けれどもこの衝動は止められない。 この一時だけ、結ばれればいい。 先のことなんか俺には関係ない、俺は卑怯な男なのだ、 ……そう思い込むことにした。 俺は彼女の上着に手を掛ける。 薄い一枚の布はいとも容易く外れ、彼女の白い肌が露わになる。 絹の肌に張りの良い大きすぎない膨らみが二つ。 暗がりでもその膨らみの中心が薄桃色をしているのがわかる。 俺がそれに触れようとすると、彼女は恥らうように自らの腕で隠した。 「……見せて……」 「……あっ……」 俺が彼女の腕を掴むと、彼女は力を一瞬入れたがすぐに脱力し、ベッドへと横たえた。 彼女の身体を少しずつ開いていく。 「……ウィニエル……」 彼女の乳房は美しく、俺は吸い込まれるようにして彼女の左の膨らみに舌を這わせた。 「……っ……」 瞬間、彼女の身体が強張ったのがわかったが、俺はそのまま愛撫を続けた。 外側からゆっくりと、中心へ。 そして、その中心を少し強く吸ってやる。 「……んっ……」 彼女は目を固く瞑り、眉間に皺を寄せシーツを強く掴む。 苦痛なのかもしれない。 ああ、彼女は初めてなのかもしれない。 今まで受けたことの無い感覚を、この卑怯な男が与えてもいいのだろうか? それ以前に天使にこんなことをして罰が当たらないのだろうか? 葛藤は多少あった。 だが、彼女の誘惑に勝てそうもない。 何も知らない顔で全てを知ろうと求めるその瞳に俺は魔法を掛けられたようだ。 こんな魔法は知らない。 セレニスにさえ掛けられたことは無い。 ウィニエルが悪い。 俺なんかに惚れたお前が悪い。 俺はそんなことを考えながら愛撫を繰り返す。 今度は右の膨らみに舌を、左の膨らみの突起は右手で優しく摘み、きゅきゅっと前後に動かしてやる。 「……っ……んっ……」 彼女の声は苦痛の声から次第に甘く変わっていた。 痛みは無いと思う。 乱暴にはしていない。 卑怯な男のせめてもの優しさだと言ったら君は苦笑するんだろうな……。 「あっ……はぁ……」 彼女の目が虚ろになってきた。 シーツを掴んでいた手もいつの間にか俺の肩を押さえている。 それは拒むような押さえ方じゃなく、力なく、 もっと、 もっと、 そう彼女に求められているような気がしてならなかった。 でもウィニエル、まだまだこれからだ。 こんなもので満足なんて決してさせない。 俺も、 もっと、 もっと、君を感じたい。 俺を求める君に応えられる分だけ、いやそれ以上限界までは応えたい。
to be continued…