贖いの翼 最終話:愛とは愛されたいと願うこと③ ウィニエルside

 私は駆け出していた。
 空が小焼けになり、辺りは暗くなり始めていた。
 急いで街まで。

 途中で、ミカエル様とフィンに会った。フィンのことはミカエル様に任せて、私は彼を探す。

 さっきの場所にはもう居ないはず。
 もう、会えないかもしれない。


 ――でも、また会えたら。


 偶然でも、必然でもどっちだっていい。

 逃げずに、本当の事を言おう。

 私があなたをどう思っているのか。
 私があなたからどうして逃げたのか。

 優しいあなたからどうして逃げたのか。

 ……フィンのことも話せたら。


 そしたら、私の望みがわかるかもしれない。


「あっ……」

 私は小石に躓き、派手に転んでしまう。ただでさえ走るのは得意ではないのに、視界の悪い暗い道を走るのには無理がある。

 街までは、まだもう少しある。


「……いたた……」


 こんな所で躓いている暇はないのに。

「……うっ……ううーっ!!」

 私は足を捻挫したらしく、起き上がれなくなってしまった。

 悔しい。
 せっかく、会おうと心を括ったのに。

「……っ……もう……本当に会えないの……?」

 辺りはすっかり闇に溶け、足元の視界は最悪だ。私の視線の先に街の灯りが無数に灯っている。
 早く立ち上がって、街へ行かなくちゃ。

 今日中ならまだ、彼を見つけ出せるかもしれない。
 彼のことだから、きっと宿を取ってもう身体を休めているはず。

 彼の行動はわかるのに。

「……フェインっ……! フェインっ!!」

 私は縋る様に街の方へと手を泳がせた。


 足が痛い。


 立ち上がろうにも、身体が言うことを聞いてくれない。
 何度試してもそれは変わらなくて。
 痛みだけがどんどんと増してゆく。気を失いそうになる程の痛み。

「っ…………!!」

 私は首を何度も横に振るって、両腕で街の方へと身体を引き摺った。

 手の平は擦り剥けて、痛みの感覚も段々と無くなってゆく。

 足が痛いのか、
 手が痛いのか、
 心が痛いのか、

 何が痛いのかもうわからない。

 ただ、諦めたくなかった。


 だって、多分これが最後のチャンスだから。


「…………う……」


 でも、私の意識は次第に薄れていく。


 街まで辿り着けないまま、私は気を失った――。


◇


 フェイン……。

 フェイン……。
 ごめんなさい……。


 頭の中に懺悔の言葉だけが何度も木霊していた……。


 ただ、暗闇の中。
 私は一人。


 ねぇ、フェイン。
 私はね、きっとずっとあなたに会いたかったんだと思うの。


 ただ、少し怖かっただけなの。


 私は何を置いてもあなたのことを考えてしまう程にあなたを想っているのに、あなたが私を愛してくれないのが哀しくて、あなたに私を想って欲しいと思う自分勝手な浅ましい考えが許せなくも思うの。
 あなたが望んでもいないのに、与えるだけの愛だけじゃ満足出来なくて、受ける愛も欲しいなんて我侭だよね。

 私なんか天使失格で当然だったのよ。


 ごめんね、フェイン。


 このまま会えないならもう、きっと二度と会うことはないよね。
 フィンが大きくなったらあなたにちゃんと返すから。それまで、フィンの傍に居させてね。あなたのように強くて優しい男の人に育てるから。


 ごめんね、フェイン。
 ごめんね、フィン。


 でも、私後悔はしてないの……。


 フェインに出会って、フェインに触れて、フェインに恋して、フィンが出来て、フィンが生まれたこと。


 ……私は二人とも大好きよ。


 愛してる。


◇


「……ウィニエル」
「…………ん……」

 聞き覚えのある声に応えるよう私は目蓋をゆっくりと開く。
 暗く閉ざした世界は目蓋を開くと眩く、一気に押し寄せた光に私は何度も瞬きをして目を擦った。

「…………あ……私……」
「……虫の知らせかな? 何となく散歩に出掛けたんだ。そしたら君が」

 視界はまだ開けていないけれど、徐々に目が慣れてきた。私は今ベッドに寝かされていて、すぐ傍にフェインが付き添ってくれていた。

「……フェイン……」
「……足は捻挫してるだけで、今は腫れているがじきに良くなると医者が言っていた」

 私は上半身を起こした。
 フェインの表情がはっきりと見える。

 “何故あんな場所で倒れてたんだ?”

 怒ってはいないけれど、酷く心配そうな顔をしている。
 昨日一睡もしていないのか、少し目の下に隈が出来ている。
 長旅の上、眠れなかったんじゃ相当疲労しているんだと思う。

「……そう……ですか……すみません。面倒を掛けてしまって……」
「いや……そんなことはいい……」

「…………」

 その後私達は互いに無言になってしまった。

 話をしたいのだけど、何から話せばいいのか……。

 私も彼も迷っていた。

「……なぁ、ウィニエル。そのままでいいから訊いてくれ。君は今……幸せか?」
「え……?」

 私よりも先にフェインが声を発していた。


 私は幸せ?


 ……ええ。私は幸せだわ。

 誰かが幸せはそんなのじゃないって言ったとしても、私は少なくとも不幸じゃないって言える。

「……はい……私は幸せです」

 フィンとの忙しい毎日は楽しくて楽しくて愛おしい時間。今までも、これからも。

「そう……か……それならいいんだ」

 フェインの大きな手が私の髪を優しく撫でる。
 それは懐かしくて、暖かくて、


 愛おしい。


 とても、心地良くて……。


「…………ウィニエル?」

 フェインの手が私の頬を包む。

「……どうして泣くんだ? 幸せなのだろう?」
「……はい」

「……なら泣かなくていい。俺は君が幸せなら身を引こう」
「……え……?」

 私はフェインが何を言っているのかよくわからなかった。
 身を引くとはどういうことなのだろうか?

 私に誰か別の相手が居るとでも思っているのだろうか。


 ――私はフェイン、あなたのことしか見えていないというのに。


「あ、あの……」


 私は彼の言葉を遮るように言葉を紡ごうとしたのだけれど、フェインが話を続けていて私が入る隙は無かった。

「……これで最後だ、ウィニエル。最後に一言だけいいか?」
「………………」

 彼の話を止めることが出来なかった私は半ば諦めて、黙って彼を見つめていた。


 もうこれで本当に終わりなのね、フェイン。
 あなたに何も言えないままお別れなのね。


「……ウィニエル、愛してる」


「……え……?」


 私は自分の耳を疑った。


 ――今、何て言った……の?


「……気付くのが遅くなったが、俺は君を愛してる。きっと以前から想っていたんだ。ただ、セレニスのこともあったし、気付かない振りをしていた。あの時君を引き止めて置けば良かったなんて、今でも後悔してる。 ……もう、今更遅いとは思うが……」

 フェインは苦笑いを浮かべながら私から目を逸らさずに告げた。


 愛……し……て……る?


 愛してる?


 ――誰を?


『ウィニエル、愛してる』


 私を……?
 フェインが、私を……?

「…………うそ……」
「嘘じゃない。俺はこの三年二ヵ月君のことばかり考えていたのだから」

 フェインはずっと目を逸らさないでいる。

「そんなの…………」

 全身から震えが来る。いつの間にか掴んでいた掛け布団も震えている。

「……ウィニエルどうした?」
「……わ…………」

「……わ?」

 大粒の涙が頬を伝って掛け布団の上に染みを描く。
 フェインはただその様子を静かに見守ってくれていた。


 わかった。
 わかっちゃった。


 私の望み。


 ……私はね。


 私は。


 たった一言、この言葉が欲しかっただけなの。
 気休めでも偽りでもなんだっていい。


 “ウィニエル愛してる”


 この言葉だけ。
 フェインの声で紡がれるその言葉は私にはどんな褒め言葉よりも深く胸に沁みて幸福感を得られる。


 全ての想いが昇華出来た気がした。


 私は心のどこかで愛されたいとずっと願っていた。


 その確証が欲しかった。


 フェインのその一言だけで良かったんだ。
 その一言さえ貰えたなら私はあなたに一生を捧げられる。
 この先に何があっても大丈夫だって思える。


 ねぇ、フェイン。
 私もね、あなたを愛してるの。


 もう、ずっと。
 あなたが想うよりもっと前から、ずっとだよ。


 ねぇ、言ってもいい?


 セレニスさん、ミカエル様、ローザ、ロクス、ルディ、フィン、アイリーン、みんな。

 もう、素直に言ってもいいよ……ね?


「……私もフェイン、あなたを愛しています……あなただけを」

「……ウィニエル……それは本当か……?」

 フェインが目を丸くして私を見つめた。

「ええ……本当です……ずっと……あなたを愛していました。天使だった時も、人間になった時も、今も」

「人間て……?」

 フェインは目を丸くしたまま訊ねてくる。

「……あ……えっと……何から話しましょうか……。……あなたに話したいことが沢山あります……」

 私は首を傾げてこちらを伺うフェインに、人差し指で涙を拭いながら少しはにかんだ。

 その様子に彼は、


「……その前に……抱きしめてもいいか?」


 そっと私の身体を自分の方へと引き寄せた。

 今までそんな風に訊かれたことはなかったから、少しくすぐったい。


「…………はい」


 静かに彼の腕が私を包み、私は彼の背に手を回す。
 互いの温もりが伝わり合う。

「…………温かい……です。フェイン……」
「……ああ……」


 ――優しい時間が流れ始めた気がした。


 それは永遠ではないけれど、長く、長く続く予感がした。


◇


 “ねぇ、フェイン。何から話しましょうか……”


 “そうだな……とりあえず、湖の事件を解決させたらゆっくり話そうか。一応仕事で来てるからな……”


 “……それならこのままゆっくり話しましょう?”


 “え?”


 “……ふふっ。だって、あの霧の正体はね……”


 私はフェインをここに呼んだ霧について話し始める。


◇


 フェイン、
 私達はこの先どこへ行くんだろうね。

 でも、やっと互いにちゃんと向き合えた気がするね。

 ね、

 あなたと別れた後天界で何があったのか、
 地上で何があったのか、
 フィンのことも、

 ゆっくり
 ゆっくり、

 話をしましょう。


 これから私達はいつでも会えるんだもの――――。

fin

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後書き

 ビミョ~な終わり方で申し訳ないです。とりあえずハッピーエンドってことで!
 問題は山積みですが(汗)

 終わりですー!! いやー長かったー!!
 始めハード? で後半ただの乙女ちっくなラブストーリーになってしまって……。

 でもハッピーエンドが大好きです。終わりが哀しいんじゃ何か苦労した分疲労しただけになってしまう気がして。私が書くものは基本的にハッピーエンドです。ハッピーが一番!

 フェインに「愛してる」と言わせるまでにかなーり時間が掛かってしまいました。この一言を言わせたいがために色々やったのさ! ……ええ、文字通りやっちゃいましたけども(汗)
 あのゲームEDに納得いかなかったが為にここまで書きました。だってフェインはっきりしないんだものー!
 だからって何も18禁にしなくても良かろうに。……でも何か萌えだったんですよね。今までにこういうカップリングってなかったから。背徳感とか味わいたかった……ψ(*`ー´)ψ

 で、ウィニエルはフェインにフィンのことを最後までまだ言ってませんでしたが、わざとです。
 何だか子供をだしに使って責任取らせるっていうやり方はしたくなかったので、まずは二人の気持ちが大事ってことで伏せておきました。しかしフィンて……(笑)。

 グリフィンのフィンなんだか、フェインのちっこい“ェ”を取って、“イ”をちっこくしたフィンなんだかわかったもんじゃないですね。後日ウィニエルからフィンのことを聞いたフェインは悩むところでしょうね(笑)
 でもまぁ、フェインの子供なのは確かだしねぇ……。フェインって結構思い込み激しいから……何だか複雑ですね(笑)
 一説によると、名前考えるのが面倒臭いから適当に付けたとかいう話ですが(汗)

 サブタイトルになってる「愛とは愛されたいと願うこと」ですが、何か当初と設定が変わってしまって……。でも一応愛されたいと思わないと愛は互いに成就しないって感じにして落ち着きました。よくわかんないかも(汗)

 それにしても初めての18禁小説の試みでしたが、勉強になりました。読んで下さってる方々にもう、感謝感謝です。
 楽しかった!
 本当に、十ヶ月の間最後までお付き合い下さりありがとうございました! 感想など頂けると嬉しく思います。

 ……っとか言っといて、実は番外編が始まるとか何とか。不定期でのんびり書いて行こうと思います。謎とかもいっぱい残ってるし、構想だけは色々あるので。
 ……えっちはあったりなかったり? グリフィン×ウィニエルなんかもいってみよー!

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