贖いの翼・番外編3:贖いの翼② ミカエルside

 ウィニエル達のような素質を持った子はこれまでにも居た。
 そして、殆どの天使が天界を去る中、未来の大天使候補も何人か出来た。
 そいつ等は現在の大天使達の補佐や天界の仕事をして、まだ当分先の話だが、交代の時を待っている。


 もう、幾度となく天使達に指示してきただろうか。
 ウィニエル達も、始めは“繰り返し作業”だと思っていた。


 未来の天界のための、子供。


 天使に特別な感情は必要ない。
 皆を平等に愛すればいい。


「ああ、本当だ」
「じゃ、白くならなかったら、ミカエル様が白くしてくれる?」

 俺が返事をすると、ウィニエルは俺に頼みごとをしてきた。
 この部屋の天使は自分の意思がある。
 だが、俺に直接頼みごとをする天使は、大天使以外で彼女が初めてだった。


「…………ああ、いいだろう」
「じゃ、約束ね」

 俺の了承に、ウィニエルは俺に顔を寄せるよう手を前後に振り、顔を近づけると首に縋り付く。
 俺は、彼女が落ちないように抱きかかえてやった。

 丁度、ウィニエルの胸が俺の耳に触れている。
 小さな胸の少し急いたような鼓動が耳に響く。
 華奢な身体から聞こえるそれは、俺にあることを決心させた。


 多分、
 この時だったんだ。


 この子を直に管理したいと思った。
 同時、他の二人もだ。

 未来の大天使としての素質をこの三人は持っている。

 繰り返しの子育てに、久しぶりに楽しみを見出せそうな気がした。
 特に、ウィニエルは母親の顔が好みだったから、余計。

 俺は、ウィニエル、ロディエル、ラミエルの三人を私邸で、育てることにした。

 親になる気など更々ない。

 だから、世話役の天使付きだ。俺が面倒を見るのはほんの僅か。気が向いたら。
 施設へは、学ばせねばならないことがあるから、通わせている。


 ――この三人は本当に、面白かった。


 普通の天使じゃない変わり者、三人組。


 年頃になれば、保育施設から出てアルスアカデミアに入る。その頃には普通の天使も特殊な天使も関係なく皆一様に同じ教育を、同じ環境で受ける。
 その間も暴走する子供達は封印を施されるが、あの三人組みはずる賢いのか、上手くそれを免れていた。

 封印を免れるよう画策するのはロディエル。
 あいつは女好きだが、頭の回転が速かった。両親が優秀な血を持つ分、父親の件を除けば、潜在能力も申し分ない。

 反面、ラミエルの頭の回転はスローだった。天真爛漫で何を考えているのかはわからないが、いい笑顔を見せる。叱っている最中、あの笑顔を見ると怒る気が失せる。
 それに、あれは潜在能力に優れている、と俺は見ていた。

 そしてウィニエルは、アルスアカデミアに入る頃には大人しく、あまり自分のことを主張しない子に育っていた。
 だが、主張しない分、強い意志を胸の内に秘めて、ここぞという時にそれを発声する。大天使となるには強い意志が必要だ。能力もロディエル程ではないが、素質は充分だと俺は判断していた。
 それに、彼女は勉強家だ。好奇心旺盛で、色々なことを知りたがる。ラミエルも好奇心は旺盛だったが、ウィニエル程、勉強熱心ではなかった。


 アルスアカデミアへ入るまでは多く喧嘩もしたが、いつも三人一緒に居た。アルスアカデミアに入るとそれは一変し、三人は一緒に居ることが少なくなった。


 ロディエルは成績優秀ということで、他の天使達に一目置かれ、恐れられているのか、女天使以外は近寄り難い存在となっている。

 ラミエルは成績が悪い為に、仲間外れにされている。が、
 やはり、あの子の頭の回転がスローなのかそれに気付かず、本人は大して気にも留めていない。幸福な子だ。

 可哀想なのはウィニエルだ。
 成績はそう悪くないのに、意志の強さが災いして、皆と違うことを言ったが為に普通の天使達に避けられている。

 俺の元で暮らしていることも避けられることの原因の一つらしいが。

 とにかく、そんな三人が一緒に居ると目立って仕方が無かった。

 ロディエルは目立つのが嫌だからと、アカデミア内では二人を遠ざけていた。
 だがあいつは、ウィニエルとラミエルを自分の兄弟のように思っている。表向きは他の天使達に合わせているが、裏ではウィニエルとラミエルを護るために、色々考えているようだ。

 三人を同じように育ててきたつもりが、こうも三子三様に違うとは。子育ては難しいものだ、と痛感させられた。
 同時、そんな三人を見るのが楽しくて仕方なかった。


 俺は三人をずっと見てきた。
 お気に入りのおもちゃとして、飽きるまで見ようと思っていた。


 ――おもちゃ。


 実際のところ、大天使候補なんぞどうでも良かった。
 ただの興味本位で手元に置いただけのこと。


 飽きたら捨てればいい。
 誰も、俺を咎めることはしないだろう。


 三人の内、ウィニエルは俺の話をよく聞く子だったから、俺はよく彼女と話をした。
 あの子は黙って聞いているが、時々鋭い指摘をする。

 俺にはそれが面白くて堪らなかった。


 だが、それも次第に飽きてくるもので――。


◇


「え? ガブリエル様が…………ですか?」


 ウィニエルがアルスアカデミアを卒業して少し経った頃、俺は天使三人を地上に派遣することにした。

 始めはロディエルを。
 次に、ラミエルを。

 最後に、ウィニエルを。

 気が置けない大天使ガブリエルに預けることにした。
 ガブリエルの指揮下、彼女はインフォスに派遣された。


 まさか、派遣先のインフォスで恋をするとは思わなかった。


 いや、内心、
 ウィニエルが恋をして、どうするのかを見たいと思っていた。


 面白いじゃないか。

 天使の恋。


 俺はウィニエルを地上に残す気はなかったのだから。
 ウィニエルが身も心もボロボロになって、俺に縋り付いて来れば更に面白くなると思っていた。


 そして、俺の予想通り、ウィニエルは天界に戻ってきた。


 予想外だったのは、ウィニエルが純潔のまま還らなかったことだ。


 彼女の身体は白く美しかった。
 俺は何度かそれを見て知っていた。
 見る度、


 触れたい。


 そう思うと同時に、触れたくない。

 そうも思った。

 彼女の身体は俺にとっては特別なものだったのかもしれない。
 ずっと、綺麗なまま残しておきたい大事なものだった。

 その身体をインフォスで、勇者に晒したようだ。

 彼女の輝きが派遣される以前と違うからすぐにわかった。
 首筋、耳の裏辺りにうなじを見ることが許される者だけが知ることの出来る、深く刻まれた赤い痣。
 時が経つに連れ、おかしくなってゆく言動に行動。


 彼女は次第に、俺の言葉を聞かなくなった。
 俺は、彼女の傷を癒すことにした。


 全てを、元通りに。
 身体も、元通りに。

 心も元通りに。


 インフォスの勇者の痕跡など残させやしない。


 俺は許せなかったのだ。


 俺のおもちゃが、他の誰かに触れられることが許せなかった。


 ――だから、癒した。


 今思えば、怒りで我を忘れていたに違いない。
 大天使の俺が、だ。


 おもちゃなら、いくらでもいたのに。


 ロディエルやラミエルでも良かったのに。
 ウィニエルだけが許せない。


 だが、俺は彼女自身を咎めたりはしない。
 彼女が気付かないように、巧妙に封印という罰を与え、じわじわと真綿で首を絞めるように苦しませればいいと思っていた。


 …………それは結果論なのだが。


 始めは全て無かった事にしようとしたんだ。

 だが、ウィニエルの記憶自体を消すことが、俺には出来なかった。彼女の力が俺の力に抵抗し、感情だけが封印されることとなったのだ。
 その所為で、彼女は余計にもがき苦しむことになった。

 もがき苦しむウィニエルの顔が、俺には淫靡に見えて、軽い身震いがくる程興奮したのを覚えている。

 この子を苦しませることが俺の喜びなのかもしれない。
 この子を癒すことが俺の喜びなのかもしれない。

 それが性的興奮なのかは、わからない、が。

 大天使の俺達にはその行為を許されていない。
 だからウィニエルを抱くことも出来ないし、抱きたいという欲求もない。

 ただ、ウィニエルは自分のもので、他の誰かが触れることは許されない。
 それでも、ウィニエルがそれを誰かに求めたなら、俺に止める術は無い。

 彼女の意思は自由なのだから。



 今思えば、俺とウィニエルは付かず離れずの関係だったような気がする。


◇


 彼女が俺の元へ還って来てしばらく経って、ウィニエルが平常に戻った頃、俺はラファエルに呼び出された。


「ウィニエルを……?」

「ええ、アルカヤの任務に就けようと思うのですが」

「アルカヤね…………」


 ラファエルは気付いていたのかもしれない。


 俺がおもちゃに振り回されている、と。


 俺からウィニエルを離そうとしたんだ。
 だから因縁のあるアルカヤへ、彼女を向かわせた。

 俺に断る理由は無かった。

 丁度その頃、ラミエルは地上に降りて人間になり、ロディエルは別の世界へと派遣されていた。
 そろそろ、時期なのかもしれない。
 二人に続いてウィニエルも解放してやる時期が来たのだと、俺は覚悟していた。


 俺は俺で、新しいおもちゃを探せばいい。

to be continued…

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