前書き
本編第八話、ウィニエルが地上に降りてからルディと再会した辺り~第九話に掛けてのルディの片想いな話。
本当はさ、直ぐわかったんだ。 天竜と堕天使が倒されたって、半年前に聞いた。 聞く以前に、俺、あの近くに居たから知ってた。 薄暗い雲が晴れて、青い空に天使が昇っていった光景を遠目で見てた。 どうして俺じゃなかったんだろうって、 どうして、俺を選んでくれなかったんだろうって。 でも、君は天使だから仕方なかったんだって、自分に言い聞かせてたんだ。 ウィニエル。 最後のお別れも言えないまま、消えてしまった天使。 君が還っていく光景を見ていたのに、お別れも言えなかったから。 俺はまだ、君がどこかに居るような気がしていた。 もし、また会えたなら、 あの時言えなかったことを言いたいんだ。 “俺には、君がとても大切な人なんだ。俺の傍にずっと居て欲しい” そう、言えたら。 今の俺はレグランス王国の国王だ。 兄さんの遺志を継いでこうなれたのも、君のお陰だと思う。 君が俺を勇者として導いてくれなかったら、今の俺はここにいなかっただろう。 感謝の気持ちでいっぱいだ。 でも、それ以上に、君が隣に居ないのが淋しい。 吹っ切らなきゃいけないってのはわかってるんだ。 でも、どうやっても、駄目みたいだ。 どうしようもない。 俺はまだ、子供なのかもしれない。 もっと大人になったら、君の気持ちを理解出来るんだろうか。 “どうして、俺を選んではくれなかったんだ?” どうしても、君を責めたくなる。 だって、 君は、 何も知らないような顔をして、俺に気持ちを言わせてはくれなかった。 何度も、 何度も、 喉から出掛けてた。 君が微笑む度、何度も。 本当に、俺の気持ちを知らなかったのか? それとも、言われて断るのが嫌だった? …………、 ……特定の相手が居たから。 確証はないんだ。 ただ、天竜達との戦いが近づいていた頃、君はそれまで定期的だった訪問をしなくなったから。 呼んでも、中々来てはくれなかった。 来てくれても、眠そうだったり、どこか心ここにあらずって感じで。 俺はそんなに勘が鋭い方じゃないけど、なんとなく気付いてた。 君には、好きな人が居るんだろうって。 でも、 それなら、天界に還ったのは何故なんだ? ……その疑問は半年もの間、俺に付いて回っている。 ――あの日、 この国に今までにない強力な熱波が押し寄せ、珍しい程に気温が上がり、ジリジリと焼け付く日差しの中で、君と再会するその時まで。 ◇ ――彼女が天界へ還って、半年後。 その日は、たまたま公務で二泊三日、遠出した帰りだった。 長距離の為、セネカは置いて来て、馬車で出掛けていた。木陰もない草原の間にある、地肌が剥き出しになっただけの乾いた土の街道を俺達一行はうだる暑さの中、先を急ぐ。 この辺りは木も生えていないから、地面からの反射熱も相当熱かった。今の季節が夏ということも関係しているようだ。 夜に移動すれば多少は涼しくなるのかもしれないが、夜、この辺は夜盗が頻繁に出没している。街道に沿う草原は日よけにはならないが、夜間しゃがんで身を隠すには丁度いい。立てば容易に街道の様子を見渡す事が出来る。 夜盗達は夜間移動する商人達を襲っては草原を巧みに利用し、金目の物を盗むんだ。 「……暑いな……」 こんなに暑かったら昼間いくら安全でも移動中、熱射病で死んでしまう者もいるだろう。 そして、夜盗達が昼間はどこか涼しい所で寝ているんだろうと思うと腹が立ってくる。 国王として治安対策に何か得策を練らなければいけないと思い、思い立ったが吉日で、一刻も早くファンランに戻って議会を開かねばと思って急いでいたんだ。 それに、他にも雑務が色々あるし。 「あー……暑い……気が遠くなりそうだな……」 「お水でも飲みますか?」 俺が手で顔を扇ぐ仕草をすると、サヴィアが水筒を取り出して俺に差し出した。 「ああ、ありがとう」 俺は水筒を受け取ると、中の水を口に含んだ。 水筒の水は熱波の所為か大して冷たくはなかったけれど、飲まないよりはマシだと思った。 俺が国王になってから、サヴィアには俺の補佐をしてもらっている。 「……にしても、この暑さ、異常じゃないか?」 「一昨日ここを通った時はそうでもなかったんですけどね」 俺が訊ねると、サヴィアは小首を傾げて答え、額に掻いた汗を拭った。 サヴィアは他にお付きの者がいる時は俺に対して“王”として接してくれる。 お付きの者が他に誰も居ない時は、彼女と旅してた頃のように敬称を付けずに呼んでくれる。 公私の分別が付くし、必要なら遠慮なく助言もしてくれる。 よく気も付くし、気も合うから、信頼しているんだ。 けど、彼女のように心惹かれたりはしない。 君のように惹かれたことはないんだ、ウィニエル。 「あ、ルディ!」 サヴィアが珍しく、他のお付きもいる中で、呼び捨てにして俺の袖を引いた。 「ん? 何?」 「あそこ!!」 俺が応えると、サヴィアは前方を指し、目を見開く。 「ん……? ……何か……人だ!! 人が倒れてる!! 止めてくれ!!」 サヴィアが示した方へ目をやると、人が倒れていた。遠目だったが、その姿は女性のようだった。腹部を押さえるようにして地面に横たわっている。 俺は直ぐ様馬車を止めて、駆け寄った。 「大丈夫か!? ……ん・……? 君は……」 俺は倒れている女性の身体を抱き起こし、顔を覗くと息を呑み込む。 「……ウィニ……エ……ル? 嘘……だろ?」 久しぶりに口に出した彼女の名前。 信じられなかった。 まさか、こんな所で彼女に会えるなんて思わなかった。 どうして君がこんな場所に? 「ウィニエル!!」 この時はまだ、半信半疑だったんだけど、心の内で俺は彼女だと確信していた。 それから何度も彼女に呼びかけたけれど、一度も目を覚ますことはなかった。 ただ、彼女が意識の無い中、身体に大量の汗を掻いて必死に息をしていたから、生きていることだけはわかったんだ。 一刻も早く、王宮まで連れ帰らないと、彼女の命が危ない。 “どうして、あんな場所に君一人で倒れていたんだ?” 訊きたいことは山程あるけど、医者に彼女を診せるのが先決だと思った。 ウィニエルの腕や足には草に傷つけられたのか、転んだのか、切り傷や擦り傷だらけで、所々化膿している。 肩は日に焼けて赤くなり、顔も多少赤らんでいた。体温もその所為か随分と熱い気がする。 この時は異常に高い体温を日差しの所為だとして、不思議にも思わなかった。 俺はウィニエルを抱き上げて馬車に乗せ、道中ずっと膝に彼女を抱えたまま王宮へと戻る。その間も彼女は腹部を守るように手を腹から放そうとはしない。 この時もそれに大した疑問は持ってはいなかったんだ。 それよりも、彼女の身が心配で。 ◇ 王宮に着くと、俺は彼女を抱えて直ぐに王宮に常駐している、宮仕え医師を呼び寄せた。 「……軽い脱水症状が出ていますが大丈夫でしょう。丁度良い薬草が手に入ったお陰で、足の怪我も一週間程すれば痛みが取れてくるはずです」 大体の診察を終えて、医師がベッドに横たわる未だ意識の無い彼女の手足に包帯を丁寧に巻きながら告げる。 「そうか……良かった……」 思ったよりも軽症で済んで俺は安心し、傍の椅子に腰掛け彼女の眠る顔を見つめた。彼女は静かに寝息を立ていた。 先程よりも呼吸が安定しているのがわかる。 「お腹のお子さんも無事ですよ」 「え?」 突然の医師の言葉に俺は素っ頓狂な顔で訊き返していた。 「この女性は妊娠されてます。そうですね……六ヶ月程でしょうか」 「妊娠……?」 妊娠……。 ということは、彼女のお腹に子が宿っているということだ。 そういえば、今気付いたけれど、抱き上げた彼女のお腹部分が少しふくよかだったような気がする。 そして、彼女はそれを守るように腕でお腹を包んでいた。 この時ばかりは人違いであって欲しいと願った。 いや、彼女じゃないって、思ったんだ。 ……思い込みたかったんだと思う。 君であるなら、 そのお腹の子は誰の子なんだ? 俺に身に覚えが無い分、 ……俺以外の誰かなんて、想像したくはなかった。 そんな俺の気持ちの揺れなどお構いなしに、「それでは、私はこれで」と処置を終えると、医師は部屋から出て行った。 残されたのは俺と、意識の無い彼女だ。 部屋は静まり返っている。
to be continued…