前書き
時期的には本編以前~途中割愛、最終話以降。天使との出会いから、信頼し、愛に至るまで。愛とか恥ずかしいな、もう(汗)
――その日、俺は天使に会った。 天使に初めて会ったのは、 まだ薄暗く星々が空に煌く日だった。その日は、何故か胸騒ぎを覚えて、宿をとることなく足早に次の街へと移動を開始していた。星々の輝きは不気味じゃない。 だが、空気がどうにも解せない。 なんだろうか、この感覚。 「お前ら……何の用だ……」 石畳の街の裏通りで、漆黒のローブを身に纏ったウォーロックらしき集団に俺は取り囲まれる。 嫌な予感はこれだったのか……。 と、俺は自分の勘が正しかったと小さく「ふぅ」とため息を漏らす。 「…………」 「答えられないわけか……。お前達、誰の命で俺をねらう?」 正体不明のウォーロックの集団は無言のまま、俺に襲い掛かってくる。 「っ!?」 風を斬るようにすばやい攻撃が俺の腕、腹、脚、身体全体に傷をつけていく。 俺は、避けることもできず、ただ、その場に立ち尽くし受け止めるしかなかった。 ……まずいな。 こいつ等、誰に頼まれたのかはわからないが、相当な使い手ばかりだ。 このままではやられる。 「クッ、……こんな所で……」 俺の膝がガクンと音を立てて崩れ地面に勢いよく打ち付ける。俺はその場にうつ伏せに倒れた。 石畳がひんやりと傷ついて熱くなった頬を冷やすが、出血が多いのか濡れる感触が気持ち悪い。 まだ、俺にはやらなければならないことがある……。 こんなところで俺は死ぬのか……? 意識が薄れるとはこういうことらしい、視界がぼやけて先ほどまでの街の景色もよく見えなくなってきた。星達がさっきと変わらず輝いているんだろうとなんとなく上を見上げるが、俺の瞳にそれらが映ることはなかった。 その代わり、弱くなった視野に大きく白く輝く物体が飛び込んでくる。 それはゆらりと揺れて、瞼を落とし掛けた俺に近づいて、 「フェイン!」 女の声が聞こえた。 聞いたことも無い美しく、優しい声。 「……君は……? 翼……? ……死ぬのか……俺は……」 ぼやけていた視界に、翼を背に携えた女性の姿が映る。表情までははっきり見てとれないが、 俺は合点が行っていた。 目の前にいるのは、天使。 ならば。 そうか、俺は死ぬんだ。 志半ばだが、仕方ない。 天使が俺を迎えに来たのだと、 そう、 思っていた。 「いいえ、あなたを死なせはしません。さぁ、手を……」 「…………」 天使の言葉に促され、俺は薄れゆく意識の中、半ば反射的に手を伸ばしていた。 「…………」 そして、俺はそのまま意識を失う。 やはり、俺は死ぬのかもしれない。 気づけばウォーロックの集団ももういない。完全に俺を仕留めたと思い、消えたんだろう。 なら、もう、このまま目は覚めないのか……。 なんて思っていたが、そうではなかった。 ふいに、俺は瞼を開けた。すると、はっきりと石造りだとわかる天井が視界に入って、 「目を覚まされましたか?」 先ほどの声が天井を見ている俺の右側から聞こえてくる。 「……ここは……?」 俺は声のする側へと、身体を向けた。 「村の廃屋です。雨つゆをしのげる場所はここしかなかったものですから……」 少し埃っぽいですがここなら大丈夫と、声の主は続ける。 横になりながら視線だけ巡らせると、壁伝いに棚があり、そこに木箱や樽が無造作に積まれている。布や服も開いた木箱の蓋の間からはみ出していた。ここの元主は慌てて出て行ったのだろうか、荷物をそのままにしていった気がする。俺が横になっているのは、ベッドなのだろうか、スプリングは悪くないから、廃屋になってからまだそう経ってないようだった。 目の前には、薄い飴色の長い髪と、グリーンの瞳。それは日の光に当たれば、宝石のように透き通る瞳なのかもしれない。それから、花の香り。春のような爽やかな香りがする。艶を湛えた唇。歳は二十三~二十五位だろうか。背に翼を携えた女性が、木の椅子に腰掛けてこちらを見ている。 その彼女は静かに立ち上がって、窓の方へと歩いていく。 「……もう、大丈夫のようですね。フェイン、もうすぐ夜が明けますよ」 彼女は天使。 天使が、窓に掛かるボロボロで埃まみれのカーテンを開けると、埃が宙を舞って白く煙った。 俺の寝ている場所まではその埃は届かないが、天使が小さく「ケホッ」と咳払いをする。 変わった天使もいるもんだと思ったが、その行動を特に気にも留めず、こちらに戻ってくる彼女に声を掛ける。 「傷の手当をしてくれたようだな……。天使……天使にも名前はあるのか?」 俺は身体を起こしながら、彼女に話しかける。 「ええ、私はウィニエルと言います」 カーテンを開けた窓から朝日が差し込み、ウィニエルを背後から照らす。その光はまるで、光の加護があるかのように彼女を包んでいる。 俺にはすこし眩しかった。 「ありがとう、ウィニエル……」 俺の目の前にウィニエルが来て、向かい合う。 「フェイン、私はあなたに頼みたいことがあってきました。今この地上には様々な混乱が起きています。目に見えるもの、目に見えないものも含めていまだ多くが何かの兆しでしかないのですが。その混乱を私と共にあなたに正してもらいたいのです」 真っ直ぐに見つめて、俺の瞳の奥まで覗こうとする。ウィニエルの眼が何もかも見通しているようで、俺は目を逸らしたくなったが、出来ずに俺はただ視線を交わしていた。 「天使の君と、世界の混乱を正す……俺がか……?」 俺に、そんな資格があるのだろうか? セレニスに酷いことをした俺に? 「ええ、あなたに頼みたいのです」 ウィニエルは一度も目を逸らそうとはしなかった。 宝石のような瞳が俺を見つめている。 この時だったのかもしれない。 気づくまで時間は掛かったが彼女の瞳が気になりだしたのは、恐らくこの時が初めてだった。 彼女が 俺の命を救ってまで、嘘をつくとは思えない。 俺に嘘を吐く必要性も見えない。 それならば。 「……天使が救ってくれた命だ。この奇跡が本当ならば、君の言葉も嘘ではないだろう……」 断る理由がどこにも見当たらない。 本来なら絶たれていたこの命。 まだ、望みは繋がっている。 なら、天使に付き従おう。 そうすることで、セレニスに会えるなら。 そう思って、俺はウィニエルの願いを聞き入れることにした。 「お願いします。フェイン」 彼女はこの時、初めてはにかんだ。どこか懐かしいような、温かい微笑み。 「わかった……。それが俺にできることならば手伝おう。それでどうすればいい?」 つい、彼女の微笑みに釣られそうになりながら、俺は無表情を保った。 感情なんて、今の俺には必要ないと思っていたからだ。 「今は身体を完全に治してください。あなたには依頼という形で事件の解決や混乱の探索を頼むこととなると思います」 ウィニエルは終始穏やかだった。 穏やかに微笑んで、 「では、またしばらくしたら会いにきます」 「ああ、わかった」 ウィニエルは俺を廃屋に残し、外へ出て行く。 窓越しに飛ぶ姿を見ようと目で追ったが、見えること無く、ドアの前に立ったと思ったら一瞬で姿は消えた。 その日、俺は天使に会った。 まさか、この天使が俺の運命を全て握っているなんて、この時は思わなかったんだ。
to be continued…