前書き
時期的には本編最終話以降、番外編2よりは前。やっとフェインが真実に辿り着いたお話。
彼女が俺の中に住み始めたのはいつからだったのだろう。 よくは思い出せない。 ただ、気が付いたら俺の中にセレニスと彼女が存在していた。 彼女……、 ウィニエルは、俺にセレニスを想っていていいと言う。 それでもいいのだと言う。 少し淋しげに微笑んで。 何故そんな顔をするのかはわからなかった。 自分にも想う奴が居るのだろうに。 それならお互い様だと……、俺は思っている。 俺は彼女のようには思えない。 ウィニエルを愛していると自覚してしまった今、そんな余裕などあるわけがない。 彼女が俺以外の誰かを想うのは許せない。 姿も知らない彼女の最初の男。 もう会うことはないだろうが、そいつは今も彼女のどこかに潜んでいるに違いない。 だからと言ってどうすることも出来ないんだが。 つまらない嫉妬で彼女に飽きられるのもどうかと思うし、なるべくその問題には触れないようにしている。 それに、 いくら探っても、彼女は上手く隠してしまう。 セレニスのことを全て話さないでずるいのはわかっているが、把握しておきたい。 ウィニエルの全てを知っておきたい。 アイリーンだけでなく、かつての勇者達とも再会していることは知っている。 それも、彼女に好意を寄せている男勇者なのだと、アイリーンと彼女が話しているのを聞いて、俺はやきもきしたもんだ。彼等は俺の居ない間に何度も彼女に会いに来ていたらしい。 その後アイリーンに改めて問い質したが、アイリーンの話じゃ彼女は誰の誘いにも乗らなかったと言っていたし、彼女も特に話題にもしていないから俺もあまり気にしないように努めた。 再会して間もなくでそんな話題を出すわけにもいかない。 リャノの街での噂話も聞いた。 一時とはいえ、彼女が女神であったことは事実で、俺は過ぎ去った過去の話に血の気が引く思いをした。 その後で彼女の身持ちの固さに心底安心したもんだ。 もし、 彼女が俺以外の誰かと共に歩き、偶然出会っていたら、俺は彼女を恨んでいたかもしれない。 俺の中に深く長く居座り続けておいて、別の男と共に歩むなど。 考えたくないが、有り得なくも無かった未来だ。 天界に還ったものだと思っていた俺の天使が、地上に居たのを知ったのは彼女が地上に降りて三年以上も経ってからだ。 全て事が終わってから俺は事実を知ることになった。 再会し、次から次へ俺の想像もつかない話を、彼女は話してくれた。 もう天使ではなくなったこと。 リャノの近くに住んでいること。 アイリーンがよく訪ねていたこと。 他にも色々聞いた。 だが、三年以上経ったんだ、一度に全ては聞けない。 天使でなくなった彼女は直ぐ会いに来ることが出来なかった。 その代わりに俺が彼女の元へ会いに行くことにしている。 彼女と会うのは決まって昼間だった。 家に案内はしてくれたが、夜泊まることは断られて、俺は街で宿をとっていた。仕事もあるから彼女と過ごす時間は限られている。 ギルドへの報告や塔に帰ったりする合間に、俺は彼女に会いに行く。 時々塔にも来てくれるが、その日の内に帰ってしまう。 だから少しずつしか事実を知ることが出来なかった。 早く全てを知りたいのに、一度に聞けないもどかしさと不安が俺を苛んでいたんだ。 あんな歯痒い思いはもう二度としたくない。 出来ることなら俺だけしか知らない場所に彼女を閉じ込めておきたい。 俺だけを見ていて欲しい。 誰の目にも触れさせたくない。 彼女は塔を訪れても、俺よりもアイリーンと話す方が多い。 彼女がアイリーンと仲が良いのは知っているが、アイリーンにすら時折嫉妬してしまう時がある。 二人は会うといつも俺にわからないように、ひそひそと何か話している。 訊けば「女だけの秘密」と俺に教えてはくれない。 ウィニエルに訊ねようとすると、 『ウィニエルに訊くのは無しだからね!』 アイリーンが彼女の代わりに答える。 アイリーンが去った後でウィニエルに訊こうとしてもどこで察知したのか戻って来て、 「秘密なんだから訊かないで! ウィニエルも喋っちゃ駄目!」と、俺を睨み付ける。 歯痒い。 アイリーンが再び去った後、大人気なく彼女に訊くわけにも行かず……。 非常に歯痒い。 だが、徐々に明らかになる事実を、不安だと受け入れるより、 そう思いながらも、それを再会の楽しみと捉えられたなら。 そうできたら、 やっと、未来を歩き始められる気がする。 ◇ 「……フェイン? どうしたんですか?」 ウィニエルが俺を覗くように見つめる。 白銀の輝きを美しく放つ純白の翼はないし、髪型、服装は多少変わっていたが、再会した彼女は綺麗なままだった。 今、俺達はリャノの街中、両端に様々な出店が立ち並び、行商人や旅人、街の人々がごった返した大通りにあるカフェテラスでお茶を飲んでいる。 日除けのパラソルが付いた小さなテーブルを挟んで互いに向かい合い、昔の話をしながら笑い合う。 こんな風にのんぴりとした時間を過ごせるようになるなんて、思いもしなかった。 「……いや、今日はいい天気だな……」 「ええ……そうですね」 俺が告げるとウィニエルは自分の斜め後ろを振り返り、昼過ぎの青い空を見上げて微笑んだ。 身をずらすと、パラソルの端から日の光が彼女の飴色の髪に当たり、それは瑞々しく輝いて美しかった。 「この本、ありがとうございました。とても面白かったです」 ウィニエルは俺に向き直ると、表紙が草臥れた一冊の本をテーブルの上に置いて、微笑みながら告げる。 「……そうか、良かった。君も歴史が好きなのだな」 俺は目を細め、彼女の笑顔に釣られながら応えた。 その本は俺がよく読んでいたものだった。 彼女がアルカヤの歴史を知りたいと、先週貸してあげた。 「はい、また一つアルカヤのことを知ることが出来たような気がします」 そう言って彼女は視線を手元に、本を両手で丁寧に持ってこちらに渡そうとする。 「塔に来れば、まだ色々な本がある」 俺は彼女から本を受け取ろうと、右手を差し出し、彼女の手に触れた。 「……では、今度行きますね」 俺が触れた手に彼女は少し頬を染めて、視線を俺に移すと再び微笑む。 手のぬくもりが以前より温かい気がするが、彼女の反応は今も昔も変わっていない。 俺がそうしたとはいえ、床を共にするときは大胆になることもあるのに、普段はちょっとしたことでもこうして顔を赤らめる。 その矛盾した表情を俺は好ましく思っていた。 「……ん?」 刹那、柔らかい彼女の手に冷たい金属の硬い感触がして、俺はそれが何かを確かめるため、触れている手を僅かにずらした。 彼女の指に銀の指輪が嵌っている。 この指輪、 どこかで見たことがある。 「……この指輪……」 確か……。 「あ、はい。フェインが下さったものですよ。地上に降りてからずっと着けてるんです。憶えていますか?」 「あ、ああ……、…………」 彼女が左手を俺から解いて、それを眺めながら告げた後、俺は相槌を打っただけで直ぐに言葉を失ってしまう。 左手の薬指。 それは婚姻の証。 俺のあげた指輪を、彼女はその指に嵌めている。 いや、 あげたものだからどの指でも構わないのだが、俺からの贈り物を嵌めているということは、俺のものだということを証明することになるわけで……。 それをずっと着けていた、と。 それはつまり、離れている間、彼女は俺だけを想っていてくれていたことになる。 三年以上も俺の代わりに、その指輪が彼女を留めていてくれたのかと思うと、贈っておいて良かったと過去の自分を賞賛したいくらいだ。 勿論、あの頃は気持ちを口に出来なかったし、そもそも自覚もきちんとしていなかったのだが。 そんな風に、彼女が想っていてくれたとは。 俺も今すぐには無理でも、いずれは……。 そう、夢見てもいいだろうか? 未来を探してもいいだろうか? なぁ、セレニス。 と、思っていたんだが。 「これ、魔除けだとか。ここに付けておくと効力があるんですよね?」 「……ん? 魔除け?」 ウィニエルの突然の質問に俺は首を傾げた。 この指輪にそんな効果はないはずだ。 魔除け……?
to be continued…