◇ 「ぷはっ……はー……溺れるかと思っちゃいました」 水が湧き出す音と共に、ウィニエルが湖面から顔を出し、深呼吸をする。 「……そうだな、君がこんなに大胆だとは思わなかった」 俺も顔を出して、両手で顔を拭いながらほくそ笑んでいた。 「……フェインが誘ったんじゃないですか……もう……」 彼女の頬が赤らむ。 「ははは、そうだな」 俺は彼女を抱き寄せ、静かに唇を重ねた。ウィニエルは少し剥れていたが、俺に合わせるように瞳を閉じて、それを受け入れた。 俺は、彼女の行動と矛盾した思考を愛しく思う。 再会したあの時凛としているように見えたのに、同時に淋しそうにも思えた。 強くなったと思ったのに、脆くて崩れそうだと思った。 どうして、もっと早く。 もっと早くに気付かなかったんだろうか。 子供が出来ていたことは誤算だったが、今はそれで良かったのだと思う。 彼女が地上に居ることをもっと早く知っていたら、俺はすぐにでも彼女を捜しに行った。 彼女一人に背負わせたりしなかっただろうに。 だが、そうであったら彼女への想いに俺は気付いただろうか? ふとした疑問に考え込んでいたら、 「フェイン、あんまり浸かってたら風邪引きますから、上がりましょう。家で温かいもの淹れますから」 彼女と俺の服の袖から大量の水が音を立てながら滴り落ちていくと、ウィニエルは足場の悪い湖底を覚束ない足で立ち上がり、俺の手を取った。 まるで、何事もなかったように、全てを許し、包み込む優しい笑顔で。 それはまるで、天使のような微笑みだった。 「……君はどうしようもないお人好しだな……」 「え? 何ですか? ここ、足場悪いから……立てますか?」 俺が告げると水の跳ねる音でよく聞こえなかったのか、ウィニエルは俺を気遣うように腕を引く。 もしちゃんと聞こえていても、俺の言葉の真の意味はきっと彼女には伝わらない。 ウィニエル、 君は、 俺がフィンに気が付かなかったら、話さないつもりだったんだろう? 俺が責任を取りたいと言っても、取らせようという気はないのだろう? 罪を一人で贖うつもりなのか? さっきの疑問、 “そうであったら彼女への想いに俺は気付いただろうか?”の答えは、 ――わからない、だ。 直ぐに再会していたら責任は取った。そのずっと後で、時間は掛かっても、君を愛しただろう。 だが、今は責任という言葉自体どうでもいい気がしている。 君の傍で、君を護り、フィンを護ってやりたい。 セレニスに出来なかったことを、してやりたい。 心からそう思う。 そうすることで、罪が消えることは無くても、傷は癒される。 俺も、君も、もう傷つかなくていいとは思わないか? ――なぁ、ウィニエル。 「……なぁ、ウィニエル」 「はい?」 「君が俺に望むことはないのか?」 そう会話しながら俺と彼女はずぶ濡れのまま岸に上がり、履いていた靴を脱いだ。 「え? 望むこと……ですか?」と彼女が長い髪を搾りながら首を傾げる。 「ああ例えば、結婚するとか」流れで告げて、俺も上着を脱いで、それを捩じって搾る。 「ええ、結婚……え?」 俺の言葉に瞬息、彼女の動きが止まって、 「結婚……? えっ!? 結婚っ!? ええっ!? いやっ、あのっ!? そんなっ!!」 驚いたように屡叩いて、頬を赤らめ俺を見た。 「……そんなに驚くことか?」 「お、驚きますよ……そりゃぁもう……ものすごく……。そんなこと言われるなんて思ってもみなかったので……」 本当に驚いたのか、そう話す間、彼女の髪を搾る手が止まっていた。雫が毛先から地面に流れ零れ落ちていく。 「……フィンのこともあるし、俺は出来るだけ早くした方がいいと思うんだが」 俺は彼女の背後に回り、代わりに髪を搾ってやる。 「いや、あの……それは……」 彼女は何故か口篭ってしまった。 俺との結婚はそんなに嫌なのだろうか。 そう思ったが、 「……フィンにまだ、あなたのことをちゃんと話していないので、もう少し時間を下さい」 と彼女は身体を反転させて、頭を下げた。 「……そうか……そういえばあの子は俺が君達を捨てたと言っていたな……」 「えっ? どうしてそんなことを?」 俺の言葉に彼女はすぐさま訊き返してくる。 「さぁ……」 俺は頭を振った。 だが、何となくはわかっていた。 フィンは俺に嫉妬しているんだろう。 自分の父親とはいえ、傍に居ないのに想われ続けている俺に。 「ご、ごめんなさい。そんな風に言ってはないんですけど……何だか誤解しているみたいで……」 彼女は自分の育て方が悪かったとでも言うように、「ちゃんと教え直しますから」と謝罪した。 謝る必要はない。 ただの嫉妬だ。 小さくても、あの子は男だというだけのこと。 「……わかったウィニエル、俺は待とう」 「……フェイン……」 俺が笑顔で告げると、彼女の瞳も細く緩む。 「……左手、見せてくれないか?」 「左手ですか? ……はい」 俺は彼女に左手を出させると掌を向けたので、甲を向けさせ「この指輪、外してもいいか?」と訊ねて、答えも聞かぬまま、薬指に嵌った指輪を外した。 「……? どうするんですか?」 ウィニエルが不思議そうに俺の顔を覗く。 「……こうする」 「? はぁ……」 俺は外した指輪に口付けをして、彼女を流し目に見たが、彼女はわからないのか首を傾げる。 「左手を出してくれ」 「……はい、どうぞ」 彼女は今度は甲を向けて左手を差し出す。 そして、俺は未だ把握出来ていない彼女の左手を掴むと、彼女の薬指に再び銀の指輪を嵌めてやった。 案の定、 「……何か、あるんですか?」 彼女は指輪を眺めながら尚も首を傾げていた。 「……魔力強化って所だな」 俺が嘘を言うと、 「そうなんですか? ……ふふっ、何だか本当に魔力が込められた感じがしますね」 俺の咄嗟についた嘘を見抜いているかのように、彼女は屈託無く笑う。 それから、 「フェイン、私、今とても幸せなんです。他に何か望んだら罰が当たってしまいます」 彼女はそう告げて、木々の合間から空を仰いだ。 木漏れ日が彼女の濡れた髪を輝かせ、その様が俺には美しく、眩しく思えた。 彼女は結婚など望んではいない。 彼女がそれを望むようになるまで、俺は待とうと思う。 だが事実を知ってしまった以上、俺は気持ちを抑えられそうにない。 責任というより、ウィニエルもフィンも愛しくて、早く一緒になりたい。その一心だ。 けれど、ウィニエルはフィンのことを思って首を縦に振ってはくれない。 微妙な歳だというのもわかる。 俺が我慢しなければならないのだろう。 それなら、指輪のことは話さないでおこう。いつか指輪の意味を知った彼女の顔を、俺は眺めたい。 その上で、口にしようと思う。 本当はとっくの昔に結婚していたのだ、と。 俺が我慢するんだ。それぐらいのことは許してくれるだろう。 彼女がどんな顔をするのか今から楽しみだ。 俺達の距離はこれから少しずつ縮まっていくだろう。 平坦な道ばかりじゃないが、二人でなら。 ◇ 俺達は近づき再び口付けを交わし、その姿を清らかな湖面が映し出していた――。
end
後書き
……ううむ。
わからぬまま始まりわからぬまま終わってしもた。
もはや、ただのラブラブ。
フェイン×天使って皆さん悲恋ものばっかりで……しくしく。それも萌えなんですけど、私はやはりハッピーエンドが好き! ハッピーエンドでなきゃ苦しむ意味なし。ただ、うちの場合はかなり年月掛かってますが。
ゲーム中で地上に残ってたらウィニエルは辛くて死ぬと思うし。ウィニエルって優しいけど強くはないので、受け入れても芯に納得いってなくて閉じ込めてしまうタイプかと。思い込み激しいし? 厄介な子だよぉ……(涙)。
そして指輪。
指輪は男避けに使われました、とさ(笑)。
結婚させんのはまだ早い! ってことでウィニーには完全ボケに徹していただきました。予約だけ入れとけ的な流れになっております。
子供に配慮した形となっているのはやはり、彼女が母親だから。
本当の父親だとはいえ、子供ってそういうの敏感だと思うのでねー。
恋を取るか愛を取るか。女を取るか母親を取るか。
答えはどっちも取れ! でしょうか。
欲張ったっていいじゃんかさー! っつか、実際にはバランスだと思うんですけども。
フィンが「ママ、ママ」と叫んでた日の夜、ウィニエルはフィンに超謝ったんでしょうね。でも、フェインには会いたいのー!
フェインとお泊りしたいけど、フィンが居るから中々出来ない。だって、フィンのこと放っておけないんだもんー!
と、本当多忙なんだと思います。
忙しいけど、楽しそうだなぁ……。いいなぁ……(は?)
そういや所々フェインも変なこと言ってましたね。勘違いしてたこととか、書いててウケた(^^;
男の考えることはようわからん。
あ、ついでに、本当はミカエル様とフェインを闘わせたかったんですけど、ミカエル様は結局ウィニエルの親になっちゃいました。何だかんだでウィニエルの幸せを一番に考えてくれているんですね~。何かと出会いの設定しているのは全てミカエル様だともっぱらの噂です(笑)
ミカエル様じゃなく、アイリーンとフィンでというネタもあったんですが、なんかややこしくなるのでやめました。
そして、その後、ミカエル様の略奪愛が始まるとか始まらないとか。
愛が熟した所で奪ってみますか? それはまた別のお話……。
(※ウソです。そんな話はありません)
フェイン真ED終了してしまいましたので、今後の方向はどう向くかわかりません(前回の後書きで書いてたフィンの新シリーズとか?)が、またポツポツ書けたらしあわせに思います。
創作も再開して書こうかなって思っているので、創作小説がお嫌いでなければ読んでやってくださるとうれしいです。
あ、創作小説の再開は未定ですが(おい)。※後日小説投稿始めました!
あーではでは、長々と読んで下さってありがとうございました!
感謝感謝です★