贖いの翼・銀の誓言 一片:回想① フェインSide

前書き

贖いの翼本編後、ウィニエルと再会して半年経った、番外編2:昔話辺りから始まっています。

 天使だった彼女と再会して、半年。
 俺達はまだ互いに一緒に暮らしたりなどはしていなかった。

 お互いの家を行ったり来たり。
 ウィニエルはドライハウプ湖の自分の家でフィンと、俺は塔でアイリーンと暮らしている。
 とはいえ、アイリーンとは互いの仕事の所為か、丁度すれ違うことが多く、塔で会うことが殆どないのだが。

 不思議なことに出先のギルドで会うことの方が多く、よく二人で変な再会だなと、笑い合ってはアイリーンに塔に帰ったら掃除を頼むと言われる。

 塔に戻れば毎度、アイリーンの散らかした書物やら食物やら、食器やら。
 本人の姿は当然見えず、だが帰るたび、新しく散乱した部屋と再会するから、無事なんだと確認できた。

 本来ならアイリーンは危険を伴うし、もう働かなくても仕事に復帰した俺が面倒を見るから塔にいて、のんびりしていればいいと言ったのだが、堕天使達との戦いの間外に出ずっぱりだった為か外に出ていたいんだそうだ。
 俺が心神喪失で不能だった間、ずっと心配を掛けていたからかな。
 心配だが、アイリーンにはしばらく好きにさせてやろうと思っている。それに、彼女は充分強い。

 ウィニエルにも俺が面倒を見ると言ったが、彼女も彼女で、家の借金があるとかで、リャノで働いている。
 ルディエールというレグランスの王がウィニエルに無担保でお金を貸してくれたそうだ。
 ウィニエルに国王の知り合いがいるとは思わなかったが、聞けば、彼はかつて彼女の勇者だったそうだ。
 かつての勇者達と再会していたことは聞いていたが、ルディエール王が天界から降ろされた彼女と最初に出会った人物だと聞いたのはついこの間。

 彼に会っていなければ、ウィニエルは死んでいたかもしれない。
 だが、彼女は死なずに、彼に助けられた。

 全く都合の良い話だ。

 大方ウィニエルの上司だった天使に謀られたんだろう。
 未だにその天使は時々会いに来るらしい。ウィニエルが親代わりと言っていたから、余程、ウィニエルが可愛いんだろう。

 そして、フィンも。

 俺が彼女を訪ねている間は全く姿を現さないが、どこかで監視でもしているんだろうか。

 一度ゆっくり話をしてみたい気もするんだが。

 そういえば、ルディエール王が無担保で彼女にお金を貸してくれたという話だが、それについて、俺はウィニエルに尋ねたことがある。

「無担保でか? そんな虫のいい話」
「ルディは優しい人だから……」

 俺が問うと、ウィニエルは一時視線を泳がせ、俯き加減でそんなことを言う。
 その表情に俺はぴんと来て、

「…………俺が居ない間、色々あったと聞いている」
「えっ、あ、あのっ、別に何も」

 ウィニエルはうろたえるように無理して笑顔を作ってみせる。

「…………いや、すまない。俺がそんなこと言える立場じゃなかったな」
「フェイン……」

 俺がウィニエルの傍に居ない間、彼女に何があったのか、大体は聞いていた。
 昔に贈った指輪が守ってくれていたということも。

 ルディエール王は彼女を好いているんだろう。
 俺の居ない間、多忙な時間の合間を縫って彼女に尽くしてくれた。
 彼女を手に入れたかったに違いない。
 だが、ウィニエルは俺を選び続けてくれた。

 再会し、いい関係を築けている俺達にそんな話題は愚問だった。

 だが、借金の支払いは手渡しをしているそうだ。
 毎月、ルディエール王がウィニエルを訪ねて、その際、現金を渡すのだという。
 そして、談笑して帰って行くのが常住らしい。
 ウィニエルは俺と再会したことは彼に告げているから大丈夫だとは言うが、彼の方はどうかわからない。
 だから、早く借金の返済が終わるよう、俺も手伝うと申し出たのだが、

「私一人で返したいんです」

 と、人間になってから初めて決意したことらしく、譲らなかった。

 人間になったウィニエルの仕事はといえば、街の酒場で時折踊りを踊ったり、給仕などをしている。
 言い寄ってくる輩が多いらしく、俺も酒場でそれを目撃した。
 頭に血が上って止めに入ろうとしたら、ウィニエルは目の前で、言い寄る客達を軽やかにあしらってみせた。

「私、お金がすごく掛かる女ですから。全財産が惜しいなら近づかない方がいいですよ。食い潰されても知りませんよ?」

 にっこりと、爽やかに言ってのける。
 言い方が真面目で、最後に笑顔のためか、その効果は抜群で客達は「じゃ、じゃあ、少しだけ、援助するかなー……」と言って、面子を保ちたいのかウィニエルにチップを渡し、そそくさと去っていく。
 どこでそんな物言いを思いついたのか、俺はあっけに取られて閉口したもんだ。

「…………あの、男性の方々って、こう言うと引くって教えてもらったんですけど……」

「……ん? 誰かに教わったのか」
「はい。一人で働くには悪知恵も必要だって、ロクスが」

「ロクス…………以前怪我を治してくれた……」

 ロクスという彼も、彼女の勇者だった人物。
 借金をしている者同士、よく相談にウィニエルを訪ねているらしい。

 俺はまだ再会していないが、アイリーンいわく、彼は……どうも……曲者なようだ。聖職者だと聞いていたが、随分と癖のある人物らしい。
 不良聖職者だとアイリーンはよく口にしている。ギャンブル好きの女好きで借金がとんでもないそうだ。性格も中々に癖があり、扱い辛い人物なのだと言っていた。

 そして、なぜかウィニエルと仲が良いとも聞いている。聞いた話でしか彼の素性はわからないが、ウィニエルとは性格が違いすぎるような気がするんだが、想いの外、気が合うらしい。
 ウィニエルの家にアイリーンが訪ねた際にリャノでよく会うらしく、フィンも含め4人で出掛けることもあるという。
 アイリーンは文句を言うものの、なんだかんだで彼と仲良くしているようだが……。

 ウィニエルはアイリーンと聖職者の彼の仲が良いと勘違いしているそうだが、アイリーンからすれば、彼がウィニエルのことを好いているのは見え見えだと言っていた。
 その聖職者の彼がウィニエルにあれやこれやと世話を焼いているようで、さっきの文言もそうらしい。

 たしかに、男が女を誘って、最初から金目当てだと思われていれば引く。
 実際のウィニエルが元天使で、そんな発想すらも持っていないことを知らない人々は信じてしまうだろう。
 上手い物言いとは言いがたいが、彼女が自分で自分の身を守るのには充分なのだろうな。
 だが、中には金が掛かってでも手に入れたいと思う輩もいないわけじゃない。
 ただでさえ、女盛りの美人な彼女だ。たとえ、それが子持ちであろうとなかろうと、連れて歩くのにこれ程の逸材はそうはいない。
 ルディエール王といい、聖職者の彼といい、余計な虫がこれ以上ついてまわるのは面白くない。

 俺は心配でたまらず、女給をなんとか辞めさせたいのだが、他に彼女が出来る特技が、踊りらしく、踊りを踊って稼ぐというのも人目についてどうもな……。
 勤めている酒場で時々踊るのと、本職にし、全国行脚して稼ぐのとじゃ雲泥の差だからな。

「フェインは気にしすぎなんですよ。私程度の女性なんて沢山いますよ。それに、私子持ちなんですから、ね? あ、おかわりお持ちしますね」
「だが……」

 仕事中のウィニエルを呼び止めてちらっと言おうものなら、平気だからと、俺を諭すように告げる。そして、空のグラスを下げて仕事へと戻る。
 だが、それを言ったすぐ後で、

「あ、ウィニエルちゃん、今日空いてる?」
「あ、すみません、今日はちょっと」
「そっか、じゃ、今度ね」

「…………」

 客に声を掛けられて断るものの、俺は面白くなくて、無言でウィニエルを見つめると、視線が合った彼女は“大丈夫大丈夫!”と口をぱくぱく動かした。

「……全然気にしすぎじゃないと思うんだが……」

 ウィニエルは不思議な女性だ。
 人間になって、天使であった頃の能力は天界に全て置いてきたと聞いているが、何故かいつも強い力……光に護られている気がしてならない。

 そして、

 その光に吸い寄せられるように人々はウィニエルに魅了され、彼女の人となりを知ると好意を持つようになる。
 美人だとかは関係ないのかもしれない。男も女も、老いも若きも関係ない。わかるのはウィニエルを必要とする人々が多くいるということだけ。

 それはウィニエルが生まれ持ったものなのか、後天的なものなのかはわからないが……。

 元天使だけあるということなのだろうか。この世界がこんなにも天使を必要としていたなんて思わなかった。
 かつて天使と共に戦った勇者達の伝説が本当だったなど、あの戦いを実際に体験しなければ気付けなかった。
 そして、人々もそれに気付いたからか、以前より天使に対して信心をもっているように感じる。また天使が現れたなら、すぐに信じられる。
 いや、平和となった今天使が存在したらおかしいのだが、ウィニエルには何故か惹かれるようだ。

 俺も彼女に惹かれて止まない人間の一人。
 早く、彼女を俺のものにしてしまわないと、気が気じゃない。
 ウィニエルがどこかの男について行くとは思えないが、こうして酒を飲みながらやきもきするのも中々しんどい。

「フェイン、これ、私からの奢りです」
「いや、君に奢られるわけには。この分の金を返済にまわしたらどうだろうか」
「……もう、フェイン。これはお詫びの一杯なんですから」

 早く返済を終えれば、もうここで働かずに済む。俺に奢る金があるなら返済にまわしてくれた方がいい。

 そうは思っていたが、

「毎月きちんと払ってますから大丈夫です。それに、その話は以前もしましたよ」

 そう。

 ウィニエルは自分で何とかするから口を出さないで欲しいというのだ。
 俺に手伝わせる気は全くないらしい。

 そこで俺は考えた。

 一緒になってしまえばいいんじゃないか? と。
 一緒になってしまえば、彼女のものは俺と一緒に共有することになる。
 それなら俺は彼女を手伝ってやることができる。

 そして、給仕の仕事を辞め、俺の傍でフィンとアイリーンと楽しく暮らしてくれればいい。

 そうすれば俺の望みが全て叶う、のに、だ。

 俺としては、早く一緒になってしまいたいんだが、フィンのことがウィニエルは気に掛かっているらしい。
 最近、随分と懐いては来たが、まだパパともお父さんとも呼んではくれない。

 だが、二人きりで出掛けるようにもなってきたし、もう少しというところなのだろう。

to be continued…

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