贖いの翼・銀の誓言 三片:二人の距離① フェインSide

前書き

二片の続き。本来なら二片に入っていたお話でしたが、思いの外えっちが長くて三片に分けました。引き続きらぶらぶえっち。

 バスルームはちょっとした広さのタイル張りの部屋で、中央よりやや奥に猫足の大きめの浴槽を配置してあり、シャワーも併設してある。
 そのすぐ近く、部屋中央に排水溝が設置され、水の流れも滞ることなく流れる仕様になっている。
 入口近くには洗面と、リネン収納の棚の上に脱衣籠が置いてある。


「……一緒に入るなんて……久しぶりですね」


 バスルームに着くと、俺達は背中合わせに服を脱ぎ始めた。
 互いに一枚一枚脱いでは脱衣籠の中にそれらを入れていく。
 その内ブラジャーとショーツだけになったウィニエルが俺の方から見える鏡に映って、恥ずかしそうに手を止めているのがわかる。
 何度も俺にその素肌を晒しておきながら今更な気もするが、そこがまたウィニエルらしくて愛しく、つい、口元が緩んでしまう。


「……ああ、そうだな……君が天使だった頃以来か?」


 俺は振り向くことなく、最後の一枚のトランクスに手を掛けて、素早く脱ぎ去って脱衣籠に投げ入れると、猫足の浴槽に向かう。


「……はい……」


 ウィニエルは意を決したようにブラジャーを外して、ショーツを静かに下ろすと、近くにあったハンドタオルで前を隠すようにして俺の居る方へと歩いてくる。


「あの時と同じように、身体を洗ってやろう」


 バスタブにたどり着くとすぐに飛び込み身体を浸らせてから、ウィニエルを手招きする。


「……フェインのえっち……」


 ウィニエルが気恥ずかしそうに瞳を細めて微笑むと、俺と向かい合うようにつま先からゆっくりと湯に浸かっていく。
 彼女の白く滑らかな足、いつまでも触れ続けたくなる太腿、程よく括れた腰、豊満で柔らかい胸が順に泡に埋まっていく。

 浴槽内は泡で埋め尽くされ、中で身体が洗えるようになっている。
 これでは互いの裸体は見えないというわけだ。

 アイリーンが風呂を勧めたのはこれがあったからかもしれない。


「……この浴槽大きいですね」
「ああ、そうだな。大人二人で入るとちょっと狭いが充分動けるな」


 浴槽の周りに目をやると、先程アイリーンとフィンが置いていったのか、おもちゃが散乱していた。


「あ、ふふ。いつもはすぐ上がるフィンが長湯するなんて、広い浴槽で沢山遊べるからだったんですね。フィンが喜ぶわけです」


 ウィニエルも気付いたのか同じ方に向いて柔和に微笑んでいる。


「ウィニエル、最近仕事はどうなんだ?」


 そういえば、今回近況を聞いていなかったことを思い出して、俺は訊ねてみる。

「え? あ、いつも通りですよ。特に変わったことは何も」

 ウィニエルは持って来ていたハンドタオルを湯に漬け両手で宙に持ち上げ、空気を含むよう水面で膨らますと、小さく風船のような形を作ってぷしゅっと潰して、また同じことを繰り返しながら答える。


「そうか……ルディエール王は相変わらずなのか?」

「……え、ええ。ロクスも、変わらないですけど……あ、でも私にはフェインだけですから……」


 彼女が俺から他の男の話題を振られるとは思わなかった様子で手を止めると、タオルで作った風船が浴槽に沈んでいった。


「……ああ、わかっている……」


 ウィニエルの言っていることは本当だ。
 俺は彼女に愛されているし、他の男達も彼女に手を出したりはしていない。

 だが、俺はそれでも不安なのだろう。
 彼女がいつも傍にいるわけじゃないから。
 離れて暮らしているし、天使だったあの頃のように呼べばすぐ来てくれるわけでもないから。


「…………」


 俺は黙ったままシャワーの蛇口を捻って、頭を濡らすと洗浄剤を手に取り、髪を泡立て洗うと、素早くそれを流した。
 頭が多少すっきりした。

 ――いけないな。

 俺は嫉妬しすぎている。
 余裕がないと思われてしまう。


 ……惚れたら負けだな。


「…………」


 それでも、俺は続きを何も言えなくて、黙り込んでしまう。


「……背中、流しますね」


 俺がしばらく黙っていたからか、ウィニエルは先程のハンドタオルを手に取って、俺に背を向けるように要求する。


「……ああ、すまない」
「……フェインの背中は広いですね。大きくて、温かくて、私はいつも安心できて、天使の頃はとても心強かったんですよ」


「……そうか……」
「……今の私も、同じ……あなたが頼れる存在であることは変わらないんです」


「そんな風に想ってもらえてたとはな……少し照れる……」
「ふふっ。そうですか?」


 俺の背中を泡のついたタオルが擦れていく。
 丁寧に、優しく、洗い上げられていく。


「……ウィニエル、ありがとう」
「あ、いえ」


 俺はウィニエルの気持ちにお礼を言ったのだが、彼女は背中を洗ってもらった礼と取ったようだった。
 それから彼女からタオルを渡してもらい、腕や胸、腹、脚などを洗い終える。
 もちろん、あれは浴槽内で手で丁寧に洗う。


「今度は俺が君を洗おう、後ろ向いて」
「あ、はい」


 ウィニエルからタオルを受け取って、今度は俺が彼女を洗う番だ。

 彼女の滑らかな陶器の肌。
 その肌に触れる。
 俺が乱暴に拭いでもしたら壊れてしまいそうだ。
 あまり擦らないように優しく洗ってやらないとな……。


「……君の背中は小さいな。昔はこの辺に翼があった……」


 俺がそっと触れた肩甲骨の内側近くにはかつて純白の翼が生えていた。


「……そうですね。フェインは私の翼、嫌いだったのでしょう? よく、邪魔だって、言ってた気が……」

「あ、いや……」


 ウィニエルの物言いに、気まずさを覚えて、否定する。
 あの頃の俺を思い出すと本当にどうかしていたと思う。

 八つ当たりのように無茶ばかりさせていた気がする。
 羽根を折ったり、傷つけたり。

 翼が嫌いだったわけじゃない。
 瑞々しく輝いて黄金にも、白銀にも見えた神々しい翼だ。

 時に俺を優しく包んでくれたもの。
 美しいとさえ思っていた。

 ただあの時は、天使の翼が俺とウィニエルを決定的に分ける異物としか思えなくて。


「私は自分の翼、割と気に入ってたんですよ」
「……俺も、綺麗だと思っていた。ただ……あの頃は……」


 俺を責めている口調ではないが、背を向けるウィニエルの表情が見えなくて、何と言えばいいのか、わからなかった。


「……いえ、フェイン、ごめんなさい、後悔しているわけじゃないんです。あの翼が、天使だった私の全てだったから……」
「……ウィニエル……」


 ウィニエルの頭がうな垂れて下を向く。


「……今の私は天使じゃないから……ダメダメですね」
「……駄目なんかじゃないさ」


 何でそんなことを今更言うのか、俺は理解できずにいた。


「……私、何の力もないんですよ? 魔力さえ、持っていない。剣を振るう技もない。……でも、フィンには魔力がある」


 彼女は小さな声でけれども、しっかりとした口調で告げる。


「……まぁ……俺の子だしな……」


 俺は背中を優しく洗いながら応える。

 フィンの話が何故今出るんだ?


「……私、フィンを止められるかしら」
「ん?」

「……フィンがいつか、堕天使の声を聴いてしまったら、私はどうしてあげたらいいの?」


 ウィニエルは泡の付いた両手でこめかみ辺りを覆う。


「……何だ、そんなことか。大丈夫、俺がついてる」
「え……」


 彼女は首だけ振り返り、俺を見る。

 少し不安げな顔。


「俺がちゃんとフィンを見ているし、君もちゃんとフィンを見ているから、きっと大丈夫。それに、もし何かあっても、俺がフィンを止める」

「……フェイン……」


 俺の言葉にウィニエルが僅かに笑う。少し安心したような、そんな笑顔だった。


「それに、堕天使は俺が倒したんだ。もう居ない。君は心配しすぎだ」


 彼女にもう一度背を向けさせ、今度は彼女の髪を手に取る。


「……そ、そうですよね……」


 ウィニエルがドライハウプ湖の近くに住んでいるのは、堕天使を見張るため。
 何の力も持たない癖に、見張ってどうなるものでもないだろうに。
 元天使だったから、見守りたいと言っていた。

 復活なんてするわけがないのに、だ。


「……そういえば、長い髪も切ってしまったんだな……」


 彼女の髪に触れながら、つい、口にしてしまう。
 天使の頃は膝ほどまで長かった髪が、今は腰より上の長さだ。
 薄い飴色の柔らかくて滑らかな髪。
 艶は今も変わらない。
 手入れが大変なんだろう。


 これも、大事に洗わないとな。


「……あ、はい……でもまた伸びてきました……切ろうかな……」

「いや……勿体無いからこのまま伸ばすといい」


 俺はシャワーのカランを回して、湯を近くにあった片手桶に入れると、その湯で彼女の髪を濡らしていく。
 ウィニエルが上を向いて、頭の方まで湯を掛けると、そのままの体勢で洗浄剤を髪に湿らせ、毛先から少しずつ揉みながら洗う。


「え? ひょっとしてフェインは長い方がお好みですか?」
「……ああ、いや、セレニスも長かったし……っと……すまない」


 ほんの、一瞬の隙につい、出てしまった。


「……私、セレニスさんと似ていますか?」


 少し不機嫌な声。ウィニエルも俺と同様、嫉妬しているのかもしれない。
 そう思うと、嬉しい気がする。


「……いや、似てない。君はセレニスとは全然似ていない」
「……そうですか」


 俺が慌てて否定すると、ウィニエルは哀しげな顔で、応える。

 この場合、似ていない方がいいんじゃないのか?
 俺は言葉選びを間違ってしまったのだろうか。


「……セレニスは身体が弱かった。君は丈夫だろう?」


 こう付け加えたら、どうだろうか。


「……丈夫だけが取り得ですみません」


 表情が変わらないまま、謝られてしまう。

 そうきたか。


「……ウィニエル……俺は褒めたんだ……怒っているのか?」


 君が丈夫だからこそ、こうして一緒に居られると思っている。
 セレニスにしてやれなかったことを、君にしたいと思っている。

 それを言いたかったが、上手く言えなかった。


「……怒ってませんけど……ちょっとやきもちです」


 ウィニエルがぺろっと舌を出して微笑む。


「……ふ」


 俺も釣られて笑ってしまった。


「……私は丈夫だから。……フェインを一人にしたりしませんよ。セレニスさんの分も、フェインの傍にいます」


 ウィニエルが優しい笑顔を俺に見せると、丁度、髪を洗い終え泡を流し終えた所だった。


「……ウィニエル……」


 ウィニエルは知っている。
 俺のセレニスを失った時の喪失感と絶望、そして深い哀しみ。
 禁忌を犯して命を弄んだことへの後悔の日々。

 それらを、彼女は埋めようとしてくれている。

 ウィニエルの愛情は慈しみなのかもしれない。
 俺を冷たい暗闇から救ってくれる温かな光。

 もう、誰かに依存することはないと思っていたのに、彼女だけはどうしても、依存せざるを得ない。

 幸せ過ぎて恐いくらいだ。
 罪を犯した俺達にこんな幸福が?
 あまりに幸福すぎて、何か、恐ろしいことが起きるんじゃないかと不安になるくらいだ。


 ――こんな穏やかなときがどうかずっと、続きますように。


 そんなことを願わずにはいられなかった。

to be continued…

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