前書き
三片の続き。
暖炉のある居間で、ウィニエルが俺が洗った洗濯物をたたみながらアイリーンに告げる。 「いや、私はいいんだよ? ウィニエル昨日は立てなかったんだし、今日も泊まっていけばいいのに。ね、フェイン?」 アイリーンはフィンと一緒に寝転がりながら絵を描いている。 「ああ」 俺はというと、直ぐ隣のダイニングの椅子に腰掛け、テーブルに頬杖をつきながらウィニエルとフィンを眺める。 アイリーンと楽しそうにはしゃぐフィン。 フィンは俺にそっくりだが、やはりウィニエルにも似ているんだなと、こうして見ると改めて思う。 笑い方が特に似ている。 「…………」 そんなことを思いながら二人を見ていると、見られていた内の一人、ウィニエルと目が合った。 「……ん? 俺なら明日まではここに居るから、もう一日泊まっていったらどうだ?」 「……泊まりません」 俺の提案に彼女はふぃっと、不満気に頬を膨らましてそっぽを向いてしまう。 一昨日の晩、結局俺は一晩中彼女を放してやれずに、何度も求めてしまった。 そのために、ウィニエルは膝と腰を痛めて、昨日は立てなかったのだ。 アイリーンとフィンにはベッドから落ちて腰を打ったということになってはいるが、多分、ばれている。 昨日、一昨日の素っ裸の醜態を笑われたからな。 『はははっ! ウィニエルにあんまり無茶なことしないでよね、フェインはむっつりなんだから。全く、天使だった頃も無茶させて……うんたらかんたら……』 と、三十分程説教された。 アイリーンは大人だ。 俺とウィニエルのことについても野暮なことは聞かない。 男女の機微にだってすぐに気付く。 身体さえ元に戻れば、恋人だって出来るだろうに。 俺もウィニエルもアイリーンのそのことだけが不憫でならなかった。 そんなことを考えながらアイリーンに視線を向ける。 「? 何、フェイン、私の顔に何かついてる?」 俺の視線に気付いたアイリーンが柔和な顔で首を傾げる。 「あ、いや……アイリーンは今日の午後から出るんだったな」 「うん、そうなんだけど、早めに出て途中までウィニエル達と一緒に行こうかなって」 「本当!? やったぁ!!」 フィンが喜びの声をあげる。 「そうか、それなら道中安心だな」 俺は目を細めて頷く。 「フィン良かったね」 ウィニエルが嬉しそうなフィンに向けて声を掛ける。 「うん!」 フィンが大きく頷くと、 「私もアイリーンと一緒に旅がまた出来るなんて嬉しいです」 ウィニエルも一緒になって二人満面の笑みをアイリーンに向けた。 「まー、道中の安全は大船に乗ったつもりで大魔導士のアイリーン様に任せなさーい!」 アイリーンが自慢げに自分の胸を拳でとんと叩いて、背筋を伸ばす。 「ふふっ、よろしくお願いしますね」 アイリーンのその仕草にウィニエルが笑顔で返すと、俺も釣られるように笑った。 その後、少しばかり談笑して、 「あ、そろそろ帰り支度をしないとですね。これ、フェインの分です。私、ちょっと準備してきます。フィン、おいで」 「はーい!」 洗濯物をたたみ終えたウィニエルは俺の分を寄越すと、自分とフィンの分を手に持ちフィンを伴って居間から出て行く。 (ちなみにアイリーンの洗濯物は自分でやるからいいと言われているので俺は洗っていない) 二人が去った居間で、俺もウィニエルから受け取った服を仕舞うため立ち上がろうとするが、アイリーンが立ち上がって向かいの席に腰掛けた。 「……ね、フェイン」 さっきまで笑顔でいたアイリーンが真顔で俺に語りかける。 「ん?」 アイリーンのその様子に俺は何かあったのか気にかかった。 「……ウィニエルに言わないの?」 アイリーンは俺を覗き込むようにじっとこちらを見つめる。至極真剣な眼差しだ。 「……何を?」 俺はアイリーンの意図がわからず、首を傾げる。 「……結婚しようって」 「っ!」 アイリーンから言われるとは思わなかった俺は目を見開いてしまった。 何度も考えた。 フィンのこともある。 結婚して、ウィニエルを常に傍においておきたい。 俺だって、出来れば早く結婚したい。 今の関係が一番いい関係だとは思ってはいないが、ウィニエルは今のままでいいと恐らく思っている。 フィンのこともある、借金のこともある、 セレニスのことを気にしてということもあるだろう。 彼女に結婚願望がないから俺も今一歩踏み出せないでいる。 下手にプロポーズなんてして断られでもしたら格好悪すぎるだろう? 「……ウィニエルはさ、ちょっとずれてる所があるから……自分からは結婚して欲しいって言わないと思うんだよね……はぁ……あれでいてうんたらかんたら……」 眉根を訝しげに寄せて、ようやくアイリーンの表情が変わった。 ため息混じりにウィニエルの性格について語る。 「……ああ、わかっている……ふぅ……」 俺も同じようにため息をついた。 「……フィンもフェインに慣れてきたし……私だって……」 急にアイリーンの頬が赤く染まる。 「……ん?」 俺はよくわからずに首を傾げる。 「そろそろ自分のこと、考えようって思ってるんだから。もう、フェインとウィニエルの世話を焼くのは疲れてきたよ」 少しだけ照れながら、アイリーンは微笑んでみせた。 「……そうか、今まで俺達のことばかり一生懸命に頑張ってくれていたもんな、すまなかった」 「そうだよ! 私がフェインのこと好きだって知ってるくせにさ、二人とも酷いよね!」 俺が僅かに微笑んで頭を軽く下げると、アイリーンはカラカラと笑いながら言葉だけ怒ってみせて、 「……ウィニエルと結婚しなかったら許さないからね」 この一言を告げるときだけ、一瞬真顔に戻ったのだった。 「……俺も、そうしようとは思ってはいるんだが……ウィニエルがな……」 「え……?」 俺はアイリーンにだけは話しておこう、そう思い、本当の所をぽつりぽつりと呟いていく。 「……ウィニエルの借金の話を知っているか?」 「あー、あのレグランス王国の王様から借りたお金ね」 アイリーンは真剣な面差しで相槌を打つ。 「……ウィニエルは多分、あの借金を返し終えないと結婚してくれないだろう」 ウィニエルがすぐ結婚したがらない理由の物理的理由がこれだ。 フィンのことは、最近の俺とフィンの関係を見れば何とかクリアできる問題だと思う。 セレニスのことは、結婚してもしなくてもついてまわる。 なら、物理的理由の借金が一番の問題だ。 「……あんの真面目っ子め……」 アイリーンが複雑そうに眉を顰めたまま口の片端をひくつかせた。 「……俺はウィニエルと結婚したいと思っているし、一度言ったこともある」 「えっ!? そうだったの!?」 俺の言葉にアイリーンの目が見開かれて驚いていた。 「ま、まぁ、流れで言ってしまったようなものだが……本心からだった。だが、まだ彼女の中にはその意志がなかったから、俺は待つと約束した」 アイリーンの驚いた顔に何故か少し緊張しながら声が上擦ったものの、最後は落ち着きを取り戻して話すことができた。 「……そうだったんだ……てことは、ウィニエルが悪いんだね? 私はてっきり、フェインが全然そういうこと言ってないのかと思ってたよー」 アイリーンが“はー”と、感心したように俺を見て安心したように笑った。 俺が行動を起こしてないと思っていたらしい。 俺はそんなに不甲斐ないように見えていたのだろうか。 まぁ、長い間、迷惑かけたし、当たり前といえば当たり前か。 ……俺の方が確か年上なのだが……、 心神喪失の日々の間に立場が逆転したようだ。 「……悪いとか、悪くないとかそういう問題じゃない気がするが……」 俺は少し照れながら告げる。 「……あのね、ウィニエルってさ、モテるんだよ」 「……知っている」 アイリーンの言葉に俺は即答する。 何度も見た。 ウィニエルが他の男共に声を掛けられている所を。 仕事中が一番多い。 彼女はその場では何とかうまくあしらってはいるものの、どうにも決定打を打てずに時折、同じ男に何度も言い寄られている。 仕事中だからだと、俺の介入を拒むから、その度に俺は胸を痛め、時に彼女に八つ当たりしたこともある。 街で待ち合わせしている時でさえ、ナンパされているときもあるくらいだ。 「……指輪、してるのにねぇ」 飽き飽きとした顔で息を吐くアイリーン。 「全くだ……」 俺も深く相槌を打つ。
to be continued…
後書き
いつも読んでいただきありがとうございます。
この度同サブタイトル一気に更新という形よりも、小出しで少しずつ更新ということにいたしました。最低月一で更新していこうと考えております。
なぜそうなったかといいますと、書きたいものが多すぎなので順に書いていこうということに。どの作品にも愛があるのでちゃんと完結させます。めっちゃ時間掛かるだろうけどもっ。
どれをいつ更新とかは言えませんが楽しく書いていけたらなと思っています。
忘れた頃に遊びに来ていただけたら嬉しいです。では、次回~!