――それから、二週間後。 今度は俺が彼女の家へと向かっていた。 リャノの街を抜けて、森の小路を進む。 仕事傍らだから、滞在出来るのは長くて三日。 その三日間の間にやらなければならないことがある。 俺は今回の旅の道中、暇を見つけては指輪を作った。 お揃いの、シンプルなリング。そこに翼の形を彫ってみた。 基はウィニエル達が帰った日と次の日を利用して作り、道中で少しずつ形を整えていく。 彼女の薬指に合うサイズと、 俺の薬指に合うサイズ。 上手く出来上がっているかはともかく、指輪まで作ってしまうとは、俺は中々手先が器用らしい。 それが、ようやく完成しつつあった。 今晩は無理だが、明日ならいけるか。 俺の髪をドライハウプ湖から吹く冷えた風が撫ぜる。 ウィニエルの家はもう目と鼻の先。 時刻は午後。昼過ぎだ。 今日はウィニエルの家に泊まるから、指輪は二人が寝た後に外に出て仕上げよう。 そんなことを考えながらウィニエルの家に辿り着く。 ドアを前にして、ベルを鳴らそうとするが、 「……♪~……ー」 ここから反対側、家の裏側から微かにハミングが聞こえてきた。 「……ウィニエルは外にいるのか……?」 優しいハミングに導かれるように俺は裏へと回る。 そこには陽だまりの中、茣蓙を敷いてその上に正座を崩して座り、瞳を閉じながら唄うウィニエルがいた。 彼女の太腿にフィンが横たわりながら気持ち良さそうに眠っている。 そして、そのフィンの胸元をウィニエルは優しくハミングに合わせて触れていた。 「……ー……♪~♪~……」 「…………」 歌詞はないようだが、ウィニエルの声音があまりに清らかで、声を掛けるのも忘れて聞き惚れてしまう。 この間会った時の軽快に弾むメロディと違う聴く人を優しく包み込むその響きは、天使の頃の彼女を思い出させた。 刹那、ぱきっと、俺の足元で一本の小枝が折れて音を立てる。 「! フェイン。いらしてたんですか? 声を掛けてくださればいいのに」 俺が踏んだ小枝の所為で、ウィニエルがハミングを止めて俺の方を見上げた。 だが、フィンは寝入ってしまっているようで、起きたりはしなかった。 ウィニエルがフィンの身体を茣蓙に移そうとするが、俺はそれを制止し、隣に腰掛ける。 「……君は歌も上手いんだな」 俺はウィニエルに視線を合わせて、語りかけた。 「……昔、インフォスで吟遊詩人をしていた勇者がいたんです」 ウィニエルは懐かしそうに微笑む。 「そうか。その彼に教わったというんだな?」 俺はもう、何人彼女の勇者がいても驚きはしない。そう思って表情を崩さずに告げた。 「……察しが早くて助かります……」 ウィニエルは一瞬目を泳がせてから俺を窺うように見つめてくる。 「その勇者からも好かれていたんだろう?」 「え……あ、それはわかりませんけど……邪険にはされてはいなかったと思います」 俺がため息混じりに首を傾げると、ウィニエルはわけがわからない様子で瞳を数回瞬かせた。 天使は皆美しい。 あのミカエルというウィニエルの親でさえも。 それは悪魔に魅入られないようにその姿形を取っているからなんだろう。 ウィニエルを嫌いになる人間は居ない。 女であっても、子供であっても、例え目の不自由な老人であっても、彼女を好く。 それは彼女の優しい性格によるものだ。 それが男なら尚更。 見た目も性格もいい女だ、嫌う理由がない。 多分、これは嫉妬なんだと思う。 彼女はそういう自分を自覚していないから余計に苛立ってしまう。 苛立ったところで、ウィニエルにはわからないのに。 「……君は何でも出来るから、俺は時々心配になる」 つい、本音が口から零れる。 君は本当は俺を必要としてないんじゃないか、と。 「……え?」 ウィニエルにわかるわけもなく、彼女は首を傾げる。 わかるわけないよな。 君は、俺がこんな風に思っているなんてことを、想いもしてないだろうから。 口に出したら、何となく負けな気がするから、俺は言わない。 想いの大きさは同じくらいが丁度いいんだ。 どちらかの比重が重ければ、その分が相手の負担になる。 「他には……何が出来るんだ?」 俺は自分の本音を押し隠して努めて笑顔で会話を続ける。 「私に出来るのは、踊りくらいです。歌は……恥ずかしくて人前では歌えません」 とてもとても、と、ウィニエルは頬を赤く染めて頭を横に振った。 「綺麗な声なのに勿体無いな」 「ふふっ……ありがとうございます」 俺が真っ直ぐに彼女を褒めると、ウィニエルは気恥ずかしそうに微笑んだ。 その笑顔は眩しくて、春の陽気のような優しい微笑みに、何度見ても愛しいと心惹かれる。 こちらも釣られて笑顔になってしまう。 「踊りもインフォスの勇者に教わったのか?」 俺は良い機会だとばかりに、以前から訊こうと思っていた踊りについて訊くことにした。 ずっと引っ掛かっていたことがある。 ウィニエルの踊りは何故あんなにも婀娜っぽく、男心を擽るのだろうかと。 「はい、踊り子さんがいました。美しい女性で、私の姉のような存在でした。彼女の踊りはとても綺麗で、見惚れてしまうんです。そしたら、私にも踊ってみたらと言って教えて下さって」 と、言った後、 私には色気が無いから踊りから学びなさいって、言われました。その頃は何のことかよく、わからなかったんですけど……。 と、小さな声で口を濁しながらウィニエルが頬を掻いた。 今は、ちゃんとわかっているようだ。 ウィニエルにもそんな頃があったんだな。 今でも純真さは変わらないだろうが、無垢な時代か……。 その頃の君に会ってみたかった気もする。 「ああ、通りで」 そして、俺は合点がいって、大きく頷いた。 「え?」 ウィニエルは首を傾げている。 普段の彼女は大人の色香はあるものの、その艶っぽさを前面に出したりしない淑やかさがある。 だが、踊りの時は違う。 踊りを踊っている時のウィニエルだけは、普段に増して艶っぽいのだ。 俺との情事の際に見せる顔に近い表情をする。 それどころか所々挑発するような仕草さえする。 そもそも振り付けが妙に艶っぽさを漂わせる踊りで、初めて見た時はどきりとしたもんだ。 「あの踊りは随分と大胆だと思っていたんだ」 俺は踊っているウィニエルを思い出しながら告げる。 上半身は胸元を大きく開いた袖はあるが、肩を露出しているデザイン。もちろん、鎖骨も丸見えだ。 下半身は長いひらひらしたスカートだが、深いスリットが入っていて、太腿がちらちらと見えた。 その姿に一緒に旅をしていた頃を思い出す。 そういえば、あの頃も露出は激しかった。 キャミソールのようなシャツにミニスカート。寒い地方に行くこともあるのに軽装にも程があるだろう。 戦いが終わり再会してから落ち着いた服装をしていると思っていたが、 ウィニエルはああいう衣装が好き……なのか? 「え……そ、そうですか?」 俺の言葉の色にウィニエルが驚いたように目を丸くした。 「ああ、見ていてどきりとした。他の男達も食い入るように君を見ていた」 俺はつい、むすっとしながら口にしてしまう。 「……う……すみません……誘惑してるわけじゃないんです……そういう振り付けだから……」 ウィニエルは申し訳なさそうに俺の瞳を上目遣いに見つめてくる。 「……わかってる。仕事だ、仕方ない」 俺はこの瞳に弱い。 弱いから、ウィニエルの頭を優しく撫でてやった。 「……踊り、振り付け他のも踊ったりしていたんですけど、そちらだとあまりお金をいただけなくて」 ウィニエルが自身の指を絡めて気後れしたように俯いた。 「……男というのはそういうものだ」 俺も男だが、男というのはしょうがない生き物なのだと理解している。 見目麗しい美女がいれば、手に入らなくてもいい、その女性の艶を眺めてみたい。 「……そうなんですか?」 「ああ、そういう生き物だからしょうがない。ところで、あの衣装は君の好みなのか?」 これで何度目か、ウィニエルがまた首を傾げると、俺はさっき降って湧いた疑問をぶつけた。 「あ、いえ、あれはいただいたものなんです。露出が多いのでちょっと恥ずかしいんですけど、あれが一番踊りが綺麗に見えるというので……」 なるほど、ウィニエルの好みというわけではないらしい。 今度服を贈る機会があったら、別のものにしよう。 あと、もう一つ訊いておきたい。 「……そうか。一緒に戦っていた頃も薄着だったが、あれは?」 「え? 随分昔の話ですね」 突然の昔話に、ウィニエルは今度はさっきとは逆向きに首を傾げた。怪訝な顔はしていないが、不思議そうに俺を見ている。 「あ、ああそうだな。いや、そういえばあの衣装も際どかったなと思って……だな」 俺はあくまで、ついでに訊いてみただけだと、主張してみる。 「あれは……多分ミカエル様の好みです。私は支給されたものを着ていただけですから……」 ウィニエルはそれが何かとでも言わんばかりに会話を自然に受け流した。 「な……」 俺は絶句する。 ミカエルという天使は、ウィニエルの服にまで干渉していたのか。 そこにウィニエルの意思は無かった。 そうだ、あの頃のウィニエルは感情を封印されていたんだったな。 大天使達にいいように使われていた。 「……ミカエル様はそういう方なのであまり気にしないでください。今は殆ど干渉してきませんから」 何故かウィニエルは申し訳なさそうに告げる。 「それに、インフォスの時はガブリエル様から服をいただきましたし……あの衣装は戦いに赴く天使に必要なものと思っていたので」 「そうか……そういうものなのか……」 俺はその衣服に特別な力でも宿っているのだろうと、 理解しようとしたが、次のウィニエルの一言に俺は固まることになる。 「……私はミカエル様のおもちゃみたいなものでしたから……」 「え……」 おもちゃ……? おもちゃってどういうことだ……。 まさか……。 俺はあらぬ想像をして、瞳に暗い炎を灯す。 「あ! でも、そういう関係じゃないですっ」 俺の様子にウィニエルが慌てて否定する。 「……じゃ、どんな関係なんだ」 「……小さい頃からお世話になっていたから、普通の親子関係だと……思いますけど……」 俺の質問にこちらの顔色を窺いながらウィニエルは言葉を紡ぐ。 「だが君はさっき自分はミカエルのおもちゃだと」 「それは! ミカエル様が私に何かと干渉してたことを例えて言っただけで」 ウィニエルの語気が少しだけ強くなった気がする。 「じゃぁ、身体の関係は無いんだな?」 ないとは思うが、一応訊いておかないとな。 「あ、あるわけありませんっ! ただ、ミカエル様はいつも私の傍に居て、私を助けてくれただけで」 俺の言葉にウィニエルが珍しく大きな声で否定した。 本当にないのか、それともあるから強く否定するのか、俺はどちらか図りかねた。 「……いや、どうかな?」 背後から聴き慣れない声が聞こえた。
to be continued…
後書き
いつも読んでいただきありがとうございます。
んにちはー! 私は元気ですよー!
はい、四片です。またも長くなったので、途中で五片に移動しました。
何だかどんどん話数が増えていく気がするぅ……。
まぁいいけど。
何かしあわせらぶらぶかぽーですね。
今回はえっちなし。一話につき一えっちとか前に書いたばっかですが、今回はなし。
必要なら書けばいい、そう開き直りました。
フェインの性格、こんなんだったか??? 誰やねん……と(;^ω^)
うちのフェイン限定って感じで許してね~。これでも一応素敵イケメンだと思ってます。
今回はウィニエル視点が今の所ないからかウィニエルが何考えているのかイマイチよく掴めなかったりします。
さて、次回、急展開(?)
乞うご期待!