暑い日に①

前書き

旅の途中、アイリーンとフェインと、ウィニエルの3人で海で泳ごう!とかいう話。まだ恋愛とか入ってない頃かな。水着を買ったり、ご飯を食べたりとか。特に大した話ではない。三人称。

「ちょーっと、ウィニエル!」

「はい?」

 アルカヤ、ウル地方。
 アフイに程近い海岸線をアイリーンは強い日差しを浴びながら気だるそうに歩く。

「はい? じゃないよ! いつになったら着くの? もう随分歩いたけど同じ海岸線がずっと続いてるじゃない」
「ふふふ。綺麗ですよね」

 ウィニエルは宙に浮きながら、柔らかな笑みを浮かべていた。

「綺麗ですよね、じゃないよ! この天然お気楽天使!」

 反面、アイリーンは頬を膨らまし、ウィニエルに怒りをぶつける。

「あら、だって始めはアイリーンだって喜んでたじゃないですか」
「海岸線に出たとこまではね。景色は確かに綺麗だけど、暑いよ!! ウィニエルにはこの暑さわかんないかもしれないけどさ! だるいー!」

 そう告げるアイリーンの額や首元には玉の汗が滲み、手で顔を扇ぐ仕草をする。

「……ごめんなさい」

 対照的に、ウィニエルは汗ひとつかくことはなく、申し訳なさそうにアイリーンに頭を下げた。
 天使には寒暖の差がわからない。
 アイリーンと同じように暑さを感じることができたらいいのに。ウィニエルは歯がゆさを感じていた。

「そこ、謝んなくていいから! 身体的にどうしようもないこと言ったってしょうがないっしょ。それよりこの暑さをどうするかだよ。泳ぐってのもありだよね……」

 長く続く浜辺を見渡し、告げる。

「泳ぐ……? もう少し行けば、村がありますよ。そこで一息入れ……」
「もう……このまま泳いじゃおうかな……」

 ウィニエルが村で休息をとる事を提案するが、アイリーンは余程暑いのか、上着に手を掛け、脱ごうとする。

「……えっと、アイリーン。海に入ると、余計に疲れますよ。村でフェインと会う約束をしていますから、それからでもいいかと……」

「ホント!? それじゃ、頑張る」

 アイリーンは手を止めて、ウィニエルに笑顔を見せ、先を急ぎ始めた。


「良かった」


 ウィニエルもほっとしたのか、にっこりと微笑み、アイリーンの後を追う。

 しばらく歩くと、前方に海沿いにある村がアイリーンの目に入ってくる。


「ホントだ~。村はっけーん!」

 アイリーンの足取りは軽く、さっきまでの暑さとだるさはどこへやら、村まで一気に駆け抜けた。


 村に着くと、アイリーンは家々の軒先に吊るされた看板を見渡す。

「海沿いの村なんだね~。フェインとの待ち合わせ場所はどこ?」

「ええと……酒場です。でも、まだ来てないかもしれません。フェインの今居る場所からここまでだと……日が暮れる頃には着く、かと」

 ウィニエルも同じように辺りを見回し、酒場の看板を見つけ、指差す。

「じゃあ、宿取って、お昼食べて買い物行こうよ」

「え? お買い物ですか?」

「そうそう。泳ぐんだから、水着要るよね。宿屋はあそこで……服飾店は……、あれね」

「本格的ですね」

 ウィニエルはアイリーンの後ろに付いて宿屋へと向かった。


◇


 宿に着くと、部屋へ足早に向かい、荷物を無造作に床に置く。

「さーて、荷物も置いたし、ごはん食べて、水着!!」

アイリーンはやる気満々とばかりに拳を握り、ぐっと力を込めた。

「あっ、アイリーン、あの、遊びに来たわけでは……」

ウィニエルが止めに入るが、

「ウィニエル、ちょっと姿現して。一緒にお買い物しよ!」

明るく屈託のない笑顔をウィニエルに向けると、

「……わ、わかりました……」

 ウィニエルはその笑顔に弱いのか、素直に従い、宙から地面に足を下ろしたのだった。

 ウィニエルが翼を消して、アイリーンに並び、すぐ隣を歩くと、

「やっぱ、自分で歩くのいいでしょ」
「え、ええ、まぁ……」

 アイリーンが満足気な笑顔を見せる。

 その後、二人は食事を済ませると、服飾店へと足を運んだ。


「あ、可愛い!!」


 服飾店に着くと二人は水着売り場へ直行し、アイリーンは沢山ある水着の中から、橙色のセパレートタイプの水着を手に取り、自身の身体に合わせ鏡に自分の姿を映す。

「ね、ね、ウィニエル、これどうかな? 似合う?」

 フリルのついたその水着はへその部分が見えてしまうが、下はスカートになっており、露出度は高くないものだった。

「ふふふ、可愛いですね。アイリーンは何でも似合いますよ」

 ウィニエルはアイリーンらしい水着だなと、柔らかく微笑む。

「もー。ウィニエルは調子いいんだから……、あ、これも可愛いね」

「そうですね、あ、こちらの色も似合いそうですよ?」

 ウィニエルが薄桃色のワンピースタイプの水着をアイリーンに手渡すと、身体に合わせるようにポーズをとった。

「あ、ホントだ~。やっぱ、海沿いの村だけあって、水着多いね」

「ええ」

 アイリーンの言葉ひとつひとつに、ウィニエルは楽しそうに微笑む。


「ウィニエル楽しそうだねぇ。でもね、ウィニエル?」

 刹那、アイリーンが訝しげにウィニエルを見上げた。

「は、はい」

「自分の水着も選ばないと駄目よ?」

「え? わ、私ですか?」

アイリーンの言葉に驚いたのか、ウィニエルは瞬きを何度かし、彼女を見つめる。


「私は泳がないですよ?」

「何言ってんの」

「えっ、だ、だって、私は天使で……」

 泳いだことなんて、殆どなくて、泳ぎ方すら覚えていないのに。
 ウィニエルは後ずさり、降参とばかりに両手を振るった。


「天使も泳げるでしょ? 一緒に泳ごう? 水着代なら私が出すし、大丈夫だから!」

「え、えっ?」

「そんな素っ頓狂な顔してないで、フェインも一緒に泳ぐし、三人で泳いだら楽しいよ!」

「ええっ!? フェインもですか!?」

「せっかくの海なんだから!! ほらほら、選んだ選んだ!」

 アイリーンがウィニエルの背を押し、水着が並んだ棚へと促す。


「……み、水着ですか……」

 ふぅ、とため息ひとつ。
 水着を数着見てはみるものの、気に入ったものがないのか、気乗りがしないのか、手に取ろうとはしなかった。

 しばらく経つと、その様子を見ていたアイリーンが、じとっと目を細め、軽く睨んだ。


「……ウィニエル、泳ぐ気ないでしょ」

「……ははは。すみません……」

アイリーンの言葉に軽く頭を下げる。


「もー! ……フェインのはこれで、ウィニエルのはこれにしようっと」
「えっ」

 アイリーンは自分の水着は既に選び終わっていたのか、始めに選んだ橙のセパレートの水着と、フェイン用なのか男性物の海パンと、ウィニエル用の水着を手に会計カウンターに向かった。
 店員がアイリーンと何やら話しながら、購入した水着を袋詰めしている。
 ウィニエルの位置からは自分用とされた水着がよく見えずじまいだ。
 実際試着するまでわからない。


 本当に泳ぐの?


 ウィニエルは半信半疑ながら、遠目で袋詰めされた水着が3着あることだけ確認したのだった。


「ありがとうございましたー」


 会計を済ませ、服飾店を後にすると、アイリーンはウィニエルの前をさっさと歩いて行く。
 それをウィニエルがたどたどしく追う。
 翼がないまま歩くのはやはり、苦手なようだ。

「アイリーン」
「今日はフェインまだ来てないし、明日、泳ごうね」

 ウィニエルがなんとか追いつき、話し掛けると、アイリーンは満面の笑みを浮かべ、そう告げたのだった。

 やっぱり泳がせる気でいるのね、

 ウィニエルは一瞬だけ憂鬱な顔をする。
 天使が泳げるのか。
 泳いだことなんて殆どないのに。

 ああ、でもアイリーンの誘いを断るわけにはいかないものね。

 そんな想いがその一瞬に垣間見えたが、アイリーンにわかるはずもなかった。


◇


「ふー、さすがにちょっと疲れたな。フェインが来るまでお昼寝しない?」

 水着の入った手提げを持ちながら、アイリーンはあくびと同時に背伸びをした。

「あ、それでは私、フェインの様子見てきましょうか? もうあと一、二時間で着くと思いますから」

 ウィニエルが翼を出そうと構えると、そうはさせないぞとばかりにアイリーンはウィニエルの腕を掴む。

「いいからいいから、今日はさ、私の方を優先してよ」

 にっこりとアイリーンが微笑むと、その笑顔に弱いウィニエルはわずかに微笑み返し、応えた。

「は、はぁ……わかりました。では宿屋までお供します」

「うん、それでよろしい!」

 アイリーンは終始機嫌よく、歩みの下手なウィニエルと一緒に歩くのを楽しんでいる様子で、宿屋へと戻ったのだった。


宿に着くと、開口一番、


「さ~、お昼寝しましょ」

 アイリーンはベッドに腰掛けると、横に倒れ、枕に頭を沈ませた。
 『気持ちいー!』と、アイリーンはまだ触れたての冷たい枕に頬ずりする。

「あの、ひょっとして、私……もですか?」

 ウィニエルがぽつんと立ったまま、アイリーンを見ながら告げた。

「当然!」

 この部屋はツインだったため、アイリーンは自分の隣のベッドに手を伸ばし、ぽんぽんとウィニエルを促す。

「……仕方ないですね」

 ふぅ、とウィニエルはため息を吐きつつも柔らかく笑って、ベッドに横になった。

「こーんなに気持ちいいんだもの、寝るっきゃないでしょ」

「え……あ、本当、ここのベッド気持ちいいですね」

 程よい硬さのスプリングの入ったベッドはウィニエルの身体を心地好く受け止め、自然と眠りの世界へと誘う。


「……すー」


「え? ウィニエルもう寝ちゃったの!?」

 アイリーンがウィニエルのあまりの寝つきの良さに驚き、隣のベッドを窺うと、

「……いえ……ただ横になると、寝ちゃいそうになってしまって……最近、寝てなかったから……」

 この所、天界へ戻っておらず、実は働き詰めだったウィニエルは天井を何とはなしに見つめながら自分のことをぽろっと溢した。
 ウィニエルが自分の身近なことを話すことは殆どなかったが、時々こうしてアイリーンにはつい言ってしまうことがある。

「そうなの? じゃあ、ゆっくり休みなよ。私も寝るから。おやすみ」

 そして、アイリーンもウィニエルのことをわかっているかのように休むよう告げた。
 二人の仲は天使と勇者というより、友情という形で結ばれているようである。


「……はい、おやすみなさい」


 ウィニエルは目を閉じておやすみの挨拶を返すと、アイリーンの返事はなく、二人はそのまま夕方近くまで身体を休めたのだった。

to be continued…

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