暑い日に④

 次の日――。
 
「こらー、起きろー! 時間だよー!」

 アイリーンの元気な声がウィニエルの耳元に響く。

「う……は、はい、すみません……」

 ウィニエルは頭が重いのか、頭部を抱えるようにしてだるそうに身体を起こした。

「え、まさか二日酔いとかじゃないよね」

 アイリーンは驚いたようにウィニエルの顔を覗き込む。

「あ、いえ……大丈夫です、ほんのちょっと、だるいだけなので……というか、眠いです……」

 ウィニエルの目蓋が閉じて、身体がベッドへと沈んだ。

「こらー! 寝るなー!!」
「……はい……すみませ……」

 アイリーンの目覚ましに、ウィニエルは謝りながら身体を起こす。

「お酒弱すぎじゃない!?」
「……はは……そうかも……です。でも、美味しかった……ははは……」

 目蓋が上手く開かないまま、ベッドから降りて、ぼーっとウィニエルが立ち上がった。

「……大丈夫?」
「はい。大丈夫です、朝ごはん食べたら元気になりますし……あ、でも私食べなくてもいいんだったっけ……? ……まぁ、いいか……」

 ウィニエルがフラフラしながら部屋を出て行こうとする。

「フェイン、呼ぶから待っててね。私1人じゃウィニエル支えられないから」
「は、い。すみません……」

 どうにも重症な様子で、アイリーンはフェインを呼びに部屋を出て行った。

「……うーん……眠い……」

 酷く眠いようで、ウィニエルはその場に座り込んでしまった。
 
 しばらくして、アイリーンがフェインを連れてくると床に座り込んで俯くウィニエルを見て、

「ウィニエル? 大丈夫か? 熱はないか?」

 フェインはウィニエルの額に触れる。

「……あ、フェイ……だい、じょうぶです……ちょっと眠いだけで……すみません」
「大丈夫? そんなに辛かったの?」

 アイリーンがウィニエルの手を掴むも、いつもと同じ、ひんやりとした感触。

「熱は無い様だが……そんなに眠いならもう少し寝ていればいい。朝食は俺が持って来よう」
「いえ、……大丈……です」
「いや、もう、なんかダメっぽいから、寝てていいよ。辛そうだもん」
「……すみません……それじゃ、あと、少しだけ……」

 ウィニエルは二人に甘えることにして、再びベッドへと戻ったのだった。
 フェインとアイリーンは二人で朝食を取りに部屋を出て、しばらくすると、フェインだけが戻ってきた。

「……ウィニエル、……まだ眠っているのか。朝食、ここに置いておくから、起きたら食べるといい」
「………………」

 ベッドで眠るウィニエルは心地よさそうな安らかな寝顔をしていた。
 昨日沢山歩いていたし、酒も手伝って疲れが出たのかもしれないな……と、ふとフェインは床に膝を着けて、ウィニエルを覗き込むようにして、彼女の頭をそっと撫で飴色の髪を少し梳くって指に絡めると、ため息をひとつ。

「……君は不思議な女(ひと)だ」

 フェインは自嘲気味に笑って、髪を元に戻して立ち上がり、アイリーンの待つ食堂へと向かった。

 それからしばらくして、

「……ん……んー! よく寝た!」

 欠伸をしながらせを伸ばすように、身体を起こすウィニエル。

「ん? ……あ、あれ? アイリーン?」

 ウィニエルが部屋を見回すと、アイリーンが居ない。
 そして、部屋のテーブルの上に、食事が置いてある。

「あ、そういえば、さっきは眠くて起きられなかったんだっけ……寝かせてもらっていたのね」

 ウィニエルがベッドから離れて、テーブルに向かう。

「……食事は取らなくても平気なのに……ありがとうございます」

 フェインが持ってきた朝食に、ウィニエルはお礼を告げて、せっかくなので食べることにした。
 朝食を食べ終えると、

「……そういえば、今何時頃なのかしら。日は暮れてないみたいだから昼間だと思うけど……」

 ウィニエルが窓の外に目をやると、明るい日差しが差し込み、徐々に気温が上がっていくのがわかった。

「さてと……アイリーンはどこに行ったのかな?」

 ウィニエルは部屋から出てアイリーンを探しにいくことにしたが、丁度部屋の扉が開く音がしたのだった。

「ウィニエル起きてるかなー?」

 アイリーンが何やら荷物を抱えて部屋へと戻って来た。

「アイリーン、おはようございます」
「あ、起きてた。良かった。丁度今から泳ぎに行こうと思ってたとこだったんだ。でも今度はフェインがどっか行っちゃってさ」

 どうやら、朝食の時間は当の昔に終わったようで、今度はフェインが入り用なのか、姿が見えないようだった。

「あら、そうですか。探しに行きましょうか?」

 やっとすっきりした頭のウィニエルはお得意の勇者探しでもと、申し出るが、

「ううん、いいよ。私が探して連れてくから。ウィニエル先に行っててよ。あ、これ水着と、タオル借りてきたから持ってって」

 手にしていた荷物をがさごそと、三つの袋に分けて、その一つをウィニエルに渡した。

「……やっぱり私も泳ぐんですね……」
「場所はね、ここの宿出て海に向かって真っ直ぐだから迷わないと思うよ。先行って着替えてて、私もすぐ行くから」

 ウィニエルの言葉を無視して、アイリーンは部屋から追い出すように背を押した。

「……くすん、アイリーン酷い」

 部屋から追い出されたウィニエルは扉の前に立つアイリーンに告げる。

「泳げなくても大丈夫だよ! フェインに教えてもらえばいいんだから!」
「……いえ、そういう問題じゃ……」

 気乗りがしないので、俯き加減でアイリーンに問うて見たが、

「きっと、楽しいよ!」

 アイリーンが満面の笑みを自分に向けるので、

「……わかりました……」
 仕方なく、とぼとぼと宿を後にして海へと向かったのだった。


◇


「……えと、更衣室は、と……」

 一人で海に着くと、そこには泳ぎに来ている若者達が目に入った。家族連れなんかもいる。
 混雑はしていないが、そこそこに人はいるようだ。

「皆泳ぐの好きなんですね……」

 海からは楽しそうで賑やかな声が聞こえる。

「楽しいのかしら……うん、頑張ってみようかな」

 何を決心したのか、ウィニエルは更衣室の看板を見つけると、そこへと入り着替えを始めたのだった。
 更衣室は二部屋。
 特に性別で分かれてはおらず、空いていれば使っていいようになっているようだ。
 薄い板で建てられた簡素な作りで、二、三人同時に着替えられるような広さに、中に入ると内側から鍵が掛けられるようになっている。

「……この水着……ですか……」

 アイリーンに渡された袋の中から、水着を取り出して、眺める。
 ちょっと恥ずかしいな……と思いつつ、足元の袋の上に水着を置いて、自分の服に手を掛け脱ぎ始めた。
 上着を脱いで、上半身裸になって水着を着けようと、袋の上の水着に手を掛けようとした刹那。

 ガチャリと、無情にも更衣室のドアが開く。

「……あ」

 という、聞いたことのある声が発せられる。
 朝、微睡みの中で聞いた、いつもは優しい低い声。

「え……」

 声に驚いて、ウィニエルは声の主へと身体を起こした。

「………………」

 声の主はそれ以上何も言わず、ウィニエルの方を見ている。

「あ、あの……」

「……すまない、間違えたようだ」

 バタンと大きな音で、慌てたようにドアが閉じられた。
 そして、隣の更衣室のドアが開く音が聞こえる。

「え、えっ!? ふぇ、フェイン!? ああっ!!」

 ウィニエルは慌てて胸元を手で覆い隠したが、もう遅かった。

「ええっ!? あ、あのっ!! フェイン!?」

 隣に問いかけるものの、混乱しているのか、どう言ったらいいかわからない様子だ。
 隣で聞いているはずのフェインからは返事がなかった。

「……」

 フェインは着替えをしながら、思う。

 ウィニエルが鍵を掛けてなかったから、こうなった。
 俺は、別に覗こうと思ったわけじゃない。

 まさかウィニエルが着替えてるなんて思わないじゃないか。

 と、ウィニエルの所為にしつつも心臓がドクドクと早鐘を打つことに動揺していた。

 そういえば、今隣でウィニエルが着替えているのか……。

 ……いや、そんなことは考えるな。

 フェインは煩悩を振り払うが如く、頭を振って着替えを済ませて更衣室を出た。

 隣のウィニエルも丁度着替え終わったのか、ほぼ同時に出てきたのだった。

「……ウィニエル……」

 ウィニエルは恥ずかしいのか、タオルで肩を覆い、顔を赤く染めていた。

「……フェイン……」

 フェインは恥らうウィニエルに何故か自分も恥ずかしくなって、頬が熱くなるのを感じる。

「……すまない、わざとじゃない」
「……はい……大丈夫です……私が鍵を掛け忘れたから……」
「いや、俺がノックしていれば……」
「……でも、私がちゃんと鍵を掛けてたら……」
「いや、俺が確認すれば良かったんだ」

 お互いに頭を下げ合う。

「いえ、私が」
「いや、俺が」

 何度か同じ様なやり取りをして、

 ……ぷっ。

 と、

 どちらともなく、吹き出した。
 すると、それを合図に二人して可笑しいのか、笑い始める。

「ははは、何だか話がまとまらないな」
「ふふっ、そうですね。もう、気にしてませんから、行きましょうか」

 ウィニエルは着替えの入った袋を抱えると、海へと歩き出した。

「ああ、そうだな。ウィニエル、荷物は俺が持とう、せめてものお詫びだ」
「……あ、すみません、ありがとうございます」

 フェインはウィニエルの袋に手を掛けると、自分の袋と一緒に肩に掛け、ウィニエルの隣を歩き始めた。

 そして、浜辺で歩いていると、アイリーンとすれ違う。

「……あ、もう二人とも着替えてたんだ。……なんだ……」

 アイリーンは二人の姿を見つけると、少し不機嫌な顔をして、

「私もすぐ行くから、わかるとこに居てねー!」

 更衣室へ走って行ってしまった。

「はーい!」

 ウィニエルが走っていくアイリーンの背に返事をして、二人は海へと向かった。

 浜辺へ着くと、フェインは袋を砂浜に置いて、腰を下ろした。

「……海か……泳ぐのはいつぶりだったかな……」

 ウィニエルも、フェインの隣に座り、海を見渡す。

「海って広いですね。フェインは泳げるんですか? 私、泳ぎはちょっと……」
「ははは、君は天使だからな。歩くのすら慣れていないのだから無理もない」

 フェインは柔和に微笑んで、顔をウィニエルに向けたが、

「……私は見てるだけでもいいんですけど……」
「ん? 好奇心旺盛な君が珍しいな」

 ウィニエルが泳ぐのを嫌がっている様子を見て、フェインは関心を抱いたのだった。

「はは……何となくなんですが、泳げそうにないかも……」

 不安げにウィニエルが告げると、フェインのおせっかいに火が着いたのか、

「俺が教えれば泳げるようになると思うが?」

 と、ウィニエルに泳ぎを教えることを決めてしまった。

「え……あ、でも、本当に泳いだことが、殆どなくて」

「ふふふ、大丈夫! 私も居るし、ウィニエル泳げるようになるって!! 特訓よ!!」

 ウィニエルのすぐ後ろからアイリーンの声がしたと思ったら、

「わっ!? アイリーン!? ちょ、ちょっと!」

 ウィニエルが頬を赤くして胸元を覆うようにガードする。

「っ!?」

 フェインはそれをまともに見てしまった。
 ウィニエルがアイリーンに後ろから胸を鷲掴みにされ、揉まれている姿を。

「や、やめてくださいーっ」
「……ウィニエルのおっぱいって、大きいね……」

 くやしい。
 ぼそっと、告げてアイリーンはフェインの隣に腰掛けた。

「……アイリーンったら……もう……」

 ウィニエルは困ったように、眉尻を下げて胸を揉まれた拍子に肩に掛けていたタオルがずれ落ちたため、それを直したのだった。
 その二人のやり取りを目の当たりにしたフェインは、

「……っ」

 ウィニエルの胸が大きいことは知っている。さっき、実際見てしまったし。
 だが、何も俺の目の前で揉むことはないだろう。
 と自分の頬が熱くなったのを手で覆った。

「フェイン、ウィニエル、とりあえず泳ぎに行こうよ」

 アイリーンが立ち上がって、二人を海に誘う。

「そうだな。そこまで人も居ないし、思い切り泳げそうだ」

 フェインも立ち上がり、ウィニエルに手を差し伸べる。

「あ、それなら先に泳いで来てください。私、ここで見てますから、あとで、ゆっくり教えてください」

 ウィニエルは泳ぐ時間を余程減らしたいのか、アイリーンとフェインを一緒に行動させたいのか、あるいはその両方か。
 ここにしばらく一人で居ると告げた。

「そう? じゃあ、ちょっと泳いでくるよ」
「ウィニエル、昨日みたいな奴もいる、何かあれば呼んでくれ」
「はい、ありがとうございます。いってらっしゃい」

 フェインとアイリーンは「海まで競争ね!」と二人走って海へと向かった。
 海へと着くと、二人は躊躇なく海へ入っていき、泳ぎ始めた。

「……楽しそうね~。いいな~」

 私も泳げたら、良かったなぁ。

 あれ? 私、何か忘れてない? 

 今はまだ旅の途中。
 辛く長い旅の途中。

 でも、暑いこんな日には。

 こんな休息の日があってもいいじゃない。
 勇者達とたくさん思い出を作って、強い絆で結ばれて、きっとアルカヤを救ってみせる。

 そんな風にウィニエルは考えながら、海から手を振る二人に応えるように、手を振り返したのだった。

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後書き

フェイン×ウィニエル、そして恋愛モード前。どっちかっていうと、アイリーン多めかな。
アイリーン好きなの、ちっさい方。

なんか中途半端です。毎度毎度のことですねー。

くっそ暑い夏に作り始めて出来上がった頃にはもう寒くなってきたっていう悲しい結果。
本当は暑い時期にUPシタカタヨ。

私的には更衣室でばったりを描きたかっただけなんだが、ポロリもあるよ! みたいな。(ここ、全年齢頁ですた)ここにいくまでこんなに長くなるなんてね。
フェイン×ウィニエルの暗い話は全年齢頁では描けそうにないので、明るい話だと思います。
でも一部『贖い~』から話飛んできてたか。まぁいいや。

私、話作り始めると、キャラが勝手に話進めるのでうまくまとめられません。
すみません、楽しいです。

ウィニエル至上主義は相変わらずで、このあと、ナンパ野郎が出てきて、ひと騒動あって、フェインにもポロリさせたかったけど、それは年齢制限かけた方が良さそうなので別でいつか書きたい。

全年齢頁なので胸の形がどうとか、細かく書きませんでした。水着にもあんまり触れませんでした。
色だけ白ってわかってたかな?

また別のお話を思いついたら描きたいデス。

拙い文章を読んでいただきアリガトウゴザイマシタ!
誤字脱字はご愛嬌。

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