前書き
「微笑んで、オヤスミ」の半年後くらい。イダヴェルを助けた後辺り。バレンタイン企画~というかもう無茶苦茶。甘いんだか甘くないんだか、グリフィンが泣くわ、ウィニーは乱れるわ(笑)とにかく二日間で書いたので見直しもしてません。日付だけ合わせたみたいな感じ。
――二月十三日。 俺とウィニエルが出会ってもうすぐ四年が経とうとしている。 「なぁ、ウィニエル、もう時間だぜ?」 俺はベッドで眠るあいつに声を掛ける。 「ん……? ……んん……はい……もう……そんな時間ですか……?」 あいつは気だるそうに身体を起こし、目を擦って寝癖のついた髪を手櫛で整えた。 「ああ。時間だ」 俺はあいつの跳ねた髪を後ろから一緒になって押えてやった。 「あっ! グリフィンやめて下さいっ!!」 ウィニエルは眉を顰めて俺の手を払い除ける。 「何だよ、手伝ってやってるだけだろ?」 俺は口を尖らせ嫌がるあいつに構わず乱暴に髪を撫でた。 「痛っ! もうっ、グリフィン!! あなたはいっつも乱暴に撫でるから余計にぐしゃぐしゃになってしまうんですって、何度も言ってるじゃありませんか!」 ウィニエルは自分の頭上から退かない俺の手を小さく何度も叩く。 「いてっ! ああっ!? 俺のどこが乱暴なんだよっ!?」 俺はあいつの髪をより乱暴に円を描くように撫でた。 「グリフィン!!」 ウィニエルが俺の方へと振り向いて睨む。 「……わかってるって、優しくだろ?」 俺はあいつの髪を流れに沿うようゆっくりと抑えながら撫でて、首を軽く傾げて俺を睨む瞳に訊ねてみた。 「…………」 俺を睨む瞳は大きく2度瞬きをして、あいつはまた俺に背を向けた。 俺がこんなことをするのにはワケがある。 まぁ、その前に。 誤解があってはなんだから、言っておく。 俺とあいつはそういう関係ってわけじゃあない。 今は、まだな。 ん? 今はまだって……何だよ、おいおい……はは……。 いや……まぁ、色々とあるんだ。立場とか時期とかっつー柵がな。 なんつうか、色々とな。 で、今は依頼先へ向かう途中の街で、あいつは俺を訪ねていて、最近疲れてんだか俺が宿にいたらベッド貸せとか言って寝ちまうんだよな……。 人の気持ちなんざおかまいなしにな。 羽根休みだなんて言って、無防備な顔してくれちゃって、不良天使もいいとこだぜ……と思いつつも追い出して別の勇者ん所で同じこと言わせるわけにはいかないわけで。 ……なんつうか、俺、こいつに弱いなぁーって最近すごく思う。 しっかりしてそうな顔なのに実際は馬鹿でドジで、世間知らずで思い込みが激しくて。 あいつは俺以外の勇者にはものすごーく信頼されているらしいが、俺以外の勇者はあいつのビジュアルに騙されてんじゃないかと思う。 まぁ、その信頼されているっていう話もあいつから聞いただけだから実際どうかはわかんねぇけど。大方、他の勇者は気を遣ってくれる奴等ばかりなんだろう。 けどあいつ、割りと素直だし、美人だし、健気だしな……で、とりあえず俺は放っておけなくなったわけだ。 他の勇者……あいつから直接聞いたわけじゃないが、男の勇者もいるってことだけは妖精が口を滑らせて言ってたことがあるから知ってる。 その俺以外の男勇者がいる(しかも複数らしい)と思うと正直イライラしてくる。 そんな思いをするくらいなら出来るだけ俺の目の届く範囲に置いておきたいって思うのが男心ってもんだぜ。 いや……ただの独占欲ってやつか。 まだ伝えてない自分勝手な感情の押し付け……とも取れるかもしれない。 大体、あいつの感情が俺には読めねえんだ。 俺なんかにわかるわけねえよな……あいつ、天使なんだぜ? 感情は人間と大して変わんねえって言ったって、どうみてもあいつ変わってるって。 少なくとも俺の周りの女であんな命知らずな馬鹿はいない。 戦闘中は相変わらず俺の盾になろうとするし。 怒ってもそん時だけ繕ってまた同じことを繰り返すだけだし。 俺が強くなるしかなくて。 修行中は来んなって言ってあんのに、俺がどれだけ苦労して修行してるかも知らずにへらへら笑って訪問して来るし。 ……本当、しんどい。 疲れる。 だるい。 誰の所為でこんな大変な思いをしてると思ってるんだ!? ってー……何度喉の奥から言葉が出掛かったことか。 でも、来ない時は来ない時でものすごくムカつくしな……。 まぁ、すぐ呼び出すけど。 ああ、俺勝手だな。 ……まぁ、いいじゃねえか。 男なんてそんなもんだぜ。 あいつの笑顔を見るのが俺の日課になりつつある。 俺が上機嫌だろうが、不機嫌だろうが関係なくやって来るあいつの気持ちがよくわからない。 ただ、俺は結構気に入ってるんだ。 そういうの、嫌いじゃない。 あいつが俺を思って来てくれてるなら、それなら、いいのにな。 でもあいつ、そういうことに関してはガキだから。 多分俺のこと何とも思ってないのかも。 “すごーく頼れる勇者”くらいにしか思ってなさそうだ。 あいつにはあいつの役目ってもんがあって、それは俺だけじゃ対応しきれない。 俺にも限界ってもんがあるから、俺だけを頼れ……なんて言えるわけもない。 いや、本当は言いたいんだが。 『俺だけを頼れ』なーんて言えたらどんなにいいか。 でも、現実には無理なもんは無理なわけで。 あいつの気持ちだって俺には掴めてないし、言えねえよ。 半年前、成り行きとはいえキスだってしたし、それに俺はもう自覚してる。 俺は、ウィニエルのことを……。 いや、まだ言葉にはしないでおこうと思う。 あいつが俺のところに休みに来るようになったのは最近のことだ。 イダヴェルを助けた一件からあいつ、妙によそよそしくなってあんまり俺の所へ来なくなった。 俺が呼び出す度、 『イダヴェルさんとはその後どうですか?』 何て抜かす始末で。 俺はあの時、 『勘違いすんな』 って確かに言ったはずなのに、思いっきり勘違いしてやがんだよ……。 で、あいつがそう思い込んでるのもムカついたけど、あいつは思い込みが激しいから言葉で言っても無駄っつーのはわかってた俺はひつこく呼び出してやったんだ。 したらある日、 「毎日毎日眠ろうとしたら呼び出されて、グリフィンの所為で寝不足です」 あいつが頬を膨らますもんだから、俺は、 「嫌なら来なきゃいいだろ!?」 当然、俺の逆鱗に触れるわけで、 「だって、嫌じゃないから。……グリフィンに呼び出されたら来ないわけには行かないんですよ」 あいつは頬を膨らましたまま上目遣いで俺を軽く睨むようにしてそう応えた。 だから、俺は。 あいつの瞳に弱い俺は、 「じゃあ、俺ん所で寝ればいいだろ?」 って、つい言っちまったんだ。 したらよぉ…… 「え……あ! そうですね。それがいいかもしれません。じゃあそうします」 あいつはすぐさま何の疑問も持たない、いつもの笑みを浮かべたんだ。 俺は複雑だった。 次の訪問時から俺が宿を取ってる時、あいつが疲れていたらあいつは寝ていく。 ほんの数時間だが、俺のベッドを占領して無防備に寝顔を曝け出して、しかも即刻爆睡。 あいつの眠る姿を見て、役目が大変なんだってことは以前にも増してよくわかった気がした。 あいつは自分なりによくやってる。 けどな、 けど、 何か違う気がするのは俺の気の所為か? 少なくとも俺はあいつに好意を抱いてるわけだ。 で、俺は男で、あいつは女なんだよ。 うん。 けど、あいつ、何で俺の前で平気で寝れるんだ!? ……俺が何度あいつに手を出しそうになったか、あいつは知らないんだ。 あいつは何もかもを知らなすぎる。 俺が何もしないって思ってるんだ、絶対。 ……天使ってやつは悪魔より酷いな。 人を誘惑しておいて、決して手を出させようとはしない。 ジレンマだ。 あいつが俺の所で眠る度、俺は部屋から出て時間を潰す。 傍に居たいのに、居れないんだ。 あいつが他の勇者の元へ行く時間が来たら起こしに戻ってくる。 俺と一緒に話をするのはあいつを起こした後の数分間。 殆ど毎日会ってるのにたったの数分間だけ。 一晩一緒に過ごして朝、起こしてやりたい……よな、男なら。 なんだけどあいつ、全くその気が無いんだよな……。 そんな奴に手を出せるか? っつったら、 答えは“手は出せない”だ。 無理強いなんてして勇者の任を解くなんて言われたら、俺の気持ちの行き場所ってもんがなくなっちまう。 ……それよか、あいつが傷つくのは本意じゃない。 俺だって傷つきたくないし。 ああ、どうせ俺は臆病者だよ。 あいつに嫌われるのがいつの間にか恐くなってんだ。 ……まぁ、そんなわけで、俺は苦労の日々を送ってるわけだ。 ウィニエル憶えてろよ……いつかぜってえ俺の物にしてやる……なんて俺が思ってることはあいつにはまだ秘密だ。 まぁ、そんな感じだが俺とあいつの関係はそれなりに良好ってとこかな。 で、あいつの髪をぐしゃぐしゃにするのは……んなのは、もっと一緒に居たいからに決まってる。 ◇ 「さて、と。グリフィン、ありがとうございました」 ウィニエルが身支度を整え……といってもベッドから立ち上がるだけだが。 大きく背伸びをして、俺に向かって深々と頭を下げた。 「おう。明日、絶対会いに来いよな」 俺はあいつにそう伝える。 だって、明日は二月十四日だ。 え? 何の日だって? まぁ……あれだよ、あれ。 ばれんたいんでーとかいうやつ。 別に、何かを期待してるわけじゃーねえけど、その日は好きな奴に何か贈るとか言うじゃねえか。 俺は貰えなくても構わない。 むしろ俺があいつに何かやりたい。 だが、あいつが他の勇者から何か貰わないとも限らない。 で、考えた手が、俺の所にあいつを呼んでおく。 ってこと。 姑息だが、それしか思いつかなかった。 でもな、 「申し訳ないんですけど明日は先約があるので行けません」 ウィニエルの奴……穏やかに笑ってはっきりと言いやがった。 「なっ!? 何だよそれっ!?」 俺はあいつにくって掛かる。 「ティアと約束してるんです」 「……リディアと……?」 「はい」 ウィニエルは終始笑顔だ。 「……ち……しょうがねえなぁ……我慢してやるか……」 あいつの笑顔だけじゃなく、妹にも弱い俺は渋々我慢することにした。 「ごめんなさい。明後日、また来ます」 「ああ」 俺とあいつはその日、それで別れた。 あいつは俺の気持ちをまるで分かってない……はぁ。
to be continued…