ショコラ・ショコラ③

 はい?
 今、お前、何っつった?

「……はあ? 何でそうなるんだよ!?」

 俺は目を丸くして訊き返す。

「……それだけ想いを込めて作るものかなぁ~って……でも一日中ショコラ作ってるなんて……なんかおかしいなぁ~とは思ったんですけど……ナーサが“渡しに行かないの?”って正しいバレンタインデーなんていうのを教えてくれて……あ、ナーサっていうのは、先輩なんですけど……」

 ウィニエルがやっと俺の目を真っ直ぐに見つめた。

「アホかっ!!」

 俺は目を細めて、あいつの顎から手を放して、頭を小突いてやった。

「いっ、痛いっ!! な、何で叩くんですか!?」

 ウィニエルの瞳から涙が滲む。

 確かに少し、痛かったと思う。
 けど、俺の痛みに比べたらこんなもんじゃねえよ。

「何でもくそもあるかっ!! 嘘吐き天使!! くそっ!! ……っ……」

 それは不意だった。
 俺のあいつを掴む腕の力が抜けていく。

「ぐ、グリフィン……?」

 ウィニエルは体勢を少しだけ整えたが、俺から離れること無く俺の頬を両手で包む。

「……やめろよ……」
「……どうして泣くんですか……?」

 あいつの手に俺の透明な雫が触れる。

「……見んなよ……離れろ。時間が無いんだろ?」

 俺は俯いて首を振る。

 さっきのあいつみたいだ。

「……いいえ、離れません。時間なんて……あなたの方が心配です」

 ウィニエルの手は離れなくて、俺も抵抗出来なかった。

「……お前……それ、他の勇者に言ってないよな?」

 俺は俯いたまま言ってみた。

「…………」

 案の定、あいつの返答は無かった。

「……言ってんだな……はぁ……」

 俺はあいつの手を掴んで、下ろさせる。

「……天使ですから……」

 ウィニエルは少し小さな声で告げた。

「……じゃあよ……俺にそう言うのは勇者だから? それとも俺だからか?」

 俺がそう訊ねると、

「……それは…………」


 あいつはやっぱりそれ以上は言わない。

 その代わりに、

「……私、わからないんです。でも……ショコラをあげたいと思うのはあなただけで……それじゃ駄目ですか?」

 って、それはつまり、ウィニエルは少なからず俺を想ってるわけで。
 こいつはっきり自覚してねえんだな。

 と、思った。

「……駄目ってわけじゃあ……ねえけど……」

 俺の声は上擦っていた。

 あ、やべ。
 顔ちょっと綻んでるかも。
 なんて思ったけど俺は努めて平静を装う。

 同時、部屋の時計をあいつは見ていた。
 短針と長針がもうすぐ重なり、日付が変わる。

「……あ……時間が……」

 ウィニエルはそれを見て、残念がる。

「何? やっぱ気になってんじゃねえか」

 俺も時計の方を見た。あと、一分……も無いか。

「……せっかく作ったから……食べて欲しかったです。一緒に食べたかったなぁって……」

 ウィニエルはベッドの下に手を伸ばして白い皿の上に乗ったいくつかの四角いショコラを差し出した。

「……包装してねえじゃん」

 つい、そんな言葉が出てしまう。

「出来たてなんです。あ、理由は後でゆっくりお話しますから。食べて……くれますか?」

 ウィニエルは俺に食べて欲しそうに首を傾げ、可愛く微笑んだ。

 俺はこの笑顔に弱い。

「……ああ」

 俺は数ある中の一つを手にとって摘み、口に入れた。

「……どう……ですか? ちょっと、甘さ控えめにしてみたんですけど……」

 あいつが訊ねている中、俺の口の中でビターチョコレートと強い酒が混ざり合って……うまい。

 なかなかいける。

 でも、簡単に感想なんて言ってやらない。

「……一緒に食べたいって……言ってたよな?」

 俺はもう一つ口に放り込む。

「はい?」

 日付が変わるまで、あと十秒。

「……ウィニエル」

 俺はウィニエルの身体を再び引き寄せる。

「へっ? んんっ!?」

 あいつの口を塞いで、俺の口で半分解けたショコラをあいつの口中に流し込む。

 同じ刻、

 カチッと、時計の針が重なった音がした。

「んんっ……うふぅっ……!! に、苦っ……!!」

 ウィニエルは俺の不意の行動に一瞬目を丸くしたが、自分の作ったショコラを吐き出そうとはしなかった。

「……まぁ、好みはあるか。俺はうまかった。ありがとな」

 俺はウィニエルの頭を撫でてやる。

「……そ、そうですか……それは良かったです……あ、あれ……?」

 あいつは俺に頭を撫でられると微笑んで、その後身体をゆらりと大きく揺らした。

「ん? どした?」
「いえ……あの…………駄目……みた……」

 全部を言い終える前に、あいつは俺の方へと前のめりに倒れこんでしまう。

「おいっ!? ウィニエル!?」

 俺はあいつを抱き起こして、俺の膝を枕にするようにして、仰向けにさせた。

「……っ……ふうっ……はあっ……グリ……フィンっ……」

 ウィニエルは息が荒くて、苦しそうだった。
 顔も赤くて、発熱したみたいだ。

「……大丈夫か?」

 俺はあいつの額に手を当てた。
 熱……というより、顔全体が赤い。

「ん……大丈夫……はぁ……はぁっ……」

 目に涙を浮かべて必死に息をしている。
 こうなった理由は一つ。

「お前……酒に弱いのか……?」

 多分、原因は酒入りショコラだ。

「はぁ……はぁ……そう……なんですか……? お酒……飲んだことない……です……はぁ……はぁ……」

 ウィニエルは胸元辺りを押さえながら眉を顰めて息をしている。

「……今、水持って来てやる」

 俺は膝の上からあいつの首と、身体を支えながらゆっくりとベッドへ下ろそうとした。

「イヤっ!!」

「え?」

 あいつの声と共に、あいつを覗き込むような形の俺の胸元をウィニエルの手が小刻みに震えながらか細く掴む。

「……行かないで……一緒に居て……お願い…………ううっ……」

 ウィニエルの瞳から零れ落ちる涙が頬を伝って、あいつの首を支えている俺の腕に掛かった。
 それはとても熱くて。

「お、おい……ウィニエル……?」

 俺は戸惑ってしまう。

「……お願い……恐い……一緒に……」

 ウィニエルの泣き濡れた顔に俺は元の位置へと身体を戻した。

「……ありがと……グリフィン……手……繋いで……?」

 俺が身体を戻すと、あいつは赤い顔で満足そうに微笑んで、片手を俺に差し出した。

「……あ、ああ……」

 あいつに言われるまま俺は差し出された小さな白い手を握る。

「……うん……やっぱり、この手……好き……」
「え?」

 ウィニエルは俺の手を引き寄せ、自分の両手で包んで身体を横向けにし、俺の手に嬉しそうに頬擦りをした。

「…………」

 そして、その後眠ってしまう。

「……な、何だよ……それ……」

 残された俺は膝の上で眠る天使を見下ろしていた。
 俺は無意識の内に空いた手で顔を覆うようにして両目尻を押さえていた。
 そして、僅かに触れた指の感触で、頬が熱いなーなんてことにやっと気付いた。

「……おい、ウィニエル。お前……もう酒飲むなよな」

 あいつが倒れた所為でいつの間にかベッドの上にバラバラになったショコラを、俺は拾い集め、布団の上に置いて一つ口に含む。

「……お前さぁ……やっぱ天使失格だって……」

 俺はさっきのあいつの顔を思い出していた。

 泣き濡れて、俺を求めるような顔。
 あれで天使って言えるのかね。

「……やっぱ甘いか……このショコラ」

 俺とあいつの味覚が違うように、俺とあいつの気持ちも多少の違いはあるみたいだ。
 けど、ショコラという名前は一緒だしな。

 だから気持ちは一緒……だよなぁ?

 ウィニエル?

「……ぐー……」

 不意にウィニエルから鼾が聞えてくる。

「ぐーって何だよ……いびきかくなよな……」

 俺はあいつの鼻を軽く摘んだ。

「うううんん……」

 ウィニエルは起きることなく、唸りを上げる。

「……お前が俺だけにそういう顔を見せてるって思っていいよな?」

 俺はあいつの鼻を摘んだままだった。

「ううう……」

 当然あいつは唸ったまま。

「なぁ、俺のこと好きなんだろ? 俺の足をこんだけ痺れさせてんだから言えよな」

 あいつの頭の重みの所為で俺の足の感覚は無くなっていた。

「……ううう……んはぅ…………すぅ……」

 俺が鼻を放すと、ウィニエルは静かに寝息を立て始める。

「……だから、無防備に寝るなって……襲うぞこら…………っつ……!?」

 俺の言葉があいつに届いたのかあいつの手が俺の痺れた足に触れ、俺は悶絶した。

「っっ……ぐあっ……くっそ! ……お前……嘘吐いた上に狸寝入りしてんじゃねえだろうな……」

 俺は声にならない声をやっと出して、あいつの寝顔を覗く。

「……んん……グリフィ……ン……むにゃむにゃ……」

 満足したような顔で俺の手を大事そうに自分の頬に宛てたまま幸せそうに眠ってやがる。

 不本意な形ではあるが、今晩はこいつと一晩中一緒みたいだ。
 何せ、起こす時間を言われてないからな、起こす気はさらさらない。

 けど俺、昼間寝たんだよな。
 全く眠くないんだけど。

 まぁ、こいつの寝顔でも見てようか。

 でもなぁ……。
 これから夜が明けるまでの時間をこいつとこのまま居ると思うとな……、


 正直、すごーーーーく辛いんだって!!


 俺は、

「……はぁ……」

 小さくため息を吐いた。

 明日、もう俺の所で寝るのは止めてくれって言おうかな……。
 でも言えない気がする。

「……しょこらでも食って時間を潰すか」

 とりあえず、俺はあいつが眠ってる間に全てのショコラを平らげることにしたんだ。
 そういや、さっき香ったあいつの髪、この匂いに似てる。

「……一日中作ってたんか……馬鹿だな……はは……」

 俺の乾いた笑いが静まり返った部屋に響いた。

「……起きたら理由ちゃんと聞かせてくれよな」

 俺はウィニエルの額の髪の生え際辺りを優しく撫でてやる。

「……すぅ……」

 ウィニエルは目を開けることなく目元と口元を緩め、ふわりと笑った。

「…………」

 俺はあいつの顔を見て、ほんの少し胸中は複雑なまま、釣られて口元を緩める。

 俺って……我慢強いと思うよ。
 本当に。

「……はぁ……」

 小さなため息が白く宙を舞った。

前へ

Favorite Dear Menu

後書き

無理やり書いたバレンタイン企画SS

ええと……途中割愛されてますが(笑)
グリフィンの前半の涙は悔し涙で、後半の涙は安堵の涙です。
涙もろ~い男の人って好き♪ でも泣き虫はちょっと……。

ちなみに、ウィニエルが言ってたナーサが先輩っていうのは、女としての先輩って意味です。後日キスの仕方教わることになるし。
でももうキスしちゃってるもんな……フゥ。
んで、リュドラルは何気に竜の酒を貸し渋ってます(笑)かなり交渉に時間が掛かったもよお。バレンタインデーのことは実は裏でミカエル様が糸を引いているとかいないとか。
あの方ウィニエルのこと大好きなので平気で間違った知識を与えます。

で、続きを書こうと思ったんですけど、長くなりそうなのでやっぱり割愛。

Favorite Dear Menu