前書き
「微笑んで、オヤスミ」の三ケ月後くらい。イダヴェルと初めて会うちょっと前辺り。依頼の報酬をウィニエルに要求するグリフィン。欲しいのはおま……とか何とか。グリフィンの片思い(?)話。ウィニエルにわかってもらえない気持ちをツラツラと。……で、わかってないのはどっちなんでしょうね。ちょっとえっち臭いニュアンスはありますが、キスさえしていません。
あいつの依頼の一つがまた終わった。 俺は今宿を取ってゆっくりと身体を休めている。 あいつに会いたいなー……なんて思ってると、 あ。 もうすぐあいつがやって来る。 ……気がする。 外に居る時は俺が驚かないように静かに声を掛ける。 たまに機嫌がいい時は思いっきり俺を驚かして笑って見せたりもするが、驚いた俺に頭を小突かれるからそれはたまにだ。 で、 こうして部屋を取っている時はご丁寧に部屋をノックして。 コンコン。 木のドアが軽快な音を立てる。 ドアのノック音であいつの機嫌が最近わかるようになってきた。 いつもノックは二回。 乱暴に音を大きく立てる時は大抵急いでいる時か機嫌が悪い時だ。 怒っているとひつこく何度も拳を打ち付ける。 一回目と二回目の間があると、少し落ち込んでいるか、俺の様子を伺っている。 軽快なノックは機嫌がいい。 あいつは予定通りにことが運ぶと満足するらしい。 今回みたいに依頼された事件が無事解決し、大した怪我もなく、俺の強さも上がるとあいつの機嫌はすこぶる良い。 予定通り行かなくても怒りはしないが、少し落ち込む。 予定通りの人生なんてつまんねぇよなぁ……と思ったけど、それは言わないことにした。 言えばあいつはだんまりを決め込んで悩み始める。 しかも俺の真ん前で長時間。 そもそもあいつは天使だから“人生”とも言わねぇだろうし、天使の寿命は永いらしい。 そんなに永い間生きるならもっと余裕を持ちゃあいいのにあいつは変な所が細かい。 憶えて欲しいことを憶えないで余計なことは覚えてやがる。 まぁ、あいつが完璧になっちまうと俺の役目も終わっちまうしな。 そうなったらそうなったで何かつまんねぇし……。 ……まぁ、それは今はいいか。 とりあえず、今日はあいつ機嫌がいいみたいだ。 それを耳で確認した俺はドアを開け、真夜中の訪問者を部屋へ招き入れる。 「こんばんは、グリフィン」 「……おう」 ウィニエルの柔らかな笑顔に釣られて俺もつい、微笑み返してしまう。 「……まぁ、ゆっくりしてけよ」 俺がそう告げると、あいつは軽く一礼して、部屋の中へと入る。 「事件の解決ありがとうございました。これからも宜しくお願いしますね」 俺がベッドに腰掛けると、ウィニエルが頭を深々と下げる。 こいつはいつも変な所が礼儀正しい。 「…………」 俺は答えなかった。 ウィニエルはなんていうか、独特な女だ。 例えば道で迷った時、俺が右だと言っても、自分が左だと思えば左だと言う。 そして、別の日に同じ場所で右だと言うと、今度は右だと言う。 例え話だから空から見ればわかる……というのはここでは置いておく。 良く言えば柔軟だが、悪く言うと気分屋だな。 基本は優しいが、時に可愛い顔で悪魔を演じやがる。 掴めそうで掴めない性格。 それに振り回されてる俺。 飽きることが無いから毎日が退屈しない。 ただ、たまにもどかしくなる。 こいつはどうにも俺の思い通りにはなってくれないから。 「グリフィン? ……どうかしたんですか?」 ウィニエルが俺の足元の床に三つ指をついて正座をし、首を傾げて俺を見上げる。 「……別に?」 俺はあいつと視線を交わし、すぐに目を逸らした。 ここからだと、あいつの胸元が丸見えだった。 お前は俺を舐めてんのか!? どう見たって挑発してるようにしか思えない。 その上、 「そうですか? じゃあ、熱でもあるんでしょうか……?」 あいつは突然膝を立てて俺の顔を自分の方へ引き寄せ、俺の額に自分の額を当てる。 これじゃあ、目線を逸らすのは無理だ。 逃げようがない。 目線を下に逸らせば毒だし、目を合わすのも何だか気まずい。 どっちにしたって、あいつの瞳や唇、滑らかな肌が俺を誘ってるようにしか思えなくなって来る。 あいつの表情が俺の目の前でころころ変わる。 こんな間近にあいつを感じられるのは喜ばしいことだが……、 あいつは俺がどんな思いでこの場を耐えてるなんてこと知りもしない。 「うう~ん……熱は無いみたいですよ? でも顔赤いですね。風邪の前触れかも知れませんね。今日はもう休んでは?」 んなことはいいから、俺から今すぐ離れろ。 でないと襲うぞ。 ……こんな時はつい、悪戯をしたくなる。 「……報酬は?」 「……え? 報酬ですか?」 俺があいつの目を真っ直ぐに見つめて告げると、あいつは目を丸くした。 「勇者を引き受けるとき儲かるって言ったよな? 当然褒美があるんだろ? 今回は貰ってねぇぜ?」 ちょっと、卑怯な物言いかも知れない。 あいつは俺の装備品やらをこまめによこす。 それが褒美とも取れるはずなのに、俺は別のものを要求してる。 けど、あいつは俺の要求を断ったりはしない。 俺が天使の勇者である限り、天使は勇者が望んだことを拒んだり出来ない……はずだ。 でなきゃ俺が勇者を降りるって脅すまで。 「……また……ですか? 儲かるなんて一言も言わなかったと思いますけど……」 ウィニエルは不服そうに俺から離れて、再び正座しながら告げた。 そう、この文句は何度か使ってる。 こうでも言わなきゃ我慢している俺が可哀想だろ? 「……グリフィンには頑張って貰ってますし……しょうがないですね。前回は竜の酒でしたっけ……今回は何が欲しいんですか?」 ほら、な。 別に欲しいものなんか無い。 お前以外は。 「お前……」 「えっ!? そ、それは……」 ついうっかり口が滑っていた。 驚いたウィニエルが口元に手を添え息を呑む。 「……の首に付けてるそのネックレス」 俺は慌てていたが、平静を装ってあいつの首に掛かっているトップが小さな一粒の白いパールのネックレスを指差した。 「え……あ、これですか? 別に構いませんけど……これは別に高価なものではありませんよ?」 ウィニエルは安堵したのかパールに触れて、俺を見つめ返した。 少し、顔が赤い。 俺の言葉が理解出来ていたということか。 大概そういうことに疎いのに、時に鋭いのには困る。 特にこっちがそれを逸らそうとしている時に限ってあいつは気付く。 なら、もうちょっと早く気付けよ、そしたらお互い良い雰囲気ってもんにもなるだろうに……ってそのほんのり赤くなった柔らかそうな頬に噛み付きたくなる。 「お前の大事なものなのか?」 大事なものなら貰うわけにはいかない。 だって、俺が本当に欲しいのはそんな物じゃなく、お前だ。 お前が持ってるものなんかじゃ全然足りない。 「いえ……別に……ただ、昔から肌身離さず付けてたものなので……」 「……それって大事なものだろが」 俺は眉間に皺を寄せ、首を傾げた。 あいつの言動は時折こんな感じにおかしい。 「……あ、そっか、そうですね。でも、いいですよ。 ……ちょっと待って下さいね、今外しますから」 ウィニエルは首に手を回し、ネックレスを外そうとする。 「いや……いい、大事なもんなら貰うわけにはいかねぇよ」 「グリフィン、取って貰えますか? 後ろよく見えなくて」 「……人の話を聞け」 っつか、後ろは見えないだろ、普通。 「え? 何ですか? ほら、取って下さいよー……」 ウィニエルは俺の言い分など完全に無視して、俺に背を向け長い髪を掻き分ける。 あいつの髪の香りがほのかに香って来る。 花のような、甘い果実のような気を抜くと酔ってしまいそうな、そんな誘惑の香りだった。 「……へいへい」 俺は静かにあいつの項へ手を滑らせた。 後れ毛からもあの香りが俺の鼻を擽る。 俺は理性を失わないように素早くネックレスを外した。 「ほらよ」 「ありがとうございます。じゃーはい、どうぞ」 俺がネックレスを外してあいつの手の平に載せると、ウィニエルは細いチェーンを両手で摘んでその形がよくわかるよう俺に差し出した。 「だから、大事なものなら要らねぇって」 「……男に二言は無いとか……」 ウィニエルが訝しい顔でこちらを伺う。 「はぁ?」 俺もつい、眉を顰めてあいつを睨みつけてしまった。 「一度口にしたことは元には戻せませんよ。グリフィン」 あいつは「さぁ、どうぞ」、そう言わんばかりにネックレスを俺に近づけて来る。 「何言ってんだか……」 「いいから、ほら、貰って下さい」 男に二言は無いというわけのわからない文句を盾に貰うわけにはいかねぇだろ。 「……じゃあ、お前は俺がお前を欲しいって言ったらくれんのか?」 「へ?」 不意をつかれたようにウィニエルがネックレスを俺に差し出したままの形で固まる。 「……あ、いや、例えばの話だ……、いや、やっぱり何でもない。今の無し」 俺も我に返って口元を手で覆った。無意識に言葉が口をついて出ていた。 ……俺は何てことを口走ったんだ!? 今言ったこと、拾い集めてバラバラにして、散り散りの粉々にしてやりたい。 地中深く埋めて、封印してやりたい。 俺は床に目線を落とした。 目の前のあいつの顔が見れない。 怖すぎる。 「…………」 あいつは何も言えないでいる。 「…………」 俺も何も言えずに無言でいる。 あいつを直視することも出来ないまま、動けないまま。 「……」 互いの間にものすんごーく気まずーい空気が流れているのがわかった。 無言の時間っつーのはどうしてこんなに長く感じるんだろうか。 この場合俺が沈黙を壊した方がいいんだよ……なぁ? 「……」 けど言えない俺。 そして、言えないウィニエル。
to be continued…