ウラハラ①

前書き

ゲーム内荒れるロクス辺り。ウィニエルを拒否したロクスは苛々が頂点に達して暴言を吐いたり、我侭を言ったり……。なんだか纏まりの無いお話しになってしまいました(汗)

「ウィニエル、居るんだろう?」

 僕は今、バレーゼ地方のイリュウスの宿屋に居る。
 数日前からずっとこの街に留まっている。

 数日前、副教皇や大司教達の話を立ち聞きした僕はその晩酒場で荒れた。
 天使ウィニエルは僕をなぐさめようと薄っぺらな言葉を並べ立てる。
 彼女の声は優しく、いつでも心地良く聞えて気に入ってたがあの時の彼女の台詞は一言一言が偽善で鬱陶しくて。
 あの声でも聞きたくない言葉っていうのがあるんだと初めて気づいた。

 僕の周りの奴等は皆僕に指図ばかりする。
 僕がどう思おうと、あいつ等には関係ないんだ。

 ウィニエルだってそうだ。

 勇者になれ、あの街へ行け、事件を解決しろ、助けてやってくれ、

 もううんざりだった。

 ある日突然目の前に現れ僕に勇者になれと告げ、それ以来いつも同じ表情の何を考えているのかわからない天使。
 僕は日頃の憂さ晴らし半分と、彼女のその中々崩れない表情を崩してやりたいという興味本位半分で勇者をやることにした。
 始めは勇者というものが何なのかよく理解出来なかったが、彼女といると退屈しなかったし、最近はその彼女も随分と笑うようになってきた。
 たまに怒ることもある。
 いつの間にか僕は彼女のコロコロ変わる表情を見るのが楽しくて仕方なくなってた。
 それに彼女が同行していると何となく安心できたんだ。

 いい感じだった……と思う。
 僕と彼女の関係は頗る良好で、信頼関係が随分築けたと思っていた。

 そう、思っていたんだ。

 彼女が僕をあんな安い言葉でなぐさめるまでは。
 言葉が安っぽい分、何を言われたかまでは憶えていないが。

 憶えているのはただ、言葉はともかく、その声までも心地いいと感じたことだけ。その後すぐに苛ついて、僕は今までの鬱憤を吐き出すように彼女に『もう顔を見せるな!』と告げた。
 言い過ぎたとすぐわかったが、口をついて出た言葉はもう取り返すことは出来なくて。

 いや、言い直す隙も与えては貰えなかった。

『……そうですか……』

 彼女は物分りがいいのか頷いて素直に帰って行ったんだ。
 初めて会った頃の柔和な顔で僕のことなどどうでもいいかのように顔色一つ変えずに。

 だから言い直すことは出来なかった。
 むしろ、それで良かったと思った。彼女のその態度が更に僕を逆上させたのだから。

 全く頭に来る。

 彼女は僕が居なくても他の勇者が居るから構わないとでもいうのか。

 そういえば、一週間前、妖精を使って呼び出したら終始浮かない顔をしていた。
 問い詰めたら他の勇者が気になるとか、どうとか言っていたっけ。
 僕の所に来ているのに他の勇者の話をするなんて、本当に頭に来る天使だ。
 しかもその勇者は男だと言ってた。

 ああ、苛々する。

 何でかわからんが、とにかく腹が立つ。
 その男勇者も、ウィニエルも。

 ムカつく。

 思えばその頃から僕は苛々していたのかもしれない。
 僕は彼女からそれを聞いて直ぐ『帰れ!』って怒鳴ってやった。
 彼女は謝っていたが僕は許してやらなかった。

 だって彼女は僕が呼び出した時『嬉しい』とか言ってたんだぞ?
 矛盾してるじゃないか。

 何かを期待してたわけじゃない。
 けど、僕は男で彼女は天使だが女だ。

 彼女は美人だし、僕はそれなりに気に入ってもいたわけだからその発言が社交辞令であっても僕は素直に嬉しいと感じてた。
 なのに、僕の前で彼女は他の勇者のことを考え続けた。

 嫌なら来なければいいだろ?
 無理に僕に付き合う必要はない。
 感謝の言葉も、おべっかも僕は嫌いなんだ。

 それが不満となって苛立ちが募るきっかけとなったんだと思う。
 加えて元々反感を持ってた副教皇の奴等の勝手な言い分とやらも聞き飽きて、積もり積もった鬱憤があの日に全部爆発した。

 後悔してる。

「ウィニエル、居るんだろう?」

 彼女を拒否して数日後。
 僕はもう一度彼女の名を呼んだ。
 彼女の気配はない。

 でも何故か呼ばずにいられなくて。

 彼女を拒否したのは僕だ。

 何もかもどうでもいいと思っていたのに、あれから僕は彼女のことばかり考えている。教皇達の言っていたことが気にならないわけじゃない。
 盗まれた魔石をどうにかして取り返さなければならないことはわかってる。

 けど、頭の中は何だ?
 さっきから彼女のことばかり考えてるじゃないか。

「……くそ……何だよ……」

 僕は窓の縁に片膝を立てて腰掛け、拳を握り、それを立てた膝に強く叩き付けた。
 鈍い痛みがそこから小波のように全身へ伝わる。

 こんな場所でちんたらしてる場合じゃないってのに。
 ここに留まってるなんてまるで彼女を待ってるみたいじゃないか。

 けど、足がどこにも向かないんだ。
 奴を捜さなくちゃならないのに二の足を踏んだまま動けないんだ。

 可笑しいだろ?ウィニエル。

 君を拒否しておいて、僕は今君に会いたいなんて思ってるんだぜ?

 思えば君はいつでも僕の傍に居てくれた。
 女、夜遊び、賭博。
 元々やっていたことだが、君と出会ってからは、僕の愚行その全てを君に見せたくてやっていた節がある。
 始めのうちは棘々しかったと思う。
 けど次第にそれすらも君の表情と引き替えにしたくて、君は厭きれた顔を時にしながら怒ったりせずに傍にいてくれた。
 勇者の傍に居るのが天使の務めだとわかっていたつもりだが、君が居ない日々というのはこんなにも退屈で長く感じるものなんだな……。

 それに気付いた自分に腹が立つ。

「……ああ、もう……会いたいんだって! ウィニエル!!」

 僕はもう一度自分の膝に拳を打ち付けた。

 どうやら僕の負けらしい。
 僕は今、彼女に会いたくてしょうがない。

 何でだとか、そんなこと知るか。

 ただ、会いたいんだよ。

 こないだのことは僕が悪かったって何度だって謝ってやるよ。
 天使サマの言うことが正しかったって彼女が望むだけ頭を下げてやる。

 だから、来てくれよ。


 ――君が居ないと、退屈なんだよ。


 僕は頭を両手で抱え込んで蹲った。


◇


 数時間後。

 あれから何時間か経ったが、彼女は一向にやって来ない。

「くそ……ウィニエルのバカやろう……何で来ないんだよ……」

 僕は気が付くと胸元を何度も掻いていた。

 歯痒くて。

 だが、この胸の歯痒さは自らの手でいくら胸元を掻き毟っても消えることはなかった。

「……僕が悪かったのか……? ……はっ、まさか!」

 僕は何度も首を激しく横に振った。

 僕は悪くない。
 悪いのはあの天使だ。
 全部あいつの所為だ。

「ウィニエル……憶えてろよ……」

 僕はそう呟いて膝を抱えて蹲って一晩明かす。
 結局その日、ウィニエルが現れることは無かった。


◇


 次の日、頼んでもないのに陽の光が否応無しに僕の身体を照らし、髪の間から僅かに晒されている首筋に仄かな陽の温かさが伝わってくる。

 こんな温もりが欲しいわけじゃない。
 僕が求めてるのはこんな万人に向けた温もりなんかじゃない。

 陽の光にまで腹を立てることもないが、僕は顔を上げなかった。
 いや、思考とは裏腹に陽の光は思いのほか心地良かったんだ。苛立っていた気持ちもやっと落ち着いてきた。

 昨晩は待てども待てども一向にやってこない天使が気になって、目を瞑ったはいいが、眠りについたのは夜明け近く。

 やっと寝れたんだ、まだ起きたくない。


 だが、僕は強制的に起こされることになる。

「ロクス……」

 そう、このたった一言で、僕は目を覚まさなくてはならなくなる。

 目覚めは最悪だった。

「……ロクス」

 聞きたかった声が昨晩から蹲る僕の頭上から降ってくる。

「んん……」

 僕は訝しい顔で頭を上げる。

「…………」

 僕に声を掛けた主は黙って僕と目を合わせた。

「……ああ……君か…………」

 僕は目を合わせた人物をよく知っていた。

「…………私を呼びましたか?」

 昨日寝ずに待っていた女が目の前に居る。

 純白の翼を持つ天使ウィニエルが目の前に居る。

 ほんの少し眉を顰めて、頬を僅かに膨らまして。

 彼女のこんな顔、初めて見た気がする。

 けれどこの時の僕は寝惚けていて彼女の表情の変化を見落としてしまっていた。

「……ああ、呼んだ。ウィニエル……遅かったな」

 僕は目を細めて彼女に声を掛ける。

「…………」

 ウィニエルは黙ったまま僕の前に突っ立っていた。
 そして、僕の目を逸らさずに見ている。

「……何だよ?」

 僕は彼女を睨みつけるように下から顔を覗きこんだ。

to be continued…

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