ウラハラ②

「…………用が無ければ帰ります」

 ウィニエルは無表情でふぃっと、顔を背け僕から遠ざかる。

「何だよ、ウィニエル。こっち来いよ」

 彼女の冷たい態度に僕は苛っとした。

「……嫌です」

 ウィニエルは首を横に振る。

「…………怒ってる……のか?」
「いいえ」

 僕が聞くと、間髪入れずに彼女は答えた。

 どうやら彼女は怒っているらしい。
 怒ってるのはこっちだというのに。

 だが、彼女が怒るなんて珍しいこともあるもんだよな。
 ……と、ふと思った。

 僕の頭がやっとはっきりしてきたようだ。

 あのウィニエルが怒ってる?
 ははっ。
 まさか。

 ……本当に?

「くっ、くくっ」

 僕は思わず噴出してしまった。

「…………」

 僕が噴出して笑うのを見て、彼女は口をへの字にしてこちらを見ている。

「くくくっ」

 彼女の様子に僕は拳を握って人差し指辺りを鼻先へ宛て、尚も笑った。

 ……何だ?
 この喜びに似た感情は?
 彼女が怒ったことがこんなにも嬉しいのか、僕は。

 彼女の膨れっ面を見たのはこれが初めてだ。

「……私、帰ります」

 ウィニエルは今度は目に涙を溜めて頬を僅かに膨らました。

「ま、待てよ」
「……私の顔なんてもう見たくないのでしょう?」

 僕の制止の言葉に彼女は涙を抑えるように微笑んだ。

 彼女との距離は縮まらない。
 このままだと、ウィニエルは帰ってしまってもう二度と来ないだろう。
 せっかく、楽しくなってきたというのに。

 なら、謝ってやろうか?

 とりあえず、謝ってこの場だけでも取り繕えれば、それでいい。

 いや、実際に巧く行くかはわからないが、彼女を罠に掛けてやりたい。
 僕に嫌な思いをさせたツケを払って貰おうじゃないか。
 それで、今までのことはチャラにしてやってもいい。

「……謝りたいんだ……こないだのこと……だからこっちに来てくれないか?」

 僕は彼女のことを良く知ってるつもりだ。
 くそ真面目な天使様はこっちが謙虚でいれば警戒を解いてやってくる。

「…………」

 ウィニエルは黙って足を一歩だけ踏み出して止めた。

「……ごめん……反省してる……」

 僕は彼女の瞳を見つめる。
 睨みつけるわけでもなく、優しく、見つめる。

「…………わかりました」

 ほら、彼女はそう言うと思った。

「……あのとき僕は君に酷いことを言ってしまった……。どうかしていたんだ……僕を許してくれないか……ウィニエル」

 そして、ウィニエルが僕の傍へとやって来る。
 僕も立ち上がって、彼女が傍へ来たのを見計らって……。

「きゃっ……!? ロクスっ!?」

 僕は彼女の腕をとり、テーブルの上に押さえ付けた。

「……な、何をするんですかっ!?」

 流石に驚いたのか、彼女は目を丸くして僕と視線を交える。

「……さぁね。僕はこうされて喜ぶご婦人方を何人も知ってる。君はどうだ?」

 僕は彼女が抵抗しても僕から逃れられないように体重を掛けてやった。

 さぁ、どうする、ウィニエル?
 君も他の女達と同じように喜んで抵抗するのか?

 ……と思ったのも束の間。
 
「…………」

 彼女は黙って僕の目を見ているだけで全く抵抗しなかった。
 僕に押さえ込まれた腕にも身体にも全く力が入っていないようだった。
 睨むわけでも、涙を浮かべるでもなく、ただ僕の目を見ている。

「…………。なぜ、抵抗しない?」
 
 本当ならここで、『いやっ! やめてっ!!』とか、『お願いっ……やめて……』とか泣き言が入るはずなのに……。
 
「あなたは本当にそんなことをする人なのですか?」

 ウィニエルが先程と変わらぬ表情で告げる。

「…………」

 僕は彼女の瞳から目を逸らせず息を飲み込んだ。
 唾が喉の奥へ音を立てて流れていく。

「…………」
 ウィニエルは今度は無言で僕を見上げながら微笑んだ。

『私はロクスを信じています』

 とでも言わんとする瞳だ。目で語るんだ、この女は。

 ……全く、

 全く、

 ウィニエル君って奴はどうしてこうも僕を苛立たせるかなー!?

 その上、言うんだろう?
 僕が何も出来ないように、止めを刺すんだろう?

「私は勇者としてのあなたを信頼しています」

 ウィニエルは真っ直ぐに僕を見つめたままその美しい声を紡いだ。

 ほら、な。

「君は……信用や信頼だなんて無神経な関係をよく軽々しく口に出来るな……。そんな言葉僕は嫌いだ……」

 僕は彼女の瞳から逃れるように顔を背けた。

「ロクス…………」

 ウィニエルの優しい声が僕の片耳奥から身体中へ響いていく。
 彼女はそれ以上何も言わず、抵抗もしないままだ。

「…………」

 僕も何も言えなくて、そのままの状態でしばらく時が流れる。

 五分……いや、それ以上かもしれない。
 随分と長く感じた。

「…………ロクス、私の方を向いて下さい」

 長い沈黙の後、静寂を破ったのはウィニエルだった。

「…………」

 僕は黙り込んだまま、ゆっくりとウィニエルの顔を見る。
 彼女は相変わらず柔和に微笑んでいた。

「…………ロクス、私はあなたを信じています」
「……ふん……何とでも……」

 ウィニエルが一瞬だけ、僕が抑えた腕辺りを見て、僕に目線を戻したのを僕は見逃さなかった。多分、痛いのだと思う。
 強く押さえ付けたまま随分時間が経ってしまった。

「……っ……いい加減、抵抗すればいいだろう?」

 僕は彼女の腕を放してやった。

「? ……ロクス……?」

 彼女は僕から解放されてもそのままの姿で僕を見上げている。
 僕が押さえ付けていた彼女の白い細腕には赤く僕の手の痕がくっきりと浮かんでいた。

「…………つまらない女だな、君は」

 僕は彼女の腕を引いて、彼女の身体を起こしてやった。

「いっ……」

 ウィニエルは一瞬だけ苦痛の表情を浮かべたが、身体を起こすと腕を隠すように後ろに手を組んで、僕から見えないように翼で覆ってしまった。

「……もう、出て行ってくれ……ウィニエル」

 罪悪感。

 彼女は僕に気を遣わせまいと腕を隠した。
 僕が気付いていることをわかっている上で。

 けど、僕にはそれを「治させてくれ」と言える言葉を今は持ち合わせていない。

 今日このまま一緒に居たら、僕は言葉でも行動でも彼女を傷付けてしまいそうだ。
 そして、それすらも彼女は許してくれるだろう。

 そしたら、僕は罪悪感に苛まれる。

 今は一刻も早く一人になりたい。
 一人で考えたいんだ。
 君を罠に掛けようとしたなどあさはかだった。
 本当に反省してる。
 けど、今は駄目だ。
 考えが纏まらない。
 想ってる事とは裏腹に違う言葉と行動が出てくる。

 一日でいい。

 そして、もし、もう二度と現れてくれないならそれでもいい。

 君から今、逃れられるなら。

 君に与える傷は出来るだけ浅い方がいい。

「…………」

 僕はそれ以上何も言わずに黙り込んで俯いて椅子に座った。

 出来れば、また、来てくれたら。

 口には出せないが僕はそれを切望してる。

「…………また、来ます」

 ウィニエルの息が微かに僕の髪に触れる。

「……っ……ウィニエルっ!!」

 僕はすぐさま顔を上げて、彼女の腕を引こうと思った。

 けれど、

「…………っ……」

 ウィニエルの姿はもうなかった。

 ただ純白の小さな羽根が一片、宙を舞っている。

『また、来ます』

 羽根はそう告げながらゆっくりと僕の膝に静かに降りた。

「…………ああ、またな……」

 僕はそれまでの苛立ちも何もかもを忘れ、残された小さな羽根に知らず知らずの内に笑みを浮かべていた。

 また、な。

 彼女が帰ってくれて僕は心底安堵した。
 次会った時はいつもの僕に戻っているだろう。
 そして、彼女もいつも通りだ。

 いつもの僕に、いつもの彼女。

「…………違う……何かが違う気がする」

 僕は首を横に振るう。

 僕の中に何かが生まれようとしている気がした。

 次に彼女に会ったらそれが何かわかるかもしれないし、
 まだわからないかもしれない。
 けど、もうこれ以上彼女を困らせるようなことは止めようと思う。

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後書き

……何だか収拾ついてませんが?(汗)恋愛前って感じでしょうか。
ビミョウライン。

ゲーム中の台詞等々+アレンジ~な感じです。このお話を書く為にゲームやり直しました、な割りにオリジ要素多すぎかも?
ロクスの性格まだよく掴めてなくって……。ロクスFANの方すみません……。
ロクス好きです。

続き物ではありませんが、書く機会があったらまた書いてみたいと思います~

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