「あの……ウィニエル様、もう一つお伝えしたいことが……」 ローザが口を濁す。 インフォスの時は彼女を働かせ過ぎて休みが欲しいと口を濁されたことが度々あったけれど、アルカヤではちゃんと休みを取らせており、こんな風に口を濁されたのは久しぶりだった。 それに、あの時の口の濁し方と違うような気がする。 「……どうしたの? 何かあったの?」 私は今考えている思考をとりあえず止めて、ローザの声に耳を傾けた。 「……言おうか迷いましたが、勇者様が面会したいとおっしゃっています。どうされますか?」 面会したい勇者って……? 瞬時に誰かわかったような気がした。 あれから地上界では数日経っているはず、もしかしたら彼は誰かに聞いたかもしれない。 「……それが……フェイン様なのですが……」 ローザは躊躇いながら教えてくれる。 「……やっぱり……」 私は床へと視線を落とした。 ローザもそれ以上は黙り込んでしまった。 彼女は私のことを理解してくれているのだ。 私の気持ちを知っている。 だからそれ以上言わないでいてくれる。 今すぐにでも飛んで行きたい。 会いたい。 傷ついた彼を慰めたい。 でも出来ない。 今の私にそれは出来ない。 ローザは言わないけど、きっとセレニスさんのことを聞きたいのだと思う。 彼は私の口からそれを言わせようとしている。 「……ウィニエル様、私はお会いしない方がいいと思います。けれど、あなたは会わなくてはいけません」 ローザの言葉が胸に刺さる。 私は彼に真実を伝えなければいけない。 アイリーンから彼に伝えてもらうのを待っているのはあまりに卑怯で、それでは彼女が可哀想だ。 でも彼に会ってしまったら、私の想いが彼に負担を掛けてしまう。 私の慰めの言葉など、彼の耳には届かないのに。 それでも私はそれで構わないと無条件に思ってしまう。 もし、彼が私を必要としないのであれば、それでもいい。 拒絶されたらそれでもいい。 会うだけ会って、真実は彼に返してあげよう。 あなたを生かせたのは私。 あなたの望みを叶えなかったのは私。 だって、私はあなたを愛してしまっているのだから。 愛する人を死なせるなんてこと、私には出来ない。 怒って、 私を叱って、 奥さんを忘れられないならそのまま私を憎めばいい。 一生憎み続けて。 愛妻を殺させた天使なんて、憎しみでしか見れないでしょう? どんな痛みもあなたから与えられる痛みなら耐えてみせる。 「……会いに行くわ……それが私の務めだもの」 私は心を決めた。 彼に真実を伝えよう。 それがセレニスさんへの弔いにもなる。 ◇ 『帝国の魔女セレニスは勇者アイリーンによって倒されました……』 「……な……」 私が現れてそう告げた時の彼の顔。全ての終わりを見たその顔。 落胆して、言葉も出ない。 でも私は、 でも私は、 久しぶりに彼の顔を見て、嬉しいと思ってしまった。 無表情を取り繕って平静を装って、何て悪い女なのだろう。 「……帰ってくれ……今は一人になりたい……」 彼が私を拒絶する。 それでも私は彼に気付かれないように彼の後について行く。 彼の足があの場所へ向かっていることはすぐにわかった。 もうそこに彼女は居ないのよ。 もう彼女には会えないのよ。 それでもあなたは行くのね。 それなら私は道中あなたが怪我や身体を壊さないよう祝福しましょう。 早くその場所に着くよう祝福しましょう。 私はあなたに恋してる。 決して叶わない恋。 恋は盲目というでしょう? これがまさにそうだと思うわ。 あなたに死を選ばせたりなんかしない。 絶対、死なせないわ。 「……ウィニエル……ついて来てたのか……」 突然彼が振り返る。 彼の後ろには崩れた魔石の塔跡が広がっていた。 「こんにちは、フェイン」 どうして気付いたの? 彼の前に姿を現した私は彼に問いたくてしょうがなかった。 でも、聞けない。 私に出来るのは平静を装うことだけ。 多少声が上擦ってもいつも通りの訪問の挨拶を。 「今は一人にしてくれ……」 再びの拒絶。 私が慰めの言葉を掛けても、それは決して変わることは無い。 「……フェイン……」 それでも、あなたを一人にしてはおけないの……。 ううん、私が一人になりたくないだけかもしれない……。 ごめんね……フェイン。 私はあなたが大好き。 「……セレニス……」 寒空の中彼はしばらく崩れた魔石の塔跡を眺めていた。 私は彼に悟られないよう姿を消して彼のすぐ傍に居た。 彼の背に凭れ掛かって、彼が風邪をひきませんように、姿を消している私の体温が届くはずも無いけれど、セレニスさんの愛しい旦那様が風邪をひかないように。 伝わらなくてもいい。 彼が生きてさえいてくれればそれで私は満足。 セレニスさんもそう思うでしょう? 大切な人には元気でいて欲しい。 でも……彼の背中にこうして凭れ掛かっているとどうしても罪悪感を感じてしまう。 セレニスさん、ごめんなさい。 私はあなたの旦那様を愛してしまいました。 それと同時に彼の背に安らぎも感じる。 フェイン、あなたが大好き。 私はあなたが立ち直ってくれることを信じてる。 だから今は哀しんで、彼女を想ってあげて。 私を憎むならそれでもいいわ。 「…………」 彼はしばらくその場に立ち尽くしていた。 そして、黄昏と共に街へと戻る。 私はずっと彼についていた。 彼はきっとそんなこと知らない。 その間彼を祝福していたなんて、きっと知らないし、知らなくていい。 その日は彼が宿を取った所を見届けて、私は一旦自分の部屋へと帰った。 次の日、 ローザが止めるのを振り切って、私は彼の元を訪ねようとした。 『彼のことが気になって仕方が無いの』 ローザは始め怪訝な顔をしていた。 でも最後には笑顔で送り出してくれる。 「いつでも私はウィニエル様の味方です」 彼女の笑顔が嬉しかった。 こんなに理解してくれる友はきっと彼女だけだ。 間違っていることでも私を信じていてくれる。絶大なる理想の信頼関係。 私は彼女にお礼を言って、彼の元へと出向いた。 「……ウィニエル……」 彼は昼間だというのに宿屋に部屋を借りたまま、カーテンを締め切り薄暗い部屋で物思いに耽っていた。 そして、私が来たことにしばらく経ってから気付く。 「こんにちは、フェイン」 フェインは酷く傷ついた顔をしていた。 後悔の顔、世界に混乱を招いたのは自分で、セレニスさんへの償いも出来なかった。 だから私は、なるべく明るく彼に声を掛けた。 「……一人にしてくれと言っているだろう……?」 これで三度目の拒絶。 一人になりたい? そんなことわかってるわ。 けれどあなたを一人にしておけないの。 私は彼に気付かれないよう彼の傍に一日中付き添っていた。 日が暮れて、彼がカーテンを開くと辺りは闇夜に包まれ、寒い地方だからか空気が澄んでいて無数の星々が空を彩っているのがよく見えた。 彼は窓際に座り、小さく息を吐く。 吐いた息が窓を白く曇らせる。 白く曇った窓からぼんやりと月明かりが彼を照らす。 銀の髪がその光に照らされて小さく反射する。 私はその光景を綺麗だと思ったの。 物憂げな彼が綺麗だと。 でも、どうか彼が立ち直りますように。 こんな彼を見るのはもう嫌。 私の好きなのは、もっとも好きなのは彼の笑顔。 太陽に照らされて眩しく光る銀の髪に琥珀の瞳。 私の問いに快く応えてくれる時のあの顔。 あの顔がいい。
to be continued…