贖いの翼 第三話:痛み④ ウィニエルside

「……フェイン……」

 私はつい声を掛けてしまう。

 どうか、あなたに笑顔が戻りますように。

「……ウィニエルか……」

 彼は私をほんの一瞬だけ見て、すぐに目を私から逸らした。

 どこを見ているの?
 あなたは一体何を見ているの?

 私は彼から目を逸らさなかった。
 今目を逸らせば彼を救うことは出来ない。

 そう直感したから。

「君がいなければ……俺は彼女と死ねた……」

 彼が後悔の念を口にしている。
 セレニスさんと一緒に死にたかった。

 でもそれが出来なかった。

 そんな哀しいこと言わないで。
 そんな風に自分を責めないで。

 私は彼の言葉を身を裂かれる思いで聞いていた。

「…………死を選ぶことだけが救いだという考えが本心ではないことを信じています」

 そう、私は彼を信じている。

 あなたは強い人、私が惹かれる程に強い人。
 きっと立ち直ってくれると信じてる。
 だから私も天使としてあなたに強くなろう。
 あなたに悟られないように天使の務めを果たしましょう。

 そうすればあなたも勇者として立ち直ることができるでしょう?

 私は彼の為を思ってそう彼に伝えたのだけど。

「……っ……」

 彼は黙り込んだまま私の方を見ようとはしなかった。
 小さな歯軋りの音が私の耳に入る。
 彼は怒っているようだった。

「もう……帰れ。二度と顔を見せるな!」

 彼は突然私に言い放つ。
 声を荒げて怒鳴る。

 そしてすぐに私から目を逸らしてしまう。


 どうして……?


 天使の私をも否定した言葉。
 あなたは天使としての私も必要とはしてくれないのね。

 女としてあなたに見てもらえないのはわかってた。
 けれど天使としても私は失格なんだ。

 それでもいいよ……。

 あなたが立ち直ってくれるなら、私は消えても。
 過去に起きたことを変える事はもう出来ない。
 でも未来に向かって歩むことは出来ると私は今の今まで信じてた。
 どんなに辛いことがあっても自分の心持ち次第で未来は好転していくと都合よく思っていた。

 でも、過去に囚われて生きている人がここに居る。


 あなたは過去とずっと一緒に生きていくことを選ぶの?


 ねぇ、フェイン。
 そうなの?


 ……それでも私はあなたは必ず立ち直ってくれると信じてる。


「……わかりました……」

 私は彼を見つめたまま静かに応えた。
 それでも彼は決してこちらを見なかった。

 信じてるわ、フェイン。
 あなたを信じている。


 もう……傍には居られないけれど。


 目頭が熱い。
 涙が込み上げてくるのがわかる。

 でも今泣くわけにはいかない。
 泣いたら彼を困らせてしまう。
 自分のことで精一杯の彼にこれ以上迷惑は掛けられない。

「……っ……」

 私は歯を食いしばった。

 彼のことは愛しているし、私には彼が必要なの。
 でも彼は私を必要とは思っていない。
 セレニスさんのことだけを愛している。
 彼の想いを無視することなど私には出来ない。
 彼の想いを尊重することこそ私の愛情なのだから。

 だから私は彼の元を去ろうと思った。

 でもせめて、あと一目、目を合わせて欲しい。
 最後に一目だけ。


 お願い、フェイン。


「…………」

 私の想いが通じたのか彼は私が翼を動かしたほんの一瞬目を合わせた。
 でもすぐにどこか別の場所へ虚ろに視線を動かしてしまった。

「……っ……」

 私は息を詰まらせた。
 目なんて合わさない方が良かった。
 彼の琥珀の瞳が私を捕らえて逃がさない。

 涙が零れないように抑えるのがやっとなのに。


 離れたくないと思ってしまう。
 この場を去りたくないと思ってしまう。


 でも去らなくてはならない。
 早く去って飛んで行けばいい。

 自分の部屋に帰って思い切り泣いて、明日からまた新しい一日を始めればいいじゃない。

 一晩でそんな簡単に想いを断ち切ることは出来ないだろうけれど。
 それでもそれが私に課せられた運命ならば。


 私は音を立てないよう部屋から出ようとした。


 最終的には彼がそう望むなら私はそれでいいと思った。

 いつか、この傷が癒えたら。

 その頃には彼の傷も癒えて互いに昔話みたいに語り合えるかもしれない。
 例えば何十年先の未来がそうであったなら、私は天使としてまた彼を訪問しよう。

 ……自分でも嫌になるくらいに前向きだと思う。
 こんなに胸が痛むのに、どうしてこんな風に考えられるのかわからない。

 ただ、きっと前にも似たような経験をしたのかもしれない。


 忘れている私の何か。


 彼はそれを思い出させてくれる唯一の人。
 私にとって大切な人。

 でももうお別れね、フェイン……。


「待ってくれ……!」

「あっ……」


 彼の声が耳に入る。
 彼の手が私の腕を掴む、彼の瞳が私を見つめている。
 真っ直ぐ目を逸らさずに私を見ている。
 私の思考が刹那真っ白になってしまう。


「……ウィニエル……すまない……っ……」


 彼が縋るように私を強く抱きしめ謝る。
 謝ることなんてないのに。
 私は怒ってなんかいないのに。

 セレニスさんのことを愛してるのでしょう?
 私を抱きしめるのは間違ってるわ。

 私は俯いて彼の腕から離れようと抵抗する。
 彼の胸に腕を突っ張って、
 放して下さいと、声にならない声を出す。

「……て……下さい……」

 けれど彼にその声は届かず、彼はより力を込めて私を抱き竦める。
 私の瞳から泣きたくないのに涙が零れる。
 後から後から止め処なく。
 涙は床に落ち、黒い染みを作っていく。
 私はそれをぼやけた視界の中で見ていた。

「……すまなかった……ウィニエル……俺は……」

 フェインの声は贖いの声。

 耳元に彼の息が掛かる。
 熱くて、私は身震いをしてしまう。

 そんな声で私を抱きしめるなんて卑怯よ、フェイン。
 彼の手が私の顎を持ち上げて、私を自分と向き合わせる。

「……放して……放して下さい……っ……」

 私は彼の腕を振り解こうとしながら彼の目を見た。
 半分涙で歪んだ私の視界に彼の瞳が映る。
 彼の瞳に涙を流し続ける私が居る。

「ウィニエルっ……!!」
「痛っ……!」

 彼は再び私を強く抱きしめる。
 翼が軋むのがわかった。
 彼から逃れなければ、私は天使に戻れなくなってしまう。

 私は何度か彼から逃れようとしたけれど、彼は私の抵抗などお構いなしに力を込める。

「痛いっ……フェインっ!!」

 声を大にして言っても彼は放してはくれなかった。

「放して……フェイン……お願い……」

 私は彼の力に、彼の腕に屈してしまう。
 抵抗していた手を脱力する。

 ああ……駄目。
 私はあなたを置いてなど行けない、

 行けるわけがない。

「……痛いよ……フェイン……」

 私は目蓋を静かに閉じて、彼の腰に腕をそっと回した。

「……痛い……」

 彼の気持ちがあまりに痛くて。
 私の心があまりに痛くて。


 涙が止まらなかった。


「……あなたがどんな人間であったとしても……私には……あなたが必要なんです……」

 私は彼に告げる。
 ずっと言いたかったこと。
 伝えてはいけないと思って言えなかった言葉。

 今だけは素直に言ってもいいでしょう?

 あなたを困らせるつもりじゃないの。
 だって、私にはあなたが必要なんだもの。
 今だけ言わせてね、フェイン。

 あなたがセレニスさんを想ってることは知ってるわ。

 それでもいいの。
 それでいいの。


 だから、ね、フェイン。


「俺は……セレニスを……」

 彼が躊躇いながら彼女の名前を口にする。

 聞きたくないよ……
 切なくて聞けないよ。

 今だけは、
 今だけは、お願い。

「……言わないで……?」

 私は彼の口元に人差し指を宛てる。

 あなたのことはわかってる、わかっているの。
 だから、ね?

 今は何も言わないで。
 その痛みは胸にしまっておいて。

 今だけは。

 お願いよ。

to be continued…

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後書き

 ええと、何か読み返したら所々おかしいです。でも何気に切ない乙女心が伝わればいいなぁ~なんて思ってたりします。
 ウィニエルがフェインに熱烈ラブなのはこの話までで、以降はかなり複雑になってきます……多分。
 二人の関係って微妙すぎて描くのが大変。でもそこがフェインに惹かれる所でありまして、描き甲斐があるなぁと思います。後半になるとフェイン殆ど出番無いですが(汗)
 実際のゲームと台詞も内容も多分違ってますが今更ですのでご了承頂けると幸いです。ごめんなさ~い、台詞ウロ覚えなんで、ゲームやり直したいのですが時間が無い。あ、そういや「贖い~」はキャラにより時間軸がそれぞれ違うので進んだり戻ったりして少しずつ進んでます。メニューの方にも書いてあるのでだ、大丈夫ですよね?(汗)

 ミカエルさんここで出す予定ではなかったのですが、何か出てきちゃったよー?
 ミカエルさんはガブリエルやラファエルに比べて砕けた感じがなんかいい。

 頭痛が鍵っぽいっすね。
 ウィニエルちゃんは一体何を忘れているのでしょうかー。っちゅーか、薬モロ怪しいってね(笑)でも服用やめましたしね。

 アイリーンは大好きです。始めはむかついたけど(汗)なんていうか、いい娘じゃーん!!
 my設定ではウィニエルの良き理解者なものですから。
 アイリーンがセレニスのことを「お姉ちゃん」「姉さん」と呼び方を
時に変えているのは何となくです。「お姉ちゃん」と呼ぶより「姉さん」の方が好きかも。

 次回もウィニエルちゃんサイドです。

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