贖いの翼 第四話:思い出⑤ ウィニエルside

「……ほら、酒だ」

 酒場に着いた私達はカウンターに並んで座った。
 カウンターには七、八名、各テーブルの座席は四十名程のお客が収容できる大きさの酒場は繁盛していて多くの人々の声が行き交っている。
 所々で小競り合いなどもあるが、他のお客に迷惑が掛かる前に誰かがちゃんと止めに入っていた。
 私とフェインがそうなったら止めてくれるといいな、などと勝手なことをその様子を見ながら思う。

「……ありがとうございます……」

 私はフェインが持って来たお酒を受け取った。
 木製の大ジョッキに白い泡が飲み口ぎりぎりまで注がれている。
 私は息を一息吐いて、口を付けた。

「お、おい、ウィニエル!?」

 フェインが驚いて止めに入るが、私は構わずにそれを一気に飲み干す。
 喉を突く強い炭酸と強い苦みが私の体内を浸透していく。

 昔にも飲んだことはある。

 ……グリフィンは私に飲むなって言ってたっけ。
 でも飲まずにはいられないの。

「……ふぅ……おいし。もう一杯下さい」

 私は酒場のマスターに向かって大ジョッキを勢い良くカウンターに置く。

「いい飲みっぷりだね、お嬢さん」

 酒場のマスターはすぐにおかわりを持って来るからと言い残して、お酒の樽の方へ私の置いたジョッキを持って行った。
 そして、すぐにおかわりを持って来てくれる。

「……ふぅ……」

 私は舌舐めずりをして、すぐに二杯目を飲み始める。

「ウィニエル大丈夫か?」

 フェインが隣で心配しているけれど、私は聞き入れず、喉を鳴らして飲み干した。

「……ふーっ……ひっく……もう一杯……」

 二杯目を飲み終えた所で私は酔いが回ってきたことに気が付く。
頬が熱くなって、少し茫然としてくる。

「ウィニエル、顔が赤いが大丈夫か?」

 フェインが私の頬を両手で優しく挟んで覗く。

「……だいじょぶ、だいじょぶ。大丈夫~!! マスターさんお酒おかわり!!」

 私は彼の手を乱暴に払いのけ、空になったジョッキをマスターに向かって投げる。

「おいっウィニエル!?」

 フェインは私の行動にただただ驚いて目を丸くしている。

「ははは。ご機嫌だねお嬢さん」

 酒場のマスターは私から投げられたジョッキをキャッチすると、すぐにおかわりを入れて私の前に置いてくれる。
 私はおかわりを注がれたジョッキに手を掛け、飲もうとする。

「ウィニエル……大丈夫か……? ペースが早いぞ。こんな飲み方してたら身体に悪……」

 フェインがジョッキを持つ私の手を制止する。

「……私の身体なんてどうでもいいじゃない……」

 私は彼ににじり寄り、彼を睨みつける。

「え……」

 それは偶然だったのだけど、彼の視線が私の胸元の、彼が付けた痣を捉えていた。

「……っ……」

 彼は私の手を放し息を呑んで片手で自分の口元を押さえ、私から視線を逸らした。

「……すまない」

 彼が再び詫びる。
 口元を押さえた側の手ではない空いた手はジョッキを握り、瞳はそのジョッキを見つめ、そのまま動かない。

 そういうことじゃないのよフェイン。
 私が言ってるのはそういうことじゃないの。

「……っ……」

 私は弁解しようと思ったのだけど言葉がみつからなくて、お酒をまた一気に飲み干した。
 これだけ飲めば、きっと言える。
 饒舌に語れる。

 全て。

「……ウィニエル……」

 私がジョッキを傾けるとフェインは自分のジョッキから視線を移し、私の横顔を心配そうに見つめていた。

「……ぷは……もっと傷つけばいいのよ……うっ……」

 私は飲み干したジョッキを目の前のカウンターに叩き付けた。
 そして、ジョッキを睨みつけて虚ろに言葉を発する。

「え……?」

 フェインは私の言葉を聞きながら背を擦る。
 彼の手は温かくて、私には少し熱すぎるかもしれない。

「……っ……やめて。背中なんか擦らないで。うっ……フェイン、あなたに話したいことがあるのよ……っぷ……」

 私はいやいやをするように身体を捩って彼の手を振り切る。
 少し吐き気が込み上げてくる。

「あ、ああ……それよりも、こんなに一気に飲んで大丈夫なのか?」

 それでもフェインは私の背を擦った。
 多少の吐き気が私を襲っていることを彼は気付いているようだった。

「大……丈夫……うっ……聞いて、フェイン……ううっ……ぷ……」

 私は口を手で覆う。
 込み上げる吐き気を喉の奥でなんとか止める。

「……洗面所に行こう」

 フェインは怪訝そうに私の背を支え、席を立たせた。

「大丈夫だって……っ……んっ!?」
「……ここで吐くなよ? すぐ洗面所だからな」

 もう限界という所でフェインが私の腕を引っ張り、洗面所へ駆け込む。
 洗面所には幸いにも誰も居なかった。

 ううっ……おえっ……けほっ……げほっ……。

 フェインは便器に胃に入った全ての物を吐き出す私の背を優しく擦り続ける。

「……ほら、言わんこっちゃない……」
「……っ……ううっ……」

 フェインの顔が飽きれてる。

 最低ね。
 ううん、最低の上に、最悪も付いてる。
 この上なく、最低最悪ね、私。

 フェイン。

 まだよ。
 まだ。

 驚いて、飽きれて、最後にあなたは傷つくの。
 そしてこれまで抱いたことのない最悪の憎しみを抱くの。
 私を殺したくなるかもしれない。

 それでも、私は言うわ。

「……一体どうしたんだ? 君らしくない……」

 お酒の酔いの所為か、フェインが普通に口にしたことが癇に障る。

「……私らしくない……?」

 私は洗面台でうがいをして、手を洗い終え、蛇口を閉めながら訊き返した。

「……ああ。酒が飲めないなら無理に飲まなければいいものを」

 私の斜め後ろに彼は立っていて、洗面台の鏡越しに彼と目が合う。

「……飲めないから飲んだのよ」

 私は挑発的に彼を睨みつける。
 彼は目を逸らさずに頭を軽く掻いて、

「うん? さっきから君の言ってることは支離滅裂で無茶苦茶だ。一体どうしたんだ? 天界で何かあったのか?」

 私の腕を引いて自分と向き合わせる。

「……っ……」

 彼の目に私が映っている。
 それだけで私は言葉を失ってしまう。

 それでも言わなくちゃいけないんだ。
 それが、彼の為であり、私の為でもある。

「何か……あったんだな……? それとも……やっぱりこないだのことが……」

 フェインはあの夜のことを気にしている。
 でも、私はそんなこと気にしていないの。

 だって、そのお陰で彼を思いだしたのよ。
 でも、そのお陰であなたを愛する気持ちが本物なのか見えなくなってしまった。

「……フェイン……」
「……ん……?」

 フェインは話をしようとする私を優しく見つめる。
 この瞳が憎しみに変わっても、私はきっとあなたを愛すわ。
 グリフィンへの愛と摩り替わってると言われても、歪んでいると思われても、好きだという事実は変わらないから。


「……私にはかつて愛した人が居ました……」

「……ああ…」


 私は俯いて彼の腕の裾を持ってそう話し始めると、彼は何の話をするのかわかったのか、声を低くして応えた。

「……私はここアルカヤに来る前、インフォスという世界に遣わされ、ある勇者と恋に落ちました……」

 私はそれだけ言って黙り込んでしまう。

 フェインはただ黙って私の方を見て、続きを話すのを待っているようだった。


 …………。


 沈黙が2人を包む。
 酒場の騒音が洗面所のドアの方から聞えてくる。
 その騒音が一瞬大きくなって、

「でさー、そこであいつが飛び込んできてー……ん? あ、ちょっとお2人さんそこどいてくんない?」

 突然に酒場のお客が洗面所に入って来た。

「……出ようか、ウィニエル」
「……はい…」

 フェインは私の手を取り、私達は酒場のカウンターの席へと戻った。

「……さっきは急に飲んだから胃が驚いたんだ。ゆっくりなら大丈夫だろう。……飲むか?」

 フェインは酒場のマスターにお酒の追加を頼み、それを受け取り、何故か私にお酒を勧める。
 恐らく、私がお酒の力を借りなければ話せないことを知っているのだろう。

 それとも、自分も飲まなければ聞けないと思っているの?
 もしそうであるなら、
 そんな資格はないのに嬉しいと思ってしまう私がここにいる。

「……はい……」

 私はフェインからお酒を受け取り、一口口に含んだ。
 先程のお酒とは違い、フルーツ味のカクテル。
 透明なカクテルグラスに注がれた赤い液体。
 それはカシスソーダというらしい。
 甘くて、仄かに酔いが回ってくる。

「……グリフィン……とかいうのだろう?」
「え? ……はい」

 フェインは唐突に話題を元へと引き戻した。
 私は彼が言った名前に驚いたけど、あの夜やはり私はグリフィンの名を口にしていたのだ。

「……それで……そいつとは……?」

 フェインは私と彼のことを知りたがっている様子で、私の方を見て、私の言葉を待っている。

 意外だった。
 私は、彼の中にはセレニスさんのことばかりだと思っていたから、それは意外で。

「……私と彼は……」


 私と彼はね……。

 フェイン、あなたに嫌われても彼との思い出は決して消えない過去なの。
 それをあなたに話すわ。

 嫌いになって欲しくはないけれど、それも仕方がないのかもしれない。

 そして、私を憎んで、憎みきって、
 いつかそれすらも思い出になったら、話してくれる?


 昔、最低な天使がいたと――。

to be continued…

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後書き

 冒頭ぶっちゃけ、堕天使になってんじゃない? とかいうツッコミは置いといていただけると助かります。

 今回のお話で頭痛の原因がはっきりしたわけですが、ウィニエルさんはとても情熱的(?)な女性だったのだとお分かりいただけましたでしょうか。
 でもあの時は天使の職務も捨てられず、そうすることがベストだと思ったんでしょうね。二度目は幸せになって欲しいのですが、当分幸せにはしませんよ……。途中台詞で誤魔化してストーリー進めてますが、うまいこと解釈していただければと思います。

 長い……。何か書いてて重くなってきました……。こんな話にするはずじゃなかったんですがー。
 書いてく内に勝手に話が進んでくからどうしようもない(爆)
 まぁ、大体はあってるからいいんですけど、グリフィン出すぎだし、ミカエル様かなりヒイキしてますね(笑)
 グリフィン好きだ~好きだ~大好きだ――!!

 今回はエッチな展開はありませんでしたが
 なんつーか、切なくなってもらえたら嬉しいです。

 次回はフェインサイドです。

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