贖いの翼 第六話:予兆① ウィニエルside

前書き

「別離」の中盤辺りのウィニエルSide。

 彼に全てを話した夜。
 私は何度も彼に抱かれ、嫌という程彼の存在を思い知らされました。
 恋愛感情では量りきれない、強い想いを感じたのです。

 私の身体には羽根が生えています。
 それが天使の証。

 けれど、肉体自体は人間のそれと機能は何ら変わりなく、気温の暑さ寒さの感覚には多少鈍感。
 でも、肌に触れられたり、強い想いを感じると身体は熱くなって、それが無くなると肌寒さを感じるのです。

 フェインの肌の温かさが、
 フェインの想いが、私をどこまでも熱くする。

 私は感覚を失くしてただ、熱に魘される。
 その熱が心地よくて、離れたらきっと寒くて凍えてしまう。

 今はまだ、彼の熱を感じていたいの。

 心の中にはグリフィンが住んでいるのに、歪んでいるかもしれない。
 間違っているかもしれない。

 それでも、誰かの熱を感じてたいの。

 フェインはわかってくれている。
 私を無理矢理抱くことで、自暴自棄になっている私を救ったの。

 私はずるい女ね。

 フェインにそうさせるように仕向けた。
 殺されてもいいと思ったのは本当。
 けれど彼が私を殺すなんて有り得ないってわかってた。
 優しい彼がそんなことをするわけないって、どこか心の隅で確信してた。

 ただ、彼なら私を救ってくれるような気がしたのよ。

 昨晩フェインに抱かれてわかったことが一つある。
 私はグリフィンをフェインに重ねていたんじゃなく、ちゃんとフェインを愛していた。
 足の爪先から髪の先まで、彼を全身で強く感じてわかったの。

 私は彼を求めている。

 どうしようもなく、身体が彼を求めている。
 彼に抱かれたいわけじゃない。
 彼と寝たいわけじゃないわ。

 ただ、全身で彼を求めている。
 恋焦がれているのかもしれない。
 彼が誰を想っていても構わない、私は彼を求めている。

 グリフィンへの気持ちが消えたわけじゃない。
 目蓋を閉じれば彼の笑顔がまだはっきりと浮かぶわ。
 でも、フェインが居たらグリフィンのことは諦められるかもしれない。
 冷淡かもしれないけれど、区切りはある程度付き始めているの。

 もうグリフィンには会えない。
 もし会えたとしても私はフェインを思い出してしまう。


 フェインが……好き。

 優しくて強い所も、紳士だけれど乱暴な所も、ずっとセレニスさんを愛し続ける所も、大好きなの。
 天使としてあるまじき行為だけれど、彼の為なら私は喜んでこの身を悪魔に捧げてしまうかもしれない。


「……おはよう」
「……んん……」

 フェインが私に声を掛ける。
 私はまだまどろみの中で、気だるい声を出した。

「……ウィニエル、朝だ……」

 フェインが私の頬に優しく触れる。
 それはくすぐったくて、

「あっ……おはようございます。フェイン」

 私は慌てて目を開く。
 ベッドに横になっているフェインの金の瞳が寝癖を付けた女の顔を写している。その顔はフェインに見られていることに気が付くと頬を赤く染めた。

 そういえば、昨日、同じ部屋で眠ったのだ。

 昨日……。

 ええと……。

 今思えばすごいことをしたような気がする。

 あんなことや、こんなこと。
 決して口には出せないような、そんなこと。

 頭の天辺から蒸気が出てしまいそうな程に顔が熱かった。
 私は冷汗を大量に掻いて硬直してしまう。

「……おはようウィニエル、良い天気になったな。散歩にでも行くか?」

 フェインは私の長い髪を指に絡めて自分の口元に持って、唇の両端を上げる。私は彼の瞳に吸い込まれそうになる。

「……えっと……」

 朝日が降り注ぐ部屋で彼の顔をこんな間近で見るとは思ってもみなかった。光に映えた彼の銀の髪や黄金の瞳は、天使の私でも見惚れてしまう程に美しい。

「それともまだ寝るか?」

 フェインがやんわりと微笑むと、

「えっ!? まだ寝るんですか!?」

 私はつい声を大きく出してしまった。

「ん?」

 フェインが首を傾げる。
 そして、少し間を置いて、

「……はは……まだ足りなかったか?」

 彼は苦笑して私の下唇に自分の人差し指を触れさせ、軽く二、三度弾いた。
 そして、その指を私の口の中へと差し込む。
 私は彼の指を噛むわけにには行かなくて、口を少し半開きのままにした。
 彼の指が私の歯に触れる。

「ひあっ……ふぁのっ……」

 私は恥ずかしくなって、私の口に入れた彼の指を止めようと、その手を両手で掴む。

「ん? ……嫌なのか?」

 彼は私の両手が止めるのも無視して、指を出さずに悪戯っぽく笑う。

「……っ……ほうふぁなふへ……んっく……」

 私が言葉を話す度に、歯が唾液を絡んで彼の指を挟み、ベッドに接地している側の頬下に垂れる。
 私は何とかその唾液を止めようと、必死に飲み込もうとする。

「…………」

 けれど、フェインはその光景を黙ったまま見ながら、指で私の舌を弄くる。

「んくっ……」

 私はこれ以上唾液が出るのを防ぐために一生懸命喉を動かす。
 それでもフェインは指を出してはくれなかった。

「んっ……っく……ふぁへふぇ! ふぇひぃん!!」

 私の口の中で彼の指が這い回りむず痒くなって、やめてフェイン、と言ったのだけれど。

「……ふぅ……君は何でそうやって誘うんだ?」

 フェインは小さく息を吐いてからそれまでの笑顔の表情を消し、私の口から指を抜き、その指を舐めた。
 そして、私の口から零れた唾液も頬下から舐め取る。
 彼の舌の熱さに背中から身震いする震えが全身に伝わる。

「……っ……フェイン、やめて下さいっ……!」

 私は堪らなくなって目を固く閉じてしまった。

 無表情な彼の目があまりに魅惑的で。

 彼の目が、彼の唇が、彼の腕が、彼の全てが私を誘う。
 昨日あんなにしたのに、まだ欲しいと思ってしまう。

 困ったウォーロック。

 得意の魔法で、天使を罠に掛けて一体どうするつもりなの?

「……ぷっ。ウィニエル、顔が茹蛸みたいだぞ?」

 彼は噴き出して、私の両頬を軽く引っ張って、すぐに手を放す。

「へ? ……や、やだ、フェイン!? からかったんですか!?」

 彼の声に私がすぐ目を開けると、彼は私の顔が可笑しかったのか肩を震わして笑った。

「はははっ。今のは良い顔だった、ウィニエル。ははは」

 彼は私から視線を外して、身体を仰向けにし、天井を見上げる。

「も、もう……!! フェインてば酷い!」

 私は恥ずかしさに穴があったら入りたい気持ちで、彼に抗議しようとして、身体を起こし、つい彼の上に覆い被さってしまった。

「……ウィニエル……、本当にしたいのか?」

 私は彼の上にうつ伏せの状態で、彼の金の瞳から逃げられなくなってしまう。彼は少し飽きれた口調で私に訊ねた。

「いや……あの……ええと……その……」
「まぁ……俺はどちらでも構わないが……もう朝だしな……それに君は辛いんじゃないのか?」

 しどろもどろの私にフェインは至極真面目な顔で、変なことを言う。

「う……そういえば、腰が……って……違いますよ!!」

 私は彼の顔に刹那素になって答え、途中でおかしいことに気付き、頬を膨らました。

「ははは、冗談だ」

 彼は再び悪戯な笑みを浮かべる。

「……っ……」

 私はその笑顔に惹かれ、魅入ってしまった。

 フェインの表情がころころ変わる。

 ……私、本当は恐いのよ。
 あなたをこれ以上知ってはいけないような気がする。

 これ以上、知ったら欲張ってしまう。

 だって、
 きっとこの先、

 セレニスさんに向けられていた笑顔を私は求めてしまうから。

 あんな素敵な女性を裏切ることなんて、私には出来ない。


 出来ないよ……。


「……散歩に行きましょうか」

 私は彼の上から降りて、ベッドから出て脱ぎ捨てられていた服を身に纏う。

「ああ、そうだな」

 彼は私の着替える姿をじっと見ていた。
 私を見る彼の視線が少し痛かったけれど、知らない振りをした。

 数分後、彼も起き上がって、服を着る。

「……ウィニエル、これを着ろ」

 彼は昨日私に貸した上着を差し出した。

「え……?」
「……外は冷えるし、痕が目に痛い」

 私の肩にその上着を掛ける。
 そういえば、すっかり忘れていたけれど彼の付けた痕が身体の其処彼処に残っているのだった。
 以前の時よりもくっきりはっきりと、昨晩の出来事を証明する証のように。

「…………はい……」

 私は両肩を竦める。

 この痕が消えなければいい。
 ずっと残っていればいい。

 お願い、フェイン、
 ……この痕が消えたらまた付けて。

 私はそんなことを考えながら上着を掛ける彼を見上げた。
 きっと変な顔をしているんだろうな……。
 彼が困るような、彼に夢中で恋をしている顔。

「…………ありがとうございます」

 私は彼に悟られないように視線を逸らした。

to be continued…

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