――その後、私と彼は真っ白な街を白い息を吐きながら歩いた。 私は時折前を向いている彼の横顔を見つめていた。 彼の横顔はとても眩しくて、私は彼が私の視線に振り向く度に目を逸らす。 彼が何を思っているかはわからなかったけれど、彼が優しい人だということはわかっていた。 これ以上、彼を好きになってはいけない。 ……私は気持ちに蓋をすることにした。 堕天使達との戦いまで余計なことは考えたくなかった。 それまで彼の傍に居られたら、それでいい。 それが終わってからその先を考えようと思っていたの。 あのことがあるまでは―――。 ◇ あれから、もうすぐ二ヶ月になる。 堕天使達の行方は掴めず、面だった事件も無い日が続いて、私とフェインは度々会って穏やかな日々を過ごしていた。 その日々はこのまま何も起こらないんじゃないかと思うくらいに和やかで。 それでも堕天使達の邪悪な波動がこの世界を包んでいるのはわかっていた。 遅かれ早かれ、彼等は地上に姿を現し、アルカヤを食い潰してしまうのだろう。 彼のいる世界を侵蝕する……そんなこと、させるわけにはいかない。 来るべき日のために私は出来る限りのことをしようと思い、各勇者達に同行し、祝福をする。 彼等も私と同じ気持ちなのか、真面目に修行に取り組んでいた。 今日は、アイリーンに同行をしている。 今は街から街への移動中。彼女が出来るだけ早く次の街へ着きますように、私はささやかな祝福をし続けていた。 「ねぇ、ウィニエル、フェインは元気? 昨日は何してた?」 彼女が道中、私に振り向いて、笑顔で訊ねてくる。 「……え? あ、ええ……昨日は……一日中本を読んでいましたよ。私の持って来た本が面白いからと、夢中で気が付いたら夜になっていました」 私は何故アイリーンがフェインの昨日を私に訊くのかわからぬまま、訊かれるままに応えた。 「……そっかー。元気にしてるみたいね。良かったぁ!」 アイリーンは声のトーンを一段上げて、可愛く笑った。 私から見ても彼女は可愛いと思う。優しくて強くて、少し淋しがり屋。 始めは人見知りの激しい子で近寄り難かったけれど、今では私を信頼してくれているのか大事も小事も気軽に話をしてくれる。 私が男だったら、彼女みたいな女の子に惹かれるのかもしれない。 「……でも、アイリーン、何故そんなことを訊くんですか? あなたはこの間フェインに会って近況を訊いたのでは?」 ふと、私は彼女が訊ねた理由を訊いてみたくなった。 「えー、だってさ、ウィニエルって最近ずっとフェインについてるでしょ? フェインとはあんまり会えないから、あなたに訊いた方が早いかと思って」 アイリーンは私を覗きこむようにして不敵に笑う。 「え……あ……ええ……」 私は急に恥ずかしくなって顔を薄っすら紅色に染めた。 「……ふふっ、ウィニエルって可愛いね。……あ、あのね、ウィニエル」 アイリーンが何かを思い出したように私の目を真っ直ぐ見つめる。 「はい?」 私は彼女の言葉を聞き漏らさないで聞いているという意思表示をした。 「……私ね、感謝してるんだよ。フェインのこと……大好きだったから、彼がお姉ちゃんのことで落ち込んで無茶しないかって心配だったの。でも、こないだフェイン、私に兄らしいことをしたいって言ってくれた。前向きに生きてくれるって言ってくれたの。それってさ……ウィニエルのお陰だと思うのね」 アイリーンは私の手を取って力強く握る。 彼女の手は生に溢れていて、私はそれに励まされた。 「いえ……私は何も……」 本当の私は天使失格なのだけど……。 でも、それを言ってしまうと彼女の信頼を失くしてしまう気がして、私はそこで口を閉じた。 「……ううん。ありがと、ウィニエル。これからもフェインの傍にいてあげてよね」 アイリーンは握った手を何度か上下に動かした。 「…………ええ……なるべくは……」 私はアイリーンの言ってる意味のほんの一部しか理解せずに応える。堕天使を倒すまでは私は彼の傍にいるでしょう。 でも、その後のことはまだわからない。 「……グリフィン……って言ったっけ……。まだ、忘れられないの?」 アイリーンは私の手を放して自分の背中で手を組み、俯き加減で踵を鳴らした。 「え……グリフィン……?」 私はアイリーンの言葉に驚く。私は彼女にグリフィンのことを話はしたけど、名前は出していなかったから。 「え……だって、ウィニエル、グリフィンて人と離れ離れになっちゃったんでしょ? 愛し合ってたのに……だから忘れられないんでしょ? ……でも彼とはもう会えないじゃん……それならフェインと……」 「グリフィンの名前……言いましたっけ……」 私はアイリーンの話の後半を頭の中で処理できずに聞き流していた。 「へ……あっ……な、内緒だったんだっけ!? ご、ごめん!!」 アイリーンはばつが悪そうに鼻頭前に両手を合わせ、目を片方閉じた。 彼だ……他の勇者でグリフィンのことを知ってるのは、フェインだけ。 もしかして、この間彼に聞いたの……? 「……フェインから……聞いたのですか?」 私は謝るアイリーンに訊ねる。 「あっ……いや……あのさっ! フェインは何も言ってないの! ただ、私があなたとどんな話をしたっていうことを話しててさ、恋愛話とかもしたよって言ったら、グリフィンのことかって言ってすぐはっとして口を閉じちゃって! それで多分そうじゃないかな~って思って!! それだけだから!!」 アイリーンは慌てて両手を振りながら説明するように話をする。 「……そうですか……」 私はアイリーンの慌てふためく姿にいつも通りの平常時の返事をした。 「だ、大体ウィニエルが悪いのよ!」 アイリーンはそんな私の態度に腹を立てたのか、今度は頬をリスのように膨らまし、大声で怒鳴る。 「へ?」 私は特に何も思っていなかった為に怒られた意味がわからなかった。 「あなた、私に重要なこと言ってくれないんだもん! 私達、友達でしょ?」 アイリーンは私の肩を掴んで真っ直ぐにこちらを見つめる。 「……すみません……そんなつもりはなかったんですけど……あの時は彼の名前を憶えていなくて……」 私は彼女と目を合わせたまま答えた。 「憶えていないって……どういうこと?」 私の答えに彼女は眉を顰める。 「……あ、ええと……それは……話すと長くなりますけど……宜しいですか?」 私は彼女に説明しようと聞きたいか訊ねた。 「うん! 全然構わないわ! 聞きたい!! 話して!」 アイリーンは私の言葉が嬉しかったのか、それに反応して穏やかに微笑む。 「それじゃぁ……そこに座りましょうか」 私はたまたま近くにあった岩に座れる場所を見つけ、彼女に座ってもらうよう促した。 「ええ!」 途端、彼女が私の手を取って、岩に一緒に座らせる。 「はい、どうぞ」 彼女は満面の笑みを浮かべて期待に満ちた目で隣に座る私を覗く。 「……はい……私はこの間まで一部の記憶というか……想いを封じられていました」 「想い?」 「ええ……グリフィンへの想いや、インフォスに居た時に感じていた想いです。記憶は大体そのままに想いだけが封じられたのです。けれど、あの森の協力な魔法の所為か、封印が乱れ、一時的に多少の想いが甦ったんだと思います。想いだけが甦ったために、その相手がグリフィンだということまでは気付かなくて……」 「それ……どうゆうこと?」 アイリーンの顔から笑顔が消える。 「おそらく、薬の副作用だと思います。封印が弱くなると私は頭痛に襲われて、大天使様から頂いた薬を飲みました。その薬は封印を強めるための薬なのですが、副作用で感情や記憶にも多少影響するようなんです。それで多分……」 私はそれだけ話すとアイリーンに少しはにかんだ。 「ね……ま、まさかウィニエルの想いを封じたのって……大天使とか……?」 アイリーンは無表情のまま、隣に座る膝に置いた私の手を握る。 「……もう、終わったことですから」 私は穏やかに笑ってみせる。 もう、終わったこと。 過ぎたことをいつまでも嘆いてなどいられない。 過去は変わらないのだから。
to be continued…