声は私の耳元で囁き続けると、私のスカートの中に手らしきものが入って来る。 「……ンッ……」 私の下着の上からその物体が私に少し触れると声が自然と漏れた。 「ははは、お前は淫乱なんだな」 フェインの声なのにフェインではない声が私の背中に電流を走らせる。 「……っ……」 私はその声に恥ずかしくなって慌てて両手で口を塞いだ。 フェインはそんなこと言わないとわかっているのに、頭でわかっているのにその声色は甘くて、とても魅惑的で。 「……ウィニエル。俺はお前が欲しいよ」 物体がいつの間にか下着の中に侵入して、私の先へ触れようと降りてくる。 「……っ……やめてっ……フェインの声で……私を惑わさないで!!」 私は首を大きく振るって、拒否した。 「……お前みたいな天使が地上を救えるのか?」 陰陰滅滅とした、けれども甘美さを併せ持ったその声は、私から離れる。 「フェインの声を真似たって無駄です! 堕天使!!」 私は毅然とした態度でその声に立ち向かった。 「……ふん……別に真似ようと思ったわけじゃない。ちょっとからかってやろうと思ったのさ」 堕天使の声が元の少年のような声に戻る。 「……私はあなたを必ず倒します!」 私は堕天使に腹を立てて、珍しく感情的になっていた。 私の声が暗闇で木霊する。 「それは無理さ」 反面堕天使は冷静だった。 「……何故です?」 私も直ぐに冷静を取り戻そうと、努めて静かに聞き返す。 「……まぁ、まず人間なんぞに俺とサタン様の化身がやられるわけがないのが一つ。万が一私を倒せてもお前とフェインは一緒にはなれないし、天界にも帰れないぞ?」 「……っ……それは一体……!?」 堕天使の言葉を鵜呑みにしてはいけない。 そうとわかっているのに、またも反応してしまう。 「お前の翼が抜け落ちたのは私の所為だと思ってるだろうが、違う」 堕天使は私の目の前に周り、私の頬を手で覆う。 正しくは手かはわからないのだけれど、私の頬にそれが触れた。 「え……」 暗闇で目はもう慣れているというのに、私の前に居る堕天使の顔は見えない。 ただ、わかるのはひんやりとした冷たい感触だけ。 私は少し恐怖を感じていた。 けれど、それに飲み込まれる程までは恐くなかった。 そう感じなかったのは、堕天使が私をこの場で殺そうとしないからだったかも知れない。 殺意は感じなかった。 それがあったなら私はもしかしたら臆していたかもしれない。 「……お前は禁忌を犯した。その所為で翼が抜け落ちたんだ。だから私が救ってやろうって言ってるのに、お前は私の慈悲を受けようとしない」 堕天使は私の頬を擦りながらどういうつもりなのかは知らないが、変なことを言う。 暗闇で相変わらず表情は読み取れないけれど、多分今は笑っても、怒ってもいない。 「どういうことですか? 禁忌って……」 私はふと考えた。 フェインと寝たことは罪かもしれない。 でも、禁忌ではない。 グリフィンの時も私は天界に帰ったのだから。 「…………さぁな。ッチ……私も諦めが悪いから今日の所は退散してやるが、いずれこちらへ来ると信じてるぞ。そうそう、大天使達には言わない方が身のためだぜ?」 私の頬からあの感触が消える。 そして、直後、温い湿気を帯びた風が私の翼に触れたかと思うと、私の頭上から細かい雨粒のような霧が降り注がれる。 その霧が私の身体に染み込んでゆく気がした。 歪んだ支配欲が身体を侵食していく気がした。 気持ち悪いわけじゃない。 不快感と軽く身震いしたくなるような快感が同時に私を包んでいた。 そして、それを愉快そうに確認すると、堕天使の気配は消えた。 「……え……?」 私はその感触に自らの手で翼に触れた。 「……翼が……戻ってる……。堕天使……どうして…………禁忌って……一体……」 翼は元に戻っていた。 そして、私は頬に触れる水滴に頭上を見上げる。 「……光……」 私は空高くに小さく光る星を見つけ、そこに向かって上昇した。 多少の痛みはまだ残っていた。 私が受けた霧は真っ黒な闇だった。 翼や、腕、頬を伝う水滴は黒。 私の白い肌を身体を黒く汚していた。 けれども、光はその黒い霧を拭ってくれる。 光が近づくにつれて、私の肌も白く戻っていく。 光に向かいながら思ったこと。 翼は私が禁忌を犯したから抜け落ちた。 堕天使は私を救いたいのだと言った。 どういう意味なのかはわからない。 わかったのは、堕天使と再び会う日が近いということだけ。 暗闇がこんなに恐いとは思わなかった。 フェインの顔が今すぐ見たかった。 私が最大限、光に近づくと、光は大きく発光し、私を包む。 「……あっ……」 『おかえり、ウィニエル』 光は刹那ミカエル様とラファエル様に見えた。 お二人が私を救いあげてくれているようだった。 どうやら、私はまだ天使でいてもいいらしい。 堕天使達を倒しても、私とフェインは結ばれない。 そして、天界にも帰れない。 ……天界に帰れないとは一体どういうことなのだろう? ◇ 「……ん……」 私は重い目蓋を時間を掛けてゆっくり開いた。 「気が付いたか……?」 ぼやけたロクスが私の視界に入る。 「んん……ええ……」 「天使を医者に診せるのもどうかと思って、ここに運んだ」 ロクスの姿が次第にはっきり見えてきた。 どうやらここは宿屋らしい。 私はベッドに寝かされていた。 ……夢を見ていたみたい。 ただの、夢を。 不快な夢……。 もしかしたら、堕天使との戦いが近いからあんな夢を見たのかもしれない。 ……どこかで堕天使への恐怖は感じているのかも。 こんなことでは堕天使に勝つことなんて出来ない。 夢に臆するなんて、堕天使の思う壺よ。 ……早く忘れなくては。 ……ただの夢よ。 早く忘れなきゃ……。 「……ありがとうございました……どれくらい眠っていました?」 私は天使だから、勇者に弱みを見せるわけにはいかない。 夢のことには蓋をして、ロクスに横になったまま訊ねた。 「二、三十分って所かな」 ロクスは部屋にあった壁掛け時計を見て答えた。 「そうですか……あ、ところでアイリーンは?」 私は身体を起こし、辺りを見回し彼女を探した。 けれど、彼女の姿は部屋にはなくて。 「……あっち」 ロクスは窓から見えるバルコニーを指差す。 アイリーンはそこに出て風に髪を靡かせていた。 「……アイリーン……」 私は少し楽になった身体を起こして、風に吹かれている彼女の元へ歩く。バルコニーに辿り着くと、ここが地階でないことがわかった。 どうやらここは二階か三階らしい。 下には太い整備された道路があり、向かいにも四、五階建ての大きな宿屋が建っていた。 「…………ぁ」 アイリーンは私の気配に気付いて僅かにこちらを見ると、直ぐにまた下へ少し俯き加減に目を向ける。 「アイリーン? どうかしましたか?」 私は彼女の隣に立って、彼女の見る方向へ目を配る。 けれど、そこにはただ人々が行き交う様だけで。 「知り合いでも捜しているのですか?」 私は彼女が見ている方向を見定めて目を凝らした。 「ちょ、何言ってんの!? 知り合いなんて居ないよっ! …………」 アイリーンが私の行動に不満があったのか私と目を合わせて否定した。 その後直ぐに沈黙してしまう。 「……そうですか……じゃあ、どうして外なんて……あんまり風に当たっていると風邪を引きますよ? 何か羽織るもの持って来ましょうか?」 私は黙っている彼女にそう伝えると、部屋の中へと一旦戻った。 「……君は相当鈍感なんだな……はぁ……」 部屋に戻ると、ロクスが腕を組んで壁に凭れ掛かってため息を吐いた。 「何ですか?」 「別に……」 私の声にロクスは首を横に振るう。 私は小首をかしげながら、部屋のクローゼットを開けてタオルケットを探した。 「あ、あったあった……」 「……お人好し……はぁ……」 私がタオルケットを見つけ、手にしてアイリーンの方へ戻ろうと彼の前を通りかかると、ロクスにまたため息を吐かれた。 「……もうロクス、さっきから何なんですか?」 「……何でもないけど……はぁ……」 ロクスは気の無い返事を返す。 「……はぁ……そうですか……」 私も彼の返事に釣られてため息を吐いてしまった。 「ぷっ……くっくっく……!!」 ロクスが今度はやにわに噴き出す。 「…………もう……わけがわかりませんよ、ロクス」 私は笑っている彼を無視して、アイリーンの元へと戻った。 「はい、アイリーン。これ羽織って下さい」 私が戻ると、彼女は俯いて顔を上げてはくれなかった。 それでも私は彼女の肩にタオルケットを掛ける。 アイリーンは肩に掛けられたタオルケットをしっかりとずれない様に手で掴んでくれた。 「…………ごめん」
to be continued…