◇ 「なぁ……ウィニエルのことだけど……」 私の居ない部屋で、ロクスはアイリーンと話し込んでいる。 「……教えないよ」 アイリーンはロクスの話を遮るように口を挟んだ。 けれど、ロクスも負けじと応戦する。 「じゃあ、直接訊くぞ?」 「駄目っ!!」 「何で!?」 二人の息が合うのか、テンポ良く会話が流れてゆく。 「……ウィニエル自分で気付いてないの。自分の身体に何が起こってるのかわかってない。……そういうこと天使だから知らないんだよ、きっと」 アイリーンは俯いて先程座っていた椅子に腰掛けて膝に手を置き、拳を握る。 「……っつーか……知らないなら出来ないだろうが」 ロクスもさっき座っていたベッドに不機嫌に腰を下ろす。 「馬鹿! デリカシーのない男ねあんた!」 アイリーンはロクスを睨みつける。 「何だよ酷い言い草だな」 ロクスはつまらなそうに外へと目線を逸らした。 「フェイン喜ぶと思うな……」 「ふん……どうだかな。案外、困って逃げちまうんじゃないか?」 足を組み、膝に腕を掛けて手の平に顎を乗せ、外に目をやったままロクスは口を尖らした。 その態度がアイリーンの癇に障ったのか、彼女は鼻をひくつかせる。 「あんたってムカつく男ね! …………ウィニエルはいっぱい辛い想いをしてきたの。フェインもそう。私だって始めは複雑だったけど……似た者同士が一緒になったっていいじゃない。明るい未来を夢見たっていいでしょう? あれはその未来を約束させる宝物だわ。私、守ってあげなきゃ」 アイリーンはそれだけ言う終えると、穏やかに微笑んだ。 「……はっ……わけわかんないね。僕には関係ない」 ロクスがやっとアイリーンの方を向いて両手の平を天井に向け、両肩を一度だけ上げた。 「……ははーん……まぁ、関係なくてもいいけどウィニエルには黙っててよね。フェインにも!」 アイリーンはロクスの態度に何か閃いて目を細めた。 「何だよ!? フェイン、フェインて、僕はそんな奴知らない!!」 ロクスは頭を抱え、激しく横に振る。 「……フェインは会った事あるって言ってたよ。怪我治してもらったって」 アイリーンの目は細いまま嫌な睨みを効かせている。 「え……あ、あいつか!? くっそ……助けるんじゃなかった!!」 ロクスは思い当たったのか突然力が抜けたように俯いてしまった。 「ぷぷっ……残念だったわね」 アイリーンはニヤニヤとほくそ笑みながら俯くロクスの目の前に立つ。 「うるさい……」 気の無い返事が聞える。 「まー元気出しなって」 「…………ちっ……」 「……ウィニエルってさ……皆に好かれてるみたいね。私も大好きだし……あんたもそれでいいじゃん。そのままでさ……」 アイリーンの手がロクスの肩に触れようとする。 「……うるさい。うるさい!!」 「……っ!?」 刹那ロクスはアイリーンの腕を強く掴み、乱暴に引っ張った。 けれど、 「……っ……アイリーン……?」 アイリーンの瞳には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうで、ロクスは言葉を飲み込んでしまう。 「…………っ……辛いのは、あんただけじゃないっての!!」 涙を堪えて、決して零れないように眉を顰める。 「君は……まさか……」 「……そうよ。私だって好きなんだから! けど……もう諦めたの!!」 ロクスの言葉にアイリーンは無理に笑顔を作って答えた。 「え……ウィニエルをか? ……それは確かに諦めないといけないよな……」 ロクスの顔に冷汗が一筋流れ、彼は至極冷静にアイリーンに告げる。 「……をい……。どうしてそうなるのよ!?」 アイリーンは怪訝な顔で眉を強張らせ、大きな声を出した。 ここで二人の会話の中に、ドアの開く音がしたのだけれど、二人はそれに気が付かなかった。 私はその音と共に部屋へと戻る。 「すみませんでした~……もう、平気みたいで…………」 私の目に手を繋いでいる(腕を掴まれている)二人の姿が入った。 私が近くへと歩いて行くと、ようやく二人は私に気付いた。 「ん?」 二人は同時に声を発して私に振り返る。 「……あ……ええと…………私……お邪魔ですか?」 私は首を傾げて訊ねてみた。 「はぁ!? 何で!?」 また二人は声を揃えて返事をする。 「え……だって……手、繋いでますし……邪魔かなーと思いまして……」 私は気を遣ったつもりで、両手の指先の腹を合わせ勇者同士の恋ってちょっと嬉しいかも……なんて思いながら、照れた。 管轄外だけど、私でもあの有名な天使の役目が出来てしまうかもしれない。 と考えていたらロクスはアイリーンの手を放し、アイリーンもその手を抱えるようにして、 「んなわけない!」 「でしょ!?」 即、二人に否定されてしまった。 「……あ、そ、そうですか……」 二人の信頼が少し失われた気がする。 やっぱり私は駄目な天使なのかも……。 私が少し凹んだことは二人には内緒にしておくことにした。 「全くウィニエル、悪い冗談はやめてよね!」 アイリーンは口を尖らせる。 「全く……下らん。僕はもう行くぞ」 ロクスが立ち上がり、部屋から出て行こうとする。 「あ、ロクス! 今日はありがとうございました。明日、伺いますから」 私はロクスの背中に声を掛けた。 だが、彼は振り返らずに、 「…………ぁぁ……」 小さな返事がかすかに聞えた。 彼の背は少し落ち込んでいたような気がする。 何かあったのだろうか? 「……ロクス……どうかしたんですか?」 私はアイリーンに訊ねる。 彼女はいつの間にかベッドの上に胡坐を掻いて、枕を宙に投げて遊んでいた。 一瞬高く上げた枕が落下し、アイリーンはそれを受け止める。 「…………ううん、何にもないよっ。ウィニエルは何にも心配しなくていいからね!」 彼女はその枕を本来あった場所に戻して、軽く叩いた。 「……ですが何か落ち込んでるみたいで……」 勇者が落ち込んでいるのを放っておけない私は明日聞いてみようと思っていた。 「……ウィニエルは何も訊かない方がいいと思う。訊いたらあいつ、多分怒ると思うし」 アイリーンはそんな私の考えを見通したように告げて、私の手を引いた。 「え……そうなんですか? ……じゃあ……怒らせるのも悪いからやめておきます」 「うん。そうして」 私はアイリーンの言葉を信頼して、訊くのはやめることにした。 彼女は深く頷いて、私をベッドへと寝かせ、掛け布団を優しく掛ける。 「…………?」 まだ日暮れ前だ。 とりあえず促されるままに横になったけれど、アイリーンはどうして私を寝かせるのかわからず、私を覗いている彼女の目を見た。 「……ウィニエル、今日はもう休んで」 アイリーンは私の頭を優しく撫でる。 「え? も、もう?」 私は布団越しにアイリーンを見つめた。 「……妖精が呼びに来たら行っちゃうんでしょ? 今の内に休んでおきなよ」 「あ……はい」 アイリーンは私を気遣っているようだった。 本当は地上で眠っても疲れは取れないのだけれど、私はその気遣いが嬉しかった。 「……ウィニエル真面目だから、他の勇者に呼ばれたら行かなくちゃだもんね……」 アイリーンは時々淋しそうにそんなことを言う。 「ごめんなさい……なるべく一緒に居て上げたいのですが……どうしても行かなくてはならない相手なので……」 アイリーンは嘘が嫌いだった。 だから私は彼女の信頼を失くさないようになるべく正直にいつも伝えていた。 それでも、相手の名前を口にすると機嫌が悪い時は怒られることもあるので、そこは配慮して誰とは言わずにやんわりとオブラートに包むように、けれど意思ははっきりと伝えた。 けれど、私はすっかり忘れていた。 アイリーンはとても勘の鋭い娘、 「え……? あ、妖精ってもしかして、フェインが頼んでるとか……?」 彼女は大きな瞳で私を窺うように見つめる。 「え……あ……その……」 私の頬がフェインの名を聞いただけで熱くなる。 「……あ、図星。そっかー! いっつも妖精を寄越すのはフェインなのね!?」 私の頬がほんのり赤く染まったことにアイリーンは気付いて、嬉しそうに笑う。 「…………ええと……はい」 私は布団に顔を埋めて、小さく答えた。 「ふふっ。フェインによろしく伝えてね」 「……はい……」 私はアイリーンの笑顔に応えるように頷いて、目を閉じる。 アイリーンの笑顔がとても嬉しかった。 彼女はフェインを好きだと言っていた。 セレニスさんのこともある。 私は二人からフェインを奪った天使。 憎まれても当然なのに、アイリーンは私を応援してくれる。 どうしてなのかはわからない。 でも、私はアイリーンが大好きだった。 直向きで、純粋で、痛みを知っている優しい娘。 この娘には正直に全て話したいといつも思っている。
to be continued…