贖いの翼 第六話:予兆⑧ ウィニエルside

◇


「ウィニエル様。勇者様がお呼びです」


 私が目を瞑ってしばらくすると、ローザの声が耳元でした。
 まだ日が暮れていないこともあり、気に掛かる事もあった私は眠れずにいて、意識はしっかりしていた。

「……ん……わかったわ……」

 私は目蓋をゆっくりと開く。

「あ、噂をすれば何とやらね。ローザ、ちょっと待ってて」

 アイリーンが私を優しく抱き起こす。

「あ……ありがとうございます……」
「いいのいいの」

 私はいつもならこんなことをしないアイリーンを不思議に思っていた。

「ウィニエル様、どうかされたのですか?」

 ローザも不思議がっている。

「え? ううん、別に? アイリーン、どうしたの? 私自分で起きれますよ?」
「……いいからいいから」

 アイリーンは笑顔で私の身体を支える。
 ローザは黙ったまま私達を見ていた。

「無理しちゃ駄目だよ?」
「え? ええ……」

 私が立ち上がると、アイリーンは私に布のようなものを被せた。

「え?」
「……これ、着てて。身体冷えるといけないから」

 私はアイリーンの言葉に肩に掛けられた布を見る。
 それは真っ白な肌触りのいいストールだった。

「え……あ、ありがとうございます……」

 今の季節を言えば、秋の終わり。
 冬が近づいていた。
 それでも天使の私にはストールは必要ない。
 ただ、アイリーンの顔があまりに真剣な表情だったから、私はそれを貰うことにした。

「うん、やっぱウィニエルは天使だから白が似合うね!」

 私がお礼を告げると、アイリーンは満面の笑みを浮かべた。
 ローザは相変わらず黙ったまま私達を見ていて、それからしばらくしてやっと口を開く。

「……アイリーン様らしくないですね」

 ローザがいつも通りの口調でさらりと流す。

「な、何よぅ!?」
「アイリーン様はいつもウィニエル様に何かと要求する方ではありませんでしたっけ?」

「……う……」

 ローザの冷淡とも取れる台詞にアイリーンは言葉を失ってしまった。

「うう~……!!」

 そして、アイリーンは無口だけれどいつも彼女の傍にいたウェスタを抱きしめて、ベッドに転がる。
 ウェスタは苦しいのか羽根をばたつかせ、もがいていた。

「……何か悪いことを言ってしまいましたでしょうか……?」

 ローザは自分の言った言葉を後悔するように私に問い掛けて来る。

「……ええと……アイリーンはとってもいい娘よ?」

 私はどう答えていいかわからずに、それだけ答えた。

「……ですが、いつもの彼女らしくないですよ?」

 相変わらずローザの口調は淡々としている。


『……悪かったわね!ウェスタ~ちょっと聞いてよ~!!』


 アイリーンがウェスタを羽交い絞めにして、大声を上げた。

「もう……ローザったら……」
「……すみません……」

 私がアイリーンを少し可哀想に思いローザを諌めると、彼女は謝る。

 でも、ローザの言葉に思い当たることはある。

 そういえば、今日の彼女は妙に私に過保護だ。
 それも、私が洗面所へ駆け込んだ時から。


 ……どうして?


「…………」

 私は無言で考えを巡らせていた。

 倒れて吐き気を催したから。

 それが多分答えなのだ。
 でも、それにしては少し過保護過ぎるような気もする。
 そこが妙に気に掛かる。

「……ウィニエル様、勇者フェイン様の元へ参られますか?」

 考える私にローザは痺れを切らし、本来の用件を再度伝える。

「あ、ええ。アイリーン、行って来ますね」

 私は隠していた翼を現して、ベッドに寝転がるアイリーンに告げた。

「……うん。行ってらっしゃい」

 アイリーンは俯いて嫌がるウェスタの羽根を掴んで広げ、手を振るように身振りする。

「……それじゃ……また来ますね」

 私は宙に浮こうと翼を広げる。

「……あれ? …………??」

 何か翼に妙な違和感を感じて、私はその場に留まる。

 羽根がいつもより重く感じる。
 何か錘が付けられているような感覚。


 ――こんな違和感、初めて。


「…………っ」

 私は立ち止まって身動きを止めてしまった。

「……ウィニエル様?」
「……ウィニエル?」

 ローザとアイリーンがその場に立ち尽くす私の様子を不審に思って声を掛ける。
 けれど私の耳には届かなかった。

「……まさか……」

 私は手を口に当てて、あることに気が付く。

 一つだけ思い当たることがある。


 “ただの夢”


 私が無意識に堕天使に恐怖したために見た嫌な夢。


 ……あれは…………あれは夢じゃなかったの?


 もし、あれが夢じゃないなら私の翼はもう使えない……。

 ……ううん……あの時、堕天使は私の翼を治した……。

 それじゃあ……私は禁忌を犯したの?
 翼が重いのはその所為なの?

「ル……ウィニエル!」
「は、はい!?」

 呆然と立ち尽くす私の傍にアイリーンがいつの間にか立って、私を覗き込んでいる。

「……大丈夫?」
「え、ええ……」

「ねぇ、ウィニエル顔色が悪いよ。今日はフェインの所に行かないで天界に帰ったら?」

 アイリーンは私の頬を両手で挟んで自らの顔に寄せた。
 彼女の不安そうな瞳に血の気の無い私が映っている。

「か、帰りません!!」

 私は無意識の内に大きな声を出していた。

「え?」

 アイリーンは目を丸くして首を傾げる。

「あ……その……大丈夫ですから!」

 私はアイリーンの手を取って握り、軽く微笑んだ。
 私の本能が今天界に帰ることを拒んでいる。

 堕天使の言っていたことを信じているわけじゃないけれど、彼が言っていたことがもし本当だったとしたら、彼が言っていた通りミカエル様やラファエル様に言ってはいけない。

 嘘であればいい。
 天界に帰れば、それがわかる。


 けれど、もし嘘じゃなかったら?


 私が犯した禁忌って何……?


 恐い。
 天界に今帰ることなんて出来ない。


 恐い。


「……フェインに……会いたい……」

 私の瞳から一筋の雫が零れ落ちた。

「ウィニエル様!?」
「ウィニエル!? ちょ、どうしちゃったの!? こ、これ使って!!」

 私の涙にローザは驚き、アイリーンが慌ててハンカチを出して拭き取ろうとする。

「……っ……すみませんっ……何でもないんです……ちょっと……感情的になっちゃって……」

 アイリーンの厚意に申し訳なくて、私は手で乱暴に涙を拭った。

「ウィニエルどうしたの? 何かあったの?」

 アイリーンまでもが泣きそうな声で手に持ったハンカチを固く握る。

「な、何でもないんです。何でも……」

 私は首を横に振って、その後冷静さを取り戻すように息を深く吸い込んだ。

「……ふぅ…………ごめんなさい。ちょっとどうかしてたみたいです」

 私は落ち着いて言葉を発した。
 深呼吸をしたお陰で、いつもの私に戻れるような気がする。

「…………ウィニエル何か隠してるでしょ」

 アイリーンが私の態度に怪訝そうな顔をして軽く睨む。

「え……?」
「……話して。ウィニエルのこと、私知りたい」

 彼女は私を真っ直ぐに見据えた。

「……ですが……」

 私は彼女に言っていいものなのか迷った。

 何を言っても彼女は真剣に聞いてくれるだろう。
 けれど、何て言えばいいの?


 あれは夢なんかじゃなかった。


 堕天使が見返りを求めてきたのだから、翼は本当に使い物にならなかったのだろう。

 ……私が禁忌を犯したから。

 ……私は禁忌を犯したんだって。
 ……でも、それが何かはわからないの。

 一体何だと思う?アイリーン。

 ミカエル様やラファエル様に訊いてみたいけれど、堕天使の忠告に関係なく恐くて出来そうもない。
 それに堕天使が私の翼を治してくれたなんて、信じてはもらえないでしょうね。


 そんな話をあなたは信じてくれるの? アイリーン。


「……お願いウィニエル」

 アイリーンの視線が痛い。

「……大したことじゃありません。ただ、ちょっと翼が重い感じがして。こんなこと初めてだったから少し戸惑ってしまっただけです。でも飛べなくは無いみたいですから」

 私はしばらく沈黙した後、翼を二、三度羽ばたいた。
 すると足元が床から十センチメートル程離れる。

「え……」
「ね? …………。ですが……やっぱり少し疲れているみたいですね……」

 飛べないわけではないことはわかったものの、翼の重みなのか私はだるさを感じて直ぐに床に降り立ってしまった。

「……ウィニエル……」

 アイリーンは私の手を取り見上げて、

「…………無理しちゃ駄目だよ……」

 肩を小さく震わして俯いた。

「え……だ、大丈夫ですよ、これくらい気合で……」

 私が笑顔を作ると、アイリーンは顔を上げ、目を細めて涙を浮かべて告げる。

「……ウィニエルは一人じゃないんだから」

 彼女の言葉は酷く切なそうで。

「……え……あ……はい……」

 私は彼女の言葉の本当の意味も知らずに頷いた。
 その後、私と彼女はしばらく沈黙してしまう。

「あの……ウィニエル様、フェイン様が……」

 沈黙を破ったのはすっかり蚊帳の外に追い出されていたローザだった。

「あ、ええ。今行きます。それじゃ、アイリーン」

 私はローザの呼びかけに応じて、再び翼を広げる。

「…………うん」

 アイリーンは私から手を放し、小さく頷く。

「…………ごめんなさい。心配ばかり掛けて」
「ううん、いいの……」

 私の言葉にアイリーンはいつもの彼女らしくない返事をした。

 私はそんな彼女が心配だったけれど、これ以上フェインを待たすわけにも行かなくて後ろ髪を引かれる思いで飛び立った。

「…………ウィニエル……無理しちゃ駄目だからね……あなたの中には……」

 アイリーンはバルコニーへ出て私を見送っていた。
 上空に上がった私は彼女が何を言ったのかは聞えず笑顔で手を振ったのだけど、彼女はいつもの笑顔を見せてはくれなかった。

 私は翼に違和感を感じながら彼の元へ向かう。

 いつもなら彼のことや他の勇者達、アルカヤのことを考えているのに今日に限って頭には、夢のこと。


 そして、アイリーン。

 彼女の何か思い詰めた顔。

 ……そういえばロクスも部屋を出るとき様子が変だった。
 それと関係してるの?

 ねぇ、アイリーン。
 私、確信したの。


 あなたは何か隠してる―――。

to be continued…

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後書き

 長い……。
 よ、読み返せば苦しみが、後悔の念が…ぐはぅ(吐血)フェインがあんまり出てきませんでしたね~……はは……(汗)

 アイリーンが大好きなので出張ってます(笑)ロクスと何でか知らんがいいコンビになってしまいました……。いやぁ……こんな風にする予定じゃなかったんだけどなぁ……おかしいな(汗)
 とりあえず、続きます……。

 次回もウィニエルサイドです。

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