贖いの翼 第八話:アルカヤの地① ウィニエルside

前書き

ウィニエルが天界に還った後のお話。

 ――こんにちは、アルカヤの地。またお世話になります。

 私がアルカヤの任を終えて二ヶ月が過ぎようとしていた。地上では半年もの月日が流れている。
 最近は吐き気も収まってきて、私の食欲も普通に戻った。お腹の子が順調に育っているのがわかる。

 その代わりに私の翼が殆ど役に立たなくなってきた。姿形はそのままなのに、翼は殆ど動かなかった。
 つまり私は飛べなくなってしまったのだ。
 ミカエル様と一緒に居る時はミカエル様のお力でかろうじて飛ぶことが出来るのだけれど、一人ではもう飛べないだろう。ミカエル様がおっしゃるには、この子と天界が私の力を吸収しているのだと言う。

 禁忌の子が天界の清浄な気を乱すように、天界の清浄過ぎる気もまたこの子に負荷を掛けているのだという。
 その為に間に入る私の力でこの子は自分の身を守っているのだ。そして、私を介して天界もまたこの子の気から清浄な気を保っている。
 この子が生まれた後は一体どうなるのだろうと不安はあるが、ミカエル様もそれは視野に入れて下さっているらしい。

 私の能力の低下は一過性のもので、この子を産めば私の力も元に戻るとはおっしゃっていたけれど……。

 でも……実際には、私は無理なんじゃないかと思う。

 だって、禁忌の子を産んだ天使は居ない。
 前例が無いのだ。

 禁忌を犯した天使は昔にも居たと思う。けれど、その天使達は地上に降りた。
 天界は完璧なまでに管理された世界。
 不正を隠し通すことなど出来るはずが無い。
 例えミカエル様のお力でひた隠しにされても、大天使様は他に三名居るのだ。一人は騙せても、二人同時には……まして三人同時には隠せ果せはしないだろう。
 彼等が見落とすはずがない。

 この子が生まれた後、天界は一体どうなってしまうんだろう?
 前例がない分、検討もつかない。

 ただ、私のことで天界が滅びるなんてことにならなければいいと思う。

 私の中に居る間でさえ反発しあっているんだ、産まれて互いに消し飛んだりなんて……、


 ……考えないでいよう……。


 今はミカエル様のご好意に甘えてここに居るけれど、いずれはここを去らねばならない日が来ると、薄々感じてはいる。
 そうなれば私は地上に降りることになる。どの世界の地上かはわからないけれど、どこかに落されるんだわ。

 インフォスやアルカヤじゃなければどこでもいい。

 もう、二つの世界には行けない。
 天界にも、二つの世界にも私の居場所はないの。

 死ぬことが許されないなら、どこか別の知らない世界でこの子と共に生きていきたい。


◇


 ――二ヶ月の間に私の中で心境の変化があった。

 フェインが居ないこの天界で、この子が大きくなっていく度に、私も少し強くなった気がする。

 フェインのことは忘れられない。
 グリフィンのことも忘れてはいない。

 けれど、この子が居れば私は生きていける。無償の愛をこの子に捧げられる。この子だけを愛し続けることが出来る。

 とても、愛しい。
 何よりも愛しい子。

 これが母性なのだと、ミカエル様に教えてもらったのは最近。
 私は感受性が豊か過ぎるのだとミカエル様は困った顔をされていた。その意味はわからないけれど、私の元に遊びに来たローザが妙なことを言っていたことは憶えている。

『かなり真面目にやったんだが、何でウィニエルには効かないんだろうな……』

 私に何をしたのかは知らないけれど、私にはそれが効かなかったらしい。
 それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。まさか今更また封印でも施そうなんて思ってはいないだろう。
 でも、ローザは効かなくて当たり前だって言ってミカエル様が後ろを向いている間にあかんベーをしていたっけ。
 私は彼女の行動に吃驚して大声を上げ、ローザの顔を咄嗟に隠したけど、どういうことなんだか……さっぱりだ。
 それから、彼女は帰る時にこっそり私に耳打ちしていった。

『ミカエル様をあまり信用なさらない方がいいですよ』

 私は彼女の言葉に深く頷いて、その後笑った。
 ミカエル様が腹に一物ある方だということはもうわかっていた。どこか捉え所の無い方。きっと今この瞬間にも何かお考えなのだ。

 それでも私がミカエル様を信用し、天界に戻ったのにはわけがある。

 ミカエル様は私を好いているのだと思う。
 私を精神的に傷付けるのが好きなんだと思う。
 そして、その傷付いた私を癒すのが好きなんだと思う。


 ――歪んだ愛情。


 でもそれはきっと恒久的なものではない。

 私はミカエル様のおもちゃだ。いつかは厭きてしまうだろう。
 けれど、おもちゃは時に壊れて持ち主を傷つける事もある。

 そのことをミカエル様はまだ知らない。


 私の心は決してあなたのものにはなりませんよ、ミカエル様。
 あなたがどれだけ想って下さっても私はあなたを愛したりはしません。


 あなたは私の愛など要らないのでしょうけど。

 天界へ戻ったのはこの子の為。誰の為でもないこの子の為。
 私はミカエル様を利用したに過ぎない。
 もしかしたらミカエル様よりも私はずる賢いのかもしれない。

 でも、ある部分で尊敬しているのは事実なんですよ? ミカエル様。


◇


 私はミカエル様と共にラファエル様に呼び出され、聖アザリア宮内のラファエル様の前に立っていた。そこにはガブリエル様もいて。ウリエル様は忙しいのかいらっしゃらなかった。
 大天使様達が私の前に3人も居られる。

 こんなことは異例だった。

「ウィニエル、しばらくですね。今日来てもらったのは他でもありません」

 ガブリエル様が私に淋しそうに微笑む。

「ウィニエル、ここに跪きなさい」

 そう告げたラファエル様の顔は無表情で、嫌な緊張感の空気が漂っているのがわかった。

「はい……」

 私は両膝を床に付け跪き、すぐ隣に立たれているミカエル様を見上げる。

「…………」

 ミカエル様は無言のまま目を閉じて首を横に振るった。
 その態度に私は直感する。


 この子のことがばれたんだ……。


 もう、天界にはいられない。

 思ったよりも早くこの日が来ちゃったな……。


「ウィニエル。貴女は天界の秩序を乱そうというのですか!?」

 ラファエル様の顔が赤く染まる。憤慨して、私を怒っている。

「ま、まぁまぁラファエル……」

 ミカエル様が激昂するラファエル様を何とか宥めようとしたが、ラファエル様は続けざまに私を叱った。

「ウィニエル、あなたは私達の信頼をあんなに得ていたというのにそれをあっさり裏切るとは何事ですか!!」
「ま、まぁまぁ……落ち着いて……」

 ミカエル様は私に詰め寄るラファエル様の前に立って、盾となってくれる。

「ミカエル!! 大体あなたもあなたです! 大天使長の立場でありながら禁忌を犯した天使を手元に置いておくとはっ!!」

 大声で怒鳴るラファエル様は堕天使よりも恐かった。私はラファエル様の怒った顔を始めて見たような気がする。
 いつもは穏やかな方なのに……。

 それ程までに禁忌は大変な問題なのだ。

「ま、まぁまぁ……」

 ミカエル様もラファエル様の剣幕に押され気味だった。

「……ねぇ、ウィニエル。あなたに期待していただけに、この裏切りは大きいのよ?」

 ガブリエル様が怪訝な顔で複雑そうに私に訊ねる。

「まぁ、ガブリエルもそう言うな。ウィニエルはよくやったじゃないか。二つの世界を救った天使だぞ?」

 ミカエル様は私を擁護するような言葉を告げた。

「ミカエル、大体あなたが彼女を甘やかすからこんなことになったんですよ!? わかってるんですか!? あの時だって無理にこの子を天界に留めておくことはなかったんです!」

 ガブリエル様がミカエル様を攻め立てる。

 ただ、後半の言葉が妙に引っ掛かる。

「え……?」

 あの時、無理に天界に留めておかなくても良かったって……どういうこと……?

 私は首を傾げる。

「あっ! ガブリエル、余計なことを言うな!」

 ミカエル様はガブリエル様の口を塞ごうと手を伸ばしたが、ガブリエル様は素早くそれを避けて、話を続けた。

「私はミカエル、あなたが“ウィニエルの能力は天界に必ず必要だから”と言ったから彼女をここに留めたまで。こんなことになるくらいならあの時地上に降ろしてあげれば良かったのです!」

 ガブリエル様が信じられないことを口にしている。
 いや、もう今更言われてもしょうがないのだけど。


 ――運命は酷だ。

to be continued…

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