贖いの翼 第八話:アルカヤの地② ウィニエルside

「…………」

 私は黙り込んでしまった。

 やっぱり私はあの時グリフィンの元に行っても良かったんだ。
 そうしたら、今頃彼と一緒に同じ未来を歩いていた。


 ――フェインと会わずに済んだ。


 今頃……言わないでよ……。


 何で大天使様達はこうも私の運命を狂わすのだろう。
 何で私を道具のように扱うのだろう。
 私は勇者達を道具だなんて一度も思ったことはなかったわ。


 ……もう、怒りを越えて厭きれて笑えて来ちゃう。


「ふふっ……何だ……私なんて所詮道具だったんじゃない……ふふっ……笑っちゃうわよ……」

 私は俯いて不気味に唇を歪めて笑い始めた。

「ウ、ウィニエル……?」

 ミカエル様達が私の様子に一瞬たじろぐ。

「……あの時ああしてれば良かったとか、怒ろうがなんだろうが、過ぎたことは変えられないのですよ、大天使様。あなた方でも時間を元になんて戻せない。無かったことになんて出来やしない。今更過去にこだわって何になると言うのですか?」

 私は片膝を立て、大天使様達を順に見渡し睨んで、告げた。

「……ウィニエル!! その言い方は何ですか!! あなたはそんなことを言う天使ではなかったはずですよ!!」

 私の言葉にラファエル様は怒り始める。

「……すみません、一度言ってみたくて」

 私は無表情のまま直ぐに頭を下げた。

 そういえば、前にミカエル様にも言ったことがあったっけ。
 けれど、意外にも私は以前よりも冷静で。

「なっ……何て態度なのっ!? ウィニエル!? あなた本当にあのウィニエルなの!?」

 ガブリエル様までもがお怒りになってしまった。

「…………」

 ミカエル様は私の態度に黙り込んでしまう。
 多分ショックなんだろう。瞳が少し潤んでいるように見えた。


「私は禁忌を犯しました。処分をお願いします」


 私は立てた片膝を元に戻し、強い意思を持って微笑んで大天使様達を見つめた。


「……天界から追放する」


 ラファエル様が私を真っ直ぐ見つめる。もう怒ってはいないようだった。

 そう、怒りは大罪。ラファエル様は許しはしなくても怒りはすぐに静められる方。

「……残念だけど、仕方ないわね」

 ガブリエル様も同様だった。一介の天使に本気で怒る必要などないのだ。私の代わりはいくらでもいる。

「ま、待てよ! ウィニエルはあんなに頑張ったじゃないか!! それに身重なんだぞ!?」

 ミカエル様は私を庇うように私の前に立つ。

「……ミカエル様、私なら大丈夫です。どんな罰でも受ける覚悟は出来ています」

 私はミカエル様の服の裾を引いた。

「ウィニエルだって、天界に居たいだろう? 地上に降りたらお前は人間になって……」

 ミカエル様は振り返り身を屈め、跪く私の手を取る。
 そして、私に最後まで言い終える前に、


「……ミカエル」


 ガブリエル様がミカエル様の肩に手を置く。

「……っ……」

 ミカエル様は言葉を飲み込んだ。私の顔を見下ろして。


「…………短い間でしたけど、お世話になりました。ミカエル様と過ごせて楽しかったです」


 私は笑顔だった。
 最上の笑顔、悲しくは無い。

 私はこの子さえ居ればいい。

 対照的なのは、ミカエル様だった。

「……お前なら、もう大丈夫だろう……」

 ミカエル様の顔は酷く傷ついた顔をしていた。

 お気に入りの人形を突然失くしてしまった子供がする顔。


 私が居なくなるのがそんなに嫌ですか? ……少し嬉しいです。


「……どこの世界でも構いません、宜しくお願いします」


 私は正座をし、手を床について深々と頭を下げ土下座をした。

「あなたが降りる地上は明日お知らせします。今日の内に用意しておきなさい」
 ラファエル様がそう告げながら私の片腕を引き、私を立たせようとする。

「土下座などする必要はありません。禁忌を犯したとはいえ、インフォス、アルカヤが平穏を取り戻したのはウィニエル、あなたの働きがあったからこそ。我々はあなたに何の褒美もあげてはいませんでしたね」

 ガブリエル様ももう片方の私の腕を引いた。私はお二人に支えられ、立ち上がる。こんな風に大天使様達と肩を並べるなんてそう滅多に無いことで。
 私が立ち上がるとお二人は私から手を放した。

「いえ……私は褒美など望んでは……」

 私の顔は少し綻ぶ。
 私の中の天使が大天使様達と並んで立っていることを喜んでいる。

「明日、あなたは人間となってしまいますが、あなたに座天使の位を授けましょう」

 ラファエル様はそう告げると目を閉じてご自分の杖に力を込め、その杖を私の前へと翳した。私はそれを目蓋を閉じて受ける。

「……ありがとうございます……」

 杖からラファエル様のお力が流れてくるのがわかった。ミカエル様よりも熱い、燃えるような熱。

「ラファエルから貰った力で、あなたはその翼で飛ぶことが出来るでしょう。私からも褒美を差し上げます。今日の夜、その翼で私の元へ訪ねてきなさい」

 ガブリエル様は目を細め優しく微笑む。

「はい……」

 私はガブリエル様の笑顔に素直に返事をした。

「…………俺からも褒美をやる」

 しばらく黙り込んでいたミカエル様がようやく口を開く。

「え……ですが、ミカエル様にはもう充分過ぎる程によくしていただきましたし……」

 私は何だか申し訳なくてそう告げたのだけど、

「俺だけ断るなよ……」

 暗い声が聞えた。
 ミカエル様は臍を曲げてしまったようだ。

「は、はぁ……では……いただきます……」

 私はおずおずと頭を下げる。

「……明日な、明日やるから!」

 私が頭を下げると、ミカエル様は途端明るく笑顔を見せて、私の肩を軽く叩いた。

「…………ミカエル……?」

 その様子をラファエル様とガブリエル様が訝しげな顔で見ている。

「……さぁ、もう部屋に戻りなさい」

 ラファエル様が私を部屋に下がるように促し、

「……はい」

 私は大天使様達に一礼して、翼を広げた。


 ――飛べる。


 ミカエル様の隣で飛ばなくても一人で飛べる。翼が空気を掴むのがわかる。身体は何となく重いけれど、飛ぶのに支障はない。
 私はそのまま自分の部屋まで飛んで行く。


◇


「……ふぅ……ミカエル、あなたウィニエルの影響を受け過ぎてはいませんか?」

 私が飛び去ったアザリア宮で、ガブリエル様がため息を吐いてミカエル様を見る。

「……そんなはずはない。俺は俺のままだ」

 ミカエル様は無表情でガブリエル様と視線を交わす。すると、今度はミカエル様の肩にラファエル様の手が置かれた。

「……おもちゃに見捨てられましたね、ミカエル?」

 ラファエル様が薄っすらと微笑む。

「俺は見捨てられてなんかいない。俺が捨ててやったんだ」

 ミカエル様は無理矢理にほくそ笑んだ。

「あら……」
「これはこれは……」

 ミカエル様の言葉にガブリエル様とラファエル様は苦笑する。

「……フン……笑うなら笑っていろ。おもちゃなんてな、いくらでもあるんだ。いくらでも……」

 ミカエル様はお二人の苦笑を鼻で笑い、私の飛び去った方向を見つめる。
 ミカエル様はそのまましばらくそこに立ち尽くしていた。

 ――私は、

 私はというと、自分の翼で部屋へと戻って来ていて、地上に降りる準備をしていた。
 と言っても何を持って行くとかそういうことではない。地に降りるのに必要なのはこの身一つ。
 ただ、次にこの部屋を使う天使のために後片付けだけはしておかなければならなくて。

「あ……」

 私は片付けのために机の引き出しを開けた。
 そこには銀の指輪と、その隣にはグリフィンのコイン、真っ白なストール、アイリーンから貰った大事なものだ。

「……私の荷物はこれだけね……」

 私は銀の指輪を右手の薬指にはめる。そして、グリフィンのコインを右手の中に握った。

「……もう、会うことも無いけれど……持っていることだけは許してね」

 私はストールを肩に掛けて、右手の拳にキスをする。
 そして、目を閉じた。


「……色々あったなぁ……」


 私は一人で目を閉じたまま思い返していた。

to be continued…

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